反転の影、光を乞う   作:鉅鹿

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12話 揺れる花舞台と神の鉄槌

ソノオ大会のコンテスト会場は、色鮮やかな花々に囲まれ、観客たちの熱狂的な歓声に包まれていた。ついに幕を開けた一次審査・アピールパフォーマンス。

 

「パチリス、ステージオン!」

 

ヒカリの凛とした声と共に、純白の光の中からあのクソネズミ――パチリスが元気よく飛び出した。きらめく電撃を周囲に纏い、滑り出しは順調そのものに見えた。観客席からも「かわいい!」と歓声が上がる。

 

しかし、その瞬間だった。パチリスは調子に乗りすぎたのか、自分の放った電撃の勢いで体勢を崩し、ステージの床を無様に転がってしまったのだ。

 

「パ、パチ……!?」

 

予想外の失敗に、パチリスは完全にパニックに陥り、目を白黒させて舞台上を全速力で逃げ回り始めた。美しいパフォーマンスを見せるべき舞台が、一瞬にして一匹の害獣のドタバタ劇へと成り果てていく。

 

審査員席の眉が曇り、会場全体の空気がサーッと冷めていくのが分かった。その光景を、舞台袖の暗がりに佇みながら見つめていた私の表情から、完全に光が消えた。

 

(……チッ)

 

静まり返る舞台袖に、私の乾いた舌打ちの音が小さく、けれど明確に響き渡った。前髪の奥にある黄金の瞳が、怒りと憎悪でドロリと濁る。

 

(あのクソネズミ……! ヒカリがどれほどこの日のために努力してきたと思っているの? ヒカリの晴れ舞台を、その夢を、あんな下らない失態で汚すなんて……万死に値する。今すぐあの白い尻尾を掴んで、永遠に消電させてやろうか……!)

 

全身から人間の姿のまま漏れ出そうになる禍々しい殺気を、私は拳を血が滲むほど強く握りしめることで、辛うじて抑え込んだ。ステージの上のヒカリは、一瞬だけ焦りの表情を浮かべたものの、すぐに深く息を吸って微笑んだ。

 

「大丈夫、パチリス。落ち着いて……ほら、これを見て?」

 

ヒカリがポケットから取り出したのは、パチリスの大好物である自家製の甘いポフィンだった。その匂いに釣られるようにして、パチリスはようやく足を止め、ヒカリの胸へと飛び込んで正気を取り戻した。

 

「よし、最後はバッチリ決めるよ!『ほうでん』!」

 

ヒカリの機転によって、その後のパフォーマンスはなんとか軌道に乗った。パチリスが放った大光量の電撃が、まるで夜空を焦がす花火のように美しくステージを彩り、観客席からは一転して割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 

結果は、首の皮一枚がつながる形での一次審査通過。ヒカリはホッとしたように胸を撫で下ろし、私はそんな彼女を「良かったね、ヒカリ」と聖母のような笑顔で迎えた。もちろん、足元で安心しきっているクソネズミには、彼だけに伝わるような極低温の殺意の視線をこれでもかと突き刺しておいたけれど。

 

そして、舞台は二次審査――実戦の美を競うコンテストバトルへと移行した。ここからは、私の時間だ。

 

「ティナ、ステージオン!」

 

ヒカリのコールと共に、私は人間の皮を脱ぎ捨て、全長数メートルに及ぶ異形の神――ギラティナの姿となってステージに君臨した。対戦相手たちは、ステージに現れた『世界の裏の主』の圧倒的な質量と威圧感の前に、技を繰り出すことすらできず、ただ恐怖に身を震わせるだけだった。

 

私は避けることも、大技を使うことすらもしない。ただ、黒き影の触手を軽く一振りし、空間をほんの少し歪ませる。それだけで、有象無象のポケモンたちは一撃で吹き飛び、気絶していった。

 

文字通りの圧勝。神の蹂躙。ヒカリと私は、誰の追随も許さない圧倒的なスコアで、瞬く間に決勝戦へと上り詰めた。そして、決勝の舞台。対戦相手のエリアに立っていたのは、ヒカリの幼馴染――ケンゴだった。

 

「ポ、ポッタイシ……ステージオン……」

 

ケンゴの声は、完全に震えていた。彼が繰り出したポッタイシは、ステージの中央で私を見上げた瞬間に全身の筋肉を硬直させ、まるで石像のように微動だにできなくなってしまった。本能が、目の前にいる存在は『戦ってはいけない世界の禁忌』だと告げているのだ。

 

ケンゴ自身も同じだった。一回戦から決勝に上がるまでの、私の容赦のない、そして圧倒的すぎる戦い方を彼はすべて見ていた。美しさの競い合いなどではない。そこにいたのは、ただヒカリの勝利のためだけに世界の法則をねじ曲げる、絶対的な怪物の姿だった。

 

そして、限界まで張り詰めていたケンゴの精神が、恐怖のあまりついにパチンと音を立てて弾けた。

 

「は、反則だろそんなポケモン!! 勝てるわけないじゃんか!!」

 

ケンゴは顔を真っ青に染め、ガタガタと震える指先で私を指差しながら、半狂乱になって叫び声を上げた。会場全体が、彼の突然の絶叫にどよめく。

 

「そんな化け物、コンテストに出していいわけないだろ! ヒカリ、お前ずるいぞ! そんなの反則だ、反則に決まってる!!」

 

狂ったように叫ぶ幼馴染の醜態。しかし、無情にも会場の公式ルールには、「特定の神話級ポケモンを出場させてはいけない」などという奇妙な縛りは存在しなかった。ただ一般に知られていないだけで、登録上は何の問題もないのだ。審査員たちも、ケンゴの取り乱しぶりに困惑の表情を浮かべるだけだった。

 

私は、自分を指差すケンゴの汚い指を見つめながら、脳内に冷酷極まりない【念話】を響かせた。

 

『――見苦しいよ、羽虫。私のヒカリを「ずるい」呼ばわりするなんて……その言葉、君の命で購ってもらうよ?』

 

「ひっ……!?」

 

ケンゴの背筋に、物理的な衝撃のような悪寒が走る。もう勝ち目など一滴も残されていない。しかし、ここで戦わなければ本当に消される――恐怖で精神を狂わされたケンゴは、涙目で無我夢中に叫んだ。

 

「ポ、ポッタイシ!『バブルこうせん』! 何でもいいから突撃しろぉぉぉ!!」

 

主の半狂乱の命令に応じ、ポッタイシは恐怖を振り払うように白目を剥きながら、必死の覚悟で私に向かって突進してきた。その口から放たれた無数の泡。

 

『――片腹痛い』

 

私は避けることすらしなかった。ただ、6本の影の触手のうちの一本を、目にも留まらぬ速さで軽く一閃させた。

 

ドガァァァンッ!!!

 

技ですらない、ただの質量の一撃。巻き起こった漆黒の爆風がポッタイシを真っ向から直撃し、ポッタイシは悲鳴を上げる間もなくステージの壁まで吹き飛ばされ、一撃で戦闘不能となった。同時にケンゴのポイントゲージは一瞬で全損し、ゼロを告げるブザーが無情に鳴り響いた。

 

「そこまで! 勝者、ヒカリ選手!」

 

華やかなファンファーレが鳴り響き、天井から美しい紙吹雪が舞い散る。ソノオ大会はヒカリの完全なる優勝で幕を閉じ、彼女は念願の2個目となる『ソノオリボン』を手に入れた。

 

「やったぁぁぁ! ティナ、本当にありがとう!」

 

ステージの中央で、ヒカリはリボンを掲げながら、再び私の大きなギラティナの身体に嬉しそうに抱きついてきた。

 

『……ふふ。おめでとう、ヒカリ。君の望むものは、私が全部手に入れてあげるからね』

 

私は人目を気にしながらも、実体を持たない影の触手で、彼女の華奢な身体を包み込んだ。ステージの反対側では、ケンゴが敗北のショックと安堵のあまり、床にへたり込んで激しく息を切らしていた。

 

その日の夕方。ソノオタウンの夕日に照らされながら、ヒカリは手に入れたリボンを愛おしそうに眺めていた。サトシやタケシも彼女の優勝を称えている。私はスッと人間の少女の姿へと戻り、頭の黄色いリボンに触れながら、ヒカリのすぐ後ろ、彼女の影の中に寄り添った。

 

(ほらね、ヒカリ。あの幼馴染も、おてんばなクソネズミも、私達の絆を邪魔することはできないの。君がステージで輝くためなら、私は何度だって世界をひっくり返してあげる。だから……ずーっと、ずーっと私の特別でいてね、ヒカリ……)

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