反転の影、光を乞う   作:鉅鹿

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17話 神話の秘宝、始まりの二神と影の誓い

深い緑の森を抜け、私たちはついに歴史と伝統が息づく街、ハクタイシティへと辿り着いていた。サトシは到着するや否や「よーし! ジム戦だ!」と拳を握りしめていたが、あいにくジムリーダーは留守とのことで、私たちは時間を潰すために街の象徴である「ハクタイ歴史博物館」を訪れることにした。

 

博物館の前庭には、シンオウ地方の神話を象徴する二大巨頭――ディアルガとパルキアの巨大な石像が、天を衝くようにして並び立っていた。

 

「うわあ……やっぱり本物(の石像)は迫力あるなぁ」

 

サトシが感嘆の声を上げて見上げる中、タケシが腕を組んで、ふと私の顔を見ながら呟いた。

 

「時間を司るディアルガと、空間を司るパルキアか……。前なら単なる神話のおとぎ話だと思っていただろうけど、俺たちのすぐ身近に、それを凌駕しかねない神話級のポケモンがいると思うと、なんだか不思議な感覚だよな」

 

「そうね。でも、どんな神様が相手でも、私はティナが一番格好良くて大好きだけどね!」

 

ヒカリが無邪気に笑って私の手を握りしめる。その温もりに、私の胸の奥は甘い悦びで満たされていく。私はフリルブラウスの胸元で揺れる黄色いリボンに触れながら、「ありがとう、ヒカリ」といつもの健気な少女の笑みを返した。

 

ディアルガもパルキアも、私にとっては反転世界のバランスを保つための単なる装置に過ぎない。ヒカリのその瞳に映る価値だけが、私の全てだった。

 

その時、前庭の植え込みの陰で、不穏に蠢く三つの人影があった。……変装したロケット団のムサシ、コジロウ、ニャースである。彼らはある大物からの依頼を受け、この博物館に眠る秘宝『こんごうだま』の強奪を企てていたのだ。

 

「ちょっとコジロウ、ニャース! 作戦開始よ!」

 

「分かっているけどさぁ、ムサシ……あそこを見てくれよ」

 

コジロウが青い顔をして指差した先――そこには、ヒカリの隣で大人しく佇む私の姿があった。

 

「ひ、ひぃぃぃっ! あの時の凶悪お嬢ちゃんニャ!」

 

「俺達のメカを一瞬で粉砕したあのバケモノだ……ここは引くべきだろ」

 

コトブキ大会や森でのトラウマが瞬時に蘇り、3人は抱き合ってガタガタと震え上がった。

 

「勝てるわけないじゃないのぉぉ! 命あっての物種よ、撤収ーーーっ!!」

 

彼らは作戦を即座に完全放棄し、蜘蛛の子を散らすようにして無言でハクタイの街の雑踏へと逃げ去っていった。羽虫の気配が消えたことに気づき、私は前髪の奥の黄金の瞳をスッと細め、冷酷な嘲笑を心の中で浮かべた。当然の判断だ。

 

 

博物館の重厚な扉を開けて中に入ると、館内の静謐な空気の中で、ハープを抱えた見覚えのある緑色の髪の青年が佇んでいた。

 

「おや、ヒカリさんにティナさん。それにサトシくんにタケシくん。またお会いしましたね」

 

吟遊詩人のナオシだった。彼はこの博物館に特別展示されているシンオウの秘宝『こんごうだま』を見るために訪れたのだという。私たちも興味を惹かれ、ナオシに同行して館内の最奥へと向かった。

 

ガラスケースの中に厳重に保管されていたのは、深みのある藍色の輝きを放つ、神秘的な宝玉――『こんごうだま』だった。

 

「あら、みんな奇遇ね!」

 

ケースの前には、先日の森で草タイプへの異常な愛を爆発させていたオレンジ髪の女性――ナタネもいた。彼女もまた、この秘宝を見に来ていたのだ。ナオシはハープにそっと手をかけ、こんごうだまを見つめながら、朗々とした美しい声で語り始めた。

 

「この『こんごうだま』は、神話においてディアルガの力を極限まで高めると言われている、言わば神の領域の器なのです。……シンオウ地方には、古くから世界の始まりを告げる神話が伝わっています。この世界が誕生した時、ある一つの存在から『時間』と『空間』が分かたれ、ディアルガとパルキアという二匹の神が生まれた、と」

 

サトシたちが真剣に耳を傾ける中、ナオシの言葉はさらに深淵へと進む。

 

「ですが神話の裏側には、もう一つの記述があるのです。時間と空間が生まれると同時に、その強力すぎる光の対価として、世界の裏側に追放された『影の神話のポケモン』が存在する。光が強ければ影もまた濃くなるように、世界を支えるためには、その表裏一体の闇が必要だったのです……」

 

ナオシがディアルガ、パルキア、そしてギラティナの存在を神話として解説する中。隣で聞いていたナタネが、ニヤニヤとした意味深な笑みをチラッ……と私に向かって送ってきた。

 

(ねえ、当事者さんはどう思っているのかしら?)とでも言いたげな、わざとらしい挑発的な態度。

 

(……相変わらず、鬱陶しい女。神話の表面を撫でただけの人間が、私の前で知った風な口を利かないでほしいな)

 

私の黄金の瞳の奥で、どす黒い苛立ちがふつふつと湧き上がる。

するとナタネは悪びれる様子もなく、腰に手を当てて笑った。

 

「あはは! 実はねサトシくん、私がこのハクタイジムのジムリーダー、ナタネよ! 留守にしてて悪かったわね!」

 

「ええっ!? ナタネさんがジムリーダー!?」

 

サトシの瞳に一瞬で闘志の炎が灯る。「よし! すぐにジム戦をお願いします!」と大興奮だ。一同の関心が次のバトルの話題へと移り、少し騒がしくなったドサクサに紛れ、私はヒカリの耳元へと顔を寄せた。前髪の隙間から覗く私の瞳は、完全に光を失った、冷酷な狂愛の深淵に染まっている。

 

「ねえ、ヒカリ……」

 

私は、周囲の人間には絶対に聞こえない小声で、けれど確かな質量を持った声を囁いた。

 

「もし……さっきあの人が言っていた『ディアルガ』や『パルキア』っていう神様たちが、現実世界に現れて……ヒカリの旅を邪魔したり、ヒカリに恐怖を与えるようなことがあったら……。たとえそれが世界を創った始まりの伝説のポケモンであっても、私が、容赦なく排除してあげるからね?」

 

ヒカリのために世界の法則すらねじ曲げる、歪んだ守護の誓い。ヒカリは私のその重すぎる言葉の温度に一瞬だけ息を呑み、身体を微かに震わせた。けれど、すぐに私の頭の黄色いリボンを優しく撫でて、困ったように、けれど愛おしそうに微笑んだ。

 

「ありがとう、ティナ。でも、大丈夫だよ。ティナが私の傍にいてくれるだけで、私は無敵なんだから」

 

「うん……。わたしも、ヒカリの隣にいられるなら、なんだっていいよ」

 

私はヒカリのドレスの袖をきゅっと握りしめ、誰にも気づかれない深い狂愛の笑みを、深く刻み続ける。いよいよ始まるハクタイジム戦の裏側で、神の影はどこまでも濃く、ヒカリを包み込んでいく。

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