先生はロリコンでした   作:風神ぷー

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第九話 救われた事実は、どこまで評価されるべきか

 

「それでは。」

 

リンは議場をゆっくりと見渡した。

 

「討論を再開します。」

 

静かな声だった。

 

だが、その一言で議場の空気は再び引き締まる。

 

先ほどまで聞いていたのは、社会の声だった。

 

先生を信じる生徒。

 

先生を恐れる生徒。

 

留任を望む声。

 

慎重な判断を求める声。

 

そのどれもが現実だった。

 

代表者たちは、それぞれ静かに資料を開く。

 

先ほどまでの議論を、そのまま続けられる者はいない。

 

社会という現実を知った今、それぞれの考えにも少なからず影響が生まれていた。

 

リンは議事進行表へ目を落とす。

 

「討論を再開する前に、社会情勢報告について確認事項がある方はお願いします。」

 

数秒の沈黙。

 

やがて、一人の生徒が静かに手を挙げた。

 

「議長。」

 

ノアだった。

 

リンは小さく頷く。

 

「どうぞ。」

 

ノアは立ち上がる。

 

その動作に無駄はない。

 

感情を表へ出すこともない。

 

ただ、必要だから立つ。

 

それだけだった。

 

「まず初めに。」

 

「ここまでの討論について、一度整理させてください。」

 

誰も異論を挟まない。

 

むしろ、その言葉を待っていた者も多かった。

 

討論はここまで長時間続いている。

 

論点も少しずつ増え、一度整理する必要があった。

 

ノアは議場全体を見渡した。

 

「本審議会では、これまで様々な意見が示されました。」

 

「ですが。」

 

「内容を整理すると、大きく二つの立場に集約できます。」

 

スクリーンへ資料が映し出される。

 

 

留任に慎重・反対する意見

 

・教育者には高い信頼性が必要である。

 

・教育現場の安心を優先すべきである。

 

・今回の判断は、今後の前例となる。

 

 

ノアは続ける。

 

「この立場では。」

 

「現在の先生が危険な人物であるかどうかよりも。」

 

「教育者という立場そのものへ求められる信頼が重視されています。」

 

ヒナは静かに頷いた。

 

ユウカも表情を変えない。

 

自分たちの考えが、正確に整理されていることを確認していた。

 

スクリーンが切り替わる。

 

 

留任を支持・肯定する意見

 

・先生は法的責任を果たしている。

 

・キヴォトスで多くの実績を積み重ねてきた。

 

・先生に救われた生徒が現実に存在する。

 

 

今度はミカが静かに画面を見つめる。

 

ホシノも腕を組んだまま、小さく息を吐いた。

 

ノアは淡々と続ける。

 

「こちらの立場では。」

 

「過去だけではなく。」

 

「現在まで積み重ねられた事実も、判断材料として評価すべきであるという考え方が示されています。」

 

一拍置く。

 

「つまり。」

 

「ここまでの討論において。」

 

「先生が更生した可能性そのものを否定した代表者はいません。」

 

議場が静まり返る。

 

その事実に、多くの者が改めて気付かされる。

 

反対派も。

 

賛成派も。

 

先生が更生していない、と断定した者はいなかった。

 

ノアは静かに言葉を続けた。

 

「したがって。」

 

「現在の争点は、更生したかどうかではありません。」

 

その一言で、議場の空気が変わる。

 

ノアは資料を切り替えた。

 

そこに映った文字は、短かった。

 

 

現在の争点

 

更生した教育者を、教育現場はどこまで受け入れるべきか。

 

 

誰も口を開かなかった。

 

その一文は。

 

ここまで数時間続いてきた討論を、一行で表していた。

 

ノアは議場を見渡す。

 

「私は。」

 

「ここが、本審議会における現在の論点であると認識しています。」

 

「議長。」

 

リンは頷く。

 

「整理、ありがとうございます。」

 

「私も、概ね同じ認識です。」

 

その言葉を聞き、代表者たちも静かに資料へ目を落とした。

 

議論は、ようやく同じ地図の上に立った。

 

それぞれの意見は違う。

 

だが。

 

何について議論しているのかだけは、全員が共有できたのである。

 

 

 

静かな空気が流れる。

 

誰もノアの整理に異論を唱えなかった。

 

それは、自分の意見が認められたからではない。

 

ここまで積み重ねられてきた議論が、ようやく一つの形になったからだった。

 

ノアは一度資料を閉じる。

 

「以上が、現時点での論点整理です。」

 

「なお。」

 

「これは結論ではありません。」

 

「現段階において、審議会が何について議論しているのかを整理したものです。」

 

リンが静かに頷いた。

 

「ありがとうございます。」

 

「討論を続ける上で、有益な整理でした。」

 

ノアは軽く一礼し、席へ戻ろうとする。

 

その時だった。

 

「議長。」

 

穏やかな声が議場へ響く。

 

全員の視線が、一人の少女へ向く。

 

ホシノだった。

 

「おじさんも、一つ質問していい?」

 

リンは小さく頷く。

 

「許可します。」

 

ホシノはゆっくりと立ち上がった。

 

いつものような力の抜けた表情。

 

肩の力も入っていない。

 

だが、その瞳だけは真っ直ぐだった。

 

演壇へ向かう途中、先生と目が合う。

 

先生は何も言わない。

 

ホシノも何も言わなかった。

 

ただ、一度だけ小さく頷き、そのまま演壇へ立つ。

 

「ノアちゃん。」

 

「はい。」

 

ノアも立ち上がり、ホシノへ向き直る。

 

「さっきの整理だけど。」

 

「すごく分かりやすかった。」

 

「ありがとうございます。」

 

「だからこそ。」

 

ホシノは少しだけ笑った。

 

「一つだけ、気になることがあるんだよねぇ。」

 

議場は静まり返る。

 

ホシノはゆっくりと言葉を選んだ。

 

「今までの議論ってさ。」

 

「『教育者として残していいのか』って話が中心だったよね。」

 

「はい。」

 

ノアは頷く。

 

「でも。」

 

ホシノは一度だけ先生を見る。

 

その視線には、迷いも、怒りもなかった。

 

ただ、長い時間を共に過ごしてきた者だけが持つ静かな信頼があった。

 

「先生に救われた私たちは。」

 

「今回の判断の中で、どこにいるのかな。」

 

議場から音が消えた。

 

その問いは。

 

今まで誰も真正面から口にしてこなかったものだった。

 

ホシノは続ける。

 

「もちろん。」

 

「怖いって思う子がいるのも分かる。」

 

「ヒナちゃんの話も。」

 

「ユウカちゃんの話も。」

 

「おじさん、ちゃんと聞いてた。」

 

ヒナは静かに頷く。

 

ユウカもホシノから目を逸らさない。

 

「だから。」

 

「その子たちの気持ちを否定したいわけじゃない。」

 

「でもね。」

 

ホシノは少しだけ困ったように笑う。

 

「先生がいてくれたから。」

 

「今ここにいられる子もいるんだよ。」

 

「アビドスだけじゃない。」

 

「先生に助けられた学校も。」

 

「先生に救われた生徒も。」

 

「このキヴォトスには、たくさんいる。」

 

その言葉に、ミカが静かに目を閉じる。

 

ヒフミも膝の上で手を握り締めた。

 

ホシノはノアを見る。

 

「だから聞きたい。」

 

「その事実は。」

 

「今回の判断で、どこまで大事にされるのかな。」

 

議場は再び静まり返った。

 

ノアはすぐには答えない。

 

その問いは、事実を整理するだけでは答えられないものだった。

 

それでも、目を逸らさない。

 

ホシノも急かさなかった。

 

答えを求めているのではない。

 

考えを聞きたいだけだからだ。

 

数秒の沈黙。

 

やがてノアは、静かに口を開いた。

 

「……とても重要な問いだと思います。」

 

ノアは静かにそう答えた。

 

議場は静まり返っている。

 

先生に救われた生徒たち。

 

その存在を、この審議会はどう扱うべきなのか。

 

誰も避けては通れない論点だった。

 

ノアは資料を閉じる。

 

「まず、結論から申し上げます。」

 

「先生に救われたという事実は、今回の審議において重要な判断材料の一つです。」

 

ホシノは黙って聞いている。

 

「それを無視して結論を出すべきではありません。」

 

「先生がキヴォトスで積み重ねてきた功績。」

 

「救われた生徒たちの証言。」

 

「それらは、先生という人物を評価する上で欠かせない事実です。」

 

アビドスの面々が静かに頷く。

 

ノアは続けた。

 

「ですが。」

 

その一言で、空気が少しだけ張り詰める。

 

「重要な判断材料であることと。」

 

「決定的な判断材料であることは、同じではありません。」

 

ホシノは静かに目を細めた。

 

「つまり?」

 

ノアは迷わず答える。

 

「先生の功績は評価されるべきです。」

 

「しかし。」

 

「功績だけを理由に、教育者としての適格性を判断することはできません。」

 

「それは、午前中から積み重ねられてきた議論とも一致しています。」

 

ホシノは腕を組む。

 

「じゃあ。」

 

「先生に助けられた私たちの声は。」

 

「他の判断材料と同じ重さってこと?」

 

ノアは少し考えた。

 

「……私は。」

 

「比較するものではないと思っています。」

 

「比較?」

 

「はい。」

 

ノアはゆっくり頷いた。

 

「救われた生徒の存在と。」

 

「先生を不安に思う生徒の存在。」

 

「どちらが多いか。」

 

「どちらが重いか。」

 

「そういう比較を始めてしまえば。」

 

「必ず、どちらかの声を切り捨てることになります。」

 

議場は静まり返る。

 

ノアは続ける。

 

「先生に救われた生徒がいる。」

 

「これは事実です。」

 

「先生を怖いと思う生徒がいる。」

 

「これも事実です。」

 

「そして。」

 

「どちらの事実も、同じように尊重されるべきです。」

 

ミカは静かに顔を上げた。

 

ヒナも、何も言わず聞いている。

 

ホシノは小さく笑った。

 

「ノアちゃんらしいねぇ。」

 

「白黒つけない。」

 

「つけられません。」

 

ノアは穏やかに答える。

 

「事実に優先順位を付けることは、私にはできません。」

 

「では。」

 

ホシノは一歩だけ前へ出る。

 

「審議会は。」

 

「最後、どこで判断するの?」

 

議場の空気が変わる。

 

それは。

 

この審議会全体へ向けられた問いだった。

 

ノアはゆっくり息を吸う。

 

「最終的には。」

 

「どの事実を採用するかではありません。」

 

「複数存在する事実を、どう評価するか。」

 

「その価値判断になります。」

 

「価値判断。」

 

ホシノが繰り返す。

 

「はい。」

 

ノアは頷いた。

 

「だからこそ。」

 

「この審議会では、討論が必要なのです。」

 

「事実だけなら、既に出揃っています。」

 

「先生の過去。」

 

「先生の功績。」

 

「生徒たちの証言。」

 

「社会の反応。」

 

「それらは、ほぼ共有されています。」

 

「残っているのは。」

 

「その事実を、どう受け止めるかです。」

 

ホシノはしばらく黙っていた。

 

そして、小さく笑う。

 

「……なるほどねぇ。」

 

「だからおじさん。」

 

「難しいって思ってたんだ。」

 

議場から小さな笑みが漏れる。

 

重い議論の中で、その一言だけが少しだけ空気を和らげた。

 

しかし。

 

ホシノの表情は、すぐに真剣なものへ戻る。

 

「じゃあ。」

 

「最後に、もう一つだけ。」

 

「聞いてもいいかな。」

 

ノアは静かに頷く。

 

「もちろんです。」

 

ホシノは先生へ目を向けた。

 

それから再び、ノアを見る。

 

「もし。」

 

「先生に救われた生徒が、一人もいなかったら。」

 

「この討論は。」

 

「今と同じだけ続いていたと思う?」

 

誰も答えない。

 

ノアも、すぐには口を開かなかった。

 

その問いは、仮定の話だ。

 

しかし、その仮定だからこそ見えてくるものがある。

 

数秒の沈黙。

 

やがてノアは静かに答えた。

 

「……いいえ。」

 

短い返答だった。

 

議場の視線が集まる。

 

「少なくとも。」

 

「ここまで議論は続いていなかったと思います。」

 

ホシノは何も言わない。

 

ノアは続ける。

 

「先生に救われた生徒が存在する。」

 

「その事実があるからこそ。」

 

「この審議会は、ここまで判断に迷っています。」

 

「もし、その事実がなければ。」

 

「先生の過去。」

 

「教育者という立場。」

 

「社会の不安。」

 

それらを中心に議論は進み、より早い段階で結論へ向かっていた可能性はあります。」

 

議場は静まり返る。

 

その答えを否定する者はいなかった。

 

先生の功績は。

 

この討論そのものを変えていた。

 

ホシノはゆっくりと頷く。

 

「やっぱり、そうだよねぇ。」

 

その声に、責める響きはなかった。

 

確認したかっただけだった。

 

「じゃあ。」

 

「先生に救われた私たちの存在って。」

 

「この審議会にとっては。」

 

「結構、大きいんじゃないかな。」

 

ノアは静かに頷いた。

 

「はい。」

 

「大きいと思います。」

 

「決して無視できるものではありません。」

 

「それは、私も認めます。」

 

ホシノは小さく笑う。

 

「よかった。」

 

「無かったことにされるのは、少し寂しいから。」

 

その一言に。

 

ミカが目を閉じた。

 

ヒフミも静かに俯く。

 

誰もが同じことを考えていた。

 

先生に救われた日々。

 

それは紛れもない事実だった。

 

ノアは静かに続ける。

 

「ですが。」

 

ホシノは頷く。

 

「うん。」

 

「続きがあるよね。」

 

「はい。」

 

ノアは真っ直ぐホシノを見る。

 

「私は。」

 

「先生に救われた生徒がいるという事実は。」

 

「教育者として留任すべき理由にはなり得ると思います。」

 

議場が小さくざわめいた。

 

反対派から、その言葉が出るとは思っていなかった。

 

「ですが。」

 

「それだけで留任を決定できる理由にもなりません。」

 

ホシノは静かに聞いている。

 

「もし。」

 

「救われた生徒がいるから留任できる。」

 

「そういう基準を採用したなら。」

 

「今度は逆に。」

 

「救われなかった生徒。」

 

「あるいは。」

 

「不安を抱く生徒の存在を軽く扱うことになります。」

 

ホシノは腕を組み、小さく息を吐いた。

 

「……なるほど。」

 

「どっちを選んでも。」

 

「誰かが置いていかれる。」

 

「はい。」

 

ノアは頷いた。

 

「だから、この審議会は苦しいのです。」

 

「救われた事実を切り捨てることも。」

 

「不安という感情を切り捨てることも。」

 

「どちらも、できません。」

 

議場は静まり返る。

 

ここまで誰も、「どちらかが間違っている」とは言っていない。

 

だからこそ。

 

結論が遠い。

 

ホシノは先生へ目を向ける。

 

先生は相変わらず何も話さない。

 

ただ静かに討論を聞いていた。

 

「先生はさ。」

 

ホシノがぽつりと呟く。

 

「この話を聞いて。」

 

「どう思ってるんだろうねぇ。」

 

その言葉に。

 

議場の空気がわずかに変わる。

 

今まで。

 

誰も先生自身へ問い掛けようとはしなかった。

 

先生は当事者である。

 

だからこそ、発言は最後まで控えられている。

 

それが、この審議会のルールだった。

 

しかし。

 

ホシノの何気ない一言は。

 

全員に同じことを考えさせていた。

 

先生は。

 

この議論を、どんな思いで聞いているのだろうか。

 

 

 

静かな沈黙が流れる。

 

ホシノの呟きは、誰へ向けられたものでもなかった。

 

それでも、その一言は議場全体へ波紋のように広がっていった。

 

先生は、どう思っているのか。

 

誰も聞かない。

 

いや、聞けない。

 

この審議会が始まってから、先生は一度も自ら弁明していない。

 

許しを求めることも。

 

同情を誘うことも。

 

功績を語ることも。

 

ただ、静かに全てを受け止めている。

 

その姿が、かえって議論を難しくしていた。

 

ホシノは小さく肩をすくめる。

 

「ごめんねぇ。」

 

「別に先生へ答えてほしいって意味じゃないんだ。」

 

先生は静かに首を横へ振った。

 

「分かっています。」

 

短い返事だった。

 

それ以上は何も言わない。

 

リンも口を挟まなかった。

 

この審議会では、先生が自ら意見を述べるのは最後と決められている。

 

今は代表者たちが議論を尽くす時間だった。

 

ホシノは再びノアへ向き直る。

 

「おじさんね。」

 

「一つだけ怖いことがあるんだ。」

 

ノアは黙って耳を傾ける。

 

「今回の討論って。」

 

「先生を教育者として残すかどうか。」

 

「それを話し合ってるよね。」

 

「はい。」

 

「でもさ。」

 

ホシノは静かに議場を見渡した。

 

「気付いたら。」

 

「先生が何をしてきた人なのかじゃなくて。」

 

「何をした人なのかだけで話してないかな。」

 

議場が静まり返る。

 

その言葉に、何人かがゆっくりと顔を上げた。

 

ホシノは続ける。

 

「もちろん。」

 

「過去は消えない。」

 

「消しちゃいけないとも思う。」

 

「でも。」

 

「キヴォトスへ来てからの先生って。」

 

「毎日、生徒のために走り回ってたよ。」

 

「アビドスだけじゃない。」

 

「ゲヘナも。」

 

「トリニティも。」

 

「ミレニアムも。」

 

「いろんな学校で。」

 

「困ってる子を助けてきた。」

 

先生は静かに目を伏せる。

 

ホシノの言葉を否定しない。

 

肯定もしない。

 

ただ聞いている。

 

「だから。」

 

「先生の過去だけじゃなくて。」

 

「先生が積み重ねてきた時間も。」

 

「ちゃんと見てあげたいなって。」

 

ホシノは少しだけ笑った。

 

「おじさんは、そう思う。」

 

議場は静まり返っていた。

 

ノアは静かに頷く。

 

「その考えも。」

 

「重要な視点です。」

 

「先生の評価は。」

 

「過去だけでも。」

 

「現在だけでも。」

 

「行うべきではありません。」

 

ホシノは目を細める。

 

「じゃあ。」

 

「全部見た上で。」

 

「最後は何を基準に決めるの?」

 

ノアは数秒考えた。

 

「……私は。」

 

「その人を教育者として。」

 

「これから先も、生徒の前へ立たせることが適切か。」

 

「そこを判断することになると思います。」

 

「過去でもなく。」

 

「功績だけでもなく。」

 

「未来。」

 

ホシノが小さく呟く。

 

「はい。」

 

ノアは頷いた。

 

「この審議会は。」

 

「先生が何者だったかだけではなく。」

 

「これから教育者として在り続けることを認めるかどうかを審議しています。」

 

議場は静かだった。

 

その整理は、多くの代表者にとって腑に落ちるものだった。

 

ヒナも目を閉じる。

 

ユウカも小さく息を吐いた。

 

ホシノはしばらく黙っていたが、やがて静かに笑う。

 

「そっか。」

 

「だから難しいんだねぇ。」

 

「はい。」

 

ノアも小さく頷いた。

 

「過去を裁く場でもありません。」

 

「功績を表彰する場でもありません。」

 

「未来を預けられるか。」

 

「それが、この審議会の本質だと私は考えています。」

 

その言葉に。

 

議場は再び静かな沈黙へ包まれた。

 

誰も反論しない。

 

できなかった。

 

ノアの言葉は、一つの結論ではない。

 

しかし。

 

この審議会が何を決めようとしているのかを、誰よりも明確に言葉にしていたからだった。

 

 

 

 

ノアの言葉が、静かに議場へ残る。

 

「未来を預けられるか。」

 

その一文だけが、誰の心にも重く残っていた。

 

過去ではない。

 

現在だけでもない。

 

教育者として、これから先も生徒の前に立つことを認めるのか。

 

それが、この審議会の本当の問いだった。

 

しばらく沈黙が続く。

 

やがて、ホシノが小さく息を吐いた。

 

「……ありがとう。」

 

「おじさん、ようやく分かった気がする。」

 

ノアは静かに視線を向ける。

 

「何が、でしょうか。」

 

ホシノは少しだけ困ったように笑った。

 

「最初はね。」

 

「みんな、先生の過去ばっかり見てるように思えたんだ。」

 

「だから。」

 

「なんで先生が助けてきたことを、もっと見てくれないんだろうって。」

 

アビドスの仲間たちが静かに聞いている。

 

「でも。」

 

「違った。」

 

「みんな。」

 

「ちゃんと見てたんだね。」

 

ホシノはヒナを見る。

 

ユウカを見る。

 

ハナコを見る。

 

「先生が助けてきたことも。」

 

「先生が更生しようとしてきたことも。」

 

「ちゃんと認めた上で。」

 

「それでも悩んでる。」

 

ヒナは静かに頷いた。

 

「はい。」

 

短い返事だった。

 

しかし、その一言には迷いがなかった。

 

ホシノは少しだけ笑う。

 

「だったら。」

 

「おじさんも。」

 

「ちゃんと悩まないと失礼だね。」

 

その言葉に、ミカがゆっくりと顔を上げた。

 

今までのホシノなら。

 

「先生が助けてくれた。」

 

その一言だけで終わっていたかもしれない。

 

しかし今は違う。

 

反対する者たちの理由を知った。

 

だからこそ。

 

簡単に結論を出せなくなっていた。

 

ノアは穏やかに口を開く。

 

「ホシノさん。」

 

「はい?」

 

「先ほど。」

 

「先生に救われた生徒は、どこにいるのかと質問されました。」

 

「うん。」

 

「私の答えは変わりません。」

 

ノアは静かに議場を見渡した。

 

「この審議会は。」

 

「救われた生徒を無視していません。」

 

「だからこそ。」

 

「ここまで議論が続いています。」

 

「もし。」

 

「先生が何も成し遂げていなければ。」

 

「もし。」

 

「先生に救われた生徒が一人もいなければ。」

 

「ここまで慎重な審議には、なっていなかったでしょう。」

 

ホシノは静かに頷く。

 

その言葉は、自分が聞きたかった答えだった。

 

ノアは続ける。

 

「つまり。」

 

「先生の功績は。」

 

「この審議会を止めています。」

 

「止めてる?」

 

ホシノが聞き返す。

 

「はい。」

 

「先生の功績があるからこそ。」

 

「私たちは。」

 

「簡単に結論を出せなくなっています。」

 

議場は静まり返る。

 

誰も反論しない。

 

それは事実だった。

 

もし功績がなければ。

 

もし救われた生徒がいなければ。

 

この審議は、とっくに終わっていたかもしれない。

 

ノアは静かに資料を閉じた。

 

「ですが。」

 

「先生の功績だけで。」

 

「教育者としての適格性を判断することもできません。」

 

「それが。」

 

「今の私の結論です。」

 

ホシノは小さく笑う。

 

「相変わらず。」

 

「最後まで真面目だねぇ。」

 

「性分ですから。」

 

ノアもわずかに微笑んだ。

 

議場から、小さな笑いが漏れる。

 

重苦しい空気が、ほんの少しだけ和らぐ。

 

リンは二人を見渡した。

 

「ありがとうございました。」

 

「これにて、本質疑を終了します。」

 

ホシノとノアは互いに一礼し、それぞれの席へ戻る。

 

議場は再び静寂に包まれた。

 

討論は、一歩前へ進んだ。

 

先生に救われた事実は。

 

決して無視されていない。

 

しかし、それだけで結論にもならない。

 

その共通認識が、代表者たちの間に少しずつ生まれ始めていた。

 

リンは議事進行表へ静かに目を落とす。

 

「それでは。」

 

「次の質疑へ移ります。」

 

その一言で、再び議場の空気が張り詰めていった。

 

 

 

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 砂漠化の危機に瀕していたアビドス高等学校。しかし、入学してきた小鳥遊ホシノは「体重100トン」という規格外の怪物だった。▼ 彼女の類稀なる「密度」に脳を焼かれたゲマトリアの黒服が借金を全額肩代わりしたことで、入学3日目にして借金は完済。▼ ホシノの存在そのものが観光資源となり、アビドスはキヴォトス屈指のマンモス校へと急成長を遂げる。▼ 当たった銃弾を粉砕し…


総合評価:121/評価:-.--/連載:30話/更新日時:2026年05月04日(月) 18:05 小説情報


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