走る、走る、走る、走る……………
「(何が"もう私達と関わっちゃいけない"ですか! 暗殺者だろうが何だろうが、あんなテキトーな別れ方許しませんよ……絶対に!!)」
夜の街中を走る、暗闇に光る紅い目。
少女は思い出す。あの少年と初めて相見えた時のことを。
〝ったく……カッコつける前に飯食えよな″
最初に抱いたのはささやかな感謝だった。
〝オレはキルア=ゾルディック……一介のハンターさ!″
次いで心に植わった好奇心の種は、見る見る内に大きく肥大しゆく。
少年キルアへの思いは、一つの大きな木のカタマリのようなものだった。その木の奥に他の男には──カズマを除く他の男には、感じない気持ちが混じっているのは分かっていた。しかし、それがどういうものかはよく知らない。
自分自身のことには臆病な少女めぐみんは独りでその木を割って、気持ちを引きずり出すような真似はしなかった。
彼と交友を深める度に表面をじわじわ削っていったのだ。
漠然としていた彼への思いが、明確に彫り込まれてゆく。そこに埋め込まれていた一つは淡い「慕情」だった。
そして彫刻はより深く掘られたところほど、暗く翳る。
キルアが己の過去を楽しげに…正確に言えば楽しげな風を装って語った時。彼への理解を深めためぐみんが抱いたのは「悔しさ」だった。
その苦しみを表面的に知っただけの自分では彼に寄り添うことなど出来ないという歯痒さ。彼の犯した罪を意識してしまう後ろめたさ。
そしてキルアが"最高の友達"とやらを探しに行くため自分達にあっさり別れを告げた時、彼女は新たに掘り出してしまった。
「嫉妬」という名の幼稚で醜悪な感情を………。
「わっ!?」
石畳に躓いたかと思うと、不意に視界が反転し硬い路面に顔を痛烈に打ちつけていた。
じわリ、と口の中で広がる生温かい鉄錆のような風味。それが自らの血の味だと気付いた瞬間、彼女は唇を噛みしめる。
「(本当に………私は何をしているのでしょうか?)」
キルアが今すぐ街から出ていくとは限らないという微かな可能性に縋り彼を探していためぐみん。
一縷の希望を胸にギルドを訪ねてみても受付嬢のルナ曰く、キルアはつい先程「今まで世話になった」と彼女に挨拶して去って行ったという。
となると、もう行き先の当ては無かった…一つも。
「(キルアが私達よりも元からの友達を選んだからってその人に嫉妬してバカみたいじゃないですか!私だって同じ状況なら………今の仲間よりも、ゆんゆんを選ぶかもしれないのに…)」
その旧友の前では…いや誰かの前では意地でも認めたくない想いを胸の内に烈しく渦めかせ、めぐみんは悔しげに目を瞑る。
………もういい、決めた。
せめて最後に爆裂魔法を見せ付けてやろうと思っていたが、この辺の建物の屋根にでも登って上空に打ち上げてやろうか。キルアが既に街から出ていても気付くはず。
最後の最後に一発盛大にかまして、是が非でもあの男に我が魂の輝きを見せ付けてやるのだ。
そう決意した彼女が杖を支えに立ち上がろうとすると……
「あの、めぐみんさん…?そんな所でどうされました?」
「……その声は?あなたは確かあの時の──」
***
「アルカンレティアの街に行く?僕達がですか…!?」
「ええ、そこであなたにはアクシズ教の孤児院で働いて欲しいの」
アクアの提案に素っ頓狂な声をあげたのはミツルギキョウヤ。
骨折した彼の右手はアクアによって治され、盗賊少女フィオにかけられたバインドもまた『セイクリッド・ブレイクスペル』によって解除されていた。
「アクシズ教の孤児院はその……人手が足りていないのですか?」
「そうなの!エリス教に負けじとそういう施設が最近建てられたそうだけど、孤児院は深刻な人手不足と聞いたわ!……我がアクシズ教徒はね、な・ぜ・か・エリス教徒よりも数で大幅に劣っているそうだから」
「(何故かじゃねえよ!何が原因かなんてゴブリンでもわかるわ!…なーんて、俺は突っ込まねえからな絶対……)」
カズマは、話が進まないので口出しを自重する。
ダクネスといい今はここにいないめぐみんといい、このパーティーメンバーを交えて話す上で一々ツッコミを入れていてはキリが無い。
「あなた、この女神アクアを崇めるのなら今度こそ私のためになるようなことをなさい。大切に想う相手の話も聞かずに突っ走るのはあなたの悪い所よ」
「(まあそれは…。確かにその通りではあるんだが………)」
どこか釈然としない思いでカズマは、感涙すら流しそうなミツルギの横顔を見つめた。
「わかりました。アクア様がそう仰せとあらば!」
「この者にアクシズ教の加護があらんことを…」
跪く剣士の手に、女神がそっと手を添えて祝福を授ける。否、「剣士だった者」と呼ぶべきかもしれない。
彼は今日という日を以て──冒険者を辞めることを表明したのだから。
「さあ、将来アクシズ教徒となる子供達の未来はあなたの手にかかっているわ!」
「はっ!」
ミツルギの胸に宿るのは「家族を失った子供達をこの手で守り育んでいく」という、静かで、しかし何よりも強い覚悟と幸福感だった。
一度は力に驕って目が眩み、道を踏み外しかけた自分に告げられた新たな使命。これこそが、この世界で己が為すべき正義なのだとミツルギは確信する。
「(……孤児院ねえ。こいつに子供の世話なんて出来るのか?)」
視野が狭く思い込みの激しい男…それがカズマの中でのミツルギ評だった。
「アルカンレティアに着いたら、まずはアクシズ教の大聖堂に向かいなさい。あなたの助けとなってくれるはずよ」
「だ、大聖堂ですか!?あそこは………」
ミツルギの脳内にトラウマが蘇る。
紅魔の里の占い師に「これから出会うであろうアクシズ教のプリーストは、やがてこの世界の運命を左右しかねない大切な存在となります。あなたは、何があってもその人を守りなさい」と言われ、訪れたアルカンレティアの大聖堂。
そこには初対面の自分に強引に結婚を迫ってくるセシリーという名の自称美人プリーストがいた。実際美人なのは間違いなかったのだが、その性格はあまりにも強引過ぎた。そして、あまりにも「ところてんスライム」なる食品への執着が異常過ぎた…。
「…あ、いえ何でもありません!大聖堂にて身の振り方を教えて頂くことにいたします!(まあ……滞在したのがほんの一時だから話す機会は無かったが、他のアクシズ教徒はアクア様のように清廉な方々なのだろう)」
………古人曰く、知らぬが仏。
ミツルギはすぐに取り繕って深々と頭を下げると、今度はカズマに向き直った。
「佐藤和真、君には約束通り魔剣グラムだけでなく僕の全財産を渡そう。……ただ申し訳無いが、フィオのお金は勘弁してあげてくれないか?」
「キョ、キョウヤ!?」
「まあ別にいいけどさ…」
「すまないね。僕が冒険者を辞めるとなると、必然的に彼女やクレメアの収入も激減する。それなのに無一文にするわけにはいかないから」
「……お前ホントにもう冒険者やらないつもりかよ?」
「ああ。もう決めたことだ」
カズマは未だ信じられなかった。女神に選ばれし勇者とやらを気取っていた目の前の男がその道を自ら鎖すなど。
「どうしてもってんなら金だけもらって魔剣は返してやるよ!これなら今まで通り冒険者続けられるだろ?別に俺はお前から何もかも奪い取りたいわけじゃないんだ!」
自分でも分からない。ついさっきまでぶん殴りたくてたまらなかったはずの相手を何故ここまで心配するのだろうか。
「……君は本当にお人好しだね」
ミツルギは微かに口角を上げる。自嘲混じりの苦笑は、夜風に溶けてしまうほど静かだった。
「僕は正義を履き違えた己のエゴにフィオとクレメアを巻き込んでしまった。そんな僕に冒険者を続ける資格はないよ…。今はまず一から…いやゼロからやり直そうと思う。君がこの世界でそうしたように」
そう言うとミツルギはクレメアの肩を支えて一緒に立ち上がらせる。
彼女は後頭部の打ち傷が治り顔色も大分マシになっていたが、それでもまだ身体はか細く震え、自らの足で立つことも普段通り会話することもままならなかった。
「………お前がそこまで言うなら俺はもう何も言わねえよ。せいぜい頑張んな」
「あ、サトウさん?ちょっといい…?」
「ん?」
遠慮がちにフィオが会話に割って入る。
「キョウヤはさっきああ言ってくれたけど、やっぱり私のお金も全部渡すね」
「フィオ!? 君までどうして?」
「キョウヤが身一つでやり直すんなら私も一緒にそうしよっかなって……」
「本当!?……僕なんかにまだ着いてきてくれるというのかい?」
「言っとくけど、たとえキョウヤが力やお金を失ったって離れる気は無いからね?それに私だって自分の意思でサトウさんに戦い仕掛けたわけだからさ…」
「フィオ!……君という人は、本当に──」
「………ちょっと待ちなさいよ、フィオ」
ミツルギが最大級の感謝を告げようとした時、クレメアも衰弱していたのが嘘のように声を張り上げる。
「あんたに抜け駆けなんかさせないわよ。私もキョウヤと一緒にやり直すんだから…」
「クレメア!………もう大丈夫なのか?」
「まだ自力で歩くのは無理そうだけど大丈夫……かな?」
依然として声は枯れていたものの、それでも彼女の目には光が戻っていた。
「サトウさんだったかしら? 私のお金、全部あのめぐみんって子のために使ってあげてくれない?」
「まあ確かにお前のやらかしたことは、それこそ最低以下と言ってもいいレベルだが…」
カズマは敢えて厳しい言葉で前置きしつつも、
「それでもキルアがお前にやったことはどんな大金も安く見えるくらいエグかったんだぞ?報復にしてもやり過ぎなくらいだ」
彼女の被害にも言及する。キルアが去った方向にちらりと視線を向けて。
「そうよ、あなたあんな酷い目に遭ったのよ?やり過ぎ罪でキルアに慰謝料請求してもいいレベルよ?本当にあなたまでお金出すつもりなの…?」
さすがのアクアも気後れする様子を見せた。
「……は、はい、女神様。正直あの男の子は今まで遭遇したどんなモンスターよりも恐ろしかったです。正直に言えば、あの子がこの場からいなくなって凄くほっとしてます」
今なお手の震えが止まらぬ身体でクレメアは本心を打ち明ける。
「それでもめぐみんさんは、キルアって子がいなくなってかなりショック受けてるみたいだから、私にも何か出来たらって……」
「(まあ俺だって呑み込むのは正直キツかったけど、めぐみんが一番心配なのは確かだ…)」
「出来たら私のお金で、サトウさんからのプレゼントという体であの子に何か買ってあげてもらえないかしら?」
「え?俺からの贈り物ってことにすんのか?」
「うん。私のお金だって言ったらあの子嫌がるかもしれないし……」
バツが悪そうにクレメアは目を伏せる。
「うーん……あいつは自分の手でお前から逃れた時に、迷惑料払わせるかパシリにするか楽しそうに話してたような図太い奴だぜ?そんなタマじゃねえから心配すんな」
「それならいいけど………」
「罪悪感があるんなら、明日金持ってきた時にでもあいつにちゃんと謝ればいいんじゃないか?もちろんそれであいつが許すかどうかは分からないけど…謝罪にそんなのは関係ないからな」
「……そうだよね。謝罪って許してもらうためにやるわけじゃないし…」
彼女は自分自身に言い聞かせるように呟く。
「(ぶっちゃけめぐみんなら、金さえもらえば簡単に許すだろうけど…)」
「(めぐみんだからな…)」
カズマの心中を察し、一歩引いた所にいたダクネスも苦笑いする。そんな彼女から一つ提案が挙がった。
「なあカズマ、それにアクアも。お前達は冒険者としてクエストに出る前は日雇いバイトをしていたのだろう?ならば、お前達が彼らをそこに口利きしてやってはどうだ?」
カズマがぽんっと手を打つ。
「お!それいいな。そこでアルカンレティアってとこに行くための費用を稼げばいいじゃないか」
「親方はいい人だから安心ね。軟弱ふにゃふにゃニートのカズマさんも見捨てなかったくらいだし」
「こいっつぅ〜〜〜〜」
実際、土木作業のバイトでカズマは惨々たる働きぶりだったのに対し、アクアは社員にスカウトされるほど評価されていたので、彼は何も言い返せなかった。
「あいだだだだだだだだだっ!!!!!」
なので代わりにこの毒舌女神の耳を引っ張っておく。
「…………。」
その光景にミツルギは怒るでもなく、どこか寂しげに微笑む。カズマに軽口を叩いて反撃を食らうアクアのどこか愉快そうな顔を見て、改めて理解したからだ。
「(アクア様は………彼とのこうした関係を大変無邪気に楽しんでいらっしゃる)」
自分では一生かかっても、このような距離感の関係を築くことは叶わないだろう。そう認識し、ミツルギは胸をじんわり痛める。
「………それでは失礼します。明日約束の時間にギルドにお金を持ってきますから」
ミツルギはアクアに背を向ける。
フィオとクレメア──こんなどうしようもなく情けない自分を、どこまでも見捨てずにいてくれる二人を伴って。
「(世界の運命を左右する存在とは、間違いなくアクア様のこと。僕の魔剣なんかよりもよほど素晴らしい特典を佐藤くんは得たんだな……)」
今更嫉妬など抱かない。ただ少し…ほんの少し寂しいだけだ。
***
来客を告げるドアの鐘が鳴る。先刻、閉店時間を迎えたはずなのだが。
「あら?さっきのお客さんじゃないですか」
魔導具店の店主ウィズは、憂鬱そうに帳簿とにらめっこしていた顔を上げる。
彼女の視線の先にいたのは夕方頃までこの店で談笑を楽しんでいた銀髪の少年だった。
「……どうかなさいましたか?」
ウィズは彼に帰るようには言わなかった。
理由は単純。その少年の顔付きが、先程とは別人のように暗く沈んでいたからだ。そして彼女には、その原因に思い当たるものがあった…。
「店が閉まってる時間に来てごめん。オレ、ウィズさんに一つお願いがあって来たんだ」
「お願い?」
彼女は腰掛けていた来客用テーブル席からゆっくりと立ち上がる。
「オレの有り金ぜーんぶウィズさんに渡すからさ…オレをウィズさんのテレポートでこの街から遠くに飛ばして欲しい。うんっと遠くに………」
「…………テレポート?」
「最初はこの街のテレポート屋に行ったんだけど、お金足りないって言われたんだよね。30万エリスいるって……値下げ交渉にも応じてくれなかったし。こんなことなら、もうちょいクエスト受けときゃ良かったかなぁー」
「(この子やっぱり…)」
貼り付けたような笑顔で語る少年の言葉に、ウィズは一つの確信を抱く。
「お客さん…もしかしてお名前をキルアさんと言うのではありませんか?」
「あれれ…?オレ、ウィズさんに自分の名前教えてたっけ?」
いつの間に名を知られていたのか…キルアは僅かに警戒を込めてウィズを見据える。
「そ、そんなに身構えなくて大丈夫ですよ!勝手に詮索して知ったとかじゃありませんから!」
「……そうなんだ」
おくびにこそ出さなかったものの内心キルアは驚きを覚える。
「(この人、オレが警戒心を抱いて無意識かつ暗々裏に身構えたことを見抜いたってのか。やっぱりタダ者じゃない…)」
ウィズもかつては凄腕の冒険者として、生きるか死ぬかの修羅場を数え切れないほど潜り抜けてきた身。対峙する相手が上手く隠そうが、ほんのごく些細な重心のブレ方で敵意を見抜く勘は毛ほども鈍っていなかった。
……と、今はそんなことより。彼女は早急に本題に入る。
「めぐみんさんがお名前を教えてくれたんです。ついさっき…」
「え!?」
「銀髪で自分と同じくらいの歳の男の子を探してて、その男の子の名前はキルア=ゾルディックだとおっしゃってました…」
「…………。」
全く思いも寄らぬ裏事情だった。
「(ウソだろ…めぐみんがオレを探してた? こんなオレを…)」
あれほど猟奇性をアピールしておけば、自分が仲間の輪から離れていくことにむしろ安堵するかと思っていたのに…。
「(あの時めぐみんがオレを引き留めた時には驚いたけど………まさか追ってくるなんて…!)」
キルアが己の境遇を明かして別れを告げた時、皆の反応は概ね期待通りであった。
まずダクネスは困り顔をしつつも理解を示してくれた。おそらく彼女が貴族として、暗殺のような汚れ仕事を行う者に関してそれなりに知見があるからなのだろう。いつの世も権力の陰には"殺し殺され"が付き物、切っても切れない関係だ。如何に彼女自身および彼女の親族が清廉な貴族とて、この現実からは目を背けられまい。
カズマはというとひたすら呆けていた。こちらに声をかけるのすらもやっとの様子だったように見える。日々の露悪的な言動の数々に反して、良く言えば平和主義…悪く言えば平和ボケした感性の持ち主ということは見て取れたので、別段驚きはない。
アクアも当然こちらの事情には驚愕していた………のだが、そこから何を考えていたのかは今一つ読めなかった。まあ、それは別にいい。
一方で、めぐみんだけは違った…。
「あの…キルアさん? せっかくなので、とりあえずお茶でも飲まれますか?ちょうど良いお茶が入った所なんですよ!」
「あ、はい…」
思考の渦から引き戻され、ウィズに促されるまま、傍のテーブル席にキルアは座る。
「(めぐみんはもっと泣いて怖がるかと思ってたんだけどなぁ…)」
どうやら彼女のことを見誤っていたらしい。
しかも、そんなに必死に自分を引き留めようとするとは夢にも思わなかった。彼女がそこまで自分に思い入れを抱く要素なんてあっただろうか?
……いくら頭をひねってもキルアには皆目見当も付かなかった。
「はい、こちらをどうぞ…」
「どうも…」
目の前に置かれたのは紅茶だった。湯気と共に気品ある香りが立ち昇る。
「めぐみんさんとはちょうどこの店の前でバッタリ会ってお話したんです。店の前を掃除しようと玄関を出た時で、キルアさんが来られるほんの少し前でしたね…」
「そもそもウィズさんがめぐみんと知り合いなのが意外だったんだけど…?」
「街はずれの共同墓地で色々ありましてね。そこでカズマさんのパーティーと知り合ったんですよ」
「なるほど…」
キルアはお茶を一口啜る。
「お、美味いね!砂糖多めで甘めに調整されてるのがいい感じ」
キルアは甘い物が好きだ。幼い頃、天空闘技場で稼いだ億単位のファイトマネーを丸々お菓子に注ぎ込んでしまったくらいには。
「お気に召していただけて嬉しいです」
ウィズはにっこりと笑みを深くした。
キルアが暫し紅茶を味わったところで、彼女は会話を再開する。
「……めぐみんさんからキルアさんのこと聞いたんですけど、とても褒めていらっしゃいましたよ?」
「あいつがオレを?……何て?」
「すごく強くて、見たことのない不思議な力も使う、紅魔族の琴線にこれでもかと触れまくる存在だとか!」
「はは…」
めぐみんに
「それと他にもおっしゃってました…」
彼女は声を弾ませ、胸の前で穏やかに両手を組み合わせた。
「キルアさんはとっても優しいって!」
「へっ……!?」
あまりに予想外な答えに、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になるキルア。
「(……オレ何かそう言われるようなことしたっけ?)」
さっぱりわからなかった。
「まだ知り合う前めぐみんさんが空腹で倒れそうになってた時…キルアさんが体を支えてあげたそうですね?」
「あー……そういやそんなこともあったっけな〜」
「爆裂魔法の反動でめぐみんさんが満足に動けない時も宿まで送ってあげたとか、めぐみんさんが仲間の命を危機に晒してしまった時にその仲間の人にかっこいいこと言ってくれたとか…」
「(かっこいいって、あの時オレが言ったことがか…?)ありゃただの保身だし…」
「それに………」
ウィズはぐっと手に力を込める。
「何かワケがあって自分達を遠ざけるために、無理して悪役っぽい感じを出してるダークヒーロー染みた所も紅魔族の琴線に触れるって!──そう、めぐみんさんは言ってました」
キルアは彼女と目を合わせられなかった。
「…………。」
「具体的に何があったのかはお聞きしてませんけどね…」
ウィズの言葉にキルアが何を感じたのか彼女には伺い知れない。
……ただそこで一気に紅茶を飲み干したのは、何か思う所があった故ではないかとウィズは考える…否、期待する。
「ちなみにめぐみんさんは私とちょっと話してからは落ち着いたみたいで、晩ごはんを食べることにしたそうですよ?」
「そっか………それなら良かった」
"良かった"という言葉とは裏腹に心が微かに萎んだことにキルア自身も驚く。暗殺者一族として生まれてこの方、誰かに追われて僅かでも嬉しいと感じたことなど一度も無かったはずなのだが。
「(この気持ち、一度目のハンター試験の後にゴン達がオレん家に来てくれた時のと似てる気がする……まさかな)」
そんな自分自身を鼻で笑い、キルアは改めてウィズに向き直る。
「んでウィズさん、さっきのテレポートの話なんだけどさ…」
「一回ならお金無しでやってもいいですよ?……ついでに言っておくと、今キルアさんがお仲間さん達と距離を置くのも悪いことではないと思いますし」
「……ありがとう。ならテレポートの前に買い物してっていいかな?さっきウィズさんが言ってた爆発シリーズっての買いたいんだ。紅魔族の魔道具職人さんが作ったって奴…」
「本当ですか!?ありがとうございます!! ああ、これで当店の赤字が一割減ります…」
「(………この店、何で潰れないんだろ?)」
素朴な疑問はさておき買い物を済ませたキルア。おまけとして、ポーションを入れるためのポーチをもらったので腰から提げておく。
「テレポートで飛べる行き先は三つ。その内の一つはここアクセルで、後の二つはとあるダンジョンと紅魔の里付近です。紅魔の里付近に飛ばしたんでよろしいですね?」
「うん、それでお願い。ところでさ、何で紅魔の里を直接テレポート先に指定しないの?直接行けた方が楽なんじゃない?」
「それはですね…紅魔の里の方々が、外部の人がいきなり里の中に現れるのを快く思わないからです」
「よそ者に対する警戒心が強いわけか」
「あ、いえ……紅魔族の方々は、魔法使いの里なのに住人が普通の服装をしている所をお客さんに見られたらガッカリされるのではないかと心配しているようでして。なので外部の人の来訪を見張りの人が知らせて、急いで黒マントに着替えるようになってるみたいです」
「…………。」
「私もその辺に配慮して、里に直接飛ばないよう気を遣ってるんですよ〜」
「………事情はよーく分かった。じゃ、テレポートよろしく」
「紅魔族は頭めぐみん」。キルアはここに新たな学びを得てしまった。
***
「こめっこちゃん、見つからない……もうこんな暗くなってるのに何で帰って来ないの?」
紅魔の里付近の森の中、紅魔族の少女がぼやく。
びゅうびゅうと暗い森を吹き抜ける風の音が怖くてたまらない。
その少女の名はゆんゆん。
彼女は親友かつライバル──明け透けに言えば、親友かつライバルと信じている相手だが──の妹を捜索していた。
もう夜なのにまだ娘が家に戻らないと、こめっこの両親が里の自警団(を名乗るニート達)に訴えかけたことにより、こめっこを見つけ保護することとなった。
用事があって一時帰郷していたこの少女も捜索に参加した次第である。
「(上級魔法を思ったより早く習得出来たけど、めぐみんには会えなかった。先にお父さんとお母さんと、学校の先生に伝えるために里帰りしたらこんなことになるなんて…)」
こめっこはめぐみんの七つ下の妹。
まだ幼い割にしっかりしていて、めぐみんも手を焼くほど賢かった。あの子がこんな風に迷惑をかけるだろうか?
ゆんゆんは疑問に思いつつ、鬱蒼とした木々の合間を歩く。もし森の中に迷い込んでいるなら、ファイヤードレイクや一撃熊などのモンスターに遭遇する危険もある。それに今は……
「(森の中に"アレ"がいるはず…黒髪黒目の人間を襲うという噂の)」
最近何故か活動範囲を広げている"アレ"。紅魔族の人間のことは不思議と襲わないと話に聞いているが……
「ガウッ!ガルルルルルッッッッ!!!!」
「!?」
森のどこかから不気味な咆哮が聞こえてきた。
「(まさかこめっこちゃんがモンスターに襲われてる…!?急がなきゃ!)」
ゆんゆんは血相を変えて走り出す。
この鳴き声からしておそらく狼型のモンスターだろう。人の肉も骨も容易く食いちぎる獰猛な生き物を相手に、まだ魔法も使えない幼い子供が生き残れるはずがない。
「(どうか…どうか…間に合って!)」
絡み合うツタも草むらも蹴飛ばし、ローブに泥を跳ね散らせながら死に物狂いで森を進む。
走り始めてたった数分…なのに息が切れ、喉や肺が焼け付くように熱い。頭がガンガンする。腹も胸もキリキリ痛む。
「こめっこちゃんっ!!!!」
そして森を流れる小川を渡る時、鉢合わせたのは予想だにしない相手だった。
「(あれは……フェンリル!?そんな、まさかウソでしょ!?)」
孤高の狼にして森の覇者フェンリル。
ただでさえ危険な白狼の上位互換にあたるモンスターで、ベテラン冒険者でも全滅しかねない大物。氷属性の能力を操り、身体から自然に発する冷気だけでも足元の物を凍らせるほどの力を持つという。
その大物モンスターが、なんと彼女の前方…川の向こうから凄まじい勢いで駆け込んできたのだ。少女は一瞬最悪の事態を想像しかけるも、
「(……でも、どうしたのかしら?)」
首を傾げる。
銀色の巨大な狼は浅い呼吸で忙しなく、白く輝く息を吐き、独りの少女に目もくれず走り去る。幸い川を一気に飛び越えたため水が凍ることは無く、川の中に立つゆんゆんは巻き添えで氷漬けにされずに済んだ。
すれ違いざまに鮮やかな青い瞳が目に付く。どうやら片方のまぶたに大痣が出来て腫れ上がっているようだ。明らかに様子がおかしい…。
「(あれは獲物を追ってるとかじゃなくて何かから逃げてる…?まさか"アレ"に襲われたから!?)」
ありえなくもない。紅魔族のアークウィザード達ですら未だ仕留め切れないほどの力を持つ"アレ"の前では、フェンリルといえど無力だろう。
おそらく逃走状態であろうフェンリルの後ろ姿が、木々の彼方に消えたのを確認し、ゆんゆんはゴクリと唾を飲む。怖い、どうしよう…と。
川のせせらぎがやけに煩く聞こえる中…震える彼女がフェンリルの来た道を注視していると意外や意外、人の声が耳に飛び込んできた。
「ふー、危なかったぁ…あの犬っころ、気が立ってたのか知んねーけどいきなり襲ってきやがって!一歩間違えば腕もげてたぜ!……傷口が凍らねえようにまたちょっと電気使っちゃったし」
「(あ、あの男の子は…!?)」
ゆんゆんの目の前に現れたのは、肩の部分が裂けた服を着た男の子。
どうやら傷を負っているらしく、服の裂け目が薄っすらと血で滲んでいる。一応そこまで酷い傷ではないようだが…。
「ん…?」
彼は立ち止まってゆんゆんを凝視する。人と目を合わせるのが酷く苦手な彼女は反射的に目を逸らした。
「あれ?……君、もしかしてこの前アクセルの街近くでオレと会わなかった?ほら、草原のとこでちょっと話したじゃん」
「あ、あ、あ、あ、あの時の……………」
無論ゆんゆんにとっても忘れるはずのない相手である。
「(私のめぐみん待ち伏せポイントで毎日修行するって言ってた男の子じゃない!まさかこの子があのフェンリルを撃退したっていうの!?)」
因縁の相手(?)との再会に、内気な少女はまたしても胸のざわめきを覚えるのであった。