転生ニトロは幸せを手放したくない   作:元洋菓子職人II

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一気に動き出す運命の歯車


幸せの呪い

 「お〜!俺は一龍叔父ちゃんだぞ〜!え〜っと…それで二鳥、カカ。この子の名前はもう決めたのか?」

 

 一龍兄さんがカカさんの胸の中で「ピー、ピー!」と元気に返事する赤ん坊を覗き込みながら尋ねた 。

 

 「一龍、何を言っているのですか……っ!」

 

 カカさんは、まだ体力の戻らない身体で愛しい我が子を抱きすくめながら、呆れたように、けれどどこか照れくさそうにいつもの長話を始めた。

 

 「今日この数時間の間に、私は妊娠の自覚、急激な卵殻形成による細胞肥大、命懸けの産卵、そしてグルメ細胞による規格外の超スピード孵化という、生物学的な常識をすべて置き去りにした怒濤のライフサイクルを駆け抜けたばかりなのです……っ! 頭の整理はまだついておらず、この『新種のニトロ』に最も適合する合理的かつ美しい名前を選定するには、少なくともあと数日は休息の時間を要するのが当然であり、今すぐ決まるわけが――」

 「ううん、カカさん。俺……もう決めたよ」

 「え……?」

 

 カカさんが驚いて長話を止め、瞳を丸くして俺を見上げた。アカシア様やフローゼ様、一龍兄さんたちも、俺の言葉にじっと耳を傾ける。

 

 俺はカカさんの腕の中で一生懸命に小さな嘴を動かしている我が子の姿を、愛おしそうに見つめた 。

 

 前世はただの人間だった俺は、この前世よりも過酷な世界に転生し、カカさんという掛け替えのない奥さんと出会った。

 

 種の壁に悩み、葛藤し、それでも二人で何千回もの夜を重ねて、ついにこの手の中に命が産まれてくれた。この子を卵から拾い上げ、一目見たその瞬間に俺の胸の奥にある『魂』を包み込んだのは、凍てつく風をすべて溶かしてしまうような、どこまでも優しく、どこまでも温かい、陽の光のような温もりだった。

 

 この過酷な世界で俺たちに、そして家族にいつでも眩しい太陽の温もりを与えてくれるように…

 

 「この子の名前は……『アポロ』。そう、アポロにしよう」

 

 俺が誇らしげにその名を告げると、寝室に心地よい沈黙が流れた。

 

 「アポロ……太陽の神、か。素晴らしい名前じゃないか、二鳥。アポロ、わたしはアカシアおじいちゃんだ」

 

 アカシア様が、その名の持つ意味と温かさに本当に嬉しそうに微笑んだ。アカシアおじいちゃんか…こうしてみると、アカシア様も顔の皺と髭が伸びていることに気づく。

 

 あの頃に比べると老けてしまわれたな、アカシア様…。

 

 「ええ、とっても温かくて素敵な名前ね、二鳥。アポロ、アポロ、おいで……おばあちゃんですよ」

 

 フローゼ様が優しくその名前を呼ぶと、カカさんの胸の中のアポロは、まるで自分の名前を理解したかのように、「ピピッ、ピー!」と一際元気に翼を羽ばたかせて鳴き声を上げた。

 

 「あ……あぁ……」

 

 カカさんは、胸の中の我が子を見つめ、それから俺の手をぎゅっと力強く握りしめた。その瞳からは、またポロポロと幸せな涙が溢れ出ていたよ。

 

 「アポロ、ですか……。太陽の光は、あらゆる生命の代謝を促し、食の恵みをもたらす全ての源。二鳥さん、あなたがこの子に注いだ最初の、そして最大の愛情に満ちたその名前は……世界一素晴らしい名前だと、私は強く同意します……っ」

 

 泣きながら、けれど誇らしげなカカさん。

 

 「よおアポロ!改めて自己紹介だ。 俺が一龍伯父さんだぞ!」

 「ピッ!」

 「おおお!返事したぞ、二鳥!」

 

 一龍兄さんがアポロの返事で大喜びしている。

 

 「一龍兄ちゃんうるさいぞ!おいアポロ、俺は次郎叔父さんだ!お前は俺が命に代えても守るからな!」

 「アポロ…か。俺は三虎叔父さんだ、よろしく。…この年で叔父さんとは変な感覚だな、兄者」

 「でも、いやな感覚じゃないだろ?」

 「……そうだな。寧ろ…心地良い、変な感覚だ」

 

 次郎と三虎も、新しい家族を歓迎してくれている。

 

 愛しい兄弟達が自己紹介をし、節乃ちゃんが「アポロちゃん!可愛いね〜!」と可愛いを連呼している。

 

 俺とカカさんの間に産まれた、世界でたった一つの新しい太陽。我が家の寝室は、大切な家族たちの笑顔と、これから始まるアポロとの輝かしい毎日の予感に包まれていた。

 

 「…よし、二鳥、カカさん。今日という素晴らしい奇跡の日を祝いに、明日は私たちが最高のご馳走を持って、またここに集まるよ」

 「え〜…アカシア様ぁ、俺もう少しここに居たいんですが…」

 「今日はアポロを両親に甘えさせてあげなさい」

 

 アカシア様が優しく微笑み、家族の代表としてそう告げた。次郎が抗議するが、アカシア様はそれを断った。

 

 「それに、アポロとカカさんのためにも、栄養満点で最高に美味しいお祝いの御膳を仕込みたいし。カカさんは体力を消耗しているのだから、今はゆっくり休むべきなのよ」

 「…分かりました、フローゼ様。二鳥、カカはしっかり休むんだぞ。アポロ、また明日な!」

 

 フローゼ様も微笑みを浮かべて次郎を諭し、名残惜しそうにしていた一龍兄さんと次郎、三虎とついでにジジたちを連れて、玄関へと向かっていった。

 

 バタンと扉が閉まり、寝室には再び心地よい静寂が戻ってきた。部屋に残されたのは、俺とのカカさん、そして俺達の間で小さく羽をパタパタとさせている我が子、アポロ。

 

 「……ふぅ。一龍たちがいなくなると、急にこの部屋の気密性と防音性が本来のパフォーマンスを発揮し始めましたね」

 

 カカさんは、まだ少し疲労の残る身体でアポロを愛おしそうに抱きすくめながら、頬をほんのり赤らめて俺を見上げました。

 

 「二鳥さん」

 「はい、カカさん」

 「私は今日、命懸けの産卵をあなたの手を握りしめながら完璧にやり遂げました。これは、私の精神力とグルメ細胞の限界に挑んだ、偉大な快挙であると言えます……ですから……その、頑張った私へのご褒美のキスを、要求いたします…」

 

 上目遣いに俺を見つめ、照れくさそうに、けれどまっすぐにキスをねだるカカさん。そのあまりの健気さと愛らしさに、俺の胸の奥はまた熱くなった。俺は少しいたずらっぽく笑みを浮かべると、彼女の細い肩にそっと手を回す。

 

 「いいよ、カカさん。でも……いいの? またそんなことしたら、俺たちの凄まじい食欲のエネルギーが結合して、明日には『二人目の子ども』が宿っちゃうかもしれないよ?ふふふ…」

 

 一龍兄さんのようにわざとらしく茶化してみせる俺に、カカさんは一瞬、はっと息を呑んで顔を真っ赤に染め上げた。しかし、彼女は涙目のまま、俺の瞳をまっすぐに見つめ返してきた。

 

 「……構いません」

 「…え?」

 「構いません、と言っているのです二鳥さん……っ! 確かに、2日連続で卵殻形成および超スピード孵化は、私の肉体的なエネルギー消費量を著しく増大させ、肉体への負担は今日以上になることは間違いありません…ですが、あなたとの愛の結晶であるならば、私は何人でも、それこそ数千、数万の子どもを、この手で抱きしめたいと本気で思っています……っ! ですから、早く……んっ!」

 

 カカさんのその、理屈をすべて愛の熱量で叩き潰した最高の白状に、俺はもう言葉を失った。

 

 「……カカさん。愛しているよ」

 

 俺はカカさんをそっと引き寄せて、口を重ね合わせた。我が家の寝室の空気は、二人の愛の熱量だけで一瞬にして甘く沸騰していく。俺達が完全に、誰にも邪魔されない二人の世界へと没頭しかけた――まさに、その時だった。

 

 「――ピッ!? ピ、ピーーーーーーーーッ!!!」

 

 俺達の間の温もりの中から、一際大きな、抗議するようなアポロの鳴き声が響き渡った。

 

 見れば、アポロが小さな翼をパタパタと激しく羽ばたかせ、俺たちの顔を交互に見上げながら、まるで「私のことも構ってよ!」と言わんばかりに一生懸命に嘴を動かしていたんだ。

 

 「あ……」

 「……アポロ」

 

 お互いの唇が離れ、俺とカカさんは一瞬呆気にとられた後、同時にフッと、本当に愛おしそうな優しい笑みが溢れた。

 

 「本当に、誰に似たのかお喋りで、ヤキモチ焼きな太陽ですね」

 「カカさんに決まってるじゃないか。ほら、アポロ、寂しくさせてごめんな」

 

 俺とカカさんは、自分たちの顔を同時にアポロの小さな頭へと近づけました。そして、小さな頬へとお互い同時に、これ以上ないほど温かい、優しい親のキスをそっと落としてあげた。

 

 「ピ、ピピィ……♪」

 

 俺たち両親をからの愛情を受け取ったアポロは、今度は嬉しそうに鳴き声をすぼめ、カカさんの胸元で心地よさそうに目を細めた。どうやらおねむの準備をしているようだ。

 

 「俺たちもそろそろ寝ようか。カカさん」

 「そうですね、二鳥さん。それにしても、長い戦いでした」

 「ふふ、お疲れ様」

 

 俺たちも寝る準備をする。汗と体液で湿っているベッドを予備のものと交換し、明日洗濯する準備をしておく。

 

 そしてアポロを間に挟み、俺たち家族は仲良く抱き合って眠りについた。

 

 ◆

 

 この日、俺は悪夢を見た。

 

 ◆

 

 ドォォォォン!!

 

 我が家から遠く離れたグルメ界の過酷な荒野に、地球が悲鳴を上げるような凄まじい震動が走った。大地は裂け、周囲の巨大な岩が一瞬にして粉々に爆砕する。

 

 その激しい地震の震源地に立っていたのは…拳を血に染め、大粒の涙を流しながら叫んでいたのは…。

 

 「おおおおおおおああああああっ!!」

 

 一龍だった。

 

 そしてその血に塗れた拳を振り下ろしていた相手は…

 

 「かはっ……!はぁ…はぁ…!」

 

 二鳥だった。




現実とは残酷なものです。

皆さんはどっちだと思います?二鳥は…

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