ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~ 作:ハルキーノ
《王録》 十章 十一節
『一人の拒む声の陰に、幾つもの沈黙が列をなす』
2378- 魔力溜まり外縁前進指揮所 羽黒承視点
二度目の通告は、通信で送った。三度目は白旗だった。返ってきたのは、砲弾だった。
着弾は前進指揮所の百歩手前。土が天幕へ降った。本来の指揮所位置は、そこからさらに五十歩ずれている。工兵が地図上の記号と実際の天幕配置をわざと食い違わせ、敵の事前観測が古い座標を掴むよう仕込んでいた。狙いは外れたのではなく、外させていた。
「停戦拒否を確認」
通信兵が記録する。
声は平らだった。
筆先だけが紙を二度引っかいた。
「白旗伝令は」
「帰投中。負傷なし」
「東路」
「敵歩兵十二名が接近。武器を捨てています」
「通してください」
敵砲が二発目を撃った。
山崎さんの砲隊が待っている。
「西の一門へ二発。中央車両の前へ煙幕。北には撃たないでください」
「了解」
「北は動きません」
ミネナが地図から目を離さず言った。
「さっきと同じ並び。怖がってるだけです」
「怖がってるだけ、で済みますか」
「済みません。でも、今はまだ動きません」
砲声。
一拍遅れて、西の窪地が土で隠れた。
希望さんが観測線を読む。
「敵砲、結界展開。面が歪んでいます」
「二射目」
山崎さんが腕を下ろす。砲声が重なった。敵砲の表示が低くなる。
砲手が離れる。一人は東へ走った。一人は砲尾へ戻った。
北の空で、低い爆音が二度続いた。
双発機の編隊が、後方集結地への道の上を通過していく。グラダナの艦載機だった。カセルから届いた符号紙には、短く「後方集結地、進出路を叩く。増援は遅れる」とだけ書かれていた。
しばらくして、後方から来るはずだった車列の数が、報告よりも少なく上がってきた。
助かった、とは思わなかった。ただ、今日の計算がひとつ楽になった。
停戦を拒否したのは誰か。砲を撃ったのは誰か。装填したのは誰か。
命令を伝えたのは誰か。表示には書かれていない。
「敵中央車両、前進」
「煙幕を追加。対車両班は撃たずに待機。低地を出るまで見せないでください」
命令が通る。味方歩兵が伏せる。結界班が面を低く張る。
救護兵が担架を土嚢の裏へ寄せる。
東路では、武器を捨てた敵兵が両手を上げていた。
中央では、別の敵兵が車両と一緒に前へ出る。
同じ制服。
同じ生命表示。
東の十二人、中央の残り、北で伏せている歩兵――数字は増えるほど、名前ではなく順番でしか区別できなくなる。
「少将殿」
ルセリナが次の命令を待っている。
「開始してください」
北へ煙幕。西へ砲撃。中央へ対車両射線。
東は発砲禁止。四つの命令を、同じ口で出した。中央車両が煙幕へ入る。
音だけが近づく。履帯。変速機。
結界支援具の低い振動。味方壕では、誰も撃たない。
対車両班の射手が肩当てへ頬をつけたまま待っている。隣の装填手は砲弾を抱え、膝を泥へ沈めていた。
「距離、四百」
「まだです」
煙幕の端から車体の上だけが出る。砲塔は左右へ振れている。見えていない。
撃てる方向を探している。
「三百五十」
東路では、十二名の敵兵が一列にされていた。
武器を捨てた場所と収容線の間に、中央車両の砲口が重なる。
「東路の捕虜を伏せてください。救護班は土手の裏へ」
命令を受けた味方兵が敵兵の肩を押す。
敵兵は意味が分からず、両手を上げたまま立っている。
通訳できる者が走った。
車両が煙幕を抜ける方が早い。
「三百」
「先頭履帯へ一発。砲塔ではなく、左下」
発射。対車両弾が車体前方の結界へ当たった。面が白く膨らむ。
弾は逸れた。衝撃だけが履帯へ残る。傷んでいた左側が浅い溝へ落ちた。
車体が傾く。砲口が東路の上を通り、空へ向いた。
「二射目、待機」
射手の指が引き金から離れない。
「待ってください」
少し遅れて、指が外れた。敵車両の上部扉が開く。乗員が一人、顔を出した。
拳銃を持っている。こちらを見る。東路を見る。
拳銃を車内へ落とし、両手を出した。
「降車を確認。発砲禁止」
その後ろで二両目が横へ出た。
砲塔が味方壕へ向く。
「二両目、砲塔基部」
今度はすぐに言えた。発射音が腹へ響く。敵結界が割れ、砲塔の旋回が止まった。
上部扉は開かなかった。中の生命表示が二つ下がる。一つは止まった。
一つは消えた。
「敵車両一、戦闘不能」
通信兵が記録した。
味方壕を向いていた砲口が止まり、東路の捕虜たちがようやく地面へ伏せた。対車両班の装填手が抱えていた次弾を下ろす。撃ち勝った一発が、撃たずに済む一発を作った。
僕は次の命令を出した。
「三両目を煙幕で切ってください。先頭乗員の収容を優先」
声は詰まらなかった。
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東路の十二名は、夕方には十四名になった。
先頭車両から降りた二名が加わった。
毛布を渡すと、一人はすぐ肩へ掛けた。もう一人は受け取ったまま、泥の上へ置いた。
監視兵が拾って渡し直す。
また置く。
三度目で、救護兵が毛布を二つ折りにし、座布の代わりにした。
僕は収容線を通った。
「水は足りていますか」
監視兵が立ち上がりかける。
「そのままで。立つ人が増えると、こちらが落ち着きません」
監視兵は腰を戻した。敵兵の一人が僕の階級章を見て、それから中央低地へ顔を向ける。止まった車両から煙が出ていた。彼が何を考えたかは分からない。僕の命令で撃った砲弾の数なら分かる。
西へ二発。中央へ一発。煙幕四発。対車両弾二発。敵死者、確認一。味方負傷者、三。捕虜、十四。数字だけなら、うまくいった。
夜、停戦拒否の文面を読み直した。敵側の回答は短く、武装解除を拒否、戦闘継続。署名は指揮官一名で、その下に歩兵、砲兵、車両乗員、救護要員の推定兵力が並んでいる。署名した一人より多い。
昼の表示を紙へ重ねる。東路へ出た十二名、砲へ戻った一名、車両と進んだ人間、壕から動かなかった人間。拒否した指揮官の表示だけを探しても見つからず、全員の `生命` が同じ明るさで残る。
敵意も疲労も立場も、一人ひとり違う。それでも、死ねば数字の上では同じ扱いになる。左手に `魂` が浮き、昼の砲撃から伸びた線が、山崎さん、砲兵、僕、敵砲手、停戦拒否の署名へ順に触れていた。
線は署名を通り過ぎ、昼に僕が伏せさせた味方歩兵へ戻った。
敵を撃つ射線の前へ、味方を置いた。味方を守るために敵を撃った。敵を降ろすために車両を撃った。
降りなかった人間は死んだ。
同じ順番を、報告書なら一行ずつ分けられる。
頭の中では分かれない。
紙の端が、指の中で潰れた。
敵がしたことと、僕がしたことを、表と裏へ分けられなかった。
水差しへ手を伸ばした。指が縁へ当たり、倒した。床へ水が広がる。
布を取る。拭く。濡れた場所は消えた。
それでも同じところを拭いた。
布が泥色になるまで、手を止められなかった。
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