ごほんゆび! 作:ハリセンボン
原作:Limbus Company
タグ:R-15 残酷な描写 アンチ・ヘイト Project Moon Library of Ruina 五本指 日常 妄想 人差し指
捏造設定が多々あります。またLeviathan等Project Moon製作品のネタバレがあります。
比較的ほのぼの系です。
人差し指伝令の朝は早い。いや僕以外の伝令と話をしたことは無いから知らないけど。僕、クリスは目覚めるのが早い。
朝起きると同時に玄関や窓へと足を運び、届けるべき指令がないかくまなく確認する。届けるべき指令は人差し指の印が目立つように記されていて、そして見逃さないようにわかりやすく置かれている。
今日は二通の指令を確認した。少し物足りなく感じるが、多いときは数十枚もの指令が届く。ひいこら言いながら指令を届けた日を思い浮かべれば、仕事が少ないのはいいことだと考えなおした。
ヨンウン、ラーズ。指令に書かれた宛先から名前を確認すると同時に、伝令のための配送ルートを展開する。
冷蔵庫からサンドイッチを取り出して、口にくわえる。水筒を鞄へと入れ、ポケットには確認した指令の用紙を仕舞う。この区画の通りは頭に入っているが、念のために地図を開いて確認する。
サンドイッチを飲みこむより前に、脳内で地図上へ道筋を描き上げる。いくつか交通整理で道がふさがれていようとも、午前中には無事に届け終わるだろう。
たった二つしかないのだから、いつもよりあっさりと準備が整い手持ち無沙汰になってしまった。
部屋の内と外を指さし確認。右よし、左よし。見逃した異変、無し。届けるべき指令を見逃すようなミスを起こすなど伝令にあってはならないことだ、と言いたいところだが実際は指令を見逃すミスなど絶対にあり得ないことである。
なぜなら指令が見逃されるということは、今は届けるべきタイミングではないということだから。
だからこれは、もう少し届けるべき指令があればいいのにという願望に縋ったあがきに過ぎない。無意味な時間とも言えるし、あるいはこれすらも見越して指令が下されるのかもしれない。
とはいえ『指令を届けられない』ということがなくとも、『
指令を理由に怠惰でいることは伝令としてあるべき姿ではない、と注意深く違和感の探索を続けた。
外出する時間になるまで部屋中を探し回ったが、やはり届けるべき指令は二つだけだった。鏡を見ながら正装の襟元を正して、鍵をかけて外へと出る。強い明かりに目を細めながらも、踊るように階段を駆け下りた。
僕は指令が好きだ。
◇
「うわああああ! わかんない! わかんないよぉ!」
壁に頭を叩きつける若者をオカズに、水筒に口をつけて麦茶を啜る。ヨンウンへ、と書かれた指令を届けて生まれた光景を僕はのんびりと観賞する。
人差し指の保護を受けた人間が訳の分からない指令を受け取って取り乱している様を見ているときが、人生で一番楽しい時間だからだ。
保護を受ける前はオドオドと気弱そうだったというのに、今では元気にはしゃいでいる。元気なことはいいことだ、とほっこりしながら人の家のソファーで寛ぎ、懐から取り出したキャラメルを口に放り込む。うまい。
チラチラと何か言いたげな表情をしたヨンウンの母親が苛立ちを隠そうとしながらも質問を投げかけた。
「あの……娘がこんなにも困っているんです。何か一言くらいアドバイスを頂けませんか?」
「そのような指令は受けていませんね、ふふ」
「お金ならいくらでも差し上げます! ですから、どうか……!」
「……アドバイスをしてはいけない、という指令も受け取っていませんでした。ヨンウンさん、指令に差し支えなければ読み上げて貰ってもいいですか?」
差し出された金を懐に仕舞う(それなりの臨時収入だ)。金はあればあるだけ良い。肝心な時に役に立たないが、肝心でないときにすごく便利だ。特に人差し指へ所属するなら、金の使いどころに困ることは無い。
有料で指令相談サービスを開いてもいいかもしれない、と脳内でそろばんを叩きながら満面の笑みで内容を促すと、ヨンウンは頭を叩きつけるのを止めて血だらけになった額をこちらに向け、クワッと目を見開きながら指令の内容を読み上げた。
「『ヨンウンへ。寝るまでに指令の内容を人に読み聞かせること。自分から人に話しかけてはならない。』
よっしゃあああああ終わったあああああああああ!!!!!!!」
「……。」
「え、えぇと。娘を助けて下さり、ありがとうございました。……あの、先ほど差し上げたお金について少しお話が」
「お役に立てたようで何よりです。それでは」
遠回しに金返せだのなんだのと言われるのを無視して退出する。確かに聞く人が伝令の僕である必要はなかったし、実際僕は何一つとしてアドバイスはしていない。それに加え、おそらく僕が何も喋らなければ自分が聞くつもりだったのだろう。無駄に金だけ支払ったと思うのも無理はない。
それでも娘の安眠を救ったのは僕だ。たとえ誰にでも出来ることでも、それをやったのは僕だ。金を受け取ることに何の不都合があろうか。
もっとも相手がどう思うかまでは別なようで、こうして納得できない顔を向けられている。その表情を向けられるのはすがすがしい気分だが、サービス業務として見ればリスク要因にしかならない。
やはり指令相談サービスではなく、こうして伝令の時にそれとなく尋ねるだけに留めるべきだろう。
臨時収入も頂いたし、悔しがる顔も拝めた。指令は最高だ。
◇
L社の巣には、実質的に人差し指が支配している区画がある。その路地は一見すれば見渡しても変わりないように見えるが、足を止めて目を凝らしてみれば不思議なことをする人間を多く見かけられる。
インターホンを狂ったように押し続ける者。四つん這いになって剣を舐める者。「びっくりするほどユートピア!」などと訳の分からないことを叫びながらハンモックから飛び降りる全裸中年男性までいる。
このような前衛的な芸術を眺められるのが、人差し指の素晴らしさだ。指令が無ければこのような光景は生まれないだろう。
あの後でラーズに指令を届けに行ったが、残念ながら面白い内容ではなかった。
実際には中身を見ていないが、こう、怪奇な指令を受けた人は読んだ後の顔が違うからわかる。
ああ、これなら達成できる。そんな安心した顔を見て、僕は……まあ悪い気はしない。指令が達成されることは喜ばしいことだし、無価値に人の命が失われるのはあまりいい気分じゃないから。
それに指令が面白味のない内容であっても、それを遂行する姿は面白いものだ。わざわざ見届ける義務もないし邪魔になりそうだから退散したが、あたりを見渡せば同じように指令を遂行する者が他にもいる。
そうして人間を使った間違い探しをすれば、間違いの中でちらりと一人、知り合いの顔を見かけた。手の中に納まる程度の小さな機械を眺めながらニヤニヤと笑う男。
彼は僕の友人で、指令に従って異常な行動をしている者ではない純粋な異常者だ。名前をドモンと言う。
ドモンはこちらが見ていることに気づいたのか、小走りで僕の所へと駆け寄ってきた。
「おや、クリス伝令でござるか。指令を届ける途中ですかな?」
「さっき受け取った指令を届け終えたところだよ。今はぶらぶらと巣を探索中かな」
「ドュフフ、乙でござる。そうだクリス氏、指令が終わって暇なら我らが指令サークルで我らの指令でも」
「悪いね。僕は指令を遂行するより、遂行している人を眺める方が好きなんだ」
「おや失敬、気が変わったら何時でも申し出るでござるよ。では某はサークル活動がある故、ここで退散させていただく。指令は絶対ですからな!」
ドモンは機械を操作しながら去っていく。突拍子もなく現れ世間話をして去っていった彼は、僕にとってはそれなりに話の合う数少ない友人の一人。そして突拍子のないことは人差し指に所属していれば慣れるもの。
ああ、機械と言っても彼はうわさに聞く神託代行者とかではない。
自分たちで作った機械を通して『安価』なる指示を遂行しているらしい。
曰く「指令をしていないと落ち着かない」とのことで、メッセージアプリを通して各々が持ち寄った指示の中から、空間的かつ時間的に選択されたもの(彼らはこれを安価、と呼んでいる)を自主的に遂行している。
指令を嫌悪する者や指令に身を任せて自我を殺すものが多い中で、純粋に指令を楽しむ変わり者。
そんな変わり者の中でもわざわざ指令を増やそうとする異常者が一人ではなく、サークル活動規模まで居ることには正直なところ理解しがたい。
指令に対する価値観で微妙にかみ合わない所も多いが、形は違えど指令愛好家として不思議と馬が合うもので、たまに交流している。
とはいえ一時期サークル見学として後ろから眺めていたことがあったが、彼らの安価はあくまで彼らサークルメンバーの手で書かれた指示でしかない。本物の指令のように人知を超えたような突拍子のない内容が生まれない以上、僕は彼らのサークル活動に参加することは無いだろう。
出来のいい駄作を眺めるように友人を見送っていると、窓から投げ捨てろ! という叫び声と共に落下してきたベッドの中から飛び出した一枚の紙きれが僕の手の中に納まる。人差し指の印が押され、チュファンへと宛先が書かれている。どうやら新しい指令を届ける必要が出てきたようだ。
やはり指令はこうでなければ。いいものを見たとホクホク顔になりながら、手のひらへ舞い込んだ指令を懐に仕舞う。
……?
ベッドが落ちてきてから周囲の様子がどうもおかしい。ふと違和感に頭を捻ると、あたりが異様な静けさに包まれている。こんなにも物音が小さかっただろうか。
窓から落下してきたベッドには、目を凝らしても何もない。その周囲の人影は、一目散に走り去っている。背後へ振り返り目を凝らしてみれば、狂ったような叫び声を上げていた全裸中年男性が獲物を見つけたように黙々とケツドラムをしながら近づいてきていた。
触らぬ指令に祟りなし。周囲の人々に倣い、そそくさとチュファンの家まで伺うことにした。
◇
「『チュファンへ。時計の針が重なり合う前に、指を41本煮込んだスープを飲め。』……今七時半だぞ!? 間に合うわけねえだろ!」
「僕は指令を届けるだけですので。……ぷっ、くく……っ」
「何笑ってんだコラ。こんな訳の分からねぇ内容がそんなに楽しいか!?」
「はい、とても。それよりどうするんですか? 時間はもう残されていませんよ」
「ああ、くそっ。それもこれもお前が届けるのが遅いからッ! 俺とお前を合わせても1本足りねえっ何だよ41って舐めてんのかッ!」
「ははは、おとなしく僕が指を他人に差し出すわけないじゃないですか。ほら、急いで!」
もしも40と書かれていたら、僕は襲われていたのだろうか?
たかが人差し指の保護対象に過ぎない奴が、伝令である僕から指を20本も奪えると、そう本気で思っているのだろうか。……思っていそうだ。
とはいえ相手がどんな人間であろうと、襲われでもしたら僕は無意識のうちに返り討ちにしてしまう。いくつもの指令を遂行した経験が、間違いなくそれをする。
僕は指令遂行の邪魔をしたいと思わない。むしろ邪魔をしてしまったら罪悪感を感じるんだ。たとえ不本意な正当防衛でも、殺してしまったら申し訳ないと心が沈むだろう。そう考えれば、この41というのは絶妙な数字だ。
指令の意志を騙るつもりはないが、ただ美しい数字の妙だと思う。
それともう一つ、指令に誓って言うが、僕は指令を届けるまで決して中身を見ることはない。そしてこの指令は一目散に届けたと言ってもいい。
確かに走ったりはしなかったけど、それでも指令をわざと遅らせようなんてこともしなかった。
普通に歩き、普通に届けた。最速ではないが、無駄は無かった。だから期限がたった数分なことには意味がある。
そして都合よく玄関の前でたむろしている薬指らしき人間を眺めて、指令の意志が見えてきた気がする。
いや、人の身で指令の意志を推し量ることなど出来はしない。指し示された指先のようなものを、ただの幻視であるとかぶりを振った。
薬指と知らずに指を求めて襲い掛かり、案の定返り討ちにあったチュファンは、これから画材にでもされるのか連れ去られていった。まだ息はあるようで、ぶつぶつと何かうわごとを喋っている。
耳を凝らしても聞こえないし、薬指の連中も聞いていないようだ。ただ生きていることに安堵している、そんな様子が見受けられる。きっと彼は長く持つだろう。
生きている、ということは指令不履行の処刑が出来るということ。連れ去られたチュファンを処刑するために、これから代行者が薬指のアトリエへと向かうことになる。
もしひと悶着があるのならば、是非ともその場に立ち会いたいものだ。
◇
深夜。伝令業務も一通りこなし、空いた時間でプレイしていたゲームを切り上げる。
もはやレベリングもアイテム蒐集も終えてイベント報酬の価値がなくなったデータで、たった一行の文章で説明できるようなサブイベントを見るためだけにゲームの中を駆け回っていた。攻略サイトにやる必要がないと書かれたコンテンツも、遊べば意外と楽しいものだ。ついつい熱中して日が落ち切ってしまった。
冷蔵庫にあらかじめ買ってきていた明日の朝食を入れておき、水筒に入れるための麦茶を補充する。
麦茶パックが切れそうだ。明日にでも買ってこよう、と冷蔵庫に付箋を張り付けた。
念のために周囲を見渡して目に見える範囲に指令が無いことを確認してからベッドに横たわると、ゴツゴツとした何かが背中に当たった。
シーツを剥がして確認してみると、それは漆色の箱だった。
箱を眺めても人差し指の印は見あがらない。だが恐らく、こういった不可解なものは指令によるものだ。
昨日はこんなものありはしなかった。どういった経緯でシーツの裏へともぐりこんだのだろう。
僕は箱の中身を確認せず、窓から投げ捨てた。
きっとこの箱がここにあることに意味はある。
だが箱を開くのが僕である必要はない。それをするのは知らない誰かだ。
巡り巡ってここまで流れ着いたが、旅路の果てはここではない。
眼を閉じてゆっくりと深呼吸をする。驚くほど素直に深い眠りへと沈んでいった。
※「びっくりするほどユートピア」と叫んでいる全裸中年男性は、実は指令サークルの安価。