天国には理想郷がありまして、その後   作:空飛ぶ鶏゜

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[注意]このお話はR-15相当です。


正直は最善の策 *

 今にして思えば、万事屋に来た時から妙だった。

 

「こんにちはー」

 

 挨拶をしながら入ってきたキリは、部屋の中を見回した。

 

「神楽ちゃんと、新八君は?」

「二人とも出てるぞ。あいつらに用か?」

「ううん、今日は銀さんに会いに来たから」

「俺?」

 

 ソファーに寝転がってジャンプを読んでいた俺は、近づいてくるキリを目で追いながら上体を起こした。

 キリは俺の前まで来ると、そこで足を止める。

 

「ねぇ、銀さん手、触ってもいい?」

「……まぁ、いいけど……急だな」

「急かな? でも、私銀さんの手好きだから」

 

 この時は、また何か変な電波でも受信したのかと思ったのだ。

 キリは脇に置いていたジャンプをソファーの端へ押しやり、膝が触れそうなほど近くに座った。

 

「……なんか近くねぇか?」

「そうかな? ダメだった?」

「いや、ダメとかじゃねぇけど……何?」

「銀さんの隣にいると落ち着くから、そばに座りたかったんだけど」

 

 思わず横に逃げようとしたところで手を取られる。

 そういや、手を触りたいとかいってたな。

 キリは俺の左手に指を絡め、その上からもう一方の手まで重ねる。それだけで、嬉しそうに笑った。

 こういうことをする奴ではある。だが、ここまで何も隠さずに笑う奴だったか。

 まじまじと見つめてみても、顔も声も間違いなくキリだった。

 

「なぁ、お前、変なもの食べただろ」

「変なものは食べてないよ」

「待て。その『は』はなんだ。食ってねぇだけで、何かあったのか?」

「うん」

 

 だよな、と納得する一方で、やっぱり聞きたくねぇという予感もしていた。

 

「何があったんだよ」

 

 しかし、放っておくこともできず結局聞いてしまう。

 

「帰りがけ、交通事故に遭遇してね」

 

 事故、という単語に反応して、思わずキリの頭から足先まで目を走らせる。

 

「あ、軽い接触事故で、怪我人はいないよ。車同士がぶつかっただけだから」

 

 俺の視線に気付いたらしく、キリがすぐに付け足した。

 

「それで」

「トラックの荷代に積んでたのが、実験用の『スナオニナール』ってガスが入ったボンベで、事故の衝撃で割れちゃったみたい。私が通りかかった時にはもう漏れてて、それを吸っちゃったんだよね」

 

 こいつ、さらっととんでもねぇこと言いやがった。

 とりあえず一番大事なところを確認する。

 

「病院は行ったのか? 身体に影響はねぇのか?」

「うん、一応。でも健康被害は今のところ確認されてないから安心してって。もし、何かあったら連絡してって帰された」

「で、どうなるガスなんだ」

「名前のとおり、素直になっちゃうだけ」

「いつまでだ」

「三、四時間ぐらいだって。後遺症も残らないそうだし、良かったね」

 

 よくねぇよおおおおと心の中でだけ叫びを上げる。

 

「へ、へぇ~」

「ねぇ、銀さん。抱きついていい?」

「止めておいたほうがいいんじゃねぇかな?」

「そっか、ごめんね」

 

 拒まれたと思ったのか、キリは寂しそうに目を伏せた。それ以上は何も言わず、代わりに俺の手を撫で続ける。

 

「じゃあ、代わりに膝の上に座ってもいいかな?」

 

 先ほどよりも小さな声で聞いてくる。

 待て。代案の方が悪化してねぇか。

 そう叫びそうになるのをこらえ、隣に座るキリを見下ろした。

 

「神楽ちゃんがよく座ってるでしょう。あれ、少し羨ましかったんだ」

 

 そう言って、キリは俺の膝と顔を交互に見る。

 

「……それもダメ?」

「……少しだけな」

 

 断りきれず、甲斐性という奴だと負け惜しみじみたことを考えた。

 俺の膝へ横向きに座ったキリは、手だけは離したくないらしく、身体を支えることもできず危なっかしい。

 

「あぶねぇなぁ」

 

 仕方なく腰へ腕を回して引き寄せると、とろけるんじゃねぇかってほどに笑った。

 俺の胸に頭を預け、握ったままの左手に頬ずりする。

 

「銀さん、好き」

「……お前なぁ」

 

 どうしろっつーんだよ。

 天井を仰いで顔を覆いたいところだが、あいにく両手が塞がっている。

 

「ねぇ、銀さん。髪の毛さわっていい?」

「もう好きにしろ」

 

 そこでようやく、俺の左手は解放された。

 キリは相変わらず嬉しそうに笑いながら身を起こし、俺の頭へ手を伸ばす。

 

「柔らかいね。思ってたのと全然違う」

「お前、俺の髪を何だと思ってたんだよ」

「もっと針金みたいなのかなって思ってた」

「素直になりすぎんだろ」

「ずっと触りたかったんだ。できるなら、好きなだけ触っていたい」

「……素直になりすぎんだろ」

 

 指先で頭皮をなぞるように髪を梳いたかと思えば、今度は両手の指を髪へ絡ませ、そのまま後頭部へ腕を回してくる。

 必然、距離は近くなり、耳元に息がかかる。

 

「ねぇ、銀さん」

「はいはい、なんですかー」

「顔も触っていい?」

 

 触りたくて仕方ねぇのを、どうにか我慢している。そんな顔だった。

 

「……いいんじゃねぇの?」

 

 すんなり「いい」と言うのも妙に気恥ずかしくて、回りくどい返事になった。

 けれど、キリはそんな返事も気にせず嬉しそうに笑い、俺の顔へ手を伸ばす。

 こめかみから頬を伝い、顎に手をやり、耳のふちをなぞり、耳たぶを指先で転がす。

 頬自分の頬を俺の頬へ重ね、一度だけ甘えるように擦り寄る。それからわずかに顔を離すと、俺の口元を見つめながら、人差し指で唇をなぞった。

 

「ねぇ、銀さん」

「……なんだ」

「キス……しちゃダメかな?」

 

 キリの視線は、溶けた飴みてぇに俺の唇へ張りついていた。

 

「お前……薬切れた後しらねぇぞ」

「そうかな……そうかもしれないね。でも、キスしたいのは確かなんだ。銀さんダメかな?」

 

 俺の膝を跨ぐように正面から座り直し、首の後ろへ腕を回しながらキリは言った。

 頬ずりするように顔を寄せ、耳元で掠れた声を落としてくる。

 

「随分、おねだりが上手になったんじゃねぇの」

「……ダメ?」

 

 キリは不安そうに眉尻を下げる。

 ごくりと喉が鳴った。

 

「お前の好きにしろよ」

 

 下がっていた眉がほどけ、口元に笑みが浮かぶ。間近にある目は、うっすらと潤んでいた。

 

「目、閉じて欲しい」

「はいよ」

 

 落ちないようキリの背中へ腕を回し、言われたとおりに目を閉じる。

 ほどなく、柔らかな感触が唇へ触れた。

 短く触れては離れ、次は少し長く重なる。角度を変えながら、啄むような口づけを何度も繰り返された。

 

「ねぇ、銀さん」

 

 呼ばれて薄く目を開けると、頬を上気させたキリが、潤んだ目でもう一度「銀さん」と呼んだ。

 

「次はなんだ」

「口、開けて欲しい」

 

 キリの腰を抱いていた腕に、思わず力が入る。

 

「銀さんはやめといた方がいいと思うけどなァ」

「どうして? 銀さんは私に触れたくない? 私はもっと銀さんに触れたい。舌を絡めて、奥まで触れたいよ?」

 

 俺の頬を両手で包み、そんなことをねだってくる。自分だって耳まで真っ赤にしているくせに、何度も俺の名前を呼んだ。

 

「……どうぞ」

「嬉しい」

 

 キリがゆっくりと顔を寄せ、唇を重ねる。今度は目を閉じろとは言われなかった。

 口を薄く開けると、重なった唇の隙間をキリの舌がぺろぺろと舐めた。

 この先まで入っていいのか、俺の反応を窺うように、恐る恐る舌先を伸ばしてくる。

 俺の口へ入ったかと思えば、すぐに引っ込む。今度は唇の内側をなぞり、また少しだけ入ってくる。

 どう見ても不慣れな動きが、何度も繰り返された。

 

「んっ……ふっ」

 

 息が続かなくなったのか、苦しそうな声が漏れる。

 もっと奥まで触れたいのに、やり方が分からない。遠慮がちに出入りする舌から、そんなもどかしさが伝わってきた。

 一度唇を離して呼吸を整えると、キリはもう一度唇を重ねてくる。

 その瞬間、今度は俺から舌を差し入れた。所在なさげに動いていた舌を捕まえ、そのまま絡め取る。

 

「んっ」

 

 腕の中でキリの肩がびくりと跳ねた。

 舌先で上顎を撫でると、背中が弓なりに反る。

 身体を引かないことを確かめながら、下の歯の裏をなぞり、頬の内側を舐め、上唇の裏まで探っていく。

 最後にもう一度、逃がさないよう執拗に舌を絡め、捕まえた舌を強く吸い上げた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 唇を離すと、息を乱したキリが、潤んだ目を丸くして俺を見た。

 

「どうした」

「銀さん……もっかいして欲しい」

 

 てらてらと濡れた唇が、俺の返事も待たずに再び重なる。

 背中へ回した手のひらから、息を呑むたびに強張る身体も、堪えきれずに震える肩も、何もかも伝わってきた。

 時折漏れる声が、重なった口の中へ直接響く。

 要望に応えるどころか、気づけばサービスを二つ、三つ――その先はもう数えてねぇ。

 頼まれてもいない分まで勝手に追加して、キリの口の中を犯すだけ犯した。

 

 おかしくなってんなという自覚はあった。こうなる前に止めるはずだったと。

 けれど、肩を震わせるキリが、背中を弓ぞりにし必死にしがみつくキリが、どうしようもなく可愛くて仕方なくて、ヤバいなという冷静な俺を頭の片隅において行為を酷くしていた。

 

 そろそろ頃合いかと舌を引き、唇をゆっくり離す。

 

「……は、ぁ……銀さん」

 

 キリの声は幾分枯れていた。頬から首筋まで真っ赤になり、肌には細かな汗の粒が浮いている。

 

「気持ち良かったか?」

 

 頭を撫でながら聞くと、キリはくすぐったそうに目を細め、その手へ頭をすり寄せた。

 

「気持ちよかった……。ねぇ、銀さんも……銀さんにも気持ちよくなってほしい。いい?」

 

 勘弁してくれよ。

 そう返す間もなく、また唇を塞がれた。

 キリは教えられたことを思い出すように、一つずつ律儀に繰り返していく。

 舌先で上顎をなぞり、下の歯の裏を辿る。頬の内側を舐め、次は上唇の裏へと移っていった。

 

「んっ……ん、っ」

 

 声を抑えようとしているのに抑えきれず、舌が触れ合うたび、鼻にかかった声が漏れる。

 俺の舌を絡め取り、吸う。そのたびにまた、自分の方が甘い声を漏らした。

 唇の隙間から溢れた唾液が、キリの顎を伝っていく。その感触に肩を小さく震わせながらも、ひたすら俺の舌を追いかけてきた。

 それすら刺激になるのか、眉を寄せ、ただひたすらに、懸命に俺の舌を追う。絡めてやれば嬉しそうな声が漏れ、なめ取れば気持ちの良さそうな声が漏れる。

 

 絡め返せば嬉しそうに喉を鳴らし、舌を吸ってやれば気持ちよさそうに声を漏らす。

 不器用な舌が俺の舌へ絡み、ほどければ、また追ってくる。

 健気とすら思った。

 覚えたばかりのやり方で、ただ俺を気持ちよくしようとしている。

 

「……っ、は……」

 

 ゆっくりと唇が離れ、二人のあいだに細い唾液の糸が伸びる。

 目の前のキリはとろとろに溶け切っていて、少し押せばそのまま形を崩しそうだった。

 

「銀さん……ねぇ、銀さんも気持ちよかった?」

 

 何をねだるという訳でもなく、俺の肩口に顔を埋め、キリは体をこすりつけるように擦り寄せた。

 

「銀さん……暑い。もっとしたい。もっと深く繋がりたい」

 

 何を、なんて聞き返さなくても分かった。

 深く息を吸い、ゆっくりと吐く。

 

「銀さん……ダメ?」

 

 首元で囁かれた声が、背骨を伝って身体の芯まで届く。

 誘ったことを後悔するくらい、ぐちゃぐちゃにしてやりたかった。

 息を吸う。

 

「あ゛ァァァァァァッ!!」

 耳元で炸裂した絶叫に、キリの身体がびくりと跳ねた。

 

「本日閉店、ここまで!!」

「銀さん?」

 

 キリの腰を持ち上げ、横に座らせる。

 今まで熱を持っていた部分が急に涼しくなり、寂しくなるが……。

 

「銀さん」

 

 袖を引きながら見上げてくるキリを無視して、乱れた着物の合わせを整えてやる。

 

「銀さん?」

「そんな目してもダメですぅ」

「なんで?」

「閉店したから」

「違うよね? えーっと……勃っちゃうから? 私が気持ちよくしてあげるのに」

「やり方知らねぇ癖に……本当、やめて。300円やっから。薬切れたら、止めてやった銀さんに感謝すると思うよ。マジで」

 

 深い溜息をついて内に籠もった熱を逃がす。

 

「銀さん、ぎゅっとしていい?」

「ぎゅっとするだけな」

 

 背中に手を回し抱いてやり、あやすように撫でると、嬉しそうに笑う。

 何が楽しいのだか、空いていた俺の手まで宝物のように撫でていた。

 それがピタリと止まる。

 

「銀……さん?」

 

 キリはギチギチと音がしそうなほど、ぎこちなくこちらを向いた。

 

「ああ、薬、切れたか」

 

 時計を見れば、切れてもおかしくない頃合いだった。

 

「膝、座るか?」

「いいです!! 結構です!!」

 

 耳の裏まで真っ赤にして、両手で俺を押して逃げようとする。

 

「暑いんだっけ? 続きしてやろうか?」

「最低! 最悪!! 銀さんなんて……馬鹿っ!!」

 

 逃げられないと知ると、今度は俺の胸元へ顔を押しつける。

 

「忘れて!」

「ちゃんと墓まで持ってくから安心しろ」

「今すぐ墓立てて!! 嘘、長生きして」

「どっちだよ」

「どっちも!!」

 

 キリが立ち直るのが先か、神楽達が帰るのが先か。この調子なら、もうしばらくは付き合ってくれそうだと悪い考えが浮かぶ。

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