「久しぶりだな」
そう声をかけられたのは、真選組の屯所に遊びに行った時のことだった。
「鴨ちゃん! 久しぶり」
大捕物があったらしく、その余波で知ってるメンツとも中々会えずにいた。
かれこれ一ヶ月くらいだろうか? すれ違ってばかりで差し入れと称してお菓子を置いて帰る日々だった。
今日はいるだろうか? と顔を出すと、鴨ちゃんが先にこちらに気付き、声をかけてきてくれた。
「差し入れ、助かったよ。食事を取る暇もなくてな」
「あー……。もっとちゃんとしたの差し入れれば良かったね」
差し入れた駄菓子やコンビニ菓子をご飯代わりにしてたのだろう。
少しやつれ気味の様子に、もう少し気を遣えば良かったと後悔する。
「いや、そういう意味で言ったわけでは……。だが、もうじき落ち着くだろう。そうすれば少しはマシになるから、気にしないでくれ」
「そっかよかった」
「土方副長や、沖田隊長は出ているが……明日。いや、明後日頃なら捕まるだろう」
「鴨ちゃんはまだ忙しい感じ?」
「僕か? 僕は……」
鴨ちゃんは少し戸惑うように考えを巡らせていた。
「マシにはなるが、しばらくは身体が空きそうもないな」
「そっか、残念」
他にも色々喋りたいことはあったのだけれど、ちょうどその時「伊東さん」と別の隊士が呼びに来てしまった。
「すまない、今度また酒にでも」
「うん。あ、これ皆で食べて」
ビニール袋を手渡し、その日はそれで別れた。
サボっている総悟を見かけるようになったのはそれからしばらくしてからだった。
からかうついでに鴨ちゃんの様子を聞くと、まだ忙しいとのことだった。
「けどな、ありゃ、忙しくさせてるだけだ」
「うん?」
「他人の仕事奪ってまで、仕事をしてる状態だ。俺の隊のことじゃねぇからどうとも言わねぇが……」
組織というものは分からないが、要はワーカーホリック状態って奴なんだね。
総悟は真逆だ。サボれるときには躊躇なくサボる。爪の垢煎じた方がいいのでは?
「ああ、そうだキリ。なんでもいいから奴を一回連れ出してくれ」
「連れ出す?」
「ゲーセンでもカラオケでも、なんでもいいや、遊びに連れ出してくれ。アイツが潰れたんじゃ俺の仕事が増えちまう」
なるほどなるほど。
「総悟は優しいね」
「話、聞いてなかったのかィ。それとも頭の中身でも腐ったか」
「いいよ。そーいえば今度酒でもと言われてた気がするから、誘ってみるよ」
「そうしてくれ。そろそろ俺も戻るとするかね」
そう言って総悟とは別れた。
それからすぐに鴨ちゃんに連絡を取って、飲もうと誘ってみたんだけど……。
「ねぇ、銀さん。今度、鴨ちゃんと飲もうって事になったんだけど、鴨ちゃんから『坂田君も連れてきてくれ』って言われちゃってさ。来る?」
万事屋で社長椅子を揺らしていた銀さんにそう声をかける。
「俺?」
「そう」
「なんで、奴とは……ああ、気を遣ってんのか」
「多分」
隠している訳でもないので、銀さんと私が付き合っている事は総悟も、土方さんも知っている。ということは鴨ちゃんが知っていてもおかしくはない。
変な誤解が生まれないように、ということなのだろう。
「銀さん、どうする? ちなみに今週の金曜日」
カレンダーを見る限り、銀さんの予定は夕方からは空いているだろうと推測できる。
「お前だけで行ってこいよというのも、無責任か」
「銀さんが責任を感じることなんてないじゃん?」
「酔いつぶれたろ、前」
そーいや、そういうこともありましたね。
「今度は大丈夫だよ! きっと!」
「ろくに酒の飲み方も知らねぇやつの大丈夫なんて信用できるかよ。あいつの身にもなってやれ」
鴨ちゃんの身……。
二人っきりで飲んでる片方が酔いつぶれました。その人には恋人Bさんがいます。
その状態で鴨ちゃんはどうするか。まあ、手を付けずに恋人Bさんを呼ぶだろう。
その間、酔いつぶれた人間と二人っきりだ。周囲の目もあるかもしれない。
「可哀想だね?」
「そー思うなら自重してくれねぇか?」
「できるならそうしてる!」
「……そうだな。そうするよな。しゃーねぇから俺も行くよ」
一人同席者をゲットしました。
銀さんと一緒に待ち合わせ場所に行くと、先に入ってると携帯に連絡があった。
暖簾をくぐり、店内を見渡す。
四人掛けのテーブルが六つほど並んでいる普通の居酒屋だ。隣の卓の話し声が聞こえてくる程度には近い。
焼き鳥の煙と酒の匂いが混じり、店員が忙しそうに卓の間を行き来していた。
「こっちだ」
声のした方を見ると、奥の卓で鴨ちゃんが手を上げていた。
テーブルの間をぬって向かう。
「ごめんね、待たせちゃった?」
「いや、僕が早く来すぎただけだ。気にすることはない」
そう声をかけながら、鴨ちゃんの向かいに座った。
銀さんは軽く会釈をして、私の隣に座る。
「何にする?」
「鴨ちゃんが飲んでるのと同じ奴。一緒に飲んでいい?」
日本酒を飲んでいるようだった。
ガラスでできた徳利とお猪口が並んでいる。
見た目も華やかで涼しげだ。
「ああ。もちろん。坂田君はどうするんだい?」
メニュー表を渡しながら鴨ちゃんが銀さんに聞く。
既に決まっていたのか、銀さんは表をチラ見してすぐに畳む。
「オレンジジュース」
「飲まないの?」
「ああ。俺は今日はコイツの付き添い。あまり気にしないでくれ」
疑問を口にした私に、銀さんはそういってメニュー表を鴨ちゃんに返した。
受け取った鴨ちゃんは、「ふむ」と悩むような素振りを見せた。
「飲めないわけじゃないんだな」
「まあ……。けど、今日は飲むつもりはねぇぜ」
「実を言うとね、君とも一度飲んでみたかったんだよ。良かったら付き合ってくれないか?」
「俺と?」
「ああ、世話にもなったし。キリ君と付き合ってるのだろう? 君がどんな人間なのか、その人となりを知りたくてね。と言っても興味本位だ。あまり構えないでくれ」
「……一杯だけな」
銀さんの返事に、鴨ちゃんは近くにいた店員を呼びつけると、追加でお猪口を二つ。合わせて、おつまみを適当に頼む。
軽くお猪口を合わせて、チビリと飲む。
「スッキリして飲みやすいね」
「ああ、好きなんだ」
「いい趣味してるじゃねぇか」
枝豆を剥きながら、酒を舐める。そういう飲み方が合う酒だった。
銀さんも気に入ったようで鴨ちゃんに勧められるまま、二杯目を口にした。
「最近、忙しいみたいだけど大丈夫だった?」
「落ち着いてはいたんだ。つい癖でね、仕事を自分で増やしてしまっていただけさ。今日、とうとう土方副長に小言を言われたよ」
「土方さんに言われるなんてよっぽどだね、なんて?」
「お前だけで仕事してんじゃねぇよと。いい加減、チームプレイを覚えろと」
「土方さんらしい」
笑う私に、鴨ちゃんも「まったくだ」と笑った。
「坂田君のところも、君一人で回してしまってたりするのかい? 上手く回すコツとかあったりするのかな?」
「大所帯のそっちと違って、こじんまりとしたものさ、そんな大仰なもんじゃねぇよ」
「そうか。でもそれはそれで大変そうだね」
「そうかね。俺からしたら、そっちの方が大変そうに見えるぜ。人間関係しかり、仕事の配分や、情報の共有。考えるだけでぞっとしねぇ」
「確かにね。けれど、苦労ばかりという訳でもないよ。それを楽しいと、最近は思えるようになってきた」
「そりゃ良かった」
笑いながら銀さんは杯を重ねる。一杯だけだといっていたのに、追加で徳利が運ばれてくる。
「ここのポテトサラダ美味いんだ。良かったら食べてみてくれ」
「あんがとよ。でも、意外だな。あんたはこういうのよりも、もっと渋いもん食べてるイメージがあったんだが」
「確かに、子供っぽいと以前なら箸すら付けなかったかもしれない。けれど、人の目を気にするのをやめてみると、世界が広がる気がしてね」
「そうかい」
「最近は、そうすることに決めているんだ」
銀さんと鴨ちゃんは気が合うようで、互いに酒を酌み交わしながら話を弾ませている。
なんだかそれが嬉しくて、美味しいお酒を片手に二人の話を聞いている時間が、とても贅沢なものに思えた。
「悪りぃ。コイツと飲みに来たんだったな」
少し目の下を赤くしながら銀さんは、こちらを見た。
「こちらこそ。放っておいてしまってすまない」
鴨ちゃんが眉を下げてこちらを見る。
「全然。二人がしゃべってるの見てるとなんだか幸せで、嬉しいんだ。気にしないで」
「君は、本当に恥ずかしげもなく、そういうことを言うんだな」
鴨ちゃんは眼鏡を上げながら、視線を逸らす。
「だって好きな人と好きな人が仲良くしてたら嬉しいでしょ?」
「お前、だいぶ酔ってんな」
銀さんが私のお猪口をとりあげ、水のグラスに変える。
「ひどい」
「酷くねぇよ」
「でも、そーいう優しいところ好き」
「お前な……。シラフの時にもっぺん言えたら褒めてやるよ」
酔ってないのに。
「好きだよ」
「へいへい」
「本当だよ? 銀さん、好きだよ」
「分かったつってんだろ。ほれ、これでも食ってろ」
銀さんが箸で唐揚げを摘まみ、私の口に押し込んだ。
「大変だな、君も」
「分かってくれて嬉しいよ」
口に入れられた唐揚げをもぐもぐと食べていると、銀さんと鴨ちゃんが意味ありげな表情で頷いている。
「鴨ちゃんも好き」
「……違うぞ?」
「分かってるよ」
せっかく伝えたのに、あまり嬉しそうではなかった。
酔っ払いの戯言だと思われているのだろうか?
本当なのになぁー。ちゃんとどういうところが好きなのか伝えてあげないといけないのだろう。
「鴨ちゃんはね、頑張りやさんなところも好きだよ」
「坂田君……これは」
「諦めろ。多分見た目以上に、こいつ酔ってる」
「あとね、最近目が優しくなったところも好きだし、土方さんの事嫌いなのに、ちゃんと副長って呼ぶのも好き。総悟のことも全然尊敬してないのに、隊長って呼ぶところも好き」
「褒めてるのか、貶してるのか?」
「どっちもだろ」
喉が渇いたので水をひとくち飲む。
「銀さんと仲良くしてくれるのも嬉しくて好きだし、剣を構えると姿勢がピンと張ってとても綺麗なのも好き。趣味じゃないことにも付き合ってくれるのも好きだし、面倒見がいいところも好き」
「そろそろ勘弁してくれないか」
「それとね、それとね……もごっ」
銀さんがキュウリを丸ごと一本口に詰め込んでくる。
「助かったよ」
「悪かったな。おい、そろそろ帰るぞ」
ぐしゃりと頭を撫で回される。
気がつけば二人の杯は乾いており、テーブルの上も片付けられていた。
銀さんに手を引かれ店を出る。
途中バランスを崩し、慌てて銀さんが支えてくれる。
もしかすると、少し酔ってるのかもしれない。
店を出ると、澄んだ空気が気持ちよかった。
空は雲一つなく、まんまるの月が浮かんでいた。
「鴨ちゃん今日は楽しかったありがとうね」
「僕も楽しかったよ」
「またのもーね」
「ああ、その時はまた坂田君も来てくれ。僕一人では手に負えそうもない」
銀さんも一緒だと楽しい。笑うと鴨ちゃんはなぜか苦笑を浮かべた。
「すまなかったな」
「いや、悪い気はしないさ。少し困るというだけでね」
銀さんは謝りながら、ふらふらする私を少し身体に寄せた。
腰に掴まると安定する。すり寄るとお酒に混じって銀さんの匂いがした。
「……悪い」
「いや、そういう関係なのであれば、別に不自然なことでもないだろう」
少し眠たくなってしまった。それからの会話は電波の悪いラジオのようにぶつ切れになって聞こえてくる。
「帰るぞ」
それだけがはっきりと聞こえて、銀さんに手を引かれながらお家に帰った。