万事屋の押入れの中には、色々なものが入っている。
壊れた扇風機や、酢昆布の空き箱、火鉢や、ひょうたんなど。ゴミとしか思えないものから、どこで拾ってきたの? と思うものも。
新八君が掃除すると言ったので、手伝いを買って出たはいいものの……。
「こういうのが見つかるとはおもってなかったなぁ」
「何かありました?」
「ううん。なんでもない。それよりゴミどこに出すの」
とっさに隠したはいいものの、どう処分すべきか頭を悩ませ、結局持ち帰ってしまった。
それから数日後、タイミングを見計らって銀さんに切り出す。
神楽ちゃんと新八君は用があって出かけている。しばらく戻っては来ない。
「銀さん、少し相談があるんだけど」
「なんだよ改まって」
「これ、見て欲しい」
万事屋のソファーで寝転がる銀さんの真向かいに座り、押し入れの奥から見つかったモノをそっと机の上に出す。
「……あー、ドコニアリマシタカ」
「押し入れの奥。ホコリも被ってたし処分し忘れたものじゃないかなぁーとは思ってるんだけど」
机におかれたのはアダルトビデオと呼ばれる奴だ。パッケージには全裸の女性が赤い縄で縛られ煽情的な表情を浮かべている。
「誠に申し訳ございませんでした」
急に居住まいを直して、銀さんはそっとそれを引き取ろうとする。
「あ、えっと別に怒ってる訳じゃないんだよ? 少し聞きたいことがあって……」
「いや、聞かないでいいからコレ処分させてくんない? 本当、お前と付き合ってそーいうのマジでやめたからマジでマジ」
「そんなに否定されるのもそれはそれで怖いんだけど……あのさ」
「聞くなって俺いったよな」
「銀さんはさ、こーいうプレイが好きなの?」
「だから聞くなっていっただろおぉおおお。なに銀さんのメモリー掘り起こしてとどめを刺そうとしてんの。好奇心じゃん、ちょっとした過去のおいたじゃん」
責めるつもりはないんだけど、銀さん的にはダメだったらしく頭を抱えてうつむいている。
「好奇心で縛るの?」
「やめて」
「縛るのが好きなの? 縛られてるのを見るのが好きなの?」
「だからやめてって。ビデオはビデオ、現実とは違うんだって! 火サス好きな人間が殺人を犯したりしないのと一緒!」
「じゃあ、見るのが好きなんだね?」
「逃げ道潰すのやめてください」
泣き真似をしながら、銀さんは許してもらおうと足掻いていた。
怒ってはいないんだけどね。あまりにも銀さんの反応が楽しすぎて、遊んでしまった。
そーいうこともあるのは理解できるし、趣味の範囲で楽しむ分には異論もない。
あー、嘘。少し嫌かな。でもだからって止めるかと言われたらそうでもない。
それよりもだ。
「銀さんはさ……私にもこーいうことをしたいと思うの?」
銀さんが顔を上げる。
こっちを見ないで欲しい、恥ずかしいじゃないか。
そっと視線をそらす。
「さっきも言ったけど、これはフィクション。ファンタジーなの。現実に持ってこようとは思ってねぇよ」
銀さんはテンションを少し真面目なものに戻す。
「そっか……」
「なにその反応。そこ安心するところじゃないの」
あー。いや、そうなんだけどね、少し気になってしまったのだ。縛られる、ということに。
痛いことや、窮屈なことは嫌なのだけれど、少し好奇心が疼いたというか。少しだけ想像してしまったというか。
「銀さんはさ、もしもだよ? もしも、そーいうプレイに興味あるって女の子がいたらどうする?」
「どうするもなにも、勝手にしてくれとしか思わねぇけど」
「そうじゃなくて……なんというか、恋人Aさん的な人が……」
「あー……そういう?」
「そこで黙られると辛い」
なんだこれ想像以上に恥ずかしい。もっとこうさらっと聞くつもりだったのに。
ずっと銀さんの方をみれないでいる。どういう表情をしているのか気になるが、見れない。
きっと私の顔は赤いのだろうと思う。
「それ、Aさんが興味あるって話?」
確かめるように銀さんが聞いてくる。
「仮定の話として」
「じゃあ仮定の話としてAさんは何に興味あんの。縄? 手錠? 鎖? それとも拘束系全般?」
「質問を具体的にしないでよ!」
「具体的にしねぇと準備できねぇだろうが」
「しなくていい!!」
なんで急にノリノリになってるの怖っ……。
思わず銀さんをみると、少ししょんぼりしてる? 可愛いと思ってしまったのはダメなのだろう。
「……具体的な話は少し横に置いておいて欲しい」
小声でそれだけを伝えると、嬉しそうな顔をする。やめてよ。
「なに、してみてぇの」
「そういうねちっこい聞き方嫌い」
「じゃあ、さらっと聞くけど、したいの?」
「聞き直されるのもちょっと」
「ワガママだなお前」
いや、何を話してるんだろうとは思う。真っ昼間から大の大人が膝を突き合わせて。
けれど気になってしまったものは仕方がないのだ。
「Aさんは危なくないなら、将来的な可能性として検討してみたいと思ってると供述してます」
「随分遠回しな回答だな」
「検討に検討を重ねた結果として」
「将来的ね、今はしたくねぇの」
「今、全裸に剥かれるのはちょっと……」
「お前、そういう曖昧な言い方よくねぇよ。剥かなきゃいいんじゃねぇかって思うだろう」
「脱がなくてもいいの?」
そーいうプレイは、露出も含めて成り立っているものだと思ったのだけれど。
「……お前な、本当、そーいうとこに興味持つの良くないぞ」
すっと目を逸らす。
それを見た銀さんは深い溜息をついて悩んだ後、少し待ってろといって立ち上がった。
白い手ぬぐいを持って戻ってきた銀さんは私の隣に腰を下ろす。
「手出してみろよ」
「縛るの?」
「軽くな、嫌になったらちゃんと言えよ。すぐ解くから」
手ぬぐいをゆるく手首に巻いていく。いつも思うのだけれど、こういう時の銀さんは器用だ。
「感心してねぇで、ちゃんと考えろよ。きつくないか? 嫌じゃねぇか?」
「きつくもないし、嫌じゃない。怖くもないよ」
不思議だ。両手を拘束されているのに、全然嫌な気持ちにならない。
「手ェ持ち上げてみろ」
「こう? 少し不安定?」
「これでどうだ」
銀さんはソファーの背もたれに肘を置き、私の手を掴まえる。
「大丈夫」
「顔こっち向けろ。マジで嫌だったらちゃんと言えよ」
「うん」
何度も確認されるけれど嫌な気持ちは湧いてこない。
それよりもなんか……安心する? おかしな話だ。
両手は動かせなくて、銀さんに抑えられているのに、湧いてくる感情は嫌悪感や恐怖ではなく、どちらかというと安堵に近い。
その様子を銀さんは観察するように見ていた。
見られている……。意識したとたんなんだか恥ずかしくなった。
「けっこう恥ずかしいね?」
「そりゃな……顔逸らすなよ」
「うん」
恥ずかしいのに顔が隠せない。銀さんの顔が近くにあってどきどきする。
それが全部見られてると思うと、さらに恥ずかしくなってくる。
「キスしていいか?」
「うん」
目を閉じるとそっと柔らかい感触が降ってくる。
角度を変えて二度目、三度目は間を少し開けて。
動かせないのに、銀さんを掴みたくなって布がこすれる。
「銀さん?」
続きがこないので目を開けると、銀さんはじっとこちらを見ていた。
「銀さん」
再度呼びかけると薄く笑う。
「思ったより良い光景だなと思って」
「恥ずかしいからあんま見ないでよ」
「見るなって言われたら見たくなる」
「楽しい?」
「すごくな。お前は?」
「恥ずかしい」
もぞもぞと身体を動かしてみるが、隠れられない。
「続きしてぇか?」
「……したい」
ご褒美のように再び唇が合わさる。
今度は深く重なり、口内に何度も舌を差し込まれる。
身体が固定されているせいで、ペースが掴みづらい。
銀さんのペースで物事がすすんでいく。早い。
やがて唇が離れると、手首の布もゆっくりとほどかれた。
荒い息が漏れる。
「どうでしたか」
先ほどまで私を拘束していた手ぬぐいを回しながら銀さんは楽しそうに聞いてくる。
キスの余韻が残る身体が少し火照っていた。
「悪くはなかったんじゃないかな?」
「何で疑問形」
「……だって」
銀さんのペースに乗せられ、そのまま持っていかれてしまった。
それなのに、それが良かっただなんて口に出すのは恥ずかし過ぎた。
「顔真っ赤にして、続きまで欲しがったくせに、まだ逃げんの?」
「……」
腰の座りが悪くなり、身じろぐ。返答なんて一言も口に出せず、真っ赤になって横を向くしかなかった。
急に手を引かれる。
「わっ、と」
反転させられ、後ろから抱きつかれる。そして、耳元で銀さんが囁く。
「拘束されて、見られながらキスをされて、どう思った」
ぞくりと肌が立った。両腕の上から腕が回り、お腹の前で固定されている。逃げられない。
それなのに、肩が跳ね上がった事も、真っ赤になった首筋も、上がった体温も全部見られていると思うと、すごく恥ずかしい。
「お前……好きだろこーいうの」
日常に戻されてからの不意打ちだ。落差にクラクラする。
そして好きか嫌いかと言われれば……嬉しいのだ。
自分でも本当におかしいと思う。拘束されて、視姦されて……。恥ずかしいのに、どこか喜んでいる私がいる。
本気で嫌がって抵抗したら銀さんは終わってくれる。
きっとこのまま黙ってても、終わらせてくれる。
答えなければ、終わらせてくれる。
「……好き」
小さく。聞こえるか聞こえないか、自分でも分からないほどの声でしか伝えられない。
それでも、耳元でふっと笑う声がした。喜んでいるのだ。
「ゆっくり想像してみろ。服を一切身に付けず、縛られる。どこも隠せない。顔も、胸も、それ以外も全部。それを見られる。頭の天辺から、足先まで」
AVのパッケージの女優が私になる。縛られた私を正面にいる銀さんがじっと見てくる。
恥ずかしくて赤くなった顔も、露わになった胸も、他の恥ずかしい場所も全部。身体だけじゃなくて、感情もつぶさに見られる。
想像だけで耐えられない程恥ずかしい。けれど嫌じゃないのだ。それどころか私はそれを嬉しいと思っている。
きっとその喜びも羞恥も全部見られる。
「見られて、お前はどう思う?」
確かめるようにゆっくりと聞かれた。
だから正直に答える。
「銀さんになら……いい。……嬉しいと……思う」
その告白だけで心臓がバクバクし、逃げたくなる。
背後で銀さんがつばを飲み込んだのが分かった。肩に銀さんの顔が押し付けられる。
「本当か? 今は隠せてる顔も見られるし、首筋から鎖骨、胸、胸の先。……なぁ、今、想像しただろ」
低く耐えるような銀さんの声が身体を通して響く。
「…………した。恥ずかしい」
「でも、どうしようもない。そん時、お前縛られてっから。そこから腹を通って、さらに下。脚、閉じられねぇよ? 分かるか? 意味」
「うん」
膝を思わずすり合わせてしまう。
それを知られてると思うと、震える程恥ずかしい。
今もそうだ。拘束されて、しつこく恥ずかしい事を聞かれて、でも嬉しく思ってしまう。
「何も身につけさせねぇよ。きつく縛りあげて。全身ねぶるように見るぞ」
「……逃げ出したいぐらい恥ずかしい。でも、それが銀さんなら……きっと嬉しい」
腹の前で組まれた銀さんの手に、わずかに力がこもる。
私が答えるたび、銀さんは少しずつ言葉を酷くしていく。
言葉を重ねる度、怯えるのは私ではなく銀さんの方にも見えた。
許されたがっているようにも、許されたくないようにも聞こえた。
「裸にされるのが嬉しいか?」
「考えるだけで恥ずかしくて死にそうになる。でも、銀さんが私のことを見たいって思ってくれるならきっと嬉しい」
「縛られてても?」
「そこに意味はないんだと思う。全部を銀さんに預けた状態で、銀さんが選んでくれるのが嬉しいんだ。銀さんが好きなものを好きなようにしてくれるのが嬉しい」
「全部好きにされて、全部見られるんだぜ」
「すごく恥ずかしいよ。だけど、銀さんはきっと私を全部見てくれてるから、私の感情も全部。それが嬉しい」
一つ一つなぜ嬉しいのか、なぜそうして欲しいのか言葉にすると割とシンプルだった。
きっと全部銀さんがしてくれることだから嬉しいのだ。
「銀さんだから全部嬉しい」
「……俺だから?」
脅すことも忘れたような、戸惑う声だった。
「銀さんだから。銀さんがいい」
全身が心臓になったみたいにドキドキしている。
試しに全身を銀さんへ預け、その腕の中へすり寄る。
「銀さん好き」
「お前な……」
首筋に銀さんの熱い息がかかる。腹の前に回された腕に力がこもる。
迷うように腕が再度組み直され、強く顔を押し付けたのが分かった。
それなのに、何も言わない。
ただ、私を抱いたまま動かなくなった。
しばらく待っても反応はなく、動かなくなった銀さんに疑問を覚えた頃――。
突然、首筋を噛まれた。
「いたっ」
反射的に手を動かすと、身体に回された銀さんの腕がほどけ自由になる。
噛まれた場所を触ると歯型がついていた。結構、強く噛まれたみたいだ。
「今日はこの辺で勘弁しておいてやるよ」
銀さんはそう言うのに、身体を向けようとすると、肩に手をおかれ、止められた。
背後で姿勢を変えるような気配がした。
「銀さーん」
「少し無理」
「何が……?」
「なんでも」
「勃った?」
「少し」
「銀さんの頭撫でたい」
こてんと、肩に頭がのる。
振り向かないままその頭を撫でた。