バイト先から貰ったプールの割引券が切れそうだと気付いたのは先週で、銀さんや神楽ちゃん、新八君を誘ってみた。
快く返事を貰い、皆でプールに遊びに来た。
着替えが終わり、神楽ちゃんと一緒に更衣室から出る。
神楽ちゃんはセパレートタイプで、赤いチャイナ風の水着を着ている。
健康的で神楽ちゃんによく似合っている。
二人で、銀さん達を探す。
ビーチサイドには親子連れや友達同士と見られる人など、多くの人で賑わっていた。
遠くにはこのプールの名物であるウォータースライダーが見える。
「いたいた。銀さん、新八君」
二人もこちらに気付いたようで、振り向き、手を振る。
新八君は黄色い海パン、銀さんは赤い海パンを履いていた。
当たり前だが上半身には何も身にまとってはいない。
まあ、それは想定していた。プールだもの当然。
今更そんな程度で照れはしない。肌色の多さに、どこに目線をやったらいいか困る程度だ。
「銀ちゃん、きーやんばっかみてないでこっちもみろヨ。どうアル? 可愛いダロ?」
くるりと回る神楽ちゃんに銀さんは「可愛い、可愛い」とおざなりに返事を返す。
けれど、その視線がこっちに移れば、思わず身を隠したくなってしまう。
着ているのは、白地に淡い水色のフリルが付いたセパレートタイプの水着。フリルが胸元で大きく揺れるのが可愛いと思ってしまったのだ。
透け感のあるフリルは腰元にもついていて、歩くたびに揺れる。
過度な露出はしていないつもりなのだが、やはり気になってしまう。
「ふーん……」
銀さんがこちらを見ているが、若干視線が下過ぎやしませんか?
「いやらしい」
「いやらしいって考える方がいやらしいんだよ。さっきからお前と視線が合わねえんだけど」
「気の所為ですぅー。ほら、神楽ちゃん行こう。ウォータースライダー、一緒に乗ろうよ」
「いいアルな! いくアル!」
神楽ちゃんを誘うとすぐにノッてくる。
「おい、ちょっと待て……」
と、聞こえた声は無視して、二人で走って向かった。
いやだってさ。いやらしいんだもん……その色々と。
早く水につかって、頭を冷やしたくなってしまう。
「銀ちゃんとお揃いアルな」
「? 銀さん、赤い海パンだったよね?」
ウォータースライダーの列に並んでいると、神楽ちゃんにそう言われるが『お揃い』という単語が上手く結びつかない。
「銀ちゃんのいつもの格好ヨ。お揃いにした訳じゃないアルか? じゃあたまたまネ」
いつものと言われ、着流しを思い浮かべる。
流水紋の着流しと、白地に淡い水色のフリル。
「たまたまだね……。そっか、お揃いなのか」
言われてみると色味が似ている気がする。
余計に恥ずかしくなってしまった。水着のレンタルあったよな、と一瞬非合理的な判断に逃げたくなってしまう。
けれど、順番が来てしまい、仕方なく神楽ちゃんを抱き込むようにスライダーに腰を下ろす。
「いくアルよ!! ひゃっほーい!!」
「うわっ」
勢いよく神楽ちゃんに蹴り出され、想定以上のスピードで滑り降りる。
振り落とされまいと、神楽ちゃんにしっかり掴まる。
やがて終点にたどり着き、水しぶきとともにプールに叩き落とされる。
衝撃で手が離れ、水中で一瞬上下が分からなくなる。
辺りを見渡し、水面に向かい足を蹴った。
「ぷはっ」
「面白かったアル!! もっかい、もっかい」
息をつく間もなく手を取られる。
ぐいぐいと引っ張るスピードはまるでモーターボートのようだ。
これはこれで楽しい。
再び列に並び、三回目でギブアップした。
「ごめん、少し休憩」
「しょうがないアルなぁー。じゃあ、あそこ行ってみるアルヨ」
神楽ちゃんが示すのは子供用のプール。
「いいね、行こうか」
神楽ちゃんは子供用プールに着くやいなや、どこからともなく水鉄砲を手に入れ、その場の子供達と遊び始めた。
誰かから借りたのだろうか? アグレッシブに動き回る神楽ちゃんを皆が集中して攻撃するが、誰一人当てられていない。
とても楽しそうだ。
私はプール脇に腰掛け、それを眺めている。
「ねぇちゃん一人?」
急に声をかけられ、一瞬自分のことだと分からずに、視線を彷徨わせてしまう。
隣に男が座り、親しげに笑いかけてくる。
「私のこと?」
「そうそう。ごめん、ビビんないで。俺達友達同士で来たんだけどさ、野郎ばっかなもんでつまんなくて。良かったら一緒に遊ばねぇ?」
振り向くと、声をかけてきた男の他に、二人がこちらに向かって手を振っていた。
声をかけてきた男は金髪で派手な感じだが、他の二人は黒髪で人当たりの良さそうな見た目をしていた。
見た目で判断するのは良くないが、悪い感じはしない。
「ごめん、連れがいるんだよね。ほらあそこの子」
神楽ちゃんを指さすと男は立ち上がり、声をあげる。
「そこのチャイナっぽい服を着た子。良かったら一緒に遊ばねぇ?」
神楽ちゃんは一瞬止まり、こちらを見る。
「あ、いや。その子だけじゃなくてさ、他にもいるから。ごめん」
神楽ちゃんに向かって首を振ると、心配そうな顔をしたが、大丈夫だと頷くと、再び遊び出した。
「ツレナイなぁー。さっきから見てたけど、他に人なんていないじゃん。断るにしても嘘つかないで欲しいなぁー。これでも、結構君のこと気になっててさ」
しぶとく粘る男にどうしようかと頭を悩ます。
悪い人じゃないんだけど、しつこい。
「あの、すみません。その人に何か用事ですか?」
背後から声をかけられて振り向くと、新八君がにこやかな笑みを浮かべて立っていた。
けれど、その目は一歩も引く気がないとばかりに真剣だった。
「助かった、新八君。この子がさっき言ってた連れ。嘘じゃないんだ。本当にごめんね」
慌ててそう伝えると、男は私と新八君を交互に見た。
「あー……そう。ごめん、しつこくして」
そこで、ようやく諦めたようで、男は立ち上がり、他の面子に慰められながら去っていった。
「ありがとう。少ししつこかったんだよね」
「いえ、それより大丈夫でしたか? 声、掛けられただけでした?」
「うん、平気。ナンパなのかな? 一緒に遊ぼうってそれだけだよ」
安心したように笑い、新八君は神楽ちゃんを呼ぶ。
「神楽ちゃん、一回集合!」
「ほーい。これ、ありがとうネ。また遊ぼうネ~」
水鉄砲を持ち主に返した神楽ちゃんが駆けてくる。
「二人とも勝手にいかないでくださいよ。はぐれたら探すの苦労するんですから」
「ごめんごめん」
確かに、この人混みだ。申し訳ないことをした。
「銀さーん、いましたよ」
「お前らなぁ」
銀さんはぷりぷりと怒りながら腰に手を当てていた。
「ごめん。集合場所決めてなかったね」
「そうだよ、それなのにとっとと行きやがって」
怒られながらも神楽ちゃんはキョロキョロとあたりを見渡していた。
「あのおっきなヤシの木がいいネ! はぐれたら、あのでっかいヤシの木に集まるアル」
神楽ちゃんが指さすのはビーチサイドに植えられているヤシの木の中でも一番大きなものだった。
「確かに、あれなら間違えねぇな。じゃあ、あそこに集合な……」
と、銀さんが言い終わらないうちに、神楽ちゃんは走ってどこかに行ってしまう。
「僕、ついていきます。待って神楽ちゃん!」
新八君は神楽ちゃんの後を追った。
さっきのナンパの件もあるし、助かる。
すぐに人混みに紛れて見えなくなった神楽ちゃんに、銀さんは「話は最後まで聞けよ」と肩を落としていた。
「さっき、新しい友達ができたみたいだったから」
可哀想だったので、慰めめいたことを口にしてしまう。
神楽ちゃんは友達を作るのが上手だ。
すぐに誰とでも仲良くなってしまう。羨ましい限りである。
「そういや、声かけられてたけど、大丈夫だったか?」
銀さんは頭を掻きながら話を変える。
「見てたんだ。大丈夫、新八君がきてくれたから。助かったよ」
「それなら良かったけどよ」
どうも歯切れの悪い態度に、顔を覗き込む。
「何?」
「……断るならもっと早く断れよ」
ボソリと言われた言葉に、少し面食らう。
「心配させた?」
「そうじゃねぇよ」
そうじゃないなら、嫉妬だ。
珍しいなと思う。
「一緒泳ぐ?」
「ああ」
銀さんは流れるプールに大きな浮き輪を持って入る。
浮き輪に掴まって、銀さんがぷかぷか浮きながら流されていく。
私はその隣で浮き輪に手をかけながら、ゆっくりと泳ぐ。
「さっき、ウォータースライダー乗ったんだけど、勢いが凄くてびっくりしちゃった」
「どうせ神楽が勢いつけすぎたんだろ」
「正解」
見てもいないことをやすやすと言い当てる銀さんに十点をあげよう。
「銀さんも乗ってみる? 面白かったよ」
「鼻に水が入りそうだから、いやだ」
即答だった。
確かに、水面に落ちた瞬間、ツンとした痛みを感じた。
けれど、理由はそれだけじゃないのだろう。泳げない人間からするとあの瞬間は恐怖なのかもしれない。
会話が途切れ、ただ流されていく。
銀さんは浮き輪に顎を乗せたまま、随分と気持ちよさそうに流されている。
まるで川に浮いた葉っぱのように、逆らいもせず、流されている。
「おっと」
「ごめんなさい」
人にぶつかり、浮き輪から手を離してしまう。
水中に潜り、銀さんの近くに顔を出す。
「ぷはっ」
片手で顔にかかった水を拭い、髪の毛を整える。
「大丈夫か?」
「うん、銀さんもすこし潜ってみる? 気持ちいいよ?」
「いや、遠慮しとく」
顔を水につけるのも嫌なのだろうか。
素っ気なく断られてしまう。
私は楽しそうだったと思ったからプールに誘ってみたのだけれど、実はあまり楽しくなかったりするだろうか?
気持ちよさそうな顔をしているのだから、そこまでではないと思うのだけれど。
「どうした」
顔を見すぎたのだろう。そう聞かれた。
「いや、あまり楽しくなかったらどうしようと思って」
銀さんはぱちりと瞬きをする。
「いや、そんなことねぇぜ?」
「ならよかった」
急に銀さんの手が伸び、身体を引き寄せる。
「わっ」
私の横を小学生ぐらいの子が勢い良く泳いでいった。
ぶつかるのを避けてくれたようだ。
小脇に抱えられたような状態で、肌と肌が密着する。
手を離されると、安堵すると同時に残念に思う。
迷い、口にする。
「ねぇ、銀さん少し寄ってもいい?」
「……ああ」
言葉に甘え近づくと腕を回され、抱きかかえられるような状態になってしまった。
そこまでのつもりはなかった。
密着具合に、急に恥ずかしくなってしまう。
肩も、腕も、触れたところから銀さんの体温が伝わってくる。
横を向けば顔が近い。
自分から聞いたくせに、想定外の事態にどうしていいのか分からなくなってしまう。
「あそこ」
銀さんの声に、その視線を追うと、先程誘ってきた男がこちらを見ていた。
今の自分の状況を他人に見られてると思うと、ますます恥ずかしくなってしまう。
「……露骨すぎるよ」
「ああいうのは分かりやすい方がいいんだって」
庇護心だと言い切るには無理がありすぎる。ただ、嫉妬心なのか下心なのかの判断に迷いはする。
不埒な考えを持つ身としては心苦しいのだけれど、銀さんにまでそんなものを抱かれてしまっては、本当にどうしたらいいか分からない。
とぷんと沈み、銀さんが追ってこれない水中に逃げてしまう。
水面に顔を出すと、呆れたような顔をして銀さんはプールの縁に掴まり止まっていた。
ばしゃばしゃと水をかき、そこまで泳いでいく。
「腕を貸してください」
「……しゃーねぇな」
浮き輪に置かれた銀さんの腕が、掴まりやすいようにずらされる。
腕に掴まり位置を確保したところで、横をカップルがキスをしながら流れていった。
「公序良俗に反してる」
他人事ながら羞恥に顔を半分水に沈める。
「お硬いなぁ……。お前も、胸押し付けるぐらいのサービスしてみれば」
「セクハラ」
完全に顔は水中に潜り、銀さんを掴まえながらバタ足で速度をあげる。
少し考え、ウォータースライダーの近くまで泳ぎ、プールサイドに上がる。
銀さんに腕を伸ばすと不思議そうな顔をされた。
「胸、押し付けてほしいんでしょ? ほら」
丁度カップルが抱き合いながら流れていく姿を指さすと、戸惑いながら手を握る。
「えっ……あ、ああ」
ほんのり赤く頬を染めるのやめて欲しい。
スライダーに腰を下ろし、もじもじとしている銀さんをゆっくり押す。
「後でね」
「ちょっ、ちょおおおおおおお」
浮き輪を持ってない銀さんを追って私もあとに続く。
セクハラは良くないと思うんだ。
「鼻にみ゛ずが……」
プール底で沈んでいた銀さんを拾い、浮き輪を渡す。
浮き輪を大事に抱え込み、銀さんは涙目になりながらケホケホむせていた。
その腰に抱きつけば面白いように固まった。
「あの……キリさん?」
「サービスして欲しいって言ったじゃん」
耳が赤いのはお互い様だと思うんだ。
そのまま二人で、待ち合わせ場所のヤシの木までぷかぷかと流されていった。
暑い日々が続きますね。涼しい話をと思いましたが、余り涼しくない気も?
感想・評価ありがとうございました。
これからもたぶんこの調子ですが、今後ともよろしくお願いします。