「テメェが
「手合わせといこうじゃねえかァ! なぁ、獪岳さんよォ!!」
そこで待ちかまえていたのは、すでにやる気満々の手鬼だった。はじめはいつもの少年姿だった手鬼が、獪岳の目の前でみるみるうちに巨大化していき、緑色の巨大な異形と化していく。
いつものようにニタニタと嫌らしい笑みを浮かべてはいるが、しかし手鬼は獪岳の一挙一動を見逃さずに、隙がない。
これは、手鬼の成長だ。炭治郎に頸を斬られたことで、手鬼は戦いのときに隙を晒すことがなくなった。
「道中で角姫から聞いてはいたが、随分とご挨拶な出迎えじゃねえか」
一方、隠れ里に初めて踏み込んだ獪岳はといえば、当然ながら目の前に現れた黄昏の世界に驚きながらも、しかし目の前の異形に向けてしっかりと、日輪刀を構えていた。
「シィィィ」という独特の呼吸音が強くなる。彼の呼吸は雷の呼吸だ。その型は、まさに稲妻のような目にも留まらぬ斬撃を主とする。
手鬼と獪岳の視線が交わる。一触即発の空気が境内に広がる。
――が。
日輪刀を構える獪岳の袖をくいくいと引っ張る邪魔者がいた。
「ねえ、獪岳。手合わせはいいんですけど、伝えておいた通り、日輪刀じゃなくて普通の刀でお願いしますね? 獪岳は強いんですから、うっかり里の住民の頸をはねられたら大変です」
「……」
邪魔者。それは当然、この里の長である花枝である。
この展開を予想していた花枝は、先んじて獪岳に伝えておいたのだ。
里ではいきなり挑発してくる『あやかし』がいるけれど、彼らは喧嘩っ早いだけで決して悪鬼ではないため、日輪刀での戦闘は厳禁である、と。
花枝に言われた獪岳は、眉間にしわを寄せながらもおとなしく日輪刀を鞘に戻す。
未だ不満はあるようだが、旅路でずっと浄化を続けながら彼の不満や愚痴を聞き続けた故か、花枝の言うことはきちんと聞いてくれていた。
それに加えて、もう一つ。くいくいと袖を引っ張る。
「あと、道中でも伝えましたが、ここじゃなくて修練場でやってくださいね? 境内を荒らされたらわたしも怒りますからね」
「ああ、わかっている」
更に、もう一つ。くいくいと袖を引っ張る。
「あとあと、戦いのあとは皆でご飯を食べますから、ご飯を食べるだけの体力は残しておいてくださいね?」
「わかったが一々袖を伸ばすんじゃねえ」
いちいち袖をくいくい引っ張っては注意事項を増やしてくる小さな巫女のおかげで、一触即発の空気はとうに霧散している。
視線を前に向ければ、出会い頭から獪岳を挑発していた手鬼も「その態度はひどすぎる」と他の住民たちに怒られているので、あちらはあちらでひとまず頭が冷えているようだ。
結局、花枝たちが獪岳を森の中の修練場まで案内し、正式な審判をおいた状況で、改めて。
隠れ里随一の戦闘力を持つ手鬼と、雷の呼吸の剣士、獪岳の手合わせが開催されるのだった。
◇ ◇ ◇
「弐ノ型・稲魂!!」
「こいつ、やりやがる!!」
流石は現役の隊士だけのことはある。
戦いの開始直後は手鬼の繰り出す数多の手に後れをとっていたが、慣れてくれば獪岳も冷静になり、雷の呼吸の型を駆使し立ち回っていた。
日輪刀ではない普通の刀だというのに、彼の繰り出す雷の呼吸の型は、実際にまばゆい雷撃を幻視するほどの凄みと、威力があった。
『参ノ型・聚蚊成雷』から、『陸ノ型・電轟雷轟』へと技が続く。
そのどちらもが広範囲に広がる雷の型の技だ。これまでひたむきに修行を重ねてきた獪岳の剣は、手鬼といえども易々と攻略はできなかった。
「チイィッ! 増やした手がだいぶイカれちまった……!」
獪岳の雷の型は、疾く、強い。
もちろん槇寿郎との手合わせではこれより圧倒的に強い技を何度も食らっているし、そもそも化け物染みた強さになってしまった槇寿郎と比べれば、獪岳などまだまだ大したことはない。
だがそれでも、手鬼は本格的な雷の呼吸の隊士と戦うことは初めてだったのだ。見知らぬ技というのは、対処が難しい。
「フフフフっ、流石は推薦された隊士だけのことはあるじゃねえか、最終選別に来るガキどもとは全く違う強さだ」
「よく言うぜ。この化け物が」
だが、手鬼は決して一方的に押されているわけではない。あくまで初見の技に対応しきれなかったというだけだが、それを言うならお互い様なのだ。
獪岳もまた、四方から襲いかかる無数の手に全ては対応しきれず、決して少なくない数、殴られ、打たれ、投げ飛ばされている。
となれば、あとは物を言うのは体力、そして回復力だ。その時点で、人間である獪岳は圧倒的に不利だった。
事実。はじめはいい勝負だったが、長引くにつれ獪岳が押されていく。
「お前は強えよ、獪岳。十二鬼月の下っ端くらいなら倒せるんじゃねえか? だがなァ!!」
獪岳は冷や汗を垂らし、顔色を悪くしながらも多くの手をさばいていく。雷の呼吸の技は、瞬時に周囲を殲滅する技が多い。だから、どうにか数多の手の猛攻にも耐えられていた。
だが、獪岳が手鬼の頸にその刃を届かせるには、あと一歩足りない。
――壱ノ型さえ使えたならば。
そんな苦しみが、屈辱が、獪岳の心を蝕んでいく。
だが、そんな獪岳の内心など知ったことかと、手鬼の猛攻は続く。
そして。
「今のところは、俺の方が強いってだけだぜ!!」
地中から現れた幾本もの腕。雷の呼吸の技でそれらを一気に斬り払うが、それらはただの囮だった。
ふいに目の前の地面から、多数の腕を融合させた巨大な手が迫り――。
衝撃で、獪岳の意識は真っ白く吹き飛ばされた。
◇ ◇ ◇
「はぁ、はぁ、くそっ!」
気絶していた時間は短かった。
目覚めた獪岳はすぐに刀を手にして上半身を起こすが、しかし彼の視界に入ってきたのは、周囲でのんびりくつろぐ鬼たちの姿だ。
「起きたか、獪岳。気に入ったぜ、お前は槇寿郎ほどじゃあねえが、強い剣士だ。俺らの修行相手にもってこいだな」
「何を……言ってやがる」
獪岳は、目の前の鬼の言葉がよくわからなかった。
自分は産屋敷家当主直々の指令で、この隠れ里で修行をするために訪れたのだ。内心で認めているかいないかに関わらず、獪岳自身が修行を受ける側なのだ。
だが、手鬼たちが言うには、獪岳こそが手鬼たちの修行相手だという。
「ゲッピ! 待て待て、手鬼の次は俺だぜぇ?」
「そうですよ。手鬼が彼と戦うのは皆が一巡してからですからね、順番は守ってくださいよ」
「その通りだ……手鬼。こいつを独り占め……するな」
そして、手鬼だけではない。獪岳はまだその名を知らないが、河童鬼、田中鬼、蟲鬼もまた、獪岳との手合わせを待ち望んでいた。
鬼たちが、自分との戦いに喜びを見いだしている。
獪岳にはその状況が全く理解できなかった。
だのに。
獪岳の心の中には、不思議な喜びと、高揚感があった。
「わあ、獪岳ったらモテモテですね」
「里の住民も、なんだかんだで強い剣士と戦うのが好きなんですよねー」
「……戦闘民族……だわ」
花枝たち女子鬼は、男子特有のノリについていけず。
獪岳を囲んで活気立つ鬼たちと、鬼に囲まれ困惑の表情を浮かべつつも、眉間のしわが少しだけ薄くなった獪岳の姿を。
彼らから少し離れた場所で、ゆったりと見守っているのだった。
◆ ◆ ◆
――大正五年。
獪岳が訪れてから、数週間が経った。すでに山の外では新年を迎えているが、時間の止まった隠れ里の中ではたいした変化はない。
強いて言えば、正月前に産屋敷家からまた大量のもち米が届けられたので、食事に餅や雑煮が増えたくらいだろうか。
「おい獪岳。テメェのほうが餅がでかくねえか?」
「くだらねえなあ手鬼。餅なんざ、どれを食っても変わらねえよ」
社家屋敷の食卓で、焼き餅の入った雑煮を食べながら、獪岳と手鬼が言い争いをしていた。
いや、どちらかというと手鬼が一方的に難癖をつけ、獪岳が無視している形だろう。
「いや、餅はでかいほうがいいに決まってんだろ!」
「ガキみたいなこと言ってんじゃねえよ。飯ってのは静かに食うもんだぜ」
獪岳はもう随分とこの里に馴染んでいた。
手鬼は相変わらずすぐに獪岳を挑発して手合わせに持ち込もうとするが、いい加減獪岳もそんな手鬼の性格をわかってきたようだ。程よく手鬼の挑発を躱している。
そんな二人の様子に口元を歪めた包丁鬼が、追加の焼いた餅を器に乗せて卓上に出すと、先手を打って獪岳が再び、ちゃっかり大きい餅をとっていく。
さすがは雷の呼吸の使い手。箸捌きも雷速であった。
「テメェ獪岳、やっぱりでかい餅を選んでるじゃねえか! これを食ったら表に出やがれ、修練場でブッ倒してやらァ!」
「ああ、悪いな。今日はこのあと指令で出ることになっているから、お前の相手はしていられねえんだ」
果たしてこれは仲が良いのか悪いのか。
殺し合いに発展していないから、きっと仲は良いのだろう。
花枝は頭の中でそう解釈しながら、あまじょっぱいみたらし付けにした焼き餅を、はふはふと美味しく味わっているのだった。
◆ ◆ ◆
炭治郎たちが蝶屋敷を拠点として生活しているのと同じように、獪岳は、藤襲山を拠点として生活することになった。
あくまで彼の本来の役目は鬼狩りであり、日々の大半は指令をうけて山の外へと鬼狩りに向かっている。そして帰ってきては、空いている時間に『あやかし』たちとの手合わせを繰り返す。
そんな日々が続いていた。
「なあ爺さん。お前の血鬼術はどう対策をすればいい、教えてくれ」
「うむ、儂の術はのう……」
この日の獪岳は、筆鬼との戦いに挑んでいる。
ただ力任せの物量攻撃である手鬼とは違い、紙と文字を使った筆鬼の術は全く毛色の違うものだった。
血鬼術とは言ってしまえばなんでもありで、実に多種多様である。だからこそ、隠れ里の多様な血鬼術に触れあうことで、獪岳は現場での判断力を身につけていった。
「嘘だろ、そんなことができるのか? いや、だが……そうか、俺はまだ強くなれそうだ」
「獪岳は勤勉でいいのう」
もともと、獪岳は師である桑島慈悟郎の言葉は素直に聞き、真面目に修行を重ねてきたのだ。
そういう意味では、人に教えることに長けている老人の鬼――筆鬼との相性は、なかなか悪くはないのかもしれない。
花枝は、あいすくりん片手に獪岳の修行風景を眺めながら、ゆったりとそのようなことを考えていた。
◇ ◇ ◇
「巫女鬼様ー。獪岳って、最初はもっと性格が悪いろくでなしが来るかと思ってたんですけど、意外とまじめですねー。拍子抜けですよ」
「それはもちろん、わたしが毎日のように浄化を施して、彼のなかの『幸せを入れる箱』を修復していますからね。箱修復の巫女鬼とはわたしのことです」
「なーるほど。さすがは箱修復の巫女鬼様!」
「それにこの里では、型がどうとかいう相手はいませんし、彼は正当な評価をされていますからね。獪岳としても、この里の生活が合っているのかもしれません」
百合鬼は、切り花の分身体として煉獄家での会議を覗いていた為、当初は獪岳を迎え入れることに対しては乗り気ではなかった。
無力な子供の頃に、鬼に脅されて犠牲者を出してしまった件は仕方がないと思う。だが、弟弟子や他隊士に対する言動があまりに歪んでいるのはいただけない。百合鬼はその悪辣な言動が花枝を傷つけることを懸念していたのだ。
しかし、蓋を開ければ獪岳は思いのほか真面目で、花枝を傷つけるどころか、むしろ花枝の影響を受けて素直な面を見せ始める始末である。
性悪なろくでなしが来るに違いないと構えていた百合鬼こそが、いっそ拍子抜けしてしまう程だった。
『ガァ! ガァ! 獪岳ノ奴、外ノ隊士相手ダト相変ワラズ性格悪イゾ! 空気ガ最悪デ笑エタゾ!』
「わあ、それは残念」
「あらら、箱修復の巫女鬼様も性格の根っこまでは矯正できませんでしたか」
「うーん、三つ子の魂百までとも言いますしね」
そんな会話をしつつも。
さすがに数ヶ月も一緒にいれば、獪岳が過去にどのような罪を背負っていようが、どのような性根だろうが。それを知った上でなお、この里の住民たちは彼を仲間として受け入れていた。
そもそも、花枝に救われた『鬼』たちの集うこの里において。獪岳の罪を責めることのできる者など、いるわけがないのだから。
◆ ◆ ◆
藤襲山の隠れ里で、獪岳が修行に励んでいるその頃。
彼の弟弟子である善逸は、奇妙な窮地に立たされていた。
「よーし、お前はこれから善逸じゃねえ、善子だ! わかったな、善子!」
「はあぁぁっ!? 俺めっちゃ不細工じゃない? ねえ、女装するにももうちょっとどうにかならなかったの!?」
「うるせえな! 贅沢言うんじゃねえよ、店に入り込めりゃなんでもいいんだよ!」
善逸――いや、善子はものすごく不細工だった。びっくりするほど醜女だった。
醜女の善子は血走った目を大きく見開き、この化粧を施したド派手な人物に向けて、猛烈な抗議を続けている。
抗議を受けているド派手な人物――宇髄天元。彼こそは祭りの神であり、鬼殺隊最強戦力の一人、音柱だ。
彼らはこれから、鬼が潜むと考えられている遊郭に潜入捜査をすることになっている。各々が身分を女と偽り、すでに目星がつけられている怪しい店へと潜入するため、この化粧を施されているのだ。
善子の怒りの理由はその『女装』にあった。
もちろん、自分が不細工なことには腹を立てている。なるならば善逸とて、もっと美少女になりたかった。だが、善逸の不満点は、ただ自分が不細工だというその一点だけではない。
というのも、共に潜入することになった仲間のうち一名の女装姿が――無駄に『美人』なのだ。
「だって、だってさあ! 猪子と炭子も俺と同じくらい不細工だからいいよ! でもそっちだよ、なんだよそこの美人はよ!! 一人だけおかしいだろ!!」
「……俺は美人じゃない」
「まあ、ギユ子はもとから整ってやがったしよ。さすがに俺でも、余所の流派の『甲』階級隊士の顔で遊ぶわけにはいかねえからな」
「いま遊びって言った! ねえ、アタシは遊びだったの!!?」
「うっせえな!!」
本日三度目となる腹部へのパンチで、善子は撃沈した。