本日二度目の投稿。
高城邸の中庭には、大勢の人間が集まっていた。
中央では、一人の男が拘束されている。
高城邸を守っていた構成員の一人だった。
だが、今の彼にかつての面影はない。
「うぅ……」
濁った目。
荒い呼吸。
口元には血が付着している。
拘束されているにもかかわらず、男は目の前の人間へ噛みつこうと暴れていた。
その前に、一人の男が立っている。
高城壮一郎だった。
「昨夜、この男は奴らに襲われ、今朝になって発症した」
壮一郎が表情を変える事なく周囲へ告げる。
拘束された男が唸り声を上げる。
「我々は、この屋敷を守らなければならない」
誰も口を挟まない。
「感染者を放置すれば、ここにいる全員が危険に晒される」
壮一郎が部下へ視線を向ける。
「分かっているな?」
「はい」
構成員が答える。
壮一郎は短く頷いた。
「始める」
次の瞬間。
壮一郎の剣帯から刀が抜かれ、感染者の首が落とされる。
身体がその場へ崩れ落ちた。
周囲に緊張が走る。
誰も声を上げない。
「処理しろ」
壮一郎の指示で、構成員たちが遺体を運び出していく。
その様子を見ていた平野が、複雑そうな顔をする。
「……刃物って、やっぱり効率悪いですね」
毒島が平野を見る。
「そう思うか?」
「はい」
平野はライフルへ目を向ける。
「一体を倒すために、あれだけ近づかなきゃいけない。しかも、刃物は使えば刃が欠けたり、血や脂が付いたりする」
「確かに、銃には銃の利点があるな」
毒島は否定しなかった。
「だが、刃物が非効率だとは思わない」
「どうしてです?」
「弾薬を必要としないからだ」
毒島は腰の村田刀へ手を添える。
「この状況では、弾薬は限られている。撃てば減るが、刀は手入れをすれば何度でも使える」
「でも、接近戦は危険ですよ」
「それも確かにそうだ」
毒島は穏やかに頷く。
「だからこそ、武器の優劣だけで決めるものではないと思う」
「……使い手次第ってことですか?」
「そうだ」
毒島は微笑む。
「実際、佐藤さんを見ていれば分かるだろう?」
平野が黙る。
「あの人は手斧一本で、これまで百体以上の奴らを倒している」
「……確かに」
「手斧そのものが特別なのではない。使い手が優れているからこそ、あれだけの戦い方ができる」
平野はライフルを見下ろした。
「……なるほど」
「君が銃を信じることも間違いではない」
毒島は静かに続ける。
「私も、この刀を信じている。それぞれ、自分が扱える武器を信じればいい」
「はい」
平野はライフルを握り直した。
その時だった。
屋敷の門の方から、エンジン音が聞こえてきた。
次郎がそちらへ目を向ける。
一台のマイクロバスが門を通り、高城邸の敷地へ入ってくる。
やがて停車し、扉が開いた。
紫藤浩一と、数人の生徒が降りてくる。
「……紫藤」
宮本の表情が変わった。
その顔を見た瞬間、過去の記憶が蘇る。
宮本にとって、紫藤浩一は決して忘れることのできない相手だった。
宮本はライフルを手に取る。
そして銃身に銃剣を取り付け、固定した。
「麗?」
小室が異変に気づく。
宮本は答えず、紫藤へ歩いていく。
「麗!」
小室も追いかける。
宮本は紫藤の前で足を止めた。
銃剣の切っ先が、紫藤の喉元へ向けられる。
「……何をしているんです?」
紫藤が穏やかに尋ねる。
「簡単な事よ、あなたを殺す」
宮本の声は冷たかった。
「私がどれだけあなたを憎んでいるか……分かっているでしょう?」
紫藤は宮本を見つめる。
「過去のことを、まだ気にしているのですか?」
その言葉に、宮本の目が鋭くなる。
「……そういうところよ」
「自分が何をしたのかなんて、何とも思ってない」
銃剣がわずかに前へ出る。
「あなたはお父さんを苦しめた。どんな事にも動じない人が、自分のせいで留年させたって泣いて謝ったわ!」
「麗!」
小室が声を掛ける。
宮本は動かない。
だが、しばらくしてライフルを下ろした。
「……やめた」
紫藤が眉を動かす。
「こんな奴、殺す価値もないわ」
宮本は紫藤から離れた。
そこへ壮一郎が歩いてくる。
「話は聞いた」
紫藤が壮一郎へ向き直る。
「あなたが、この屋敷の責任者ですか?」
「高城壮一郎だ」
壮一郎は紫藤を正面から見据えた。
「この屋敷では、私が全てを決める」
「それは結構です。私たちも皆さんと協力して――」
「必要ない」
壮一郎が遮った。
紫藤の笑みがわずかに止まる。
「……今、なんと?」
「必要ないと言ったのだ」
「お前と、そこの生徒たちは早々にここから出てもらう」
「……理由をお聞かせ願えますか?」
「お前たちを信用できない」
壮一郎は即答した。
「それだけだ」
紫藤はしばらく壮一郎を見つめる。
やがて、薄く笑った。
「そうですか。分かりました」
紫藤は生徒たちへ振り返る。
「皆さん、行きましょう」
生徒たちは戸惑いながらも、紫藤の後についていく。
マイクロバスへ乗り込んでいく彼らを、宮本は黙って見送っていた。
やがてエンジン音が響く。
マイクロバスが門を抜けていく。
壮一郎は門が閉じられるのを確認すると、中庭へ戻った。
屋敷には再び、それぞれの役割へ戻っていく人々の姿があった。
紫藤たちが高城邸を去ってから数時間後。
屋敷の廊下を、次郎が歩いていた。
目的は特にない。
物資の確認を終え、客室へ戻る途中だった。
その時――。
「……やっぱり、すごいですよね」
角の向こうから、小室の声が聞こえた。
次郎は足を止める。
続いて、毒島の声。
「何がだ?」
「佐藤さんですよ」
次郎はその場から動かなかった。
どうやら、二人は自分のことを話しているらしい。
「ここへ着く直前の戦い……見ましたよね?」
「ああ」
毒島が答える。
「あれだけの数を、殆ど一人で相手にしていた」
「……正直、怖かったです」
小室の声が少し低くなる。
「本当に、俺たちと同じ人間なのかって思うくらい」
次郎は無意識に壁へ背を預けた。
盗み聞きをするつもりはなかったが、ここで姿を見せるのも気まずい。
「それでも、頼りになる人だ」
毒島が言う。
「はい。それは分かってます」
小室は即答した。
「何度も助けてもらいましたし、佐藤さんがいなかったら、俺たちはここまで来られていない」
「なら、何を気にしている?」
少しの沈黙。
「……嫉妬、ですかね」
その言葉に、次郎の眉が僅かに動いた。
「俺だって、みんなを守りたいんです」
小室の声には、悔しさが滲んでいた。
「なのに、俺が必死になって戦っても、佐藤さんはその上を行ってしまう」
「小室くん」
「分かってます。馬鹿なことを考えてるって」
小室が苦笑する。
「命を助けてもらっておいて、こんなことを思うのは失礼だって。でも……」
言葉が途切れる。
「悔しいんですよ」
次郎は黙って聞いていた。
「俺も強くなりたい。俺だって、みんなを守れるようになりたい」
毒島はしばらく黙っていた。
「それは、悪いことではない」
「……え?」
「強くなりたいと思うことも、誰かに負けたくないと思うことも、戦う者なら自然なことだ」
毒島の声は穏やかだった。
「ただし、佐藤さんと自分を比べすぎるな」
「どうしてです?」
「佐藤さんは、君が今まで生きてきた場所とは違う場所を歩いてきた人だ」
小室は黙り込む。
「それに――」
毒島が続ける。
「強さだけが、人を守る力ではない」
「……」
「君には君の役割がある」
小室はしばらく考えていた。
「……はい」
次郎は廊下の角に立ったまま、静かに目を伏せた。
嫉妬されること自体は、別に気にならない。
むしろ――。
「……真面目だな、小室くんは」
小さく呟く。
次郎は二人の会話を聞かないふりをして、その場を離れた。
廊下を歩き、自分に割り当てられた部屋へ戻る。
部屋へ入ると、腰に下げていたトマホークを外した。
ここまでの戦いで、刃にはいくつもの傷が付いている。
大きな損傷こそない。
しかし、ゾンビの頭部を何度も叩き割ったことで、刃先には僅かな乱れが生じていた。
「……手入れするか」
トマホークを机の上へ置き、屋敷の構成員から砥石を一つ分けてもらう。
次郎は椅子へ腰を下ろし、トマホークを手に取った。
砥石へ刃を当てる。
一定の角度を保ちながら、ゆっくりと刃を滑らせていく。
シャッ。
静かな音が部屋に響く。
力を入れすぎない。
刃の状態を確かめながら、少しずつ整えていく。
何度も繰り返す。
刃先に指を触れることはしない。
目で状態を確認し、角度を変えながら丁寧に研いでいく。
やがて、刃の乱れが消えていった。
次郎は布で刃を拭き、光にかざす。
問題ない。
これなら、まだ使える。
次郎は砥石を片付け、トマホークを鞘へ戻した。
――翌朝。
高城邸では、出発の準備が進められていた。
食料。
飲料水。
医薬品。
必要な物資が次々と車両へ積み込まれていく。
小室は荷物を確認し、宮本はライフルを背負った。
平野は弾薬を確認し、毒島は村田刀を腰へ差す。
鞠川は医療用品をまとめていた。
その隣には、ありすがいる。
「ありすちゃん、準備できた?」
「うん!」
「忘れ物はない?」
「大丈夫!」
「じゃあ、行きましょう」
「はい!」
ありすは鞠川の手を握った。
高城も自分の荷物を確認している。
少し離れた場所では、壮一郎たちも別の車両へ荷物を積み込んでいた。
屋敷を出る者も、残る者も、それぞれの準備を進めている。
やがて、小室たちの準備が整った。
小室、宮本、毒島、高城、平野、鞠川、ありす、そして次郎。
全員が用意された車両へ乗り込む。
ありすは鞠川の隣へ座り、平野と高城もそれぞれの席につく。
小室と宮本、毒島も乗り込み、最後に次郎が乗車した。
全員が乗り込んだことを確認する。
エンジンが始動し、低い駆動音が響く。
出発の準備が整ったところで、門がゆっくりと開かれていく。
車両が動き出す。
高城は窓から外へ目を向けた。
見慣れた高城邸。
両親と過ごしてきた場所。
その姿が、少しずつ遠ざかっていく。
やがて門が閉じられ、その姿も見えなくなった。
もう、ここへ戻ることはない。
車両はそのまま、朝の街へ入っていった。