元殺し屋がバイオ事件に巻き込まれる話   作:オッパッピー

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本日二度目の投稿。


Chapter3 楽園への道 Part2

 高城邸の中庭には、大勢の人間が集まっていた。

 

 中央では、一人の男が拘束されている。

 

 高城邸を守っていた構成員の一人だった。

 

 だが、今の彼にかつての面影はない。

 

「うぅ……」

 

 濁った目。

 

 荒い呼吸。

 

 口元には血が付着している。

 

 拘束されているにもかかわらず、男は目の前の人間へ噛みつこうと暴れていた。

 

 その前に、一人の男が立っている。

 

 高城壮一郎だった。

 

「昨夜、この男は奴らに襲われ、今朝になって発症した」

 

 壮一郎が表情を変える事なく周囲へ告げる。

 

 拘束された男が唸り声を上げる。

 

「我々は、この屋敷を守らなければならない」

 

 誰も口を挟まない。

 

「感染者を放置すれば、ここにいる全員が危険に晒される」

 

 壮一郎が部下へ視線を向ける。

 

「分かっているな?」

 

「はい」

 

 構成員が答える。

 

 壮一郎は短く頷いた。

 

「始める」

 

 次の瞬間。

 

 壮一郎の剣帯から刀が抜かれ、感染者の首が落とされる。

 

 身体がその場へ崩れ落ちた。

 

 周囲に緊張が走る。

 

 誰も声を上げない。

 

「処理しろ」

 

 壮一郎の指示で、構成員たちが遺体を運び出していく。

 

 その様子を見ていた平野が、複雑そうな顔をする。

 

「……刃物って、やっぱり効率悪いですね」

 

 毒島が平野を見る。

 

「そう思うか?」

 

「はい」

 

 平野はライフルへ目を向ける。

 

「一体を倒すために、あれだけ近づかなきゃいけない。しかも、刃物は使えば刃が欠けたり、血や脂が付いたりする」

 

「確かに、銃には銃の利点があるな」

 

 毒島は否定しなかった。

 

「だが、刃物が非効率だとは思わない」

 

「どうしてです?」

 

「弾薬を必要としないからだ」

 

 毒島は腰の村田刀へ手を添える。

 

「この状況では、弾薬は限られている。撃てば減るが、刀は手入れをすれば何度でも使える」

 

「でも、接近戦は危険ですよ」

 

「それも確かにそうだ」

 

 毒島は穏やかに頷く。

 

「だからこそ、武器の優劣だけで決めるものではないと思う」

 

「……使い手次第ってことですか?」

 

「そうだ」

 

 毒島は微笑む。

 

「実際、佐藤さんを見ていれば分かるだろう?」

 

 平野が黙る。

 

「あの人は手斧一本で、これまで百体以上の奴らを倒している」

 

「……確かに」

 

「手斧そのものが特別なのではない。使い手が優れているからこそ、あれだけの戦い方ができる」

 

 平野はライフルを見下ろした。

 

「……なるほど」

 

「君が銃を信じることも間違いではない」

 

 毒島は静かに続ける。

 

「私も、この刀を信じている。それぞれ、自分が扱える武器を信じればいい」

 

「はい」

 

 平野はライフルを握り直した。

 

 その時だった。

 

 屋敷の門の方から、エンジン音が聞こえてきた。

 

 次郎がそちらへ目を向ける。

 

 一台のマイクロバスが門を通り、高城邸の敷地へ入ってくる。

 

 やがて停車し、扉が開いた。

 

 紫藤浩一と、数人の生徒が降りてくる。

 

「……紫藤」

 

 宮本の表情が変わった。

 

 その顔を見た瞬間、過去の記憶が蘇る。

 

 宮本にとって、紫藤浩一は決して忘れることのできない相手だった。

 

 宮本はライフルを手に取る。

 

 そして銃身に銃剣を取り付け、固定した。

 

「麗?」

 

 小室が異変に気づく。

 

 宮本は答えず、紫藤へ歩いていく。

 

「麗!」

 

 小室も追いかける。

 

 宮本は紫藤の前で足を止めた。

 

 銃剣の切っ先が、紫藤の喉元へ向けられる。

 

「……何をしているんです?」

 

 紫藤が穏やかに尋ねる。

 

「簡単な事よ、あなたを殺す」

 

 宮本の声は冷たかった。

 

「私がどれだけあなたを憎んでいるか……分かっているでしょう?」

 

 紫藤は宮本を見つめる。

 

「過去のことを、まだ気にしているのですか?」

 

 その言葉に、宮本の目が鋭くなる。

 

「……そういうところよ」

 

「自分が何をしたのかなんて、何とも思ってない」

 

 銃剣がわずかに前へ出る。

 

「あなたはお父さんを苦しめた。どんな事にも動じない人が、自分のせいで留年させたって泣いて謝ったわ!」

 

「麗!」

 

 小室が声を掛ける。

 

 宮本は動かない。

 

 だが、しばらくしてライフルを下ろした。

 

「……やめた」

 

 紫藤が眉を動かす。

 

「こんな奴、殺す価値もないわ」

 

 宮本は紫藤から離れた。

 

 そこへ壮一郎が歩いてくる。

 

「話は聞いた」

 

 紫藤が壮一郎へ向き直る。

 

「あなたが、この屋敷の責任者ですか?」

 

「高城壮一郎だ」

 

 壮一郎は紫藤を正面から見据えた。

 

「この屋敷では、私が全てを決める」

 

「それは結構です。私たちも皆さんと協力して――」

 

「必要ない」

 

 壮一郎が遮った。

 

 紫藤の笑みがわずかに止まる。

 

「……今、なんと?」

 

「必要ないと言ったのだ」

 

「お前と、そこの生徒たちは早々にここから出てもらう」

 

「……理由をお聞かせ願えますか?」

 

「お前たちを信用できない」

 

 壮一郎は即答した。

 

「それだけだ」

 

 紫藤はしばらく壮一郎を見つめる。

 

 やがて、薄く笑った。

 

「そうですか。分かりました」

 

 紫藤は生徒たちへ振り返る。

 

「皆さん、行きましょう」

 

 生徒たちは戸惑いながらも、紫藤の後についていく。

 

 マイクロバスへ乗り込んでいく彼らを、宮本は黙って見送っていた。

 

 やがてエンジン音が響く。

 

 マイクロバスが門を抜けていく。

 

 壮一郎は門が閉じられるのを確認すると、中庭へ戻った。

 

 屋敷には再び、それぞれの役割へ戻っていく人々の姿があった。

 

 

 

 紫藤たちが高城邸を去ってから数時間後。

 

 屋敷の廊下を、次郎が歩いていた。

 

 目的は特にない。

 

 物資の確認を終え、客室へ戻る途中だった。

 

 その時――。

 

「……やっぱり、すごいですよね」

 

 角の向こうから、小室の声が聞こえた。

 

 次郎は足を止める。

 

 続いて、毒島の声。

 

「何がだ?」

 

「佐藤さんですよ」

 

 次郎はその場から動かなかった。

 

 どうやら、二人は自分のことを話しているらしい。

 

「ここへ着く直前の戦い……見ましたよね?」

 

「ああ」

 

 毒島が答える。

 

「あれだけの数を、殆ど一人で相手にしていた」

 

「……正直、怖かったです」

 

 小室の声が少し低くなる。

 

「本当に、俺たちと同じ人間なのかって思うくらい」

 

 次郎は無意識に壁へ背を預けた。

 

 盗み聞きをするつもりはなかったが、ここで姿を見せるのも気まずい。

 

「それでも、頼りになる人だ」

 

 毒島が言う。

 

「はい。それは分かってます」

 

 小室は即答した。

 

「何度も助けてもらいましたし、佐藤さんがいなかったら、俺たちはここまで来られていない」

 

「なら、何を気にしている?」

 

 少しの沈黙。

 

「……嫉妬、ですかね」

 

 その言葉に、次郎の眉が僅かに動いた。

 

「俺だって、みんなを守りたいんです」

 

 小室の声には、悔しさが滲んでいた。

 

「なのに、俺が必死になって戦っても、佐藤さんはその上を行ってしまう」

 

「小室くん」

 

「分かってます。馬鹿なことを考えてるって」

 

 小室が苦笑する。

 

「命を助けてもらっておいて、こんなことを思うのは失礼だって。でも……」

 

 言葉が途切れる。

 

「悔しいんですよ」

 

 次郎は黙って聞いていた。

 

「俺も強くなりたい。俺だって、みんなを守れるようになりたい」

 

 毒島はしばらく黙っていた。

 

「それは、悪いことではない」

 

「……え?」

 

「強くなりたいと思うことも、誰かに負けたくないと思うことも、戦う者なら自然なことだ」

 

 毒島の声は穏やかだった。

 

「ただし、佐藤さんと自分を比べすぎるな」

 

「どうしてです?」

 

「佐藤さんは、君が今まで生きてきた場所とは違う場所を歩いてきた人だ」

 

 小室は黙り込む。

 

「それに――」

 

 毒島が続ける。

 

「強さだけが、人を守る力ではない」

 

「……」

 

「君には君の役割がある」

 

 小室はしばらく考えていた。

 

「……はい」

 

 次郎は廊下の角に立ったまま、静かに目を伏せた。

 

 嫉妬されること自体は、別に気にならない。

 

 むしろ――。

 

「……真面目だな、小室くんは」

 

 小さく呟く。

 

 次郎は二人の会話を聞かないふりをして、その場を離れた。

 

 

 廊下を歩き、自分に割り当てられた部屋へ戻る。

 

 部屋へ入ると、腰に下げていたトマホークを外した。

 

 ここまでの戦いで、刃にはいくつもの傷が付いている。

 

 大きな損傷こそない。

 

 しかし、ゾンビの頭部を何度も叩き割ったことで、刃先には僅かな乱れが生じていた。

 

「……手入れするか」

 

 トマホークを机の上へ置き、屋敷の構成員から砥石を一つ分けてもらう。

 

 次郎は椅子へ腰を下ろし、トマホークを手に取った。

 

 砥石へ刃を当てる。

 

 一定の角度を保ちながら、ゆっくりと刃を滑らせていく。

 

 シャッ。

 

 静かな音が部屋に響く。

 

 力を入れすぎない。

 

 刃の状態を確かめながら、少しずつ整えていく。

 

 何度も繰り返す。

 

 刃先に指を触れることはしない。

 

 目で状態を確認し、角度を変えながら丁寧に研いでいく。

 

 やがて、刃の乱れが消えていった。

 

 次郎は布で刃を拭き、光にかざす。

 

 問題ない。

 

 これなら、まだ使える。

 

 次郎は砥石を片付け、トマホークを鞘へ戻した。

 

 

――翌朝。

 

 高城邸では、出発の準備が進められていた。

 

 食料。

 

 飲料水。

 

 医薬品。

 

 必要な物資が次々と車両へ積み込まれていく。

 

 小室は荷物を確認し、宮本はライフルを背負った。

 

 平野は弾薬を確認し、毒島は村田刀を腰へ差す。

 

 鞠川は医療用品をまとめていた。

 

 その隣には、ありすがいる。

 

「ありすちゃん、準備できた?」

 

「うん!」

 

「忘れ物はない?」

 

「大丈夫!」

 

「じゃあ、行きましょう」

 

「はい!」

 

 ありすは鞠川の手を握った。

 

 高城も自分の荷物を確認している。

 

 少し離れた場所では、壮一郎たちも別の車両へ荷物を積み込んでいた。

 

 屋敷を出る者も、残る者も、それぞれの準備を進めている。

 

 やがて、小室たちの準備が整った。

 

 小室、宮本、毒島、高城、平野、鞠川、ありす、そして次郎。

 

 全員が用意された車両へ乗り込む。

 

 ありすは鞠川の隣へ座り、平野と高城もそれぞれの席につく。

 

 小室と宮本、毒島も乗り込み、最後に次郎が乗車した。

 

 全員が乗り込んだことを確認する。

 

 エンジンが始動し、低い駆動音が響く。

 

 出発の準備が整ったところで、門がゆっくりと開かれていく。

 

 車両が動き出す。

 

 高城は窓から外へ目を向けた。

 

 見慣れた高城邸。

 

 両親と過ごしてきた場所。

 

 その姿が、少しずつ遠ざかっていく。

 

 やがて門が閉じられ、その姿も見えなくなった。

 

 もう、ここへ戻ることはない。

 

 車両はそのまま、朝の街へ入っていった。

 

 

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