本日二度目の投稿。
しばらくして、モール内の探索に再度出かけた次郎が戻ってきた。
小室たちは、まだベンチ周辺で休んでいる。
その中に、一人だけ姿が見えない。
「ありすは?」
次郎が尋ねる。
「あそこよ」
鞠川が指差した。
少し離れた場所に、自転車を押して歩くありすがいた。
「見て、先生!」
ありすが嬉しそうに声を上げる。
「自転車があったの!」
「本当ね」
鞠川が微笑む。
「乗れるの?」
「うん!」
ありすは自転車に跨り、軽くペダルを踏む。
小さな車体がゆっくりと進んでいく。
そのまま通路を一周すると、ありすは皆のところへ戻ってきた。
「すごいな、ありすちゃん」
小室が笑う。
「速いでしょ?」
ありすは嬉しそうに笑った。
「うん。速い速い」
そして、モールの奥へ目を向ける。
「ねえ……」
「どうしたの?」
鞠川が尋ねる。
「私、あっちを見てきてもいい?」
「一人で?」
「うん」
ありすは自転車のハンドルを握る。
「歩いて見に行くより、私が自転車で行った方が早いよ」
小室が少し考える。
「確かに、それなら遠くまで見てこられるな」
「でも、危ない場所には行かないでね」
鞠川が念を押す。
「何かあったら、すぐに戻ってくること」
「うん!」
「知らない人がいても、近づかないのよ」
「分かった!」
ありすは元気よく返事をした。
次郎は黙ってその様子を見ていた。
ありす自身が、自分にできることを考えて申し出たのだ。
無理をしないよう注意しておけば、問題はないだろう。
「じゃあ、行ってきます!」
ありすは自転車を漕ぎ出した。
小さな車輪が床を滑るように回る。
やがて、ありすの姿が通路の向こうへ消えていった。
「……あの子も少しずつ変わってきたな」
毒島が微笑む。
「ええ」
鞠川もありすの消えた方向を見る。
「自分にもできることがあるって分かったんでしょうね」
次郎は何も言わず、その方向へ目を向けていた。
しばらくして――。
遠くから、自転車のベルが聞こえてきた。
チリン、チリン。
「あ、戻ってきた」
小室が顔を上げる。
ほどなくして、ありすが自転車を漕ぎながら戻ってきた。
「ただいま!」
「お帰りなさい」
鞠川が迎える。
「どうだった?」
「お店がいっぱいあったよ!」
ありすは楽しそうに話し始める。
「食べ物のお店もあったし、お洋服のお店もあった!」
「そう」
鞠川が笑う。
「他には?」
「人も何人かいたよ。でも、みんな静かにしてた」
中岡が頷く。
「避難している人たちでしょうね」
「うん!」
ありすは頷く。
「まだ見てないところもあるよ!」
「そう。じゃあ、少し休んでからにしましょうね」
「えー」
「無理は駄目よ」
「……はーい」
ありすは少し不満そうにしながらも、自転車から降りた。
そして、鞠川の隣へ座る。
小室がその様子を見て笑った。
「まるで偵察隊長だな」
「うん!」
ありすは胸を張った。
「私、みんなの役に立つんだ!」
ありすが自転車で偵察に出るようになってから、数時間後。
モール内には、少しずつ落ち着いた空気が戻っていた。
食料も水も十分にある。
外には大量のゾンビがいるものの、今のところ内部へ侵入してくる様子はない。
そんな中――。
「ちょっと待て!」
通路の向こうから、怒鳴り声が響いた。
小室たちが振り向く。
数人の生存者がこちらへ歩いてくる。
先頭にいる中年の男が、不満そうな顔で小室たちを睨んでいた。
「さっきから好き勝手に動き回っているが、ここを何だと思ってるんだ?」
「何って……避難場所だろ」
小室が答える。
「だったら、勝手に食料を持っていくな!」
「勝手にって……」
小室が眉をひそめる。
「中岡さんに確認してから使ってるぞ」
「そういう問題じゃない!」
男が声を荒らげる。
「俺たちはここで生き残ってきたんだ。後から来た連中が好き勝手に物を使っていいわけじゃない!」
「俺たちだって、好き勝手に使ってるわけじゃない!」
小室も声を強める。
「必要な分を使ってるだけだろ!」
「それで物資が減るんだ!」
別の男が口を挟んだ。
「人が増えれば、それだけ食料も水も減る!」
「だからって、食べるなっていうの?」
宮本は生存者たちを睨んだ。
「食べるな、水を飲むなって言われたって無理でしょう!」
「誰もそんなこと言ってない!」
「じゃあ何が言いたいのよ!」
宮本の声につられるように、周囲の生存者たちも集まってくる。
空気が険悪になっていく。
「ここは俺たちが守ってきた場所だ!」
「だから何なのよ!」
「麗、もういい!」
小室が宮本の前へ出る。
「俺たちは揉めるためにここへ来たんじゃない」
「でも……」
宮本が言い返そうとした、その時だった。
「そこまでです!」
中岡が割って入った。
警察官らしい鋭い声が、騒ぎを一瞬で止める。
「ここでこれ以上騒がないでください」
「でも、こいつらが――」
「下がってください」
中岡は生存者たちを真っ直ぐ見た。
「物資の管理について不満があるなら、私が話を聞きます。ですが、今のように大勢で囲むのは認めません」
「しかし――」
「下がってください」
今度ははっきりと言い切った。
「ここは全員が避難するための場所です。仲間同士で争うための場所ではありません」
男たちは不満そうに顔を見合わせたが、中岡が一歩も引かないのを見て、やがて渋々と後ろへ下がっていった。
「……分かったよ」
男が吐き捨てる。
「後でちゃんと話をさせてもらうからな」
「ええ。その時はきちんと聞きます」
中岡が笑顔で答える。
生存者たちはそのまま離れていった。
宮本が小さく息を吐く。
「……何なのよ、もう」
「麗」
小室が苦笑する。
「お前も熱くなりすぎだって」
「孝だって怒鳴ってたじゃない」
「俺は……まあ、それはそうだけど」
小室が頭を掻く。
高城が二人を見ながら呆れたように息を吐いた。
「まったく。少しは冷静になりなさいよ」
「沙耶に言われたくない」
「何ですって?」
「二人とも、そこまでにして」
鞠川が困ったように笑う。
その様子を、次郎は少し離れた場所から見ていた。
生存者同士の衝突。
今は中岡が収めたが、極限状態に置かれた人間同士が集まれば、こうした揉め事は避けられない。
次郎は何も言わず、周囲を見回した。
その時――。
「ねぇねぇ、次郎ちゃん!」
遠くから、ありすの声が聞こえた。
次郎が振り向く。
自転車に乗ったありすが、前かごに何かを入れて戻ってくる。
「どうした?」
「これ、見つけたの!」
ありすが前かごから箱を取り出した。
次郎が受け取る。
「花火か」
「うん。お店にいっぱいあったよ」
箱を裏返し、種類を確認する。
打ち上げ花火。
手持ち花火。
そして、音の出るものも混じっている。
次郎の目が、そこへ止まった。
「……使えるな」
「何に?」
ありすが首を傾げる。
次郎は箱を閉じた。
今すぐ必要なわけではない。
「あとで説明する」
次郎はそう言って、花火を荷物の中へしまった。
ありすは不思議そうに首を傾げた。
「花火、しないの?」
「そうだな」
次郎は小さく笑う。
「使う時は、少し違う使い方になるかもしれない」
ありすが休んでいる間、次郎はモール内の別の店舗を見て回っていた。
キャンプ用品を扱う店に入る。
棚にはテントや寝袋、調理器具などが並んでいる。
そんな中で、次郎の目に留まったものがあった。
壁に並べられた手斧。
そのうちの一本を手に取る。
柄の長さ。
刃の形状。
重量。
次郎は軽く振ってみる。
「……これは、かなり実戦的だな」
トマホーク型の手斧だった。
次郎はそれを持って店を出る。
戻ると、小室が壁際でショットガンを確認していた。
「小室くん」
「ん?」
次郎が手斧を差し出す。
「これ、使ってみるか?」
「手斧?」
「ああ。バールより扱いやすいと思う」
小室は受け取ると、重さを確かめる。
「……確かに」
刃の部分を見て、少し驚く。
「これなら奴ら相手にも使えそうだな」
「無理に使う必要はないぞ」
次郎が言う。
「合わなければ、バールに戻せばいい」
「いや」
小室は手斧を握り直した。
「使ってみる」
腰に差していたバールを外し、代わりにトマホークを手に持った。
「これからは、こっちを使うよ」
「そうか」
次郎は頷いた。
小室はトマホークを握ったまま、軽く振ってみる。
「……悪くない」
その時だった。
「きゃあああっ!」
モールの奥から悲鳴が響いた。
小室たちが一斉に顔を上げる。
「この声、静香先生?」
小室が立ち上がる。
次郎はすでに走り出していた。
悲鳴の聞こえた方向へ向かう。
寝具店。
店内へ入ると、ベッドの上に鞠川がいた。
その前に、一人の男が立っている。
「だから、嫌だって言ってるじゃないですか!」
鞠川が身を引く。
男はなおも距離を詰めていた。
「いいじゃねえか。こんな状況なんだぞ?」
「絶対に嫌です!」
鞠川は明らかに怯えている。
どうやら休憩中にベッドへ横になっていたところを、この男に襲われそうになったらしい。
「やめろ!」
小室が叫ぶ。
男が振り返る。
「なんだ、お前?」
「静香先生から離れろ!」
小室がショットガンへ手を伸ばす。
だが、その場に居合わせた中岡の方が早かった。
拳銃を抜き、男へ向ける。
「彼女から離れてください!」
「銃なんか撃てるのかよ?」
男は怯むどころか、鼻で笑った。
「俺を撃ったら、あんたもただじゃ済まないぞ」
「警告します」
中岡の声は低い。
「それ以上近づけば、撃ちます」
「へっ、そんな脅し――」
男が中岡へ一歩踏み出した。
その瞬間。
背後に人影が現れた。
気づかれないように忍び寄った次郎の腕が、男の首へ伸びる。
「――っ!」
男が声を上げる。
次郎はそのまま両手で頸動脈を圧迫する。
男が体を捻り、次郎の圧迫から逃れようとする。
だが、次郎の腕は微動だにしない。
「ぐ……っ」
数秒後。
男の身体から力が抜けた。
次郎は倒れないよう支え、そのまま床へ横たえる。
「気絶しただけだ」
次郎が言う。
中岡は拳銃を下ろした。
「……ありがとうございます」
鞠川はベッドの上で震えていた。
「先生、大丈夫?」
高城が駆け寄る。
「う、うん……」
鞠川は頷いた。
「ちょっと怖かったけど……大丈夫」
小室は倒れた男を睨みつける。
「……最低だな」
宮本も男を見下ろした。
「こんな状況で、よくもそんなことができるわね」
次郎は何も言わず、男の両手を背中側へ回した。
「中岡さん」
「はい」
「こいつは縛った方がいい」
「そうですね」
中岡が頷く。
「二度と同じことをさせないためにも」
中岡は拳銃をしまい、拘束するためのものを探し始めた。
男を拘束し終えると、中岡は大きく息を吐いた。
「これで大丈夫です」
男は床に転がされたまま、意識を失っている。
中岡は拳銃をホルスターへ戻した。
そして、次郎へ向き直る。
「……佐藤さん」
「何だ?」
「さっきは、ありがとうございました」
「気にするな」
次郎は短く答えた。
「中岡さんが止めてくれたから、俺が動けた」
「それでもです」
中岡は小さく頭を下げた。
「本当に助かりました」
「ああ」
次郎はそれだけ返すと、拘束された男へ目を向けた。
「この男、しばらく目を覚まさないだろうが、起きたら騒ぎになるかもしれない」
「……そうですね」
中岡も男へ視線を落とす。
「その時は、私が対応します」
「頼みます」
次郎はそう言って、その場を離れた。
中岡はその背中をしばらく見送っていた。
そして、小さく口にする。
「……次郎さん」
誰に聞かせるでもなく、頬を染めて呟いた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ようやくモール編まで来ました。