元殺し屋がバイオ事件に巻き込まれる話   作:オッパッピー

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本日二度目の投稿。


Chapter4 英雄 Part1

 しばらくして、モール内の探索に再度出かけた次郎が戻ってきた。

 

 小室たちは、まだベンチ周辺で休んでいる。

 

 その中に、一人だけ姿が見えない。

 

「ありすは?」

 

 次郎が尋ねる。

 

「あそこよ」

 

 鞠川が指差した。

 

 少し離れた場所に、自転車を押して歩くありすがいた。

 

「見て、先生!」

 

 ありすが嬉しそうに声を上げる。

 

「自転車があったの!」

 

「本当ね」

 

 鞠川が微笑む。

 

「乗れるの?」

 

「うん!」

 

 ありすは自転車に跨り、軽くペダルを踏む。

 

 小さな車体がゆっくりと進んでいく。

 

 そのまま通路を一周すると、ありすは皆のところへ戻ってきた。

 

「すごいな、ありすちゃん」

 

 小室が笑う。

 

「速いでしょ?」

 

 ありすは嬉しそうに笑った。

 

「うん。速い速い」

 

 そして、モールの奥へ目を向ける。

 

「ねえ……」

 

「どうしたの?」

 

 鞠川が尋ねる。

 

「私、あっちを見てきてもいい?」

 

「一人で?」

 

「うん」

 

 ありすは自転車のハンドルを握る。

 

「歩いて見に行くより、私が自転車で行った方が早いよ」

 

 小室が少し考える。

 

「確かに、それなら遠くまで見てこられるな」

 

「でも、危ない場所には行かないでね」

 

 鞠川が念を押す。

 

「何かあったら、すぐに戻ってくること」

 

「うん!」

 

「知らない人がいても、近づかないのよ」

 

「分かった!」

 

 ありすは元気よく返事をした。

 

 次郎は黙ってその様子を見ていた。

 

 ありす自身が、自分にできることを考えて申し出たのだ。

 

 無理をしないよう注意しておけば、問題はないだろう。

 

「じゃあ、行ってきます!」

 

 ありすは自転車を漕ぎ出した。

 

 小さな車輪が床を滑るように回る。

 

 やがて、ありすの姿が通路の向こうへ消えていった。

 

「……あの子も少しずつ変わってきたな」

 

 毒島が微笑む。

 

「ええ」

 

 鞠川もありすの消えた方向を見る。

 

「自分にもできることがあるって分かったんでしょうね」

 

 次郎は何も言わず、その方向へ目を向けていた。

 

 しばらくして――。

 

 遠くから、自転車のベルが聞こえてきた。

 

 チリン、チリン。

 

「あ、戻ってきた」

 

 小室が顔を上げる。

 

 ほどなくして、ありすが自転車を漕ぎながら戻ってきた。

 

「ただいま!」

 

「お帰りなさい」

 

 鞠川が迎える。

 

「どうだった?」

 

「お店がいっぱいあったよ!」

 

 ありすは楽しそうに話し始める。

 

「食べ物のお店もあったし、お洋服のお店もあった!」

 

「そう」

 

 鞠川が笑う。

 

「他には?」

 

「人も何人かいたよ。でも、みんな静かにしてた」

 

 中岡が頷く。

 

「避難している人たちでしょうね」

 

「うん!」

 

 ありすは頷く。

 

「まだ見てないところもあるよ!」

 

「そう。じゃあ、少し休んでからにしましょうね」

 

「えー」

 

「無理は駄目よ」

 

「……はーい」

 

 ありすは少し不満そうにしながらも、自転車から降りた。

 

 そして、鞠川の隣へ座る。

 

 小室がその様子を見て笑った。

 

「まるで偵察隊長だな」

 

「うん!」

 

 ありすは胸を張った。

 

「私、みんなの役に立つんだ!」

 

 

 ありすが自転車で偵察に出るようになってから、数時間後。

 

 モール内には、少しずつ落ち着いた空気が戻っていた。

 

 食料も水も十分にある。

 

 外には大量のゾンビがいるものの、今のところ内部へ侵入してくる様子はない。

 

 そんな中――。

 

「ちょっと待て!」

 

 通路の向こうから、怒鳴り声が響いた。

 

 小室たちが振り向く。

 

 数人の生存者がこちらへ歩いてくる。

 

 先頭にいる中年の男が、不満そうな顔で小室たちを睨んでいた。

 

「さっきから好き勝手に動き回っているが、ここを何だと思ってるんだ?」

 

「何って……避難場所だろ」

 

 小室が答える。

 

「だったら、勝手に食料を持っていくな!」

 

「勝手にって……」

 

 小室が眉をひそめる。

 

「中岡さんに確認してから使ってるぞ」

 

「そういう問題じゃない!」

 

 男が声を荒らげる。

 

「俺たちはここで生き残ってきたんだ。後から来た連中が好き勝手に物を使っていいわけじゃない!」

 

「俺たちだって、好き勝手に使ってるわけじゃない!」

 

 小室も声を強める。

 

「必要な分を使ってるだけだろ!」

 

「それで物資が減るんだ!」

 

 別の男が口を挟んだ。

 

「人が増えれば、それだけ食料も水も減る!」

 

「だからって、食べるなっていうの?」

 

 宮本は生存者たちを睨んだ。

 

「食べるな、水を飲むなって言われたって無理でしょう!」

 

「誰もそんなこと言ってない!」

 

「じゃあ何が言いたいのよ!」

 

 宮本の声につられるように、周囲の生存者たちも集まってくる。

 

 空気が険悪になっていく。

 

「ここは俺たちが守ってきた場所だ!」

 

「だから何なのよ!」

 

「麗、もういい!」

 

 小室が宮本の前へ出る。

 

「俺たちは揉めるためにここへ来たんじゃない」

 

「でも……」

 

 宮本が言い返そうとした、その時だった。

 

「そこまでです!」

 

 中岡が割って入った。

 

 警察官らしい鋭い声が、騒ぎを一瞬で止める。

 

「ここでこれ以上騒がないでください」

 

「でも、こいつらが――」

 

「下がってください」

 

 中岡は生存者たちを真っ直ぐ見た。

 

「物資の管理について不満があるなら、私が話を聞きます。ですが、今のように大勢で囲むのは認めません」

 

「しかし――」

 

「下がってください」

 

 今度ははっきりと言い切った。

 

「ここは全員が避難するための場所です。仲間同士で争うための場所ではありません」

 

 男たちは不満そうに顔を見合わせたが、中岡が一歩も引かないのを見て、やがて渋々と後ろへ下がっていった。

 

「……分かったよ」

 

 男が吐き捨てる。

 

「後でちゃんと話をさせてもらうからな」

 

「ええ。その時はきちんと聞きます」

 

 中岡が笑顔で答える。

 

 生存者たちはそのまま離れていった。

 

 宮本が小さく息を吐く。

 

「……何なのよ、もう」

 

「麗」

 

 小室が苦笑する。

 

「お前も熱くなりすぎだって」

 

「孝だって怒鳴ってたじゃない」

 

「俺は……まあ、それはそうだけど」

 

 小室が頭を掻く。

 

 高城が二人を見ながら呆れたように息を吐いた。

 

「まったく。少しは冷静になりなさいよ」

 

「沙耶に言われたくない」

 

「何ですって?」

 

「二人とも、そこまでにして」

 

 鞠川が困ったように笑う。

 

 その様子を、次郎は少し離れた場所から見ていた。

 

 生存者同士の衝突。

 

 今は中岡が収めたが、極限状態に置かれた人間同士が集まれば、こうした揉め事は避けられない。

 

 次郎は何も言わず、周囲を見回した。

 

 その時――。

 

 「ねぇねぇ、次郎ちゃん!」

 

 遠くから、ありすの声が聞こえた。

 

 次郎が振り向く。

 

 自転車に乗ったありすが、前かごに何かを入れて戻ってくる。

 

「どうした?」

 

「これ、見つけたの!」

 

 ありすが前かごから箱を取り出した。

 

 次郎が受け取る。

 

「花火か」

 

「うん。お店にいっぱいあったよ」

 

 箱を裏返し、種類を確認する。

 

 打ち上げ花火。

 

 手持ち花火。

 

 そして、音の出るものも混じっている。

 

 次郎の目が、そこへ止まった。

 

「……使えるな」

 

「何に?」

 

 ありすが首を傾げる。

 

 次郎は箱を閉じた。

 

 今すぐ必要なわけではない。

 

「あとで説明する」

 

 次郎はそう言って、花火を荷物の中へしまった。

 

 ありすは不思議そうに首を傾げた。

 

「花火、しないの?」

 

「そうだな」

 

 次郎は小さく笑う。

 

「使う時は、少し違う使い方になるかもしれない」

 

 

 ありすが休んでいる間、次郎はモール内の別の店舗を見て回っていた。

 

 キャンプ用品を扱う店に入る。

 

 棚にはテントや寝袋、調理器具などが並んでいる。

 

 そんな中で、次郎の目に留まったものがあった。

 

 壁に並べられた手斧。

 

 そのうちの一本を手に取る。

 

 柄の長さ。

 

 刃の形状。

 

 重量。

 

 次郎は軽く振ってみる。

 

「……これは、かなり実戦的だな」

 

 トマホーク型の手斧だった。

 

 次郎はそれを持って店を出る。

 

 戻ると、小室が壁際でショットガンを確認していた。

 

「小室くん」

 

「ん?」

 

 次郎が手斧を差し出す。

 

「これ、使ってみるか?」

 

「手斧?」

 

「ああ。バールより扱いやすいと思う」

 

 小室は受け取ると、重さを確かめる。

 

「……確かに」

 

 刃の部分を見て、少し驚く。

 

「これなら奴ら相手にも使えそうだな」

 

「無理に使う必要はないぞ」

 

 次郎が言う。

 

「合わなければ、バールに戻せばいい」

 

「いや」

 

 小室は手斧を握り直した。

 

「使ってみる」

 

 腰に差していたバールを外し、代わりにトマホークを手に持った。

 

「これからは、こっちを使うよ」

 

「そうか」

 

 次郎は頷いた。

 

 小室はトマホークを握ったまま、軽く振ってみる。

 

「……悪くない」

 

 

 その時だった。

 

「きゃあああっ!」

 

 モールの奥から悲鳴が響いた。

 

 小室たちが一斉に顔を上げる。

 

「この声、静香先生?」

 

 小室が立ち上がる。

 

 次郎はすでに走り出していた。

 

 悲鳴の聞こえた方向へ向かう。

 

 寝具店。

 

 店内へ入ると、ベッドの上に鞠川がいた。

 

 その前に、一人の男が立っている。

 

「だから、嫌だって言ってるじゃないですか!」

 

 鞠川が身を引く。

 

 男はなおも距離を詰めていた。

 

「いいじゃねえか。こんな状況なんだぞ?」

 

「絶対に嫌です!」

 

 鞠川は明らかに怯えている。

 

 どうやら休憩中にベッドへ横になっていたところを、この男に襲われそうになったらしい。

 

「やめろ!」

 

 小室が叫ぶ。

 

 男が振り返る。

 

「なんだ、お前?」

 

「静香先生から離れろ!」

 

 小室がショットガンへ手を伸ばす。

 

 だが、その場に居合わせた中岡の方が早かった。

 

 拳銃を抜き、男へ向ける。

 

「彼女から離れてください!」

 

「銃なんか撃てるのかよ?」

 

 男は怯むどころか、鼻で笑った。

 

「俺を撃ったら、あんたもただじゃ済まないぞ」

 

「警告します」

 

 中岡の声は低い。

 

「それ以上近づけば、撃ちます」

 

「へっ、そんな脅し――」

 

 男が中岡へ一歩踏み出した。

 

 その瞬間。

 

 背後に人影が現れた。

 

 気づかれないように忍び寄った次郎の腕が、男の首へ伸びる。

 

「――っ!」

 

 男が声を上げる。

 

 次郎はそのまま両手で頸動脈を圧迫する。

 

 男が体を捻り、次郎の圧迫から逃れようとする。

 

 だが、次郎の腕は微動だにしない。

 

「ぐ……っ」

 

 数秒後。

 

 男の身体から力が抜けた。

 

 次郎は倒れないよう支え、そのまま床へ横たえる。

 

「気絶しただけだ」

 

 次郎が言う。

 

 中岡は拳銃を下ろした。

 

「……ありがとうございます」

 

 鞠川はベッドの上で震えていた。

 

「先生、大丈夫?」

 

 高城が駆け寄る。

 

「う、うん……」

 

 鞠川は頷いた。

 

「ちょっと怖かったけど……大丈夫」

 

 小室は倒れた男を睨みつける。

 

「……最低だな」

 

 宮本も男を見下ろした。

 

「こんな状況で、よくもそんなことができるわね」

 

 次郎は何も言わず、男の両手を背中側へ回した。

 

「中岡さん」

 

「はい」

 

「こいつは縛った方がいい」

 

「そうですね」

 

 中岡が頷く。

 

「二度と同じことをさせないためにも」

 

 中岡は拳銃をしまい、拘束するためのものを探し始めた。

 

 

 

 男を拘束し終えると、中岡は大きく息を吐いた。

 

「これで大丈夫です」

 

 男は床に転がされたまま、意識を失っている。

 

 中岡は拳銃をホルスターへ戻した。

 

 そして、次郎へ向き直る。

 

「……佐藤さん」

 

「何だ?」

 

「さっきは、ありがとうございました」

 

「気にするな」

 

 次郎は短く答えた。

 

「中岡さんが止めてくれたから、俺が動けた」

 

「それでもです」

 

 中岡は小さく頭を下げた。

 

「本当に助かりました」

 

「ああ」

 

 次郎はそれだけ返すと、拘束された男へ目を向けた。

 

「この男、しばらく目を覚まさないだろうが、起きたら騒ぎになるかもしれない」

 

「……そうですね」

 

 中岡も男へ視線を落とす。

 

「その時は、私が対応します」

 

「頼みます」

 

 次郎はそう言って、その場を離れた。

 

 中岡はその背中をしばらく見送っていた。

 

 そして、小さく口にする。

 

「……次郎さん」

 

 誰に聞かせるでもなく、頬を染めて呟いた。

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。
ようやくモール編まで来ました。
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