今回はエレン視点です。
本日二度目の投稿。
――事件発生前日。
私は床主市のホテルに宿泊していた。
翌日に予定されていたのは、日本の首相との会談。
テラセイブの幹部として、日本政府との協議に臨むための訪日だった。
同行していたのは、護衛を務めるカルロスとザック。
カルロスは、かつてラクーンシティで起きたバイオテロを経験している。
私自身も、その事件について知っていた。
一方のザックにとって、今回が初めて遭遇するバイオテロだった。
「明日はいよいよ、首相との会談ですね」
ホテルの部屋で資料を確認していると、ザックが声を掛けてきた。
「ええ」
私は資料を閉じる。
「予定通りに進めばいいのだけれど」
「問題ありませんよ」
ザックはそう答えた。
カルロスは窓の外へ目を向けていた。
「……そうだな」
その横顔を見ながら、私は明日の会談について考えていた。
この時はまだ――。
翌日に東京全体を巻き込む事件が起こるなど、誰も想像していなかった。
翌朝。
私たちはホテルを出た。
首相との会談へ向かうためだった。
しかし、ホテルを出て間もなく異変に気づいた。
道路が妙に騒がしい。
人々が走っている。
車が衝突し、道路を塞いでいる。
遠くから悲鳴が聞こえる。
「……何でしょう?」
運転席のザックが周囲を見回す。
その声には困惑が滲んでいた。
カルロスの対応は違った。
周囲を確認しながら、すぐに胸元のナイフへ手を伸ばす。
「エレン。あまり良くない状況だ」
「ええ」
私は頷いた。
その直後だった。
道路の向こうから、一人の男が走ってきた。
最初は何かから逃げているのかと思った。
しかし――。
男は突然、進路上にいた女性へ襲いかかった。
「きゃあああっ!」
悲鳴。
男は女性へ噛みついた。
周囲の人間が止めに入る。
ザックが呆然とする。
「何なんですか、あれ……?」
カルロスがナイフを抜いた。
「ザック! エレンから離れるな!」
「はい!」
数分後。
倒れた女性が、ゆっくりと起き上がった。
そして――。
近くにいた人間へ襲いかかった。
「……嘘、だろ」
ザックが息を呑む。
カルロスの表情が険しくなる。
「ゾンビだ」
「ゾンビ……あれが?」
「俺はラクーンシティで見たことがある」
カルロスはナイフを構えた。
周囲では、次々と人々が襲われていた。
道路は瞬く間に混乱へ変わっていく。
「ここに留まるのは危険です」
私は周囲を見回した。
「一度、身を隠しましょう」
「分かった」
カルロスが頷く。
「ザック、車を捨てるぞ」
「了解!」
私たちは渋滞で身動きの取れない車から降り、ゾンビの群れを避けながら近くの建物へ逃げ込んだ。
何とか追ってくるゾンビを振り切り、建物の奥へ移動する。
そこでようやく、周囲の状況を確認する余裕ができた。
私はノートPCを取り出した。
「少し調べます」
インターネットへ接続し、現在起きている事件について検索を始める。
ニュースサイト。
政府機関の発表。
海外メディア。
次々と表示される情報へ目を通していく。
「……おかしい」
私は思わず呟いた。
「何がですか?」
ザックが尋ねる。
「事件が起きてから、まだほとんど時間が経っていません」
私は画面を見つめる。
「それなのに、情報が揃いすぎています」
事件の発生地域。
被害状況。
政府の対応。
事件を起こしたテロ組織。
さらには、テロ組織が事件を起こした原因についての情報まで出始めている。
あまりにも早い。
普通なら、これほど短時間で情報が整理されるはずがない。
「……まるで、最初から用意されていたみたいだな」
カルロスが画面を覗き込む。
「ええ」
私は頷いた。
「偶然とは思えません」
カルロスが腕を組む。
「ラクーンの時がそうだったが、こういう事件は発生直後には情報が錯綜するものだ」
「それなのに、今回は違う」
私は画面をスクロールする。
「まるで、誰かが事件が起きる前から情報を準備していたみたいです」
「つまり……」
ザックが言葉を濁す。
「誰かが、この事件を仕組んだ?」
「その可能性があります」
私はノートPCを閉じた。
「少なくとも、表に出ている情報だけでは説明できません」
私は二人を見る。
「何が起きているのか、調べる必要がありますね」
「まずは生き残ることだな」
カルロスがナイフを握り直す。
「ええ」
私は頷いた。
「その上で、真相を探りましょう」
私たちは建物を出た。
そして、できるだけゾンビを避けながら床主市を移動していった。
どうしても必要な場合だけ戦闘を行い、慎重に移動する。
カルロスはラクーンシティでの経験を生かし、ゾンビの対処に迷いがない。
一方、ザックにとっては初めてのバイオテロだったが、彼は怯むことなく私たちについてきた。
そして私は、ノートPCから得た情報を手掛かりに、政府関係者が使用していたサーバーへ侵入した。
そこで見つけたデータは、私の想像を遥かに超えていた。
今回の事件の背後にいたのは、単なるテロ組織ではなかった。
そこには、日本国内の政治家と政府内部の暗部が関与していた。
中心にいた人物。
それは、政治家の紫藤一郎だった。
彼が目論んでいたのは、今回の事件を利用して総理大臣の座を手に入れること。
そのために、まず東京全体をゾンビで埋め尽くす。
そしてそれは、国会議事堂も例外ではなく、むしろそこが本命。
ゾンビによって機能を失った国会を、政府内部の暗部が制圧する。
生き残った政治家や関係者を掌握し、混乱を利用して政治的な主導権を握る。
その後、紫藤一郎は「Tウイルスワクチンの無料接種」を公約として掲げる。
国民を救える政治家として支持を集め、総理大臣になる。
それが、彼の描いた筋書きだと理解した。
しかし、なぜ暗部がその計画に協力したのか。
その答えも、資料の中に残されていた。
紫藤議員に協力した暗部が最も恐れていたもの。
それは、真実が公になることだった。
当時の総理は、テラセイブとの会談を通じて、日本政府が過去にアンブレラの生物兵器研究へ莫大な資金を投じていた事実を公表するつもりだった。
それを阻止するために、総理は事件の最初の犠牲者にされた。
ゾンビ化させられ、暗殺された。
だが、国会だけで事件を起こせば、目的があまりにも明確になってしまう。
そこで東京全体を感染させた。
誰を標的にした事件なのか分からなくするために。
東京そのものを、巨大な煙幕にしたのだ。
「……捕獲完了」
私は画面を見つめながら呟いた。
計画書。
資金の流れ。
政府内部の通信記録。
そして、事件発生直前に交わされた暗部との連絡。
点だった情報が、一本の線に繋がっていく。
私は必要なデータを次々とコピーした。
証拠は一つではない。
複数の場所に分散して保存されていた情報を集め、相互に照合する。
これなら、単なる捏造だと言われることもない。
十分な証拠になる。
「エレン?」
カルロスが背後から声を掛ける。
「どうだ?」
「分かりました」
私は画面から目を離した。
「この事件の目的が」
そして、集めたデータを保存する。
「全部、繋がりました」
その瞬間。
私たちは、今回の事件が偶然でも、単純なテロでもなかったことを知った。
これは――。
政治家が権力を手に入れるために仕組まれた、巨大な陰謀だった。
必要な証拠は、すべて手に入った。
後は、この街から脱出して公表するだけ。
しかし、その日の夕方に事は動いた。
――銃声が響いた。
「伏せろ!」
カルロスが叫ぶ。
建物の窓ガラスが砕け、壁に銃弾が突き刺さる。
「暗殺部隊……!」
私はノートPCを閉じ、証拠データを確保する。
その間にも、銃撃は続いていた。
「エレン、こっちだ!」
カルロスが私の腕を掴む。
その瞬間――。
ザックが私たちの前へ飛び出した。
「エレンさん!」
銃声。
ザックの身体が大きく揺れる。
「ザック!」
私が叫ぶ。
「行ってください!」
ザックは振り返らなかった。
最後まで私たちの前に立ち、盾となって敵の攻撃を受け止める。
「早く!」
カルロスが私の腕を引いた。
「でも!」
「ザックの死を無駄にするな!」
私は唇を噛んだ。
そして、カルロスとともにその場を離れた。
背後から銃声が聞こえるが、振り返ることはできなかった。
私たちは二階へ走り、屋根の上にあがって移動した。
追手を一時的に振り切り、同時に街を徘徊するゾンビも避ける。
路地を抜け、時にはゾンビの群れを突破する。
それでも、追手は執拗だった。
「クソ、しつこい!」
カルロスが叫ぶ。
私も自分のナイフを握り直す。
このままでは追手だけでなく、ゾンビとの戦闘でも危うい。
「……警察署」
そこで私は思いついた。
「警察署なら、銃が残っているかもしれません」
「確かに」
カルロスが頷く。
「行ってみよう」
私たちは東警察署を目指した。
途中で何度もゾンビと遭遇した。
だが、必要以上の戦闘は避けた。
音を響かせれば、さらにゾンビを呼び寄せる。
追手にも位置を知られる。
できる限り静かに、そして素早く進んだ。
やがて――。
東警察署へ辿り着いた。
建物の中へ入る。
「……えらく静かだな」
カルロスが呟く。
私は周囲を確認した。
床にはゾンビの死体が転がっている。
しかし、生きている人間の姿はない。
誰かがすでにここを通ったようだった。
「武器庫を探そう」
「分かった」
私たちは署内を進む。
その時だった。
廊下の角から、二つのライトがこちらへ向けられる。
私たちもライトを向け返す。
眩しくて、相手の顔は見えない。
「止まれ!」
カルロスが威嚇の為に声を張り上げる。
「そ、そっちこそ!」
あちらの女性が拳銃を向けて威嚇し返す。
お互いに動かない。
しばらくして、互いにライトの角度を変えた。
ようやく相手の顔が見える。
私は息を呑んだ。
「……アリス?」
カルロスの声が漏れる。
目の前に立っていたのは――。
かつて、私の護衛だった男。
そして、その隣には一人の女性警察官がいた。
男も私たちを見て、目を細める。
「……カルロス」
そして、私へ視線を向ける。
「エレンも一緒か」
私は思わず息を吐いた。
「……本当に、あなたなの?」
男は少しだけ表情を緩めた。
「そうだ」
そして、静かに告げる。
「悪いが、アリスの名前は、もう俺の名前じゃない」
「え?」
「今はサトウ・ジローと名乗っている」
その名前を聞いた瞬間。
私は、ほんの少しだけ寂しさを覚えた。
でも――。
こうして再会できたことに、安堵していた。
――Chapter5・完――
読者目線では修羅場のように見えますが、エレンは生き残るために必死なので恋愛感情そっちのけです。
因みに中岡あさみを生存させてヒロインにするのは早い段階から考えていました。
しかし、実際に執筆できたのは作品をここまで読んでいただけた事が非常に大きいと思っております。
読者の皆様に感謝を。