本日二度目の投稿。
「くたばれぇえ!」
次郎の咆哮と共に振り下ろされたトマホークの刃が、紫藤の胸部へ深々と食い込んだ。
「グォォォォォッ!」
巨大な身体が大きくのけ反る。
次郎は柄を握り締めたまま、さらに刃を押し込んだ。
胸部で蠢いていた異形の器官が大きく裂ける。
紫藤の身体から、黒ずんだ血液が噴き出した。
次郎はすぐに刃を引き抜き、後方へ飛び退いた。
紫藤の巨体が大きく揺れる。
そして――。
ドォンッ!
床を震わせながら、その場へ倒れ込んだ。
「……!」
カルロスが銃口を向けたまま、紫藤を見つめる。
中岡も拳銃を構えたまま動かない。
エレンは息を殺して様子を見ていた。
倒れた紫藤は、しばらく痙攣を続けていた。
だが、やがて動きが止まる。
胸部の傷口からは、もう再生する様子もない。
「……終わったの?」
中岡が呟く。
「そのようだな」
次郎はトマホークを構えたまま、慎重に紫藤へ近づいていく。
呼吸はない。
心臓の鼓動も感じられない。
完全に絶命していた。
その時だった。
紫藤の胸部に開いた傷口から、何かが這い出してきた。
「……!」
次郎が足を止める。
それは、紫藤の体内で急速に成長した支配種プラーガ――アンバーだった。
宿主を失ったアンバーは、床へ落ちる。
そして、必死に身体を動かしながら、その場から逃げようとした。
「なんだ、こいつは……」
カルロスが銃口を向ける。
だが、次郎はそれを制した。
「待て。弾がもったいない」
琥珀色の液体のような物質が、次々と分泌されていく。
それはアンバーの身体を包み込み、瞬く間に硬化していった。
「何だ、あれ……?」
カルロスが目を細める。
アンバーの身体は、まるで琥珀の中へ閉じ込められたような姿へ変わっていく。
支配種プラーガは、宿主から排出されたことで危機的状況に陥った場合、自ら琥珀のような物質を分泌する。
全身を覆って硬化し、活動を停止する。
それは死ではなく、生き延びるための休眠だった。
アンバーが完全に硬化する。
次郎はトマホークを下ろし、無言で近づく。
そして――。
琥珀状になったアンバーに片足を置き、体重を加える。
――ミシ。
硬化した外殻にヒビが入る。
さらに足へ力を込める。
琥珀状の物質ごと、内部に閉じ込められていた支配種プラーガが完全に潰れた。
次郎は足を離す。
そこには、もう動くものは何も残っていなかった。
「……これで終わりだ」
次郎が静かに言った。
その言葉を聞いても、誰も喜ぶことはできなかった。
ようやく終わった。
そう思った――その時だった。
廊下から、複数の足音が聞こえてきた。
「……誰だ?」
カルロスが銃を構える。
足音は一つではない。
何人もの人間が、こちらへ近づいてくる。
次郎もトマホークを握り直した。
やがて、控室の扉が開いた。
最初に入ってきたのは、武装した兵士たちだった。
その後ろから、さらに大勢の人間が続いてくる。
カメラを持った報道関係者。
記者。
テレビ局のスタッフ。
「……メディア?」
カルロスが目を細める。
戦闘中、ここへ近づいてくる人間の気配は全くなかった。
それが、紫藤が倒れた直後になって一斉に現れた。
しかも――。
「……何をしている?」
次郎が声を掛ける。
一人の兵士が、次郎とカメラの間へ移動した。
別の兵士も中岡の前へ立つ。
まるで、意図的に二人の姿をカメラから隠しているようだった。
「次郎さん……?」
中岡も困惑した表情を浮かべる。
兵士は何も答えない。
ただ黙って二人の前に立っている。
記者たちは、目の前で起きている状況を理解できずにいた。
「一体、何があったんですか!?」
「紫藤議員は無事なんですか?」
「先ほどの爆発音は何だったんですか!?」
「この施設で何が起きたのか、説明してください!」
飛び交う質問。
だが、誰も答えない。
記者たちはまだ知らない。
この事件の裏で何が起きていたのか。
紫藤一郎が何を企てていたのか。
東京で起きた惨劇の本当の原因が何だったのか。
彼らが知っているのは、政府の防衛拠点で何らかの異常事態が発生したということだけだった。
エレンはそんな記者たちを見渡した。
そして、静かに一歩前へ出る。
「私から説明します」
カメラが一斉にエレンへ向けられる。
「今回の事件について、皆さんに伝えなければならないことがあります」
エレンはノートPCを取り出した。
画面には、これまでに入手した大量のデータが表示されている。
「これから私は、この事件の真相を証拠と共に公表します」
記者たちの表情が変わった。
そして――。
エレンはノートPCを記者たちへ向けた。
「まず、皆さんに理解していただきたいことがあります」
控室内のカメラが一斉にエレンを捉える。
「今回、東京で発生した事件は、単純なテロ攻撃ではありません」
記者たちの間にざわめきが起こる。
「どういう意味ですか?」
「テロ組織の犯行ではないんですか?」
エレンは一度だけ息を吸った。
「事件発生当日、街中の大型ディスプレイには、あるテロ組織による犯行声明が流されました」
その言葉に、記者たちが頷く。
「しかし、私はその声明に違和感を覚えました」
エレンはノートPCを操作する。
画面に、いくつもの記録が表示された。
「声明では、東京への攻撃を行ったと主張していました。ですが、実際の感染拡大の状況や、事件発生直後から確認された組織的な動きを調べていくと、単なるテロ組織の犯行では説明できない点がいくつもあった」
記者の一人が手を挙げる。
「では、誰が事件を起こしたんですか?」
エレンはすぐには答えなかった。
ノートPCに表示されているデータを確認する。
そして、一つのファイルを開いた。
「私は事件発生後、独自に調査を行いました」
「その過程で、複数のコンピューターへ侵入し、内部に保存されていたデータを入手しました」
画面に、暗号化されたファイルが表示される。
「そこには、東京へのTウイルス散布に関する実行記録が残されています」
空気が変わった。
「Tウイルス……?」
誰かが呟く。
エレンは頷いた。
「今回、東京を襲った感染者を生み出したウイルスです」
別の記者が声を上げる。
「では、あのゾンビは……?」
「Tウイルスによるものです」
エレンははっきりと言った。
記者たちが一斉に騒ぎ始める。
「待ってください!」
「それはアンブレラ社のウイルスでは!?」
「なぜ日本でそんなものが!?」
エレンは騒ぎを待った。
そして、再び口を開く。
「その答えも、このデータに残されています」
画面が切り替わった。
そこには、過去数年間にわたる資金の流れが記録されていた。
「日本国内から、アンブレラ社へ流れていた巨額の資金です」
カルロスが腕を組んだまま、画面を見つめる。
次郎も黙って聞いている。
エレンはさらに資料を表示した。
「名目上は研究開発費や技術協力費などになっています」
「しかし、実際には生物兵器関連の研究へ資金が流れていた」
記者たちの表情が強張る。
「そして、その資金の流れを隠すために使われていた記録が、こちらです」
画面に一つの名前が表示される。
紫藤一郎。
その名前を見た瞬間、控室内が静まり返った。
「……紫藤議員?」
記者の一人が呟いた。
エレンは頷いた。
「紫藤一郎議員です」
エレンは倒れている巨大な肉塊へ視線を向ける。
「この人物が、今回の事件の中心にいました」
記者たちの間から、再びざわめきが広がる。
「証拠は?」
記者の一人が尋ねた。
「本人が関与したという証拠はあるんですか?」
「あります」
エレンは即答した。
画面に一つの電子署名が表示される。
「東京へのウイルス散布に関する実行命令」
続いて別の記録。
「アンブレラ社への資金提供」
そして――。
「前総理の暗殺に関する指示」
最後に表示されたのは、複数の文書を承認した人物の電子署名だった。
紫藤一郎。
記者たちは言葉を失った。
「これらすべてに、同じ署名が残されています」
エレンの声が控室に響く。
「そして、その署名が本人のものであることも確認しています」
エレンは静かにノートPCを下ろした。
「これが、今回の事件の真相です」
誰も口を挟まなかった。
先ほどまで騒がしかった控室が、嘘のように静まり返っていた。
静まり返った控室に、最初の質問が飛んだ。
「……では、紫藤議員は何のために、この事件を?」
エレンは一瞬だけ倒れた紫藤を見る。
「目的は、権力です」
短い言葉だった。
「紫藤一郎は、東京を混乱させ、その混乱を利用して国会を掌握するつもりでした」
画面に新しい資料が表示される。
国会施設の制圧計画。
要人の排除。
その後の政治的な動きを記した文書。
「国会を制圧した後、紫藤は生き残った国民に対して、Tウイルスワクチンの無料接種を公約として掲げる予定でした」
「つまり……」
記者が息を呑む。
「感染者を生み出した本人が、その感染者を治療するワクチンを配ることで、国民の支持を得ようとしていた?」
「その通りです」
エレンは答えた。
「事件そのものを、自分が政治的に利用するつもりだった」
カルロスが吐き捨てるように呟く。
「自分で火をつけて、自分で消火して英雄になるってわけか」
「そして、そのために東京全体へウイルスを散布した」
エレンが続ける。
「国会だけを標的にすれば、何が起きているのかすぐに分かってしまう。だから東京全体を感染させ、標的を特定できない状況を作り出した」
記者たちは必死にメモを取っている。
「では、テロ組織の犯行声明は?」
「偽装です」
エレンは即答した。
「実際の犯行を別の組織になすりつけるために利用されたものだと考えています」
「では、テロ組織そのものは事件に関与していない?」
「そこまでは断定できません」
エレンは慎重に答えた。
「ただし、今回の事件を計画し、実行した中心人物が紫藤一郎だったことについては、十分な証拠があります」
記者の一人が、倒れている紫藤へ視線を向ける。
「では、あの化け物は……」
「紫藤本人です」
エレンが答えた。
「追い詰められた紫藤は、最後に自分自身へプラーガを注入しました」
カルロスが苦い顔をする。
「最後まで自分で選んだってことか」
「ええ」
エレンは静かに頷いた。
「そして、彼は先ほど死亡しました」
記者たちの間に再びざわめきが広がる。
カメラのフラッシュが連続して光った。
その一方で、次郎は少し離れた場所からその様子を見ていた。
自分の前には、相変わらず一人の兵士が立っている。
隣を見る。
あさみの前にも同じように兵士がいる。
不思議だった。
自分たちの存在を隠している。
だが、その理由は分からない。
「……まあ、いいか」
次郎は小さく呟いた。
今はエレンに任せればいい。
記者の一人がエレンへ問い掛ける。
「では、これから東京はどうなるんですか?」
エレンは記者を見る。
「まだ、東京には大量の感染者が残っています。今回、紫藤議員の計画を暴いたとしても、それだけで事件が終わるわけではありません」
「では、感染者への対策は?」
「すでに動き始めています」
エレンが答える。
「ワクチンを用いた感染者対策と、残存する感染者の掃討が行われる予定です」
「ワクチンがあるんですか?」
「はい」
エレンは頷く。
「そのための準備は、すでに進められています」
記者たちが一斉に質問を重ねる。
「東京の封鎖は?」
「避難している人たちはどうなるんですか?」
「感染者はすべて駆除できるのでしょうか?」
「それについては、私から断言できません」
エレンは冷静に答えた。
「ですが、もう何も分からないまま戦っているわけではありません」
ノートPCを閉じる。
「敵の正体も分かった。ワクチンもある。そして、これから感染者を減らすための作戦が始まります」
エレンはカメラを見据えた。
「今は、それを信じるしかありません」
記者たちはなおも質問を続けようとする。
だが、その時――。
遠くから、複数の車両が近づいてくる音が聞こえてきた。
エレンがそちらへ視線を向ける。
東京を覆った地獄は、まだ終わっていない。
これから始まるのは――。
生き残った人々と、東京に残された感染者との最後の戦いだった。
――それから数日後。
東京では、依然として感染者との戦闘が続いていた。
しかし、その一方で日本政府も動き始めていた。
奈良県。
そこでは、東京の政府機能が事実上失われたことを受け、新たな臨時政府が立ち上げられていた。
その中心にいたのが、国会議員の高橋佳奈美だった。
高橋は各地に分散していた政府関係者や行政機関をまとめ上げ、東京の復旧と感染者対策を指揮していた。
そして――。
「自衛隊を東京へ投入します」
高橋は明確に命じた。
「目的は、残存する感染者の排除と、生存者の救出です」
同時に、Tウイルスに対するワクチンが自衛隊員へ投与された。
感染の危険を抑えた部隊が編成される。
十分な装備を整えた自衛隊員たちが、次々と東京へ向かった。
これまで警察や民間の生存者たちが必死に戦ってきた場所へ、今度は組織化された大規模な部隊が投入される。
ゾンビ。
そして、これまでの感染者とは明らかに異なる存在――リッカー。
自衛隊はそれらを一体ずつ確実に排除していった。
戦車や装甲車両が道路を進み、歩兵部隊が建物を制圧する。
医療部隊は生存者を救護し、感染の有無を確認する。
東京各地で、少しずつ感染者の数が減っていった。
そして――。
長い戦闘の末、東京に残っていた感染者はほぼすべて駆逐された。
ようやく、東京に人間の生活を取り戻すための第一歩が始まった。
その功績は、臨時政府を率いた高橋佳奈美へと集まっていった。
「高橋議員が日本を救った」
「臨時政府を立ち上げ、東京への自衛隊派遣を決断した英雄」
「日本初の女性総理に相応しい」
そんな声が、国内各地から上がる。
高橋自身は、それらの声に対して多くを語らなかった。
ただ、復旧作業と被災者への支援を優先した。
そして、事件終息から間もなく――。
国政を立て直すための選挙が行われた。
同時に、与党では総裁選が実施される。
東京の惨劇から日本を立て直した実績。
臨時政府を組織した指導力。
そして、危機的状況の中で国をまとめた政治手腕。
それらが評価され、高橋佳奈美への支持は圧倒的なものとなった。
選挙を勝ち抜き、さらに総裁選も制した高橋は――。
国会で首班指名を受ける。
そして。
日本の歴史上、初めて――。
女性の内閣総理大臣が誕生した。
ゲーム的な視点で見るとボス戦だから敵の応援が来ないのですが、ストーリーでそれを表現するとこうなりました。
日頃から頂いている応援、感想、そして☆評価が日々の執筆の大きな原動力になっています。
明日の投稿2話でラストです。