本日二度目の投稿。
東京で発生したバイオテロ事件が終息してから、数日後。
アメリカのニュース番組では、連日この事件が大きく取り上げられていた。
スタジオの大型モニターには、封鎖が解除され始めた東京の街並みが映し出されている。
「――東京で発生した大規模なバイオテロについて、続報です」
キャスターが正面を向く。
「日本政府は本日、東京都内に残存していた感染者の掃討が完了したと発表しました」
画面が切り替わる。
東京の街を進む自衛隊。
装甲車両。
そして、感染者を制圧する兵士たちの映像。
「今回の作戦では、英国で発生したレイジウイルス事件以降、国際的に知られるようになった対感染者戦術が採用されました」
「自衛隊員には、Tウイルスに対するワクチンを事前に投与。その上で東京へ投入し、感染者の掃討と生存者の救出を行ったということです」
別の映像が流れる。
瓦礫の中から救出される市民。
医療施設へ運ばれる負傷者。
「日本政府によれば、今回使用されたワクチンは高い有効性を示しており、感染者との戦闘において大きな役割を果たしたとしています」
キャスターが資料へ目を落とす。
「一方、今回の事件を巡っては、驚くべき事実も明らかになりました」
画面に一人の政治家の写真が表示される。
「日本の国会議員、紫藤一郎氏です」
「公開された電子データから、紫藤氏が今回のバイオテロを計画し、東京全域へのTウイルス散布を指示していたことが明らかになりました」
「さらに、前総理の暗殺計画や、アンブレラ社の生物兵器研究に日本政府が巨額の資金を投入していた事実を隠蔽する計画にも関与していたとされています」
スタジオに沈黙が落ちる。
「紫藤氏は事件終盤、Tウイルスとは別の生物兵器を自らに投与し、変異した後、現場にいた生存者たちによって倒されました」
キャスターは一呼吸置く。
「今回の事件で注目されている人物が、もう一人います」
画面に高橋佳奈美の写真が映る。
「高橋佳奈美議員です」
「東京の政府機能が麻痺した直後、奈良県に臨時政府を設立。自衛隊への指揮系統を確立し、ワクチンを投与した部隊による東京奪還作戦を指示しました」
「日本国内では、彼女を今回の危機から日本を救った英雄として評価する声が急速に高まっています」
映像が、奈良県で記者会見を行う高橋へ切り替わる。
「今後行われる選挙と与党総裁選の結果次第では、高橋議員が日本初の女性総理大臣となる可能性も高まっています」
そこへ、別の資料が表示された。
「そして、今回の事件が世界に与える影響も無視できません」
画面には、ラクーンシティの映像。
続いて英国でのレイジウイルス事件の資料映像。
「一九九八年のラクーンシティ事件」
「そして英国で発生したレイジウイルス事件」
「今回の東京事件」
「いずれも、生物兵器が都市そのものを脅かした事件です」
専門家がスタジオに登場する。
「英国の事件以降、感染者に対してワクチンを投与した部隊を投入するという戦術は、国際的にも知られるようになりました」
「今回、日本がその戦術をTウイルスに対して実施し、成功させたことは非常に大きな意味を持ちます」
「各国政府は今後、同様のバイオテロに備えるため、ワクチンの備蓄を急ぐでしょう」
「では、そのワクチンを供給できる企業は?」
キャスターが尋ねる。
専門家は少し間を置いて答えた。
「現在、Tウイルスとレイジウイルスのワクチンを安定して供給できるのは、トライセル社だけです」
画面に企業ロゴが映る。
「すでに複数の政府が、ワクチンの大量購入についてトライセル社と協議を始めていると報じられています」
「ラクーンシティ、英国、そして今回の東京――」
キャスターが静かにまとめる。
「世界は、生物兵器による脅威が決して過去のものではないことを、改めて思い知らされました」
画面が東京の夜景へ切り替わる。
「今回の事件は終息しました」
キャスターは最後に、ゆっくりと言った。
「しかし世界は今、新たな時代に入ろうとしているのかもしれません」
スタジオの照明が少し落ちる。
「次に同じことが起きた時――」
「世界は、今回より早く対応できるのでしょうか」
画面が切り替わり、次のニュースへ移った。
◇
アメリカの、とある田舎町。
朝の光が、アパートの窓から部屋の中へ差し込んでいた。
窓の外では、小さな庭の芝生が朝露に濡れている。
鳥の鳴き声。
遠くを走る車の音。
どこにでもある、穏やかな朝だった。
男は淹れたばかりのコーヒーを片手に、ノートPCの画面を眺めていた。
画面に映っているのは、日本のニュースサイト。
そこには、東京で発生したバイオテロ事件についての記事と録画された映像が掲載されていた。
破壊された道路。
炎上した建物。
避難する人々。
泣き叫ぶ市民。
そして、感染者によって荒廃した東京の街。
男は、黙って画面を見つめていた。
「……」
普通なら、胸を痛める光景だろう。
だが――。
男の口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。
「……ざまあみろ」
小さく呟く。
日本。
東京。
その言葉を聞くだけで、胸の奥に嫌な記憶が蘇る。
幼い頃。
男が過ごしていた家は、決して安らげる場所ではなかった。
怒鳴り声。
罵声。
理不尽な暴力。
何をしても否定され、何を言っても責められる。
逃げ場などなかった。
両親にとって、子供は愛する存在ではなかった。
自分たちの感情をぶつけるための存在だった。
そして――。
あの家だけではない。
男にとって、日本そのものがその記憶と結びついていた。
東京から逃げ出した時、二度と戻らないと決めた。
それから長い年月が過ぎた。
あの親たちが、今も東京で生きていることは人伝に聞いて知っている。
映像に映る街のどこかに、まだいるのかもしれない。
あるいは――。
「……せいぜい、惨めに逃げ回って死ねばいい」
男はそう呟いた。
録画された映像の中で、東京の街が燃えている。
そこに、自分を苦しめた人間たちの姿を重ねる。
長い間、自分を縛り続けていたもの。
それが、今まさに崩壊している。
胸の奥から、奇妙な解放感が湧き上がってくる。
まるで、自分を閉じ込めていた檻そのものが消えていくようだった。
男はPCを閉じた。
パタン。
静かな音が部屋に響く。
「……僕は勝ったんだ」
誰に聞かせるでもなく呟く。
「あんな地獄からは、もう永遠に遠い場所にいる」
男は、いつの間にか冷めてしまったコーヒーを飲み干し、窓の外を見る。
そこには――。
日本とはまるで違う景色が広がっていた。
青く澄んだ空。
緑豊かな木々。
風に揺れる広い芝生。
穏やかな田園風景。
男は、その景色を眺めながら微笑んだ。
ここには、怒鳴り声もない。
暴力もない。
自分を傷つける人間もいない。
そして今日は、男にとって特別な日だった。
男はポケットから一本の鍵を取り出す。
昨日、手に入れた家の鍵。
念願だった、自分だけの家。
誰にも奪われない。
誰にも追い出されない。
誰にも傷つけられない。
自分だけの安全な場所。
「……やっとだ」
鍵を握り締める。
その時、窓の外を近所の住人が通り過ぎた。
「Good morning!」
笑顔で手を振ってくる。
男も笑顔で手を振り返した。
「Good morning!」
ごく普通の、ごく平和な朝。
男は満ち足りた気分で郵便受けへ向かった。
中には、いくつかの郵便物が入っていた。
その中に、一通の封筒がある。
新生活に関する書類。
男は封筒を手に取り、家の中へ戻った。
テーブルの上で封筒を開く。
新しい生活を祝う言葉。
各種手続きの案内。
そして――。
新しい住所。
男は何気なく、その文字を目で追った。
新しい人生の始まり。
あの地獄とは永遠に無縁の、平穏な人生。
その出発点となる住所の最後には――。
緑豊かで穏やかな街の名前が記されていた。
数日後には、大統領の訪問も予定されている。
書類に印刷された住所。
その末尾に刻まれていた街の名は――。
トールオークス。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!おかげさまで、無事に第四章まで完結させることができました。
日頃から頂いている応援、感想、そして☆評価が日々の執筆の大きな原動力になっています。
今後の更新について、明日はトライセルの後日談を18時に投稿してから休みに入ります。
すみません。
体調不良により第五章が全く書けていませんので、今回の休みは長くなりそうです。