塵と煙が立ち込める荒廃した戦場。
その中心で、数多の個性を奪い、従え、君臨する「魔王」オール・フォー・ワン(AFO)は、浮遊しながら眼下の青年を見下ろしていた。
青年の身体には、およそ「個性」と呼ばれるものから発せられる特異な生体エネルギーがない。
にもかかわらず、その身から放たれるのは、AFOすら肌寒さを覚えるほどの圧倒的な「異物感」だった。
「愉快な冗談だ。君が抱えるその奇妙な力……僕の『記録』にはないね。だが、たった一つの異能で、僕が奪い、積み上げてきた数千の個性に勝てるとでも思うのかい?」
黒い触手と幾重もの強化個性が、AFOの肥大化した右腕に収束していく。一撃で都市を更地にする質量。
対する青年は、ただ静かに、その身に宿る唯一の「特権」を起動させるため、深く息を吸い込んだ。
その唇から紡がれるのは、この世界の誰も知らない、世界を書き換えるための呪文(アリア)。
──詠唱、開始。
「――体は、剣で出来ている(I am the bone of my sword.)」
その第一声が響いた瞬間、青年の足元から魔力の火花が爆ぜた。
大気がパチパチと音を立てて歪み、周囲のガレキが重力を失ったかのように浮き上がり始める。
「自己暗示の精神系個性か? いや、これは……」
AFOのマスクの奥、眼窩(がんか)が怪訝に細められる。彼が感知できるあらゆる「個性」の波長と、青年の内側から噴き出すエネルギーの性質が、あまりにもかけ離れていたからだ。
青年は一歩、前に踏み出す。
「血潮は鉄で、心は硝子(Steel is my body, and fire is my blood.)」
「幾たびの戦場を越えて不敗(I have created over a thousand blades.)」
一語、紡ぐごとに青年の背後に幻影のような「刃」の群れが揺らめき始める。
鋭利な剣気が大気を引き裂き、AFOが放つ威圧感と真っ向から衝突して火花を散らす。
「不愉快だな。底が知れない。消えてもらうよ、名もなきヒーロー!」
AFOが右腕を振り抜く。『発破』『衝撃反転』『筋力増強』──複数の個性が絡み合った破壊の奔流が、光の帯となって青年へと殺到した。防ぐ術などない、絶対的な死。
しかし、青年は歩みを止めない。その瞳には、魔王への恐怖など微塵もなかった。
「ただの一度も敗走はなく(Unaware of loss.)」
「ただの一度も理解されない(Nor aware of gain.)」
ドゴォォォン!!!
凄まじい爆発が青年を呑み込み、周囲の地面がクレーター状に陥没する。
勝負あり──そう確信し、AFOが口元を歪めた瞬間。
「……何?」
爆煙の奥から、炎を切り裂くようにして「熱気」が吹き荒れた。
吹き飛ばされたはずの青年は傷一つなく、その周囲には、見たこともない意匠の古びた剣が何本も地面に突き刺さり、盾となって爆風を防いでいた。
青年は歪む空気の中で、傲慢な支配者を見据え、さらに詠唱を紡ぐ。
「彼の者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う(Withstood pain to create weapons, waiting for one's arrival.)」
「故に、その生涯に意味はなく(I have no regrets. This is the only path.)」
「個性の重ね掛けではない……!? 物質具現化、いや、空間の変質か……!」
初めてAFOの声音に焦りが混ざる。
奪おうにも、触れることすらできない。これは「個性」というルールで縛られたこの世界のシステム外にある、純粋な『奇跡(魔術)』。
青年の魔力が臨界点に達する。
周囲の空間に無数の亀裂が走り、そこから赤熱する炎と、巨大な「歯車」の駆動音が漏れ聞こえてきた。
青年は最後に、眼前の「偽りの神」に向けて、その世界(こたえ)を突きつけた。
「ならば──我が体は、無限の剣で出来ていた」
──固有結界、展開。
「"無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)"」
世界が、燃えた。
音もなく、世界の皮が剥がれるように光景が塗り替えられていく。
コンクリートの残骸、崩れたビル、濁った空。そのすべてが、一瞬にして消え去った。
次にAFOが目にしたのは、薄暗い黄昏の空。
頭上で軋んだ音を立ててゆっくりと回り続ける、巨大な鋼の歯車。
そして──地平線の彼方まで、果てしなく広がる荒野。
その大地には、数千、数万、数億とも知れぬ「剣」が、墓標のように突き刺さっていた。
「な……んだ、この空間は……!? 結界系、いや、固有の心象風景の具現化か……!」
あまりのスケールの大きさに、さしものAFOも驚愕を隠せず、浮遊を維持したまま周囲を見回す。
荒野のただ中、無数の剣を背に立ち塞がる青年が、静かに右手をかざした。
「オール・フォー・ワン。お前は幾人もの人達から数多の個性を奪い、自らのものとしてコレクションしてきた」
青年の合図とともに地面に突き刺さっていた数百本の剣が、一斉に浮き上がり、刃先をAFOへと向けた。
「これは君の『個性』と同じだ。ここに眠る剣はすべて、僕が複製し、蓄積してきた英霊たちの武装。──君が『万人のための力』を自称するなら、僕は『無限の剣』でそれを叩き潰す」
黄昏の風が吹き抜ける。
無限の兵器庫を従えた青年と、数千の個性を宿す魔王。
本当の戦いが、今、始まる。
結界の展開と同時に、世界のすべてが書き換わる。
黄昏の空、巨大な歯車、そして地平線まで突き刺さる無数の剣。
その異界の、青年のすぐ背後。
そこには、この世界の「光」そのものであったはずの者たちが倒れ伏していた。
「あ、は……っ、が……」
絞り出すような喘ぎ声。
かつての『平和の象徴』オールマイトは、すでに活動限界(タイムリミット)を遥かに超え、痩せこけた本来の姿(トゥルーフォーム)に戻っていた。全身の毛細血管が弾けたかのように、衣服を赤黒く染めて血を流し、息をするのすら精一杯の状態で瓦礫の壁に寄りかかっている。
その足元には、ボロボロに引き裂かれた緑谷出久が横たわっていた。
「ワン・フォー・オール」の反動とAFOの容赦ない打撃により、四肢は不自然な方向に折れ曲がり、意識を失っている。泥と血にまみれ、それでもなお、かすかに指先を動かそうとする少年の命の灯火は、いまにも消え入りそうだった。
「おや……滑稽だね、オールマイト。かつてのナンバーワンも、いまやただの血袋だ。そしてそこに倒れ伏す少年……君が選んだ後継者も、僕の『力』の前に等しく無力だった」
空中から二人を見下ろすAFOの視線には、明らかな嘲笑と、そして確実な殺意が宿っている。
「邪魔な結界ごと、まとめて消えてもらうよ」
AFOが再び右腕を持ち上げる。先ほど防がれたことで、今度は容赦なく複数の『出力増強』を重ね掛けした。
大気が悲鳴を上げる。放たれるのは、空間そのものを圧殺するような、超高圧の黒い衝撃波。それはまっすぐに、動けないオールマイトと出久へと指向されていた。
「──逃げ……て、くれ……若き、友よ……!」
オールマイトが血を吐きながら叫ぶ。
だが、青年に退く選択肢など最初から存在しない。
「彼らには、まだ先がある」
青年はそう短く呟くと、地面から二振りの剣──白き陰陽の双剣『干将・莫耶(かんしょう・ばくや)』を、引き抜くことすら省略して両手に念じるようにして具現化した。
「そこをどけ、と言っているんだ!」
AFOが右腕を振り下ろす。放たれた漆黒のレーザーが、音速を超えて襲いかかる。
「──はあああああ!!」
青年は地を蹴った。
後ろにいる二人を守る盾となるように、あえて自ら攻撃の軌道上へと割り込む。
襲い来る黒い衝撃の奔流。
青年は、右手の一振りを斜め上へと振り抜き、左手の一振りを水平に一閃させた。
ガキィィィィン!!!
信じがたい金属音が結界内に響き渡る。
本来ならあらゆる物質を分子レベルで粉砕するはずのAFOの衝撃波が、青年の放った剣閃によって、物理的な弾丸のように「撃ち落とされ」、左右へと霧散していく。
「何……っ! 暴力を『斬って』逸らしたというのか!?」
驚愕に目を見開くAFO。
だが、青年の突撃は止まらない。
一歩、さらに一歩、その先へ。
襲い来る追撃のレーザー、触手の嵐、空間を裂く風圧。そのすべてを、青年は両手の双剣を嵐のように振り回し、火花を散らしながら完全に撃ち落としていく。
剣が砕ければ、瞬時に次の剣を「投影」し、手の中に握り直す。
「無駄だ、無駄だ、無駄だ! たかが剣を振り回すだけの木偶が、僕に届くと思うな!」
狂乱したAFOが、全方位から数千の鋭利な『鋲突』を放ち、青年を串刺しにせんと迫る。
「届かせるんじゃない。──引きずり下ろすんだ」
青年は駆ける。
背後に眠る、傷だらけのヒーローたちの未来を守るため。
黄昏の荒野を、赤熱する火花を散らしながら、青年は魔王の懐へと向かって一直線に、ただひたすらに、嵐の如く突進していった。
「馬鹿な……僕の『個性』が、ただの鉄屑に阻まれるなど……!」
眼前に迫る青年を前に、AFOの焦燥は怒りへと変わる。
肉体を強化する個性、衝撃を増幅する個性、熱線を放つ個性──ありったけの異能を右腕に集中させ、漆黒と赤雷が混ざり合う、歪な巨腕を形成した。
「すべてを奪い、支配してきたこの僕が、名もなき羽虫に遅れを取るはずがない! 消え失せろッ!」
空間ごと押し潰すような、AFOの最大出力の拳が振り下ろされる。
対する青年は、すでに限界を超えていた。
魔力は底をつきかけ、全身の神経が焼き切れるような激痛が走る。
それでも、背後に倒れるオールマイトと出久の呼吸が、青年の背中を押し続けていた。
「──投影(トレース)、連続層写(フルドライブ)」
青年は走りながら、両手の『干将・莫耶』を限界まで強化。刃が過負荷でひび割れ、まばゆい光を放ち出す。
「おおおおおおおッ!!」
放たれたAFOの巨大な拳。
青年は正面から突っ込み、右手の白剣をその一撃に叩きつけた。
ギィィィィィン!!!
凄まじい衝撃波が結界を揺らし、右手の剣が粉々に砕け散る。
だが、その一瞬の隙に、青年は左手の黒剣でAFOの腕の隙間をすり抜け、さらに懐深くへと踏み込んだ。
「何っ……!?」
空いた両手。青年は叫ぶ。
「──『偽・螺旋棘(カラドボルグII)』!」
青年の呼びかけに応じ、一本の異形の大剣が手元に転送される。ねじれたドリルを思わせるその神造兵装の残骸を、青年はゼロ距離でAFOの胸元へと突き立てた。
「は、離れ──」
AFOが危険を察知し退こうとする。しかし、遅い。
「爆ぜろ」
魔力を注ぎ込まれた『カラドボルグ』が、AFOの胸元で暴走。大爆発を引き起こした。
閃光と衝撃が魔王の巨躯を打ち据え、AFOは初めて、地面へと叩きつけられ、無様に転がった。
「が、はっ……! 僕の、肉体が……崩壊していく……!?」
マスクが砕け、むき出しになったAFOの顔に驚愕と恐怖が張り付く。
どれだけ個性を重ねようとも、この結界内にあるのは「すでに完成された、無数の英雄の奇跡」だ。借り物の能力を継ぎ接ぎしただけの魔王の肉体では、その純粋な質量と神秘の前に、限界を迎えていた。
青年は息を荒くしながら、よろめく足でAFOの前に立った。
周囲の黄昏の空が、青年の魔力切れを告げるように、パキパキと硝子が割れるような音を立てて崩れ始めている。
結界が解けるまでの、あと数秒。
青年は右手をそっと持ち上げた。
その背後、上空に、無数の「本物の剣」が、一点を鋭く見据えて静止している。
「オール・フォー・ワン。お前がどれだけの力を奪おうとも、他者の想いを踏みにじり、奪うだけのお前には……自分の魂を形にした『これ』は造れない」
青年が右手を、静かに振り下ろす。
「これが、お前が奪えなかった、俺たちの意志だ」
──放たれる、数千の剣の雨。
「やめろ……! 僕は、僕は新世界の支配者だ! こんなところで、僕の帝国が──っ!!」
AFOの絶叫は、降り注ぐ鋼の轟音にかき消された。
容赦なく、正確に。
魔王が蓄えてきた数多の個性の防壁を、一本、また一本と、英雄たちの武装が貫いていく。
個性が相殺され、肉体が縫い留められ、ついにAFOの身体は、無数の剣の墓標の下へと完全に沈み、沈黙した。
──パリン。
静かな音を立てて、黄昏の結界が完全に崩壊する。
気がつけば、そこは元の、瓦礫が転がる薄暗い現実の戦場だった。
目の前には、無数の鉄屑と化して崩れ去ったAFOの残骸。その気配は、もう二度と立ち上がらないほどに完全に消え失せている。
青年は、その場に膝をついた。
両手は震え、全身の力は一滴も残っていない。
「……終わった、か」
青年が弱々しく振り返ると、そこには、信じられないものを見るように目を見開いたままのオールマイトが、震える声で呟いていた。
「君は……本当に、何という…………!」
その言葉を聞きながら、青年は静かに笑みを浮かべ、仰向けに倒れ込んだ。
見上げた空は、結界の黄昏とは違う、夜明けの、少しだけ青い光が差し込み始めていた。
本当にただ、AFO VS 無限の剣製で目の前で詠唱するシーンを読みたくて書いて貰いました。