国を背負う巨獣が、俺にだけ「痛い」と言う 作:三打して待つ人
切れば早い索が、十二本あった。
王城、上街四区、下層三、貯水二、工房、下港。
古索を全部切れば、旧王都は背籠から離れる。
卵への吸い上げも止まる。
たぶん、王城から落ちる。
「切らない」
俺は王冠五番溝の粉を払う。
離す。
次。
現在の持ち手が放す前に、次の受け手、停止値、戻し先を置く。
別れは、つながりを急に無くす作業じゃない。
荷を次へ渡してから、前の手を外す作業だ。
*
最初に、卵を現在値へ戻す。
栄養流五割半。
十六全部が赤。うち八つは温度一低下、膜収縮一割、返り二倍。残り八も温度半分低下、返り一・五倍。
死亡反応はない。
だから余裕がある、とは書かない。
王城副台の四人へ三案を送る。
一、四槽を一度に閉じる。受け輪一、二、四、五が破断し、王城側落下予測。
二、黄槽二段を二十呼吸だけ上げ、暗四槽を閉じる。卵栄養四割、一時悪化。
三、古索の荷を一本ずつ背籠の空受けへ移し、四槽を一つずつ閉じる。最長二刻。旧王都は段階的に深霧へ戻る。
三を選べとは書かない。
王城から返る。
『四槽維持。帝国筒追加を待つ』
「誰が送る」
『帝国へ要請済み』
キエラが否定する。
「回収局回線に要請はない」
別の帝国線か、嘘か、送信失敗かは未確認。
「追加筒が来る時刻」
返りなし。
待つ案には期限がない。
卵の現在値だけが払われ続ける。
「こちらは三を開始する。王城側が副台を戻さなくても、外側から荷を抜く。四人の退路は外橋、上昇井、水番外管。選べる」
『国を沈める作業へ協力しない』
協力は得られない。
だから殺して鍵を奪う、にはしない。
外側でできる仕事から始める。
十二古索の現在荷重を測る。
王城索一、九。
上街四索、七、六、四、三。
下層三索、五、四、二。
貯水二索、三、三。
工房二。
下港一。
低い方から切る、ではない。
一本が軽くても、その先の区画が次にどこへ載るか決まっていなければ落ちる。
背籠には十二受け輪。
都市形を支えるために使っているが、各輪の内側に三段仮留めがある。上段は現在区画、中段は移動荷、下段は次の降下索。古代図で見た構造だ。
帝国増設後、下段は心室栄養管へつながれていた。
そこを戻す。
深霧外圧を使う浮袋へ、下段をつなぐ。
浮袋は潜航艇の予備二、回収函の外皮四、旧下港の補助浮袋六。合計十二。
全部、新品じゃない。
粉圧試験で白七、黄三、赤二。赤二は使わず、白七と黄三で十。区画十二へ一つずつ足りない。
貯水二区画を同時には動かさず、一袋を順に使う。
もう一つは、背籠の生活管外窓を密閉し、空の記録函を浮袋にする。
荷を移す器が十二そろう。
「古い都市を守るための道具を、都市を降ろすために使うのか」
復国側の老人が訊く。
「都市を落とさないために使う」
「最後は沈む」
「元の支持位置へ戻す。戻した後、持ち出す物を選ぶ時間はない。だから先に選ぶ」
生存者会へ第一札を開く。
名。
物。
記録。
一人一つ。
荷重の上限ではない。最初に何を失いたくないかを、他人へ決めさせないための一枠だ。
二つ目以降は、背籠の残量と共同札で選び直す。
南東の老人は、王城と書きかけた。
第一札に入る大きさじゃない。
「大きいから駄目か」
「駄目じゃない。王城を選ぶなら、何を残したいか分けてほしい。石、部屋、印、位置、図」
老人は長く止まり、王城正門の名前、と書いた。
石ではない。
門に刻まれた正式名と、その字を彫った工人名。写し一枚で持てる。
北霧港の女は、食堂裏名簿原板。
原板は深霧外へ出すと割れる可能性がある。背籠の現水保全箱へ置く。写し五枚は別路。
西移住区の男は、何も選ばない。
「俺の第一札は、今の家の井戸だ。ここにはない」
空欄ではなく、現在地・西井戸と書く。
持ち出さない選択も席に残す。
トレアはダルとユンの名。
水番札はもう持っている。
上街の落下位置、勤務班、最後の確認時刻を記録板へまとめ、名と結ぶ。王城そのものではなく、二人がいた場所を地図の外へ消さない。
ミラは都市分離禁止の原板を選んだ。
父王の王冠ではない。
自分の切断桿でもない。
次に同じ道を閉じないための記録。
俺には第一札の権利がない。
リュータ生存者ではない。
青い茶碗を思い出しても、ここでラグナの物を載せる枠じゃない。
俺が求めるのは、荷を選ぶ席ではなく、背籠を後で借りる交渉席だ。
三十五人の第一札が出る。
名十一。
物八。
記録九。
現在地・持出しなし四。
未決三。
不参加八の家からは取らない。
追跡不能二十五の物も、代理で選ばない。位置と封だけ残す。
共同札は、食堂裏名簿、下港鐘の鳴らし方、六艇到着簿、上街水番図、王城正門名の五つ。
物八の中には、食堂番の木札、欠けた水差し、艇長輪章、子供の仕事靴がある。
木札は共同食を再開するため。
水差しは、落着地で最初の水を回した器と同じ型だから。
輪章は艇長権限を戻すためではなく、家族待機規則へ従った人の一覧を添えるため。
仕事靴は鍋裏の子の物ではない。持ち主名が別にあり、選んだ人が修理を教わった師の靴だ。
物に理由をつけたから、所有が移るわけじゃない。
本人死亡確認、遺族照会、共同保管の順を札へ残す。持ち出す人が新しい持ち主になるとは限らない。
未決三は、急がせない。
積載締切までに決まらなければ未決札そのものを写しへ入れ、家財は動かさない。選べなかったことを、何も望まなかったことへ変えない。
積載は背籠の四分の一に届かない。
残りへ卵水槽と現場十九人を載せられる。
次の受け手が決まった。
背籠の現水槽。
北岩棚の記録庫。
本人の現在地。
戻し先は、旧区画ごとの死骨支持面。
停止は卵温度さらに半分低下、古索荷重十、浮袋黄が赤、受け輪左右差二。
五番溝の二列が埋まる。
*
最初は下港区画。
古索荷重一。
補助浮袋白一を下段へ。背籠上段から中段へ荷を半分。下段の袋が受けたら、上段を一欠け緩める。
切らない。
一欠け。
二欠け。
古索は張りを失い、垂れる。
まだつながっている。
下港区画を死骨支持面へ降ろす。深霧が屋根を隠す。鐘が一度鳴り、次は鳴らない。
「なくなった」
誰かが言う。
「見えなくなった」
トレアが返す。
同じ言葉じゃない。
位置板には残る。
次は工房。
荷重二。
空記録函の浮力を下段へ。中段で三十呼吸。粉落ちなし。古索を二欠け緩め、工房を支持面へ。
下層三区画。
一つ目は荷重二。二つ目四。三つ目五。
五の区画に食堂がある。
名簿原板を現水保全箱へ移す。保存食は所有照会を維持し、勝手に救助食へしない。青い茶碗は位置記録のみ。長卓二十六、椅子百八十二も置く。
全部運ばない。
価値がないからじゃない。
選んだ荷と、生きている卵と、人を同じ背籠へ載せる上限があるからだ。
食堂区画が下りる。
ミラは窓を見ていた。
声をかけない。
慰めも、帰る場所はこちらだという確認もしない。
本人が選んだ原板は、背籠の保全箱にある。
今はそれを一緒に確認する。
卵栄養流、六割。
暗槽四つのうち、下港と下層二区画に対応する二槽を半段ずつ閉じられた。衰弱八の温度は一低下のまま、膜収縮は増えない。残八は半分から四分の一低下へ戻る。
効果がある。
急いで残りを外したくなる。
止める。
区画が大きくなるほど、同じ手順の時間も荷重も違う。
貯水二区画。
一つ目を白袋へ。二つ目は袋が足りず、一つ目を支持面へ降ろしてから同じ袋を戻す。空だった水槽にも、底へ十五年前の水が残る。外へこぼせば深霧流が変わるため、弁を閉じて区画ごと下ろす。
上街一、荷重三。
二、四。
三、六。
四、七。
四には王城四人の外橋がつながる。
もう一度、退出案を送る。
外橋は傾斜八まで下がった。
上昇井は暗槽二つ停止で荷重中心がずれ、現在黄。
水番外管は長いが白。
四人のうち一人が外橋を選んだ。
上街出身の一人。
「国を沈める側へ来るのか」と王城から問われる。
『都市を落とさない作業へ行く』
返事はそれだけ。
外橋へ索を二本。本人が自分で渡る。武器なし。旧修繕局印を床へ置いてきた。外輪でジオが拘束ではなく、現場離脱・道具・負傷を記録する。強行責任の処理は後だ。
残り三人。
王城索荷重九。
上街四区画を先に降ろせば、王城は単独で背籠へ載る。外橋を失い、水番外管だけが退路になる。
「王城を最後にする」
ミラが決める。
王家だから守るためじゃない。
現在一番重く、三人が残り、副停止台を持つ。最後にする技術理由を公開する。
上街四を降ろす。
作業中の新傷は、回収員の右掌擦過一。透明骨板を受けた時の浅い傷で、出血なし・可動白。トレアの左肩は保持二百呼吸の停止値へ触れる前に交替し、悪化なし。俺の右腕、左肋、左脛も開始値。自分の負傷を成功話から消さず、役に立ったふりで荷へ入らない。
暗槽三つ目を閉じる。
卵栄養七割。
衰弱八の温度が半分戻る。膜収縮一割から半分。返り二倍から一・五倍。
残八は開始温度へ戻る。
死亡ゼロ。
王城だけが深霧上に残った。
塔一本。
折れた橋。
副台の三人。
王冠をかぶる人がいなくても、城は最後まで国らしい形をしている。
「王城を残せ」
副台から来る。
「人は出す。城は残せ」
初めて、条件が分かれた。
人の退出と城の維持。
「城を北岩棚へ置くには、卵栄養を七割のまま最短一刻。帝国予備筒なら短縮できるが卵移送権が条件。城を死骨支持へ戻せば三十呼吸。人は水番外管で退出」
三人へ返す。
「城を残す物は、王冠停止図、正門名、外形記録。石そのものは戻す。三案から選べる」
一人が水番外管を選ぶ。
第六艇の人だった。
『箱から筒を取ったのは私だ』
トレアへ謝るとは書かない。
筒の所在、四年前、目的を記録する。
『王都を一度見たかった』
それも免責にはならない。
本人は外管へ入る。
残り二人は副台。
南東の二人。
城を残せの一点で動かない。
卵栄養は七割。すぐ死ぬ値ではない。だから待てる、と二人は考えているのかもしれない。
内面は決めない。
現在値と期限を送る。
温度停止まで予測四十呼吸。王城古索九、浮袋黄一。黄が赤へ十で、落下。
「人が残ったまま降ろさない」
俺が言う。
卵を理由に、三人を重しごと落とさない。
残り時間で別の支えを作る。
背籠中段へ王城荷重九を全部移す。古索を切らず張力一まで緩める。城は深霧上に残るが、暗槽最後一つを閉じられる。中段保持は最大六十呼吸。その間に三人が退出するか、城ごと支持面へ下ろすか選ぶ。
次の受け手は中段。
停止六十。
戻し先は死骨支持。
王冠五番溝へ書く。
ミラが王家停止印を置く。
トレアは生存者会印。
キエラは浮力槽技術印。
三者で王城荷重を中段へ。
九。
八。
六。
三。
古索を一欠けずつ緩める。
最後の暗槽が閉じた。
卵栄養、九割。
衰弱八の温度が開始値へ戻る。
膜収縮、開始値から四分の一。返りは一・二倍。
回復途中。
安全確定ではない。
王城副台の灯りが消える。
二人は装置を動かせなくなった。
退出路は水番外管。中段保持、残り五十呼吸。
一人が動く。
もう一人は残る。
「城と下りる」と板へ出した。
本人が選んだから、そのまま尊重して落とす、とはしない。
深霧内へ人が入れば、濾過一つで四百呼吸。出口は未確認。不可逆で情報不足だ。
「城内の内殻室、濾過、浮上索を確認できれば残留を再選択。今は退避」
ミラが王家命令ではなく、会議停止条件として送る。
男は拒否。
中段、四十呼吸。
ジオが水番外管の外から、本人名、家、持出し第一札を読む。
男の第一札は、王城正門名だった。
石ではなく名を選んでいる。
「もう背籠に載ってる」
俺は送る。「あんたが出ても、選んだ物は下ろさない」
説得のため都合よく言っている面がある。
でも事実だ。
男は二十呼吸目に水番外管へ入った。
全員退出。
王城を死骨支持面へ降ろす。
王冠の環状鍵を外す前に、次の位置、支持荷重九、再浮上条件、持出し済みの物を記録する。
古索は切らない。
張力一のまま残す。
いつか別の人が調査へ来る時、同じ位置を探せる。
王城が深霧へ沈む。
塔の先が消える。
最後まで見ていた三十五人の板に、白、赤、黄が混じる。
賛成だけの別れじゃない。
反対したまま、落とさない工程へ参加した人がいる。
トレアも復国白を消さない。
「これでよかったとは書かない」
「書かなくていい」
ミラが答える。
背籠へ残ったのは、現水槽の卵十六、記録箱、第一札の荷、盆地現場十九人。
旧王都十二は、死骨の支持位置へ戻った。
卵栄養、十割。
衰弱八の膜収縮が消える。
十六すべて、開始温度。
返りは、それぞれ違う間へ戻る。
短い二打。
一つ余る。
低い一つ。
同じ答えではない。
十六の別々の反応が、荷を離した後にそろって回復した。
人側では、三十五人が名、物、記録、現在地、未決を別々に選んだ。次の受け手、停止、戻し先を残し、古索を切らずに都市荷重を渡した。
確認を一度で終えない。
背籠の現水槽を北岩棚、停止、元支持面の三候補へ半欠けずつ入力する。十六は最初の二つへ異なる返りを出し、元支持面へは返りが弱い。どこへ行きたいかの確定ではない。少なくとも、荷を離した結果の回復が一度きりの偶然でないことを、温度、水位、帆糸、骨伝で再現する。
生存者側も、完成板を伏せて三線で読み合わせる。南東、北霧港、西移住区。持出し札と戻し先の不一致二つを訂正し、反対意見は消さない。
人が選び、次を置き、離す。
新しい主体が、回復と別々の返りを外部観測へ残す。
古い索引が、その手順の位置を示す。
死骨の命令じゃない。
ミラ一人の決断でもない。
初約の五番目。
「別れ」。
取得、五つ目。
その瞬間、心室のさらに奥で、別の律が起きた。
リュータの残響ではない。
卵十六の返りでもない。
細く、一定で、拒否も間もない。
帝国規格の牽引律。
アトラス搬入番号群二十四と同じ六枝の束が、死んだ心核の奥から背籠へ伸びる。
遠くの何かが、背籠ごと卵を引き始めた。