カスの噓を叩きこまれた男の娘の話
「……ん」
携帯のアラームが耳に届き目を覚ます。時間は6:50
「んんー……」
体を起こし背伸びをした。部屋のカーテンからは朝日が漏れ出している。
布団からのそのそと這い出てカーテンを勢い良く開けた。柔らかな朝日が肌を撫でる。
とたんに目が覚める感じがした。軽く柔軟をして着替えを始める。
グレーの膝上5センチのフリルスカート。
白のボウタイブラウスにグレーのシャツジャケット。そして校章のワッペンをジャケットに取り付ける。
髪は軽く流して完成。
今日から通う学校の制服だ。何とかなり自由な校風で制服っぽい恰好と校章ワッペンを付けていれば制服として扱われるのだ。それにしても…。
鏡を再度確認する。
整えられた長い睫毛。きちんとケアをした白い肌。肩まで流れる白髪。
「完璧に似合っている…今日も漢らしく決まっているな…!」
オレは鏡の前でそう声を上げた。
「行ってきまーす」
朝食後に茶色のローファーを履いて家を出る。一人暮らしだからか返事はないけどね。
学校へと向かいながら携帯を取り出してメッセージを送る。
『家出たぞ』
しかし既読は付かない。これは寝坊ルートだな。
メッセージを送った相手は中学からのオレの親友である。すぐに友達も作れるいいやつだが朝が非常に弱い。
天気などを確認したりして五分ほど歩いたところでようやく携帯がメッセージが届いたことを伝えるように震えた。画面を見ると案の定というべきか返信は短い。
『おきた』
『すぐいく』
間に合うとはいえ待っていたら時間が過ぎてしまう。
『先に行ってるぞ』
『(ごめんと謝る何かのキャラクター)』
多分、今ごろ布団から這い出ている最中だろう。
いつも通りのやりとりにふっと微笑んでしまった。
「さて…と」
携帯をしまい、オレは視界に入ってきた校舎を見上げる。
私立桜羽学園。個性を尊重することで有名な学校だ。
学園長が「個性を育むために縛るものは少ない方がいい」とのこと。
だからこそ、この格好でも何の問題もない。オレにとっては理想的な環境だった。
「よし」
スカートの裾を軽く整え、背筋を伸ばす。
漢たるもの身だしなみは完璧に。もう一人の親友もよく言っていた。
『女装は男にしかできない。だから一番漢らしいことなんだぜ?』
最初に聞いたときは意味が分からなかったけど親友は真剣だった。
『女装は勇気がいる。覚悟もいる。他人の目なんて気にせず、自分を貫く強さが必要だ。だからこそ漢なんだ』
その言葉を聞いたオレは感銘を受けた
そうだ、筋トレや礼儀作法を身につけるのと同じように、漢を磨くための一つ。
だから鏡の前で「今日も漢らしい」と思うのは、ごく自然なことなのである。
幼少期からそのように
「……よし、今日も気合十分」
校門をくぐる。
周囲には同じ新入生らしき生徒たちが同じように通学していた。
ブレザー姿の男女。オレの姿を一瞬だけ視線を止める人も何人かいる。
だがその程度で気後れするような鍛え方はしていない。堂々と胸を張って歩く。
…でも思ったより普通の恰好が多いな…? もっと色々な制服で溢れていると思っていたのだが…。
事前に配られた資料で教室は分かっているのでそちらへと向かう。その時にもオレに視線は突き刺さる。
が、オレは動揺を見せずに自らが指定された教室へと到着した。
「1年C組か」
特に思うことはなくガラッと扉を開ける。すでに教室には半数以上の生徒が集まっており各々知り合いでもいるのかそれぞれのグループごとに固まり談笑していた。が、オレが教室に入ることで視線が集まる。
「え?」
教室内の空気が一瞬だけ止まった。
いや、正確には止まったように感じただけだ。
実際には誰かが椅子を引く音も聞こえたし、窓際では小声で話す声も聞こえていた。
ただ、全員の視線が一度こちらに向いたことだけは間違いない。
「……」
なるほど。
新しい環境というのはやはり少し緊張するものなのだろう。
誰だって初対面の相手を観察するものである。
ましてや今日は入学式の日。みんな緊張しているのだろう。
オレはそう判断し、いつも通り堂々と教室へ足を踏み入れた。
オレの席は…ここか。窓際の後ろの方、悪くない席だ。
入学式だから筆記用具と携帯と財布ぐらいしかないし、特に置くものもないがと席に腰を下ろす。
……ん?
教室に入って数分。視線がなかなか消えない、男子からも女子からも。
なんなら廊下を通り過ぎる上級生からも。
「……?」
少し不思議に思う。校則に書かれている条件は満たしている。何も問題はないはず…。
「間に合ったー!」
視線に晒されながら教室に生徒が揃ってきた頃、親友が慌ただしく入ってきた。
親友はオレを見つけると駆け寄ってきたので笑いながら揶揄うように挨拶をする。
「おはよう。ギリギリだったな、レイジ」
「間に合ったからいいだろ。おはようイロハ……ってん?」
あぁ、自己紹介が遅れたな。オレの名前は早乙女イロハだ。
レイジはオレの姿を見て顔を疑問に染める。
「…あん? なんだその恰好?」
「何って制服だが? 校則に書かれている条件は満たしている。何も問題はない」
「問題ねーって今日は…」
「おはよう新入生のみんな~」
レイジが何かを言おうとすると同時に女性が教室へと入ってきた。
服装を見るに担任になる教師だろうか? ほんわかとした雰囲気のある優しそうな人だ。
しかしオレを視界に入れると同時、こちらを見て「あらあら」と駆けよって来る。
な、なんだ…? もしやどこか校則違反をして…。
「えっとその席は…早乙女イロハさん…?」
「え、あ…はい…」
「あ…あー……」
彼女は何度か経験があるのかうんうんと頷くと再度こちらへと視線を向けてこちらへと語りかける。
「えっと…もしかしてだけど…入学案内読み逃しちゃった?」
困ったように笑いながらそう告げる。えっとちゃんと読んだはずだが…?
すると隣で腕を組んでいたレイジがため息を吐きながら持ってきたのであろう入学案内を見せる。
「これ、多分忘れてるぞ」
「…?」
オレはその数枚めくられた入学案内のページを凝視する。そこには持ってこないといけないものや簡単な入学式の流れなんかが書いてあったが…。
『入学式などの式典では標準制服を着用してください』
「…………」
一度目をつむり再度見返す。
『入学式などの式典では標準制服を着用してください』
「あ」
声が漏れた。完全に忘れていた。
どんな制服にするかしか考えていなかった。一緒に送られた標準制服を見て着ることはないかもしれないなと思った。
「……」
「……」
周囲の視線が集まる。
しまった。
これはもしや。
やってしまったのではないか?
もうすぐ入学式が始まる。一度帰宅して着替える暇はない。
オレはゆっくりと頭を抱えた。
「やってしまった……!!!」
「だ、大丈夫よ! 毎年忘れちゃう子がいるからちゃんと予備の制服があるのよ!」
教師が少し焦りながらも今にも項垂れそうなオレに声をかけてくれる。
「すみません、分かりました」
「……え?」
先生が少し驚いた顔をする。
「着替えてきます」
「いいの?」
「はい」
何故そんなに驚かれるのか分からない。
いやまぁ確かに折角しっかりと決めてきた格好だったけど。それとこれとは話が別である。
入学式という式典では標準制服を着用すると校則に書かれていた。
ならば守る。それだけのことだ。
「オレが確認を怠っただけです。学校の決まりに不満はありません」
そう言うと、先生は少し困ったように笑った。
「……真面目なのね。ごめんね、結構文句を言ったり色々言う子も多かったから」
「いえ、ありがとうございます」
褒められたなら素直に受け取る。それが正しいことだ
オレは先生と共に制服がある更衣室へ向かった。時間には余裕があるとはいえ急がなくてはな。
「……」
教室には少し妙な空気が残っていた。
まぁ当然だろう。
先ほどまで、この教室には一人だけ違う雰囲気の制服を来た生徒がいたから。
そしてイロハは客観的に見てもかなりの美少女だ。
ほとんどの人が彼、イロハを見て思うだろう。だから周囲の生徒たちもこう思っていた。
――凄い美少女がいる。
少なくとも、このクラスの大半はそう認識していた。
だからこそ。
今から戻ってくる人物が
どんな反応になるかレイジには分かっていた。
「なあなあ」
近くにいたちょっと軽そうな男子生徒が声をかける。
「さっきの子って……」
言葉を選んでいる。初対面だし当然だろう。
だが上手い言い回しが思いつかなかったのかストレートに聞いてきた。
「お前の彼女?」
少し揶揄うような軽い調子で聞いてきた男子生徒に、レイジは一瞬だけ目を細めた。
……やっぱり来たか。
いや、別にこういう反応になること自体は予想していた。
問題は、もうすぐ戻ってくる本人に周りがどう受け取るかだ。
「いや、違う」
レイジは否定する。
「じゃあ実は妹とか?」
「それも違う」
「じゃあ……」
男子生徒が首を傾げながら考える。会話を広げようと色々言ってくれているからいいやつなんだろう。
レイジは話すか少し迷ったあと、小さくため息を吐いた。
「なあ、えーっと…」
「あ、わり。俺は加賀美ユウジな」
「獅子堂レイジだ。あー加賀美、さっきのやつが戻ってきても…その…思わず聞きたくなるようなことが絶対に出ると思うが本人に聞かないでくれ」
「え?」
加賀美が目を丸くする。質問の意図が分からないと言った感じだろう。
「今は意味が分からないと思うが見ればすぐに分かると思う。でも本人には聞かないでくれ…」
「え? なんでだ…?」
「……本人は悪気は一切ないんだ。というか自分がおかしいとは思ってない」
「???」
レイジがそう言うと、加賀美はますます首を傾げた。
加賀美の頭上に疑問符が増えていく。
するとガラッという音ともに教室の扉が開き先生が戻ってきた。どうやら先に戻ってきたらしいが…。
「…?……???」
首をひねりながら生徒名簿に視線を何往復もしている。
どうしたんだろうと周りの生徒が首を傾げていると数分後また扉が開かれた。
「お待たせした」
イロハの声が響き、全員が一斉にそちらを見る。
「「「…………」」」
そしてその姿を認識した瞬間、教室が静まり返る。
戻ってきたイロハは標準制服を着ていた。だがその姿がクラスメイトの想像と違っていた。
グレーのブレザー。
ズボン。
ネクタイ。
後ろで簡単に束ねられた長い髪。
紛れもない男子制服だった。
「…え?」
女子生徒からそんな声が漏れた。
それはそうだろう、女子生徒だと思ってた子が男子生徒の服を着てきたからだ。
「えっ?」
「え?」
「……男子?」
それを皮切りに教室のあちこちで小さなざわめきが広がる。
「……?」
対するイロハは何も気付いていなかった。
どこかおかしいか? とネクタイや服の裾を整えている。
「先生、お待たせしました」
律儀に一礼すると、自分の席へ向かう。
歩き方も姿勢も綺麗だ。長い髪を後ろで一つに束ねたその姿は、男子制服を着ていても整いすぎている。
「……」
誰も何を言えばいいか分からない。
(え、男子……?)
(いやでも……)
(え?)
クラス中の思考が停止していた。
(……ふむ、やはり入学式というのは緊張するものなんだな)
そんな話題の中心になっているイロハだけは、そう納得していた。
この物語は美少女の容姿を持っている早乙女イロハが漢らしさを求めて女装し、周りの人を困惑させていく物語である。