執筆:gemini

内容:ミスリル、スクワッド・ジャム参戦。

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本編

 

◆第一章:硝煙の彼方のプロフェッショナル◆

 

砂漠と廃墟が入り混じる『ガンゲイル・オンライン(GGO)』のフィールド。 その一角に、凄まじい銃声と爆音、そして一方的な「蹂躙」の光景が広がっていた。

「ひ、ひぃっ……! なんだよあいつら! 化け物かよ!」

「左から回ってきてる! どこから狙われて――」

悲鳴が上がる。 だが、その叫びすら乾いた銃声によって瞬時にかき消された。

「ターゲット・ダウン。残るは1。宗介、右!」

小柄で俊敏な女性アバター――中身はミスリルの優秀な指揮官、メリッサ・マオ――が、鋭く指示を飛ばす。

「了解。――逃がさん」

無骨な野戦服に身を包んだ、目つきの鋭い青年兵士――相良宗介――の駆るアバターが、砂塵を蹴って躍り出た。 彼の耳元、アミュスフィアの通信回線に、聞き慣れた、しかしGGOのシステム外から割り込んでいるはずの「声」が響く。

『軍曹殿。敵アバターの心拍数上昇、動揺は顕著です。現在の姿勢から右前方へ3メートル。銃撃の予測線(バレット・ライン)を避ける必要すらありません』

「感謝する、アル。……そこか!」

宗介が手にしたショットガンが火を噴く。 GGOのシステムが描く、本来なら射手を保護するかのように表示されるはずの予測線など、宗介には不要だった。極限まで研ぎ澄まされた戦闘勘と、耳元で響く高度AI『アル』の超高精度な弾道予測。それらが合わされば、ゲームのシステムアシストなどむしろ邪魔なノイズでしかない。

ズドン、と重い一撃が敵アバターの胸部を撃ち抜き、その身体は死体として倒れ込み、その頭上に『DEAD』の文字が静かに点灯した。

「よおし、これでこのエリアの連中は全滅だな。相変わらずお堅いねぇ、宗介。ゲームなんだから、もう少し楽しそうにトリガーを引いたらどうなんだ?」

背後の崩れたビルから、長い狙撃銃を担いだ細身の男――クルツ・ウェーバー――が、へらへらとした笑みを浮かべて降りてくる。

「楽しむ必要はない。これは任務であり、訓練だ」

宗介は表情一つ変えずに、銃の残弾を確認する。

「やれやれ。これじゃあ、せっかくの息抜きも台無しだよ」

マオが肩をすくめながらも、周囲への警戒を怠らない。

「へぇ、姐さんはゲームでも本気モードってわけかい?」

クルツが茶化すが、彼ら3人の動きには、およそゲームのプレイヤーとは思えない、徹底的に洗練されたコンビネーションがあった。お互いの死角を完全にカバーし、最小限の弾薬で、最大効率の殺戮を行う。それは、紛れもない本物の戦場を生き抜いてきた者たちだけが持つ空気だった。

 

◆第二章:遠き日の戦神たち◆

 

そんな『異常な』戦闘を、千メートル以上離れたビルの屋上から、高倍率のスコープ越しに観察している者たちがいた。

「……何、あれ。めちゃくちゃ強いんだけど……」

ピンク色の小さな身体を伏せ、スコープを単体で覗き込んでいた少女――レン――が、驚きに目を見張る。

「うわぁ……エグいなぁ。あの身こなし、普通のゲーマーのそれじゃないぞ? なんだ、あの正確すぎる配置は」

グレネードランチャーを抱えた金髪の幼女――フカ次郎――が、呆れたように口を半開きにしていた。

二人の傍らで、大柄な男――エム――が、厳しい表情でスコープから目を離した。

「……プロだな」

「えっ? プロって、GGOの有名プレイヤーとか?」

レンが尋ねるが、エムは静かに首を振る。

「いや。本物の軍人、それも……ただの歩兵じゃない。あのアサルト(突撃兵)とスナイパー(狙撃手)の距離感。まるで、巨躯を操るような独特のステップを踏んでいる。あれは……『AS』乗りだ」

「え、えーえす……?」

レンは小首をかしげ、ぽかんとした。

「知らないか? アーム・スレイブ。汎用人型兵器、つまりロボット乗りだ」

エムが淡々と説明する。

「ろ、ロボットォ!? ロボットって、あの、アニメに出てくるような動く鉄の塊!? アレ実在するの!?」

レンは身を乗り出して驚愕した。

「実在するわよ、レンちゃん。北米やアジア、それに中東の戦場じゃ、主役はあの歩き回る化け物たちなんだから。……まさか、あんなお堅い連中が、こんなゲームに潜り込んでるなんてね」

それまで静かにタバコ(の形をしたゲーム内アイテム)を弄んでいた黒髪の美女――ピトフーイ――が、妖艶な笑みを浮かべて割り込んだ。

「そんなもの、アニメとか仮想空間でしか見れないと思ってた……」

「何言ってるのよ、レンちゃん。ミリタリーマニアの間じゃ常識よ?」

「へ?」

レンは目を瞬かせる。

「そうそう。フルダイブなんて夢みたいなもんが実現しているこのご時世、ロボット兵器くらいあっても全然おかしくないって」

フカ次郎が当然のように言葉を重ねる。

レンは(え? 何? 私の常識が間違ってるの?)と、周りの反応に自分の頭がバグりそうな感覚に陥った。まさか実在の兵器としてロボットが世界のどこかで闊歩しているなど、普通の女子大生である彼女には想像もつかない領域だった。

「へ、へぇ……じゃあ、あの人たち、本当にロボットを運転する人なんだ……」

レンは驚きつつも、もう一度スコープを覗き込む。

「でも、なんでそんなすごい人たちがGGOに?」

「退屈しのぎか、それともテストか。どちらにせよ、獲物としては最高じゃない」

ピトフーイの瞳に、獰猛な肉食獣のような光が宿る。彼女は舐めるように唇を湿らせた。

「嗚呼、いつかこのゲームで『対ASイベント』とかやらないかしら? 生身の人間が、あの巨大な鉄塊をトラップと重火力でハメ殺すの。想像しただけでゾクゾクしちゃうわ……!」

「ピトさん、目が怖い、目が……」

レンは引き気味に笑うしかなかった。だがすぐに、スコープをぎゅっと覗き込んで歯噛みする。

(ぐぬぬ……。どうして今回に限って、あんなとんでもない連中が……。今日は絶対に負けられないんだ。"アレ"だけはなんとしても手に入れてみせる……!)

「今日のレン、何やらいつになく気合入っとるのぅ。目がマジだぜ」

そんなレンの様子を見て、フカ次郎が不思議そうに首を傾げた。

「いいねぇ……。その気合、早速あのプロの連中にぶつけてやりましょう!」

ピトフーイが好戦的な笑みを見せるが、レンは全力で首を横に振った。

「いやあいつらは無視しようそれがいい最低でも準優勝は確実に頂くからそのつもりで行こうそうしよう」

レンから放たれるただならぬ『圧』を孕んだ早口に、ピトフーイとフカ次郎は顔を見合わせて戸惑うばかりだった。

「……レンちゃん?」

「さっ、奴らに見つかる前に次行こ次」

そそくさとその場を離れていくレンの背中を見送りながら、エムが首を傾げる。

「……どうしたんだ、レンは?」

「さぁ?」

フカ次郎も、肩をすくめて後を追うのだった。

 

◆第三章:激突の荒野◆

 

時間ごとにアナウンスされるサテライトスキャンが実行され、レンたちは端末で生き残っているチームのマップ位置を確認していた。

「どうやら、残っているのは例のプロと、俺達だけのようだな」

エムが静かに、だが緊張感を孕んだ声で告げる。

「おおー、いよいよロボット乗りと全面対決かー!」

フカ次郎が弾む声で、自身のグレネードランチャーを軽く叩いた。

「最っ高ねぇ!興奮してきたわ……!」

ピトフーイの狂気じみた笑みが深まる中、レンは一人、全く異なるベクトルで瞳を輝かせていた。

(これであいつらに負けたとしても準優勝の景品は確実……! 手に入れたら、まずは飾って、そして、目一杯抱き締めてやるのだ……。ふもふも天国が、私を待っている……!)

「ぐへへ、ぐへへへへ……」

怪しい笑い声を漏らし始めるレン。

「今日のレン……なんというか、気合というより、キモイが入っとるのぅ……」

フカ次郎が引き気味にレンを見つめる。

「一体どうしちゃったのかしら……?」

さすがのピトフーイも、いつになく様子のおかしい『ピンクの悪魔』に困惑を隠せないようだった。

「ラストスパート!やるぞぉぉーッ!!」

レンの気合に満ちた(しかし少しズレた動機による)咆哮が響く。

 

だが、荒廃した市街地エリアでの戦いは、そんな彼女たちのやり取りを飲み込むように緊迫の度合いを深めていく。崩れかけたコンクリートの壁の影で、マオはタクティカルマップを睨んでいた。

「さて……残るは一枚。例の『ピンクの悪魔』と、狂犬みたいな女が率いるスクワッドだね」

「噂のレンとピトフーイ、か。ゲームの有名人ってわけだ」

クルツが狙撃銃『M99』のボルトを軽快に引きながら不敵に笑う。

「油断するな、クルツ。開始前に送られてきた戦闘データを見たが、あのピンクのチビは敏捷性に極振りしている。常識外れの速度だ。それと、あの黒髪の女は……戦闘を楽しんでいる。兵士としては一番厄介な、ネジが飛んでいるタイプだ」

マオは彼女たちを、明確にイレギュラーな敵として認識していた。

「宗介、配置についたかい?」

『問題ない。いつでもいける』

通信機越しに、宗介の冷静な声が響く。

 

戦いの幕は、フカ次郎の放ったグレネードの咆哮によって切って落とされた。

だが、プロの対応は早かった。

「甘いんだよ!」

クルツの放った極限の精密狙撃が、弾道を予測して動いていたフカ次郎の頭部を正確に貫く。

(うわっ、マジで!? 一瞬で見抜かれた――!)

フカ次郎、即死。倒れたそのアバターの頭上には、赤く光る『DEAD』の四文字が浮かび上がった。

即座に、フカ次郎の後方にいたエムが動き出す。 エムはライフルの引き金を引き、フカ次郎を撃った直後のクルツに向けて鋭いカウンタースナイプを放った。

パァン! と乾いた発砲音が瓦礫に響く。

「っと、危ねぇ!」

狙撃後の硬直を最小限に抑え、素早く身を翻したクルツは、エムの放った弾丸を紙一重で回避。コンクリートの破片を散らしながら、すぐさまローリングして別の遮蔽物へと潜り込み、狙撃地点を変更する。

同時に、チームのインカムから焦燥を含んだ音声が流れた。

『フカがやられた』

エムからの短い通信に、レンは目を見開く。

「早っ!? あのフカが一瞬で!?」

『流石プロね。一瞬の隙も逃さないわ』

ピトフーイが不敵な笑みを含んだ声で通信を返す。

エムは、八枚連結の盾を展開し、その堅牢な防壁の影に身を隠しながら、前進してくる相良宗介に狙いを定めた。

その様子を、新たな狙撃地点からスコープに捉えたクルツが、獰猛な笑みを浮かべて呟く。

「確かありゃあ、宇宙戦艦の装甲板で出来てるとか言ってたな。だがな……!」

宇宙戦艦の装甲だろうが何だろうが、相手は撃つためにライフルを構えなければならない。そして構えるために、盾からライフルを突き出すための「隙間」がほんの僅かだけ存在している。

クルツにとっては、その数センチメートルの隙間さえあれば十分だった。

ミリ単位の精密射撃。呼吸を止め、心音の隙間にトリガーを引く。

ズドン!

クルツの放った大口径弾は、シールドのわずかな射撃用スリットを寸分違わず撃ち抜いた。 弾丸は銃身を伝うようにエムの頭部へ吸い込まれ、一撃でヘッドショット。

「っ!?」

最強の盾を誇ったエムは、その巨体を地に伏したまま、頭上には『DEAD』の文字が点灯した。

「エムさん!!」

レンが悲鳴をあげる。

「アハハハハ! 本当に容赦なくて最高じゃない、あなたたち!」

怒りではなく、極限の戦いへの法悦を滲ませたピトフーイが、光剣(フォトン・ソード)を起動してマオに向かって一直線に突撃する。 ビル影から迎撃に出たマオに対し、ピトフーイは目にも留らぬ速度で光剣を振るう。

「おっと、そいつは厄介だね!」

マオはサブマシンガンとコンバットナイフでそれを受け流し、火花が散る至近距離のドッグファイトが展開された。

ピトフーイの超高速の斬撃を、マオはGGOのシステムアシストではなく、長年の格闘戦の技術だけで捌いてみせる。

「素晴らしい! 鳥肌が立つわ! あなた、本当に素晴らしいわよ!」

「うるさいね、このバトルジャンキーが!」

だが、ピトフーイの狂気はマオの想像を超えていた。

マオの鋭い蹴りを受け、ライフ値が尽きかけるその寸前、ピトフーイはニヤリと笑って、あらかじめピンを抜いておいた複数のグレネードを自らの身体ごとマオに押し付けた。所謂、お土産グレネードだ。

「アタシを仕留めたいなら、一緒に地獄へ行きましょう!」

「自爆っ!? この狂犬がッ!」

凄まじい爆音と共に、ピトフーイのアバターは自爆。満足げな笑みを浮かべたピトフーイの死体が転がり、上部に『DEAD』と表示される。 自爆を察知して咄嗟に身を引いた事で奇跡的に生還したマオだったが、爆風をモロに食らい、そのHPゲージはミリ残しという極限状態まで削られていた。

「ちっ……とんでもないイカれ女だ。まさかここでコレを使う羽目になるとはね」

マオは懐から、大会開始前に各陣営に3つずつ配られていた貴重な回復アイテムを取り出し、自らの首元に突き刺した。 プシュー、と効果音が響き、マオのHPが急速に回復していく。MKS陣営、大会初となる回復アイテムの使用だった。

「仕切り直しだよ。宗介、クルツ、残るはあのピンクのチビだけだ!」

 

◆第四章:奇跡、あるいはチート◆

 

ピトフーイが凄まじい火柱と共に爆散し、その場に『DEAD』と表示された死体が転がる。 瓦礫の陰からその光景を呆然と見届けていたレンは、キッと小さく奥歯を噛み締めた。

「ピトさんまでやられた……!? くっそぉぉ……。せめて一矢報いてやるっ!!」

『そうだよレンちゃん!まだ終わってないよ!』

心の中で熱い決意を滾らせたレンは、鼓舞してくれる最愛の相棒を両手で強く構え直す。 残されたのは、ピンクの悪魔――レン、ただ一人。 敵側は、マオ、クルツ、そしてほぼ無傷の宗介。

「はぁ、はぁ……っ!」

レンは愛銃『ピーちゃん』ことP90を強く握り締め、瓦礫の間を風のように駆け抜けていた。 超高速のフットワーク。クルツの狙撃がレンの足元を掠めるが、彼女の速度はその弾道を置き去りにする。

「おいおい、冗談だろ!? あのチビ、本当に人間かよ!」

スコープ越しにレンを追いきれなくなったクルツが悲鳴を上げる。

「慌てるな、クルツ! 宗介、正面から抑えろ! 私とクルツで左右の退路を塞ぐ!」

生き残ったマオが冷静に指示を飛ばし、自らも牽制射撃を行う。 マオとクルツによる二人がかりの完璧な援護射撃。それらが織り成す弾幕の檻があってようやく、突進してくるレンの動きを一時的に制限し、宗介と互角の状況を作り出していた。

「そこだあああ!」

レンはスライディングしながら、ピーちゃんを上方に向け、フルオートで弾丸を掃射した。

ダダダダダダッ!

「くっ!」

宗介は咄嗟に身を翻すが、レンの予測不能な超スピードの機動に翻弄される。至近距離での銃撃戦。宗介のアバターにも、レンの放った弾丸が何発も突き刺さり、耐久値(HP)が急速に減少していく。

『警告、軍曹殿。敵アバターの最高速度、さらに上昇。ゲームの基本仕様を超えた敏捷パラメーターを計測。予測回避パターンの算出が追いつきません――左より追撃来ます!』

アルの冷静な、しかし逼迫した警告。 宗介は辛うじて頭部を逸らすが、左肩と脇腹に痛烈な着弾エフェクトが走る。至近距離でのドッグファイト。レンの放った弾丸が何発も宗介に突き刺さり、HPバーが勢いよく削られていく。

『警告。アバターの耐久値(HP)、急速に低下。現在値は34%。このペースで損耗した場合、4.6秒後に戦闘不能状態へ移行します。距離を置くことを推奨します』

「――引けるか!」

宗介は歯を食いしばる。この距離で背を見せれば、一瞬で蜂の巣にされる。

「強い……! けど……お前だけでも倒すっ!!」

レンは吠えた。ピーちゃんの残弾を全て吐き出す覚悟で、宗介の胸元へと肉薄する。

『探知限界を突破――! 軍曹殿、敵は全弾を胸部に集中させるつもりです。回避、防御、共に不可能』

必殺の間合い。 この至近距離ではマオもクルツも、宗介への誤射を恐れて撃てない。

誰もが、レンの一撃が宗介を仕留めると思った。 レン自身も、「もらった!」と確信した。

その瞬間。

宗介の瞳の奥で、何かが静かに燃え上がった。 それは、ゲームのシステムを超越した、強固な精神の力。

(絶対に、ここで敗北するわけにはいかん……!)

かなめの顔が、ダナンのブリッジが、自分が守るべき日常の光景が、一瞬だけ脳裏をよぎる。

キィィィィィィン――!!

戦場に、およそGGOのシステム効果音とは思えない、鼓膜を震わせる独特の「不協和音」が響き渡った。

『っ!? 駄目だ! 離れてレンちゃんっ!!』

「!?」

レンが引き金を引いたその瞬間……何か異変を察知し、ピーちゃんが叫んだ。しかし遅かった。

宗介の身体を中心に、空間が歪む。 空気そのものが結晶化したかのような、透明な、しかし絶対的な「力場」が展開された。

「は……?」 レンの放った無数の9mm弾が、宗介の身体に届く直前、まるで目に見えない壁に衝突したかのように、火花を散らして一瞬で消滅した。 それだけではない。 その力場から放たれた目も眩むような「白い光」が、奔流となってレンを包み込む。

「え……? ナニコレ……?」

レンの呟きは、光の中に消えた。 彼女のアバターは、仕様に無い超常現象ゆえか、『DEAD』の死体をその場に残すことすら許されず、ダメージ判定のないまま空間そのものから消去されるように、完全に光の粒子となって消えていった。

そして彼女の消え去ったまさにその場所に、接続エラーを示す白い『DISCONNECTION』という表示だけが、静かに虚空に明滅していた。

静寂が訪れる。 生き残ったのは、相良宗介。

GGOのシステムメッセージが、無機質に勝者を告げた。 『VICTORY』

「おい、おいおいおい……」

狙撃地点から駆け下りてきたクルツが、引きつった笑いを浮かべながら、呆然と立ち尽くす宗介の肩を揺さぶる。

「今のって、やっぱ"アレ"か? なあ宗介。ひょっとして……ゲームの中で『ラムダ・ドライバ』出来ちゃったの?」

宗介自身も、己の手を見つめたまま、信じられないといった様子で眉をひそめていた。

「……馬鹿な。これは仮想空間だ。ASもTAROSもない。ただのデータの集まりのはずだ」

「さすがにそんなことまで出来ちゃうのは想定外だったねぇ」

マオが、ため息混じりに歩み寄ってきた。

「まぁ、結果オーライだけど……これ、運営に見られたら一発でアカウントBANどころの騒ぎじゃないよ。面倒になる前に、さっさとログアウトして撤収するよ!」

 

一方その頃、光に呑まれたレンは……。

(アレ……?)

ふと気がつくと、視界を覆っていた乾いた赤茶色の砂漠や、崩壊したコンクリートの残骸、立ち込める硝煙の匂いはすべて消え失せていた。

代わりに、目に飛び込んできたのは見慣れた天井。

身体の下にあるのは、硬い地面ではなく、柔らかく心地よい自室のベッドの感触だった。

「んっ!? えっ!? なんで!?」

香蓮はベッドの上にガバッと跳ね起きる。

あの謎の白い閃光に呑み込まれた瞬間、アバターのHPを削りきられるという戦闘プロセスすら完全に無視され、仮想世界のレンから現実世界の小比類巻香蓮へと叩き帰されたのだ。

「ちょ……嘘でしょ!?」

身体を起こした香蓮は、慌ててアミュスフィアの位置を調整する。準優勝で手に入るはずの、あの愛らしく、愛嬌に溢れ、ずっと憧れていた『アレ』のショップクーポン。その配布判定はどうなったのか。再ログインすれば、まだ滑り込みで処理が間に合うのだろうか。

「リンクスタートっ! 早く戻って戻ってぇぇ!!」

必死の形相で叫びながら、香蓮はすぐさま仮想世界への再ダイブを試みるのだった。

 

◆第五章:黒の剣士と小さな妖精◆

 

スクワッドジャムの模様がライブ中継されている、総督府の広大な観戦ロビー。 その一角で、大画面モニターを見上げていた二人のプレイヤーがいた。

片方は、他ゲームからコンバートしてきたばかりの、細身で黒髪長髪の『キリト』。 もう片方は、青い髪にライフルを背負った、GGOの凄腕スナイパー『シノン』である。

「……今の、何だ?」

キリトは呆然と呟き、自分の頭を軽く抱えた。

「バレットラインすら無かった。あのピンクのレンって子の弾丸が届く寸前、空間そのものがねじれるみたいにして全部消えてしまった。それに、あの上昇した白い光は……」

「……私も、あんな現象は知らないわ」

シノンもスコープ越しに観戦していたかのように、厳しい表情でモニターを凝視したまま動かない。

「バリア系のスキルや特殊装備なんてGGOには存在しない。あったとしても、弾丸の軌道をあそこまで完璧に、物理干渉そのものを無効化して消し去るなんて、ゲームの仕様上不可能なはずよ。チート……なのだろうけれど、なんだか様子が変だったわ」

二人が困惑していると、キリトの肩口から、小さな光の粒子が立ち上った。 現れたのは、手のひらサイズの可愛らしい妖精――ナビゲーション・ピクシーの『ユイ』だった。

「パパ、シノンさん」

ユイは空中に小さなウィンドウを展開しながら、真剣な表情でキリトを見上げる。

「ただいま、先ほどの試合のバトルログと、システム負荷の推移を解析しました。やはり……異常です」

「何か分かったのか、ユイ?」

キリトが身を乗り出す。

「はい。あの瞬間、ゲームの物理演算サーバーに対して、ザ・シードの規格仕様には存在しない、まったく未知のプログラム言語による『書き換え命令』が実行されていました。不正なデータパッチをクライアント側から無理やり流し込んだような形ですが……通常のチートツールとは、データの『波形』が根本的に異なります」

「データの波形?」

シノンが不思議そうに眉をひそめる。

「はい。ツールによる機械的な改ざんではなく、もっと有機的で……システム側が『そこに確かに強力な力場が存在する』と誤認させられるような、強固なイメージの伝達です。まるで、ダイブしているプレイヤーの脳波そのものが、アミュスフィアの通信規格を捻じ曲げて直接サーバーに物理演算を書き込んでいるような……」

「アミュスフィアのデータを、脳波で書き換える……?」

キリトは、かつてSAOの極限状態で目撃した、システムをも超越する「心意」の力を一瞬だけ連想した。だが、GGOのシステムにおいてそれがこれほど明確な「物理現象」として現れるなど、技術的に説明がつかない。

「それと、もう一つ、とても気になることがあります」

ユイは宙に浮かぶウィンドウを操作し、相良宗介のアカウント――『SOU_S』のログを指し示した。

「不思議なんです。あのプレイヤーのデータストリームの奥底から……私ととてもよく似た、高度な『自律意志』を持ったAIのシグナルを感じました」

「ユイに、似たAI……?」

キリトの目が鋭くなる。

「はい。ボットや自動返答プログラムのような単純なものではありません。極めて論理的でありながら、独自の学習体系を持ち、まるで誰かを守るためにそこに在るような……そんな暖かくて、どこか冷徹な『意志』です。そのAIが、アミュスフィアの外部接続経路を裏で制御して、サーバーの演算を上書きするサポートをしていた可能性があります」

「そんなAIをゲームに持ち込んでる奴がいるのか……」

シノンは、信じられないといった様子でため息をついた。

「一体、何者なのよ。あの3人組は……」

「分かりません。ですが、ただのゲーマーでないことだけは確かです」

ユイの言葉に、キリトは再び消灯したモニターの奥を見つめ、静かに思考を巡らせるのだった。

 

◆第六章:潜水艦にて◆

 

現実世界。 太平洋の深海を航行する、ミスリルの極秘強襲揚陸潜水艦『TDD-1(トゥアハー・デ・ダナン)』。

その艦長室において、銀髪の美少女テレサ・テスタロッサ――テッサ――は、困り顔でディスプレイを見つめていた。

「はぁ……。大会に出場していた皆さんには、本当に悪いことをしてしまいましたね」

その傍らに立つ、厳格な面持ちの副長、アンドレイ・カリーニンが静かに頷く。

「ですが艦長、有益なデータは得られたと思います。アミュスフィアを介した精神リンクが、アーバレストに搭載されたTAROSにどのような干渉を及ぼすか。その精神波のフィードバック実験としては、大いなる一歩です」

「いや、何に使えるってのよソレ!?」

バン! と机を叩いて怒鳴り込んだのは、千鳥かなめだった。 ハリセンを片手に、今にもテッサに掴みかからんばかりの勢いである。

「ちょっとテッサ! 宗介に何をさせてるのよ! ゲームであんなことしたら、チート以外の何物でもないっつーの! ネットの掲示板が大騒ぎになってるわよ! 『透明な壁を張る無敵のチーター現る』って!」

「まぁまぁ、かなめさん。落ち着いてください」

テッサは上品に微笑む。

「相良さんはただ、ASのコックピットに搭乗した状態で、機体とアミュスフィアを直接リンクさせてダイブしていただけですよ。脳波のセーフティはかけていたのですが……」

そこへ、ブリーフィングルームから戻ってきたマオ、クルツ、宗介の3人が姿を現した。

「ただいま戻りました、大佐殿」

宗介がいつも通りの敬礼を送る。

「おかえりなさい、相良さん。……それで、アル。そちらのレポートは?」

テッサが呼びかけると、コンソールからアルの音声が再生された。

『はい、大佐殿。ダイブ中、相良軍曹の精神的興奮に伴い、接続されていたARX-7『アーバレスト』のラムダ・ドライバ冷却システムが一次的に作動。精神波の物理変換フィールドが、アミュスフィアの送信データを歪め、ゲーム内の物理演算を上書きしたと推測されます。つまり、ゲーム内での力場発生は、現実の機体側の動作と完全に同期した結果です』

「アーバレストとアミュスフィアを繋げてダイブさせるなんて、とんでもないこと考えるわね、大佐も」

マオが呆れたように頭を振る。

「しっかし、いいもんだねぇ、フルダイブってのは」

クルツが窓の外の(といっても潜水艦の中だが)景色を見るように、のんびりと伸びをする。

「なあ宗介、今度は『BoB(バレット・オブ・バレッツ)』とかいう大会に参加してみねえか? 噂によると、シノンちゃんっていう、すんげえ可愛いスナイパーの女の子がいるらしいんだよ。俺、ぜひお近づきになりたいねぇ!」

「バカ言ってんじゃないよ、クルツ」

マオがクルツの脇腹を小突いた。

「機密保持のために、今回使ったアカウントは運営に探られる前に抹消するんだから。やりたきゃプライベートで新しいアカウント作りな」

「だよな。あ~あ、向こうで手に入れた装備が勿体ねぇ」

クルツを余所に、宗介は一人、何やら深刻な表情で考え込んでいた。 それを見たかなめが、怪訝そうに声をかける。

「何そんなに悔しそうな顔してんのよ宗介。一応優勝したんでしょ?チートだけど」

宗介はゆっくりと顔を上げ、大真面目なトーンで言った。

「……残念だ」

「何がよ?」

「今回の大会の優勝賞品には、GGO内で着用できる『ボン太くん』の着ぐるみ装備があった。俺はそれを手に入れ、兵器として改造を施し、仮想空間においても『ボン太くん』が汎用性の高い実戦用極限環境対人スーツとして通用することを証明するつもりだったのだが、アカウントが抹消されるとなると、その検証は不可能となる。実にもったいない損失だ」

宗介は本気で惜しそうに、拳を握りしめていた。

その場に、一瞬の静寂が訪れる。

マオとクルツは顔を見合わせ、同時に深いため息をついた。

「……やっぱり、こいつはどこまで行っても『ミリタリー馬鹿』だね」

「ああ。ゲームの可愛いきぐるみを改造して戦場に持ち込もうなんて、宗介くらいなもんだぜ……」

かなめは手に持ったハリセンを握り直し、思いきり宗介の頭へと振り下ろした。

「そんなことのために本気で悔しがってんじゃないわよっ!!」

「ぐっ……! なぜ叩く、千鳥。 俺は至って真面目な軍事的考察を――」

ダナンのブリッジに、いつもと変わらない騒がしい笑い声(と怒声)が響き渡る。 ピンクの悪魔を退けた鋼鉄の兵士たちにとって、ゲームの世界は少しばかり賑やかな、しかし一瞬の休息に過ぎない戦場だった。

 

◆第七章:嵐のあとのロビー◆

 

スクワッドジャムが終了し、復帰したプレイヤーたちでごった返す待合ロビー。 その片隅で、LPFMのメンバーは揃って地べたに座り込んでいた。

「あんなんチートや! チーターや! なんで弾が当たらんねん! あんなん絶対におかしいわ! 運営仕事しろや!!」

フカ次郎が、身振り手振りを激しく交えながら怒り狂っていた。

「まあ落ち着け、フカ」

エムが宥めつつ、腕組みをして念じる。

「しかし、あの現象は度を越している。普通のバグやラグのレベルじゃない。物理演算そのものが書き換えられていたようだった。……流石に運営に報告して、正式に調査を要求した方がいいんじゃないか?」

「それがさー」

ピトフーイが、つまらなそうに髪を弄りながら口を開いた。

「運営ももう動き出して、あの3人組のログを追ってるみたいなんだけどねえ。とっくにアカウントを抹消して、跡形もなくトンズラしたみたいよ。データも綺麗さっぱり消されてるんだって」

「ええっ!? アカ消し!?」

フカ次郎が目を丸くする。

「勝ち逃げかよ! どんだけ手回しが良いチーターんだよ、あいつら!」

「しかもね、さらに最悪な話があるわよ」

ピトフーイは、ニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべて、肩をすくめた。

「今回の試合自体も、参加者に不正の疑い有りってことで、運営側から『無効試合』扱いにするって公式発表があったわ」

「え、む、無効……?」

その言葉に、一番過敏に反応したのはレンだった。 レンの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。

「無効ってことは、順位も賞品も、ぜーんぶ白紙よ。もちろん、準優勝の賞品だって無し」

「えぇぇぇっ!?」

これにはフカ次郎もエムも驚きの声をあげる。せっかく死力を尽くしたスクワッドジャムが、丸ごと無に帰してしまったのだ。

そして、その一言がレンの胸にトドメを刺した。 ずっと膝を抱えて俯いていた彼女が、ついに大粒の涙を流して叫んだ。

「うぅ……うわぁぁぁぁぁん!! そんなのないよぉぉぉ!!」

「えぇ……、レンさん?」

急に泣き出したレンに、フカ次郎が戸惑う。 レンは床をポカポカと叩きながら、魂からの絶叫を響かせた。

「試合が無効になるってことは、準優勝の景品すら貰えないじゃない! 私、あの優勝賞品の、すっごく可愛い『ボン太くん』の着ぐるみ装備が欲しかったのにっ!! 手に入るって信じてたのにぃっ!!」

「あ、そっちか……」

フカ次郎とエムは、呆れたように苦笑いを浮かべあった。

「あの、めちゃくちゃ可愛い『フモっ』て鳴く、あのクマみたいな着ぐるみ装備……! 私、あれが欲しくて頑張ったのにっ!!優勝を逃しても、準優勝ならショップで買えるクーポンが貰えるって、楽しみにしてたのにっ!! 全部白紙なんてひどいよぉぉぉーーっ!!」

レンの魂の叫びが、賑やかなロビーの喧騒に虚しく響き渡るのだった。

(完)

 

 

 

◆おまけ◆

 

GGO、中立都市『SBCグロッケン』のパブ。

騒動がひと段落したあと、キリト、シノン、そして実体化しているユイの3人は、テーブルを囲んで冷たい飲み物を飲んでいた。

シノンはグラスを弄りながら、ふと何かを思い出したように顔を上げ、二人を見つめた。

「そういえば、AIでチートって聞いて思ったんだけど……」

「?」

キリトとユイが、不思議そうに小首を傾げる。

「その子はチートにならないの?」

シノンがジト目でユイを指差した。

「なんか、ALOから平然とこっちのゲームに来ちゃってるし、さっきもセキュリティの奥深くまで侵入してとんでもないこと解析しちゃってたけど……」

「……」

「……」

キリトとユイは、ぎこちなく顔を見合わせ、そのまま完全に固まった。

言われて気付く。考えてみればユイも、システム規格からすればチート同然の存在であった。

沈黙。

次の瞬間、キリトとユイはそっと、シノンから視線を外し、遠くの虚空をじっと見つめ始めた。

「ねぇちょっと……。こっち向きなさいよ」

シノンの目が、ますます細く、鋭いジト目になる。

居心地が悪くなったユイは、パタパタと羽を動かすと、そそくさとキリトのナーヴギアのローカルメモリへと退避し、ディスプレイの奥に隠れてしまった。

「あ、あはは……」

キリトは冷や汗を流しながら、頭を下げた。

「シノン……頼む。ユイには父として俺からよく言っておくから、今回はその……見なかった事にしてくれ」

シノンはため息をつき、呆れたように肩をすくめて、グラスを口に運んだ。

「……じゃあ、後でなんか奢って。美味しいやつ」

「了解、喜んで。……あ、でもアルヴヘイムの飯にしてくれよ? こっちの合成肉は財布に優しくないんだ……」

「ダメ。こっちの最高級ローストビーフで」

「うぐっ……!」

遥か彼方の、戦火と鋼鉄の世界から来た異分子たちの残した余波は、こうして若きゲーマーたちの、ささやかな日常のやり取りの中に溶けて消えていくのだった。

 

 

 


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