ヒロ「この牢屋敷に私たちを連れてきた真の黒幕……それは、私とエマの友人だった月代ユキだ」
エマ「ユキちゃん……なんで、ボクは忘れて……!」
【死に戻り】の魔法によって蘇った二階堂ヒロを待っていたのは、あまりにも異常で、あまりにも正しくない日々だった。
宝生マーゴは“魔法少女Y談お姉さん”となり、黒部ナノカは“魔法少女野球拳大好き”として暴走し、城ケ崎ノアはなれはてと入れ替わった。遠野ハンナはマイクロビキニの魔法に呑まれ、牢屋敷はもはや悪夢じみた騒動の連続だった。
それでも――誰一人、死んではいない。
ヒロが何度も死に戻りを繰り返した果てに、十三人の魔法少女は全員、生きたままここにいる。
ヒロ「不幸中の幸いか、私たち魔法少女は全員生きている。どうにか全員を魔女化させることにも成功した……出てきてもらうぞ、ユキ!」
エマ「ヒロちゃんは、その間に何回も死んでたけどね……」
ヒロ「言っておくが、半分以上は君のせいだぞ、エマ」
魔女化した姿のエマが、じっとりとした目でヒロを見つめる。
ヒロの魔法は本来、死ねばその日の朝へ巻き戻るものだった。だが今は違う。なぜかその場で即座に蘇る魔法へと変質してしまっている。
アリサ「城ケ崎の絵でできた獣に噛まれて死に、蓮見の顔が良すぎて死に、遠野を魔女にするために泣かせて怒った橘に殴られて死に……途中で嫉妬した桜羽に“魔女を殺す魔法”まで使われて、十回は死んでたぞ」
ココ「クソザコナメクジじゃん、ヒロっち」
レイア「几帳面だね、アリサくん! 私はもうヒロくんの死について考えることを放棄したとも! いわゆるギャグ補正というやつだ!」
ヒロ「私は至極真剣なんだが……いや、いい。それより来るぞ、エマ!」
裁判所の中央に、どろりと血が湧き上がる。
床を這うように広がったそれは、やがて人の形を取り――その中から、真っ白な少女が姿を現した。
メルル「ああ、大魔女様……やっと……お会いできました」
ナノカ「……本当に、真の黒幕なのね」
エマ「ユキ……ちゃん……」
喜びを隠しきれないメルル。
緊張に顔をこわばらせるナノカ。
そして、血の気を失った顔で立ち尽くすエマ。
ユキ「私の復活は絶望です。何を期待していたのですか?」
蘇ったユキは、にこりと笑った。
その笑みは、懐かしいはずなのに、見た瞬間に背筋が冷えるほど不気味だった。
ユキ「さあ、共犯者になりましょう。エマ――己の欲望に素直になって、ヒロの真面目くさった顔をトロトロのメス顔にするんです」
ヒロ「は?」
一瞬、ユキが何を言っているのかわからなかった。
当然、他の魔法少女たちも呆然としている。
ココ「いやいやいや、ちょっと待てし! 普通こういうの、ここから世界を滅ぼします〜みたいなRPGっぽいイベントが始まる流れじゃないん!? 魔女化した時に見た別世界のあてぃしたち、そんな感じだったけど!?」
ナノカ「幻視で見たあなたは……人間たちへの復讐を目論んでいたように感じられたけど」
別世界や過去を垣間見る力を持つ魔法少女たちが、真っ先に反応する。
だが、ユキはその問いにかすかに苦笑した。
ユキ「確かに、昔の私は人間すべてに復讐するつもりでした。ですが……エマやヒロ、現代の魔法少女たちを見て、考えを改めたんです」
マーゴ「あら。それなら平和に帰れそうね?」
探るようなマーゴの言葉に、ユキは細い指先をそっと向けた。
ユキ「ええ、平和に――少女たちがY談に興じたり、あられもない姿で慌てふためいたりするのを見ている方が、よほど楽しいと気づいたんです」
アリサ「クソッ! こいつも氷上と同じド変態じゃねーか!!」
マーゴ「メルルちゃんにしてこの親あり、といったところかしら」
ユキ「なので、手始めに……光あれ」
ユキの指先からこぼれた光が、マーゴやアリサたちへ降り注ぐ。
それは肉体を傷つけるものではない。だが、浴びた途端に二人の表情がみるみる崩れた。
マーゴ「っ……あなたに頭を撫でられるなんて、気持ちよさそうね……」
アリサ「おい氷上! ウチはさっさとてめえによしよしされてんだよって、クソォァ!!」
メルル「こ、これは……Y談の魔法!」
かつてマーゴが振るった、“Y談しか話せなくなる”魔法だった。
顔を真っ赤にしたマーゴとアリサの隣で、メルルは律儀にアリサの頭を撫でながら、それでもなお大魔女との再会に感動している。
他の魔法少女たちも、何かを言おうとしては、ことごとくY談に変換されていく。
まともに言葉を交わせる者は、ほとんどいない。
――エマとヒロを除いては。
エマ「ユキちゃん……なんで、ボクの前からいなくなったの……?」
ユキ「……ヒロの短期留学が決まった時。エマは、ヒロが向こうで寝取られてしまわないか気にしていましたね」
ヒロ「そもそも私は、エマと寝ていないんだが」
ヒロのツッコミなど気にも留めず、ユキは甘く囁くようにエマへ語りかける。
ユキ「ヒロは無鉄砲ですから。きっと治安の悪い海外でも、悪を見れば放っておけず、危険な男に絡んでいってしまう。手籠めにされてしまいますね、傷物にされてしまいますね、かわいそうですね」
エマ「や、やだ……! そんなの、やだよ……ヒロちゃん!」
ヒロ「落ち着くんだ、エマ……! そんなことは……なくもなかったが、なかったことになっている!」
ヒロは死んでも、その日の朝に戻ることができた。
だから、返り討ちに遭っても死に戻り、得た情報をもとに相手を通報する――そんな無茶なやり方で、悪を裁いてきたのだ。この牢屋敷で何度も死に戻ったように。
ユキ「ヒロは、死んでも戻れるからと無茶ばかり。いわば――“魔法少女すぐ死ぬ”というところでしょうか」
エマ「そんな……じゃあ、ヒロちゃんはボクが知らないところで……」
ユキ「ええ。この牢屋敷でも、ことあるごとに死に戻っていましたよ。まるで、この牢屋敷に降りかかる死の運命を一人で吸い取ってしまったみたいに」
ヒロ「やはり、見ていたのか……!」
死にながらも、ユキはこちらを見ていた。
ふざけたことを口にしていても、やはり大魔女なのだと、ヒロは改めて背筋を冷やす。
ユキ「エマは、そんなヒロのことが大好きなのに、無茶はやめてと言うことも、自分がヒロを無茶苦茶にしたいという欲望も、ずっと口に出せませんでした。かわいそうですね」
ヒロ「エマ……! そんなことを……いや……」
言葉が止まる。
ヒロは、エマの胸の内を何ひとつ知らなかった。
それなのに自分は、短期留学から戻ってユキの死を知った時、エマを責めたのだ。
罪悪感が、胸の奥で鈍く軋んだ。
エマ「――それはおかしいよ」
ユキ「……何がです? 照れ隠しは通用しませんよ?」
エマは、まっすぐユキを見つめ返した。
その目には、涙も怯えもあった。けれどそれ以上に、友達の嘘を見逃したくないという強さが宿っていた。
エマ「だって……ユキちゃんの望みが、ボクとヒロちゃんがその……恥ずかしい姿になるのを見たいってことなら、ボクたちの前からいなくなる必要はなかったよね?」
ヒロ「っ……その通りだ。ユキ、君は肝心なことを話していない」
エマの言葉に呼応するように、ヒロも前へ出る。
ヒロ「私は覚えている。君とエマが話していた時のことを。もしエマが私に劣情を抱いていたというのなら……ユキ、君もまた、エマに似たような感情を抱いていたんじゃないか」
エマ「えっ!? そうなの、ユキちゃん!?」
ユキ「……ふふ」
驚くエマに、ユキは楽しげに笑った。
けれど、その笑みはどこか不自然に見えた。
ユキ「それは思い上がりというものです。確かに私は、少女たちの慌てふためく姿が好きですが……所詮は人間。特別な情などありません」
エマ「そんな……」
ヒロ「――正しくない」
ヒロは、はっきりとそう言った。
だが今度のそれは、いつものような断罪ではない。
目の前の友人が、自分の感情から目を逸らしていることへの、苦い確信だった。
ヒロ「エマに込められた魔法は、魔法少女を全て殺し尽くせるほど強かった。その気になれば、君の復讐は果たせたはずだ」
ユキ「……あなたらしくない見落としですね、ヒロ。最初に言ったでしょう? 昔は復讐を望んでいましたが、今はもういいと」
微笑んではいる。
だが、ユキの表情はわずかに固い。
ヒロ「それは事実なのだろう。問題は、なぜ復讐を望まなくなったのかだ」
マーゴ「ちょっといいかしら」
ヒロ「マーゴ……話せるのか?」
マーゴ「ええ。あの子も動揺しているみたいね。私にかけたY談の魔法も、少し弱まってきたみたい」
マーゴはそう言って、ヒロの推理を引き継ぐようにユキを見る。
マーゴ「あなたがエマちゃんを愛しているなら……魔女殺しの魔法なんて、使わせたくないわよね? もしエマちゃんが人殺しになったら、ヒロちゃんは絶対に許さないもの」
ヒロ「その通りだ。ユキ……君はエマのことを好きになってしまった。だが、エマの気持ちは私に向いている。だから君は……私たちから逃げた。エマに想いを伝えることから、逃げたんだ」
ノア「……のあも、わかるな。その気持ち」
いつの間にか、ノアも少しずつ普通に話せるようになっていた。
ノア「のあもね、もしアンアンちゃんが誰かを殺しちゃって、みんなに怒られたら悲しいし……もし、のあがアンアンちゃんを殺しちゃったら、悲しいどころじゃないよ」
ヒロ「ああ……そうだろうな」
誰かを殺してしまうこと。
誰かに殺させてしまうこと。
その重さは、計り知れない。たとえ大魔女であっても――ユキは、かつて確かに自分たちの友人だったのだから。
アンアン「……そこの女は、復讐のために桜羽エマを利用しようとしていたと言ったな」
アンアンが、自分の意思で口を開く。
その声音には迷いがなかった。
アンアン「好きな相手を操り人形にして、気分がいいわけがない……当たり前だ」
ユキ「……」
ユキは、そっと目を逸らした。
その姿は、恐ろしい大魔女などではなかった。
好きな子に、別の好きな子がいる。
そのどうしようもなさに困っている、ただの少女に見えた。
メルル「大魔女様……わたし、大魔女様がどんな選択をしても尊重します。世界を滅ぼしてもいい。好きな女の子一人のために、世界を滅ぼすのをやめたっていいんです」
アリサ「その辺でいいだろ。どのみち、今のおめーに世界を滅ぼす気なんてねえんだ。ウチらは、てめえとメルルの変態じみた趣味に巻き込まれたけど……誰も死ななかった」
ミリア「ヒロちゃんは死にまくってたけどね……」
ハンナ「あれはノーカウント! ノーカウントですわ!」
シェリー「ハンナさんに十センチ浮かされて落ちただけで足をくじいて死ぬスペランカーさんですしね☆」
魔法少女たちが好き勝手に騒ぎ出す。
緊張は、少しだけほどけた。
その中で、エマだけが静かに前へ進む。
瞳に涙を浮かべながら、かつての友人――月代ユキへと近づいていった。
エマ「ヒロちゃん。確かにボクは、ヒロちゃんが好きだよ」
その言葉に、ヒロの胸が小さく跳ねる。
けれどエマは、ヒロではなくユキを見ていた。
エマ「でも……ユキちゃんだって、ボクの大好きな友達なんだよ。ユキちゃんがちゃんと言ってくれれば、ボクはなんだってしてあげる。ローソク垂らされたって、犬になったっていい」
エマの言葉に、ユキは。
観念したように小さく笑った。
ユキ「エマ。そういうことは、女の子が気安く言うものではありませんよ」
エマ「ユキちゃんは、もっとえっちなことを平気な顔で言うくせに……ずるいよ……」
困ったような、泣き出しそうな、やけに人間くさい笑みだった。
ユキ「きっと、あなたの笑顔を見た時から……私は、あなたとヒロに負けていたんです」
ヒロ「ユキ……エマ……私は、君たちの気持ちに気づかず、正しくないことを繰り返してしまった。すまない……」
エマ「ヒロちゃん……ユキちゃん……。二人とも大好きだったのに、ボクが勇気を出して言えなかったから、こんなことになって……ごめんね……!」
ヒロは、エマとユキに歩み寄った。
それから二人をまとめて抱きしめ、泣いた。
エマも泣いた。
ユキも、しばらくは抵抗しなかった。
周囲の魔法少女たちは、茶化すでもなく、呆れるでもなく、三人を見守っていた。
その時間だけは、この牢屋敷が牢屋敷ではないように思えた。
やがて、ユキが自分からすっと身を離す。
ユキ「さて……失恋のけじめをつけましょうか」
エマ「けじめ……?」
ユキ「あなたたちは、ヒロのおかげで死ななかった。だとしても、これまで行われた魔女裁判の犠牲者――具体的には、ナノカのお姉さんへの罪滅ぼしはしないといけません」
ナノカ「っ……! お姉ちゃんを、元に戻して!」
ナノカにとっては、それが一番大事なことだった。
たとえ野球拳大好きにされたことは許しても、それだけは譲れない願いだった。
ユキ「ですので……私が、この世の魔女因子をすべて引き取って消滅します。そうすれば、みんな家に帰れる。なれはてとなったお姉さんも、元に戻ります」
エマ「そんな……それじゃあ、ユキちゃんが……!」
絶望するエマに、ヒロは静かに首を振った。
ヒロ「エマ。ユキは正しくないことをした。メルルに、正しくないことをさせ続けた。その責任は、負わなければならない」
ユキ「……あなたなら、そう言ってくれると思いましたよ、ヒロ。ありがとう」
ユキは満足げに微笑み、天へ向けて手を伸ばした。天空に現れた真っ赤な槍が、ユキに向く。
メルルが、その意味を察してユキのもとへ駆け寄る。
そしてヒロは――真っ赤な槍に貫かれようとしていたユキとメルルを、二人まとめて突き飛ばした。
ユキ「なっ……!」
メルル「はうっ……!」
ヒロ「がはっ……!!」
深紅の槍が、二人ではなくヒロの身体を貫いた。この場の全員の表情が驚愕に染まる。
ユキ「ヒロ……なぜ……」
ヒロ「君が言ったんだろう……今の私は“魔法少女すぐ死ぬ”だと。どんな死の運命も、私が引き寄せる……」
メルル「大変です、早く治さないと……!」
メルルはいつものように治癒魔法を使おうとした。
だが、その手には光が灯らない。
すでに、この場の魔法少女たちから魔法の力は失われていた。
――ヒロを除いて。
ヒロ「これで、世界の……少なくとも、この牢屋敷の魔女因子は消える。もしかしたら、私は本当に死ぬかもしれないが……私も正しくないことをした。悔いはない」
エマ「お願い、死なないで、ヒロちゃん……!」
ヒロ「エマ……すまない。もし生き延びたら、なんでも君の望む通りにしよう。それが私の償いだ……」
エマの目が、一瞬だけ見開かれた。
それは、涙のせいだけではない。
絶望の底に落ちていたはずの少女の瞳に、ほんのわずか、危険な光が差した。
ユキ「ヒロ、今の言葉は撤回した方がいいです」
ヒロ「なぜだ……?」
ユキ「エマはこういう時の約束を、絶対に忘れません」
エマ「……ほんと?」
ヒロ「……ああ。私は、嘘はつかない」
エマ「なんでも?」
ヒロ「なんでもだ」
エマ「……本当に、なんでも?」
ヒロ「くどいぞ、エマ。私は死にかけているんだ」
エマ「じゃあ、死なないで」
その言葉に、ヒロはわずかに目を見開いた。
エマは、涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、ヒロの手を握る。
その手は震えていた。けれど、決して離さなかった。
エマ「ボクが望むことは、それだけ。ヒロちゃんが死なないこと。勝手にボクを置いていかないこと。もう、ボクの知らないところで何度も何度も死なないこと……!」
ヒロ「エマ……」
エマ「お願いだから、生きてよヒロちゃん……!」
その願いに、ヒロは答えようとした。
けれど、声が出なかった。
身体の奥から、何かが抜けていく。
魔法が。命が。死に戻りの力が。
これまで自分を無理やり生かし続けてきたものが、ゆっくりとほどけていく。
それでも。
ヒロ「……正しい、願いだ」
かすれた声で、ヒロはそう呟いた。
その瞬間、ヒロの胸に刺さっていた深紅の槍が砕けた。
血のような光が裁判所の天井へ舞い上がり、十三人の魔法少女たちの身体から、黒い靄が次々と剥がれていく。
メルル「あ……魔女因子が……」
ユキ「……まさか。ヒロの死に戻りが、死そのものを引き受ける魔法に変質していたなんて。おかげで……私まで、死に損ないましたね」
ナノカ「お姉ちゃん……!」
裁判所の端で、なれはてと化していた看守の身体が光に包まれる。
歪んだ影がほどけ、ゆっくりと人の姿を取り戻していく。
ナノカは駆け出した。
その先で、目を覚ました姉が、小さく妹の名を呼ぶ。
ナノカ「お姉ちゃん……お姉ちゃんっ!」
泣きじゃくるナノカを、姉は静かに抱きしめた。
その光景を見て、メルルはその場に崩れ落ちる。
メルル「ごめんなさい……ごめんなさい……私、ずっと……」
ユキ「メルル」
ユキが、膝をついたメルルの頭にそっと手を置く。
ユキ「あなたにも、長い間背負わせすぎました。私が始めたことです。終わらせるのも、私の役目です」
メルル「大魔女様……!」
ユキの身体が、白い光に包まれていく。
けれど今度は、消滅の光ではなかった。
ヒロが引き受けた死の運命。
エマが願った、生きてほしいという祈り。
十三人の魔女化によって開いた儀式の穴。
それらが絡まり合い、魔女因子だけを引き剥がしていく。
やがて光が収まったとき、ユキはそこに立っていた。
大魔女ではなく、月代ユキとして。
エマ「ユキちゃん……生きてるよね……?」
ユキ「どうやら、ヒロが私の罪まで横取りしたようです。まったく、本当に頑固ですね」
ヒロ「……言っておくが、私はまだ生きている」
ヒロは床に倒れたまま、かろうじて声を絞り出した。
エマ「ヒロちゃん!」
エマが抱きつこうとする。
だが、ヒロは反射的に手で制した。
ヒロ「待て。今抱きつかれると、私は今度こそ普通に死ぬ」
エマ「えっ、そんなに……?」
メルル「た、たぶん魔法の力が抜けたので、もう死に戻りできません……」
シェリー「つまり、ここからは本当に“魔法少女すぐ死ぬ”ですね☆」
ヒロ「縁起でもないことを言うな……」
その一言で、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
誰かが笑った。
つられるように、別の誰かも笑った。
牢屋敷の壁が、ゆっくりと崩れていく。
閉じ込めるための結界が消え、遠くに海と空が見えた。
それは、あまりにも普通の青だった。
それから、少し時間が経った。
魔法少女たちはそれぞれ、元の生活へ戻ることになった。
もちろん、すべてが何事もなかったように元通り、というわけにはいかない。
失われたものも、傷ついたものも、忘れられない記憶もある。
それでも、彼女たちは生きている。
それだけで、やり直す理由には十分だった。
メルルはユキと一緒に罪を償うことになった。
ナノカの姉も協力し、過去の魔女裁判でなれはてとなった少女たちも少しずつ現代を生きていく。
そしてヒロは――。
エマ「ヒロちゃん、約束覚えてるよね?」
医務室で治療を受け、どうにか歩ける程度に回復した頃。
ヒロの病室に、エマがにこにこと笑いながらやってきた。
ヒロ「約束……?」
ユキ「ほら、言ったじゃないですか。生き延びたら、エマの望む通りにすると」
ヒロ「待て、私が生きていることが願いのはずだが?」
エマ「それはそれ、これはこれだよ?」
エマはにっこりと笑っていった。まるで魔女殺しの魔法を宿していた時のような、有無を言わせない迫力がある。
ユキ「言ったでしょう。エマはこういう約束を絶対に忘れません」
エマ「うん。だからね、ヒロちゃん」
エマは、満面の笑みで紙袋を差し出した。
ヒロは嫌な予感を覚えながら、その中身を覗き込む。
そこには、可愛らしいフリルのついた服が入っていた。しかもフリルの量に反して肌を隠す布地が少ない。
ヒロ「……これは何だ、エマ」
エマ「退院祝いの服だよ」
ヒロ「普通、退院祝いに服は贈らない。ましてやこれは、私の趣味ではない」
ユキ「似合うと思いますよ。ヒロの真面目くさった顔には、こういう服がよく映えます」
ヒロ「ユキ、お前まで……!」
エマ「大丈夫。ローソクとか犬とか、そういうのはヒロちゃんにはまだ早いと思ってるから」
ヒロ「“まだ”とは何だ、“まだ”とは」
病室の外から、ココの声が響いた。
ココ「ちょ、ヒロっち退院即コスプレ配信ってマジ!? あてぃしカメラ持ってきたんだけど!」
ヒロ「帰れ、ココ!」
レイア「安心したまえ、ヒロくん! 君ならどんな姿でも美しいとも!」
アリサ「まあ、散々死んだんだ。服くらい着とけよ」
ハンナ「わたくしが監修いたしましたから、品位は保証しますわ!」
シェリー「ハンナさん、マイクロビキニの件から服飾の方向性が変になってませんか?」
ハンナ「変じゃありませんわ! これは真のお嬢様ファッションです!」
ノア「ヒロちゃん、かわいいやつになるの?」
アンアン『ならない方に賭ける』
ミリア「おじさん、退院祝いなら普通にケーキとかでいいと思うな……」
扉の向こうに、全員いる。
ヒロは頭を抱えた。
死に戻りはもうない。
魔女因子もない。
牢屋敷も、魔女裁判も終わった。
それなのに、どうしてこうも危機感だけは変わらないのか。
エマ「ヒロちゃん、約束」
ヒロ「……わかった。だが、撮影は禁止だ。これは絶対条件だ」
ココ「えー!」
ヒロ「絶対条件だ!」
エマはぱっと笑った。
ユキも隣で、かすかに肩を震わせている。
ヒロは深く息を吐き、紙袋の中のフリル服を見下ろした。
正しいか、正しくないかで言えば、間違いなく正しくない。
けれど。
エマが笑っている。
ユキも、そこにいる。
みんなが、くだらないことで騒いでいる。
ならば、少しくらいは――。
ヒロ「……一度だけだからな」
その瞬間、廊下の向こうから大歓声が上がった。
ヒロは思った。
やはりこの世界は、どこまでも正しくない。
けれど、今だけは。
その正しくなさも、少しだけ悪くないと思えた。
この短編はY談おじさんパロの単発から始まったものですが、ヒロのことあるごとに死んでも元に戻る姿を見てヒロは魔法少女すぐ死ぬなのでは?と思い話がつながったこのシリーズは完結です。パロディコメディやりながら物語を締めるのって難しいんだなと思いましたがちゃんと完結できてよかったです。
3日前くらいにハーメルンのランキングにも乗り、たくさんの方に読んでいただけてとても嬉しいです。
まのさば公式の朗読劇もよかったですし、因習村などこれからのシリーズにも期待できそうで楽しみにしています。
ここまでお読みいただきありがとうございました。