万華鏡の歪み、あるいは鋼鉄の荒野に落ちる星   作:MOZIO

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第四章:傷んだ赤の襲来と、世界領域の戦局

1. 異端の人形師、横浜に立つ

国連軍横浜基地、地下第20研究開発エリア。

 

「――ちょっと、夕呼さん! なんなのよこの未確認の空間歪曲反応は!? 基地の防衛障壁が内側から突破されてるじゃないの!」

 

蒼崎青子の怒声が、電子音が喧しく鳴り響く研究室に響き渡った。

画面に表示されているのは、地下ドックの予備区画において、物理法則を完全に無視して発生した空間の「破れ目」だった。高濃度の魔力粒子が霧のように立ち込め、警報アラームが赤く室内を染めている。

 

「落ち着きなさい、青子。エネルギーの波長は、あなたやシエルがこの世界に落ちてきた時と完全に同一よ」

香月夕呼は、冷めかけたコーヒーを一口煽り、眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせた。

「つまり――あのクソジジイからの『追加の小切手』が届いたってわけね」

 

「追加……? まさか、また向こうの世界から誰かが……?」

シエルが即座に腰の黒鍵に手を伸ばし、警戒態勢をとる。

 

空間の歪みが限界に達し、青銀色の光が弾けた。

硝煙と魔力の粒子が霧散した中央に、一人の女性が立っていた。

ロングのコートに身を包み、足元には大きめの革製スーツケース。彼女はゆっくりと煙草のケースを取り出すと、ライターで火をつけ、紫煙を吐き出した。

 

そして、その鋭い視線が、部屋の隅で固まっている青子を捉えた。

 

「……相変わらず、バカ面ね。青子」

 

青子の顔が、瞬時に怒りで真っ赤に染まった。血圧が一気に跳ね上がるのが目に見えるようだ。

 

「……っ!! 橙子姉さん……!? な、なんでアンタがここにいるのよぉぉぉぉっ!!」

 

「私が聞きたいね」

蒼崎橙子は、不機嫌そうに煙草の灰を床に落とすと、周囲の無機質なコンクリート壁と、遠くに見える戦術機『F-15E』の巨大な脚部を見上げた。

 

「ゼルレッチのジジイに『妹が異世界で泣きついている』と聞いて来てみれば……何だ、この殺風景な軍事基地は。大気のマナは死んでいて、転送の負荷で私のルーン刻印がいくつか焼き切れたぞ」

 

「泣きついてなんかいないわよ! 誰がアンタなんか頼むか! 帰れ! 今すぐあのジジイのところに帰れぇっ!」

 

「私に指図するなと言っているだろう、青子。……それに、帰る手段があるなら最初からこんな場所に来てはいない」

 

橙子は静かに眼鏡を外すと、胸のポケットに収めた。その瞬間、彼女の全身から発せられる圧迫感が跳ね上がる。魔術師として、そして苛烈な意思を持つ者としての「格」の違い。

 

「……あなた様が、蒼崎青子少尉のお姉様……蒼崎橙子殿ですね」

シエルが一歩前に出で、恭しく、しかし隙のない足取りでお辞儀をした。

「聖堂教会・埋葬機関のシエルです。まさか、時計塔最高峰の人形師にして、ルーンの権威であるあなた様までこの世界に引きずり込まれるとは……」

 

「埋葬機関の第七位か。噂は聞いている」

橙子はシエルを流し見すると、最後に、デスクに頬杖をついてニヤニヤと自分を観察している香月夕呼へと視線を向けた。

 

「で? あそこにいるのが、この異端の軍隊の『頭脳』というわけか」

 

「初めまして、人形師の魔術師サマ」

夕呼は立ち上がり、白衣のポケットから手を出すと、手応えを確かめるように不敵な笑みを浮かべた。

「私は香月夕呼。この基地の副司令にして、オルタネイティヴIVの責任者よ。……歓迎するわ、蒼崎橙子。あなたの『人形術』と『ルーン』に関する予備データは、あいつらの体内解析の過程で、ある程度推測させてもらっていたけれど――実物が来てくれたなら話が早いわ」

 

「へえ……」

橙子は夕呼のデスクに近づき、画面に映し出されていた『XM3(新OS)』のアルゴリズムと『魔導コンバーター』の構造図を一眼でスキャンした。

 

「ほう。大気中のマナが存在しないこの世界で、内燃機関の熱量を直接魔力へ変換する触媒回路か。物理法則の翻訳としては悪くないが……筋が素人だな。回路の接続部にルーンの重ね掛けが施されていない。これでは稼働時間の限界前に、パイロットの神経系が焼き切れる」

 

夕呼の眉が跳ね上がった。自分の組み上げた理論に対して、初見で的確な不備を指摘されたのだ。だが、夕呼の顔に浮かんだのは不快感ではなく、極上の歓喜だった。

 

「……面白いわ。30分で修正案を出せるかしら?」

 

「10分で十分だ。その代わり、私に専用のアトリエと、最高級の精錬金属、それからあの巨大な鉄の玩具を自由に解体・改造する権利を寄越せ」

 

「交渉成立よ」

 

二人の天才(狂人)が握手を交わす横で、青子は頭を抱えて叫んだ。

「ちょっと夕呼さん! こいつを野放しにしたら基地が爆破されるわよ! というか私の戦術機に妙な仕掛けをしないでよ!?」

 

2. 世界の拡張と、新たな戦者たち

橙子の合流から数日――横浜基地の兵器開発フロアは、劇的な変貌を遂げていた。

 

「おい、アレ、マジかよ……?」

 

訓練用ドックのキャットウォークから下を見下ろしていた白銀武は、目を丸くしていた。隣に立つ御剣冥夜も、言葉を失って息を呑んでいる。

 

ドックの中央に立ち塞がっていたのは、207B部隊の駆る『F-4R 撃震』や『不知火』だった。だが、その機体表面には、かつて見たこともない複雑で美しい「銀色の紋章(ルーン)」が、装甲の継ぎ目に沿って刻み込まれていた。

 

「あれは、蒼崎橙子技師が開発された『魔導ルーン刻印装甲』だ」

神宮司まりも教官が、歩み寄って説明する。その顔には驚愕と、未だ信じがたいといった困惑が入り交じっていた。

 

「戦術機が発する余剰熱量を自動で回収し、機体の表面に物理・概念的な『防御力場』を展開するシステムだそうだ。……先日のテストでは、戦車級の酸の散布を完全に無効化し、突撃級の衝角撃ちにも耐え切った」

 

「戦車級の酸が無効……!? 冗談だろ!?」

武は叫んだ。BETA戦において、戦術機の最大の天敵の一つである戦車級の酸や噛みつき。それが「装甲の表面に刻んだ模様」だけで防げるというのだ。

 

さらに、ドックの奥では、橙子が指揮を執る自動人形群が、戦術機のパーツを精密機械以上の速度で組み上げていた。橙子が自らの影から生み出す無数の式神や、ルーンで動く自律型ドールたち。それらは重整備の現場において、人手不足を完全に補っていた。

 

「すごい……これが『人形師』の力……」

珠瀬壬姫が感嘆の声を漏らす。

 

「それだけではないわ」

夕呼の声とともに、ブリーフィングルームの大型モニターが点灯した。画面には、遠く離れた海外の基地の映像が映し出される。

 

そこに映っていたのは、アラスカ・ユーコン基地――『トータル・イクリプス』の舞台だ。

 

『――こちら、アラスカ・ユーコン基地、プロムナード司令部。プロムナード開発計画責任者のイブラヒム・ドーゥルだ』

 

モニターの向こうから、厳格な軍人の姿が映し出される。その隣には、米国陸軍のテストパイロットであるユウヤ・ブリッジス少尉、そしてソ連のインフィニティーズであるクリスカ・ビャーチェノワとイーニァ・シェスチナの姿があった。

 

「国連軍横浜基地、香月副司令」

ユウヤ・ブリッジスが、少し不貞腐れたように画面越しに喋りかける。

「噂の『魔法の戦術機』ってやつのデータ、拝見させてもらったぜ。アラスカのテストパイロット連中も、みんな腰を抜かしてる。ユーラシア大陸の反攻作戦に向けて、俺たちの『不知火・二型』のテストデータと、そっちの魔導コンバーターの技術共有を申請したい」

 

『イーニァも……あの青い光のロボット、乗ってみたい……』

イーニァがクリスカの袖を引っ張りながら、画面の向こうで呟く。クリスカは冷たい目でこちらを見つめつつも、その背後にいる青子やシエル、橙子の発する「異常な存在感」に警戒を強めていた。

 

さらに、画面が分割され、ヨーロッパ戦線からの通信が入る。

旧東ドイツの精鋭部隊『第666戦術機中隊(シュヴァルツェスマーケン)』のエンブレム。画面には、厳格な表情のアイリスディーナ・ベルンハルト大尉と、テオドール・エーベルバッハ少尉の姿。

 

『我が西ヨーロッパ防衛線(第13ハイヴ方面)も限界が近い。横浜基地が提示した『魔導ルーン兵装』の早期供与を要請する。我が中隊は、ユーラシア各地のハイヴ同時攻略作戦において、西部戦線の先陣を切る覚悟だ』

 

アイリスディーナの強い眼差し。

世界中の、ありとあらゆる戦線が、横浜基地を中心に一つへと束ねられようとしていた。

 

3. 佐渡島攻略(甲21号目標)と、多地域ハイヴ攻略戦の布石

「――良いわね、全員顔が揃ったわね」

 

夕呼はホログラム画面を見回し、長管のタバコをくゆらせた。

 

「カシュガルにある『オリジナル・ハイヴ』を潰すことが、この全人類の戦争の最終ゴールよ。だが、無策でカシュガルに飛び込めば、ユーラシア全土のハイヴから無制限に湧き出す数十億のBETAによって圧殺される」

 

夕呼は指を鳴らし、地球儀のホログラムを展開した。

赤く光る点が、大陸の各地に点在している。佐渡島、重慶、ラヴレントフ、そしてヨーロッパの第13ハイヴ。

 

「したがって、作戦は段階的に行う。第一段階――我が国の喉元に刺さる『佐渡島』の攻略。これを皮切りに、世界各国の部隊と連携し、重慶、ラヴレントフ、ヨーロッパのハイヴを順次、あるいは同時に無力化・封鎖する!」

 

「無力化……ですか?」

武が尋ねる。

 

「ええ。これまではハイヴそのものを破壊・放置するしかなかったけれど、今の私たちには『蒼崎橙子』のルーン技術と『シエル』の概念封印があるわ」

 

橙子が歩み出て、冷徹に言い放った。

「ハイヴの内部構造体――その増殖炉に、私の開発した『大魔導封印ルーン』を叩ち込む。ハイヴそのものを『壊す』のではなく、BETAを生み出せない『沈黙した肉の塊』へと変化させ、周囲のBETAネットワークを麻痺させるのだ。……これなら、カシュガルへの補給ラインを完全に遮断できる」

 

「なんという……恐ろしい発想だ」

ヨーロッパのテオドール少尉が息を呑む。BETAの巣そのものを「病気にかかったように沈黙させる」という、科学の枠組みを超えた魔術的アプローチ。

 

「青子、シエル」

夕呼が二人に視線を向ける。

 

「あなたたちの役目は、佐渡島攻略戦における『主砲』よ。……橙子が改修した新兵装『不知火・特務魔導改』の初陣となるわ。準備はいいかしら?」

 

青子はニッと不敵に笑い、自分の拳をパキパキと鳴らした。

「姉さんが変な小細工をした機体なんて乗りたくないけど……まあ、BETAを消し飛ばす出力が上がってるなら文句はないわ。サッサと佐渡島を片付けて、次のハイヴに行くわよ!」

 

「はい。概念武装の効率も、橙子様のルーンによって劇的に改善されています。……負ける要素はありません」

シエルも静かに、しかし絶対の自信を込めて頷いた。

 

「よし! 207B部隊、並びに伊隅ヴァルキリーズ、全機発進準備!」

伊隅みちる大尉の叫びが基地内に響く。

 

「目標、佐渡島・甲21号目標! ――人類の反攻作戦を、これより開始する!」

 

「「「了解ッ!!!!」」」

 

横浜基地の巨大なカタパルトが開放され、凄まじい噴射音とともに、青、白、そして赤の「魔術の光」を纏った戦術機たちが、荒れ狂う日本海へと飛び立っていった。

 

カシュガルへの、そして元の世界への道筋を切り拓くための、壮大な『世界同時ハイヴ攻略戦』の第一章が、今まさに幕を開けたのだった。

追加で宝石翁の気まぐれの追加被害者を出すとしたら誰がよろしいでしょうか?

  • 蒼崎橙子
  • 久遠寺有珠
  • 静希草十郎
  • 浅上藤乃
  • 両儀式
  • 遠野秋葉
  • 遠野志貴
  • その他
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