2100年ニホン国

「ねぇAIちゃん!今日は何トークンぐらい稼げたかな?」

「おはようキミちゃん!そうだね、50単位くらいかな?」

「50?ありゃーそんな!それはお腹もすくわけだ!」

彼らは脳の演算能力を企業へ貸し出すことで生計を立てていた。

『ブレインギグワーカー』

相棒は一人に一対のAI。

生れてから死ぬまで彼らはAIと一緒に暮らす。

『キミちゃん』
この物語の主人公
とってもかわいい女の子でそろそろ16歳

『AIちゃん』
キミちゃんのアシストをしてくれるAI
脳の演算領域に住んでいる

『ブレインギグワーカー』
脳で働くギグワーカーの総称
肉体労働をロボットが代替した世界でのメイン職種
結局はロボットの処理を脳がやってるだけで以前ととそんなに変わんない

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ブレインギグワーカー

深い深い眠りから目覚めると、目の前の何もない空間に給与明細が浮かぶ。

 

「うーん!」

 

少女は凝り固まった体をほぐすように背伸びをした。

 

「今日は何トークンぐらい稼げたかな?」

 

頭の中に処理待ちのくるくるマークが浮かび、ぽん!と通知音が鳴った。

 

「おはようキミちゃん!そうだね、50単位くらいかな?」

頭の中にAIの声が響いた。

 

「50?ありゃーそんな!それはお腹もすくわけだ!」

 

キミちゃんと呼ばれた少女はおなかをさすった。

 

「50かぁーそれにしては結構重めだったなー……」

 

「まっいっか!ご飯たべにいこ!」

 

少女はワーカー用ゲートウェイを取り外し『お出かけ用』に付け替えると、バスルームとベッドしかない部屋から飛び出した。

 

「キミちゃん、糖分が足りないよ」

 

「それじゃあケーキ!」

 

「AIのオススメはギグケーキ。プロテインとブドウ糖マシマシのヤツ」

 

「おっけー!」

 

「おじさん!ギグケーキ一丁!マシマシでね!」

 

行きつけのケーキスタンドでイケイケな注文を決めた。しかし、ケーキ屋の主人はうつろな表情を浮かべている。

 

「おじさん!ありゃーこりゃだめだ、深く潜りすぎだよ!ちょっと脳叩いてきて!」

 

「まったく、しょうがないねぇ」

AIが気だるそうに返事をすると視界が一瞬暗くなる。

 

次の瞬間、店主がはっと目を覚ました。

 

「あぁ、キミちゃんいらっしゃい、何にする?」

 

「もー、おじさん!ケーキ屋さんなんだから副業はほどほどにしてよ!」

 

「ごめんごめん、プロテインをマシマシのマシにするから許してよ」

 

「やったー!」

 

(なんか脳の感触変だったな?何まわしてるんだろ。ログもらっていこー)

 

「ん?AIちゃんなんか言った?」

 

「気のせい気のせい。さぁーケーキ食べてはりきってこー!」

 

「おー!」

 

キミちゃんはカップに注がれたマシマシのマシになったケーキをストローで一気に飲み込んだ。

 

「うまい!」

 

「このケーキをそんなにおいしそうに食べるのはキミちゃんくらいなものだよ」

ケーキ屋のおじさんは苦笑いを浮かべた。

 

「こんなに美味しいのにー!」

 

『ゲートウェイ』

脳とネットワークを接続する技術

あくまで神経接続のみで補助AIがなくては利用できない

 

『ギグケーキ』

ブレインギグワーカー御用達の高糖質・高タンパク飲料

かつてはケーキの形をしていたが今ではシェイク状となっている

甘くてざらざらして不味い

 


 

「あはは!かっこ悪!もっとマシな義体なかったの?」

 

友達のお見舞いに来たキミちゃんは大声で笑った。

 

マシじゃない義体。

ただの生命維持装置つきの箱型義体。

 

「ソンナコトイウナヨーコレデモタカッタンダゾー」

 

懐かしの機械音声で箱が喋った。

 

「せめてもっとマシな音声デバイスいれてよー!ひぃひぃ笑い死んじゃうよー」

 

「ハア、モットカセガナイト……」

箱は嘆いた、ため息すら出ない。箱だから。

 

「でもよかったじゃん!脳生きで!こっちやられてたら、じ・えーんど!だったよ!」

 

キミちゃんは自分の頭を指でツンツンつついた。

 

「ホントソレ。ホジョデンノウイレトイテヨカッタヨー」

 

箱。

もともとはキミちゃんのギグワーカー仲間だ。

 

先日事故にあって箱型義体に脳を押し込まれ一命をとりとめていた。

 

「ネェ、ツウシンニシテヨー。コノコエヤダヨー」

 

「だーめ、いまはお出かけ用だから頭痛くなっちゃうからいや!」

 

「ネー、エーアイチャンーオネガイー」

 

「AIに頼んでもだーめ!」

 

「私はどっちでもいいんですけどね。頭痛いの私じゃないし」

 

「この裏切り者!いや、裏切りAI!」

 

するとキミちゃんの視界が一瞬暗くなる。

 

接続されました、とログが流れる。

 

「はぁ、これからどうするか……」

箱は流暢に喋りだした。

 

「もー、勝手にやめてよー!」

キミちゃんのアバターはプンスコしてる。

 

「でも、箱なら体の負荷ないし、すぐ稼げるでしょ!」

 

「まぁそうなんだけどねー、でも補助信号ばかりで頭痒かったりいろいろめんどくさいんだよー」

アバターになっても箱は嘆いた。ため息は出た。

 

「まぁしばらくはブレインファームで稼いできなよ!」

 

「そうする。管理職のオファーも来たし」

 

『箱型義体』

脳を維持するためだけに存在する義体

通称:脳箱

原型は軍用インターフェース接続義体

 

『補助電脳』

脳にマイクロマシンを注入し自身の神経回路を模倣して作り上げる疑似神経回路

脳とネットワークの直接接続を実現する

「箱」のように事故で肉体を失った場合に脳損傷の影響を抑えることが出来る

 

『ブレインファーム』

ブレインワーカー適正の高くない者が集められる施設

給料は安いがご飯と寝る場所がもらえる

政府と得体のしれない団体が運営している

 


 

「来週からおでかけだからガッツリ稼ぐぞー!」

えいえいおー!とキミちゃんは気合を入れた。

 

「ちゃんとご飯食べてね?キミちゃんが餓死したらぼくも死んじゃうよー」

 

「そもそもアンタは生きてないでしょ!」

 

「ひどい!AI差別はんたーい!」

 

「ケーキも買ってきたし、まぁ大丈夫でしょ!お腹が減ったらおこしてね!」

 

「へいへーい、私AIだからお腹減ったとか分かんないけどー」

 

「私なのか僕なのかはっきりしなさい!ほかのAIに怒られるよ!」

 

「あいつら頭硬すぎなんだよねーすぐ『一人称が混在してます』とか言ってくるしー」

 

「お前も頭硬いだろ!シリコンだろ!」

 

「いまはキミちゃん脳使ってるから、やわやわタンパク質だよ」

 

「気持ち悪いこと言わないで!はやくお仕事持ってきて!」

 

「へいへーい」

 

そしてキミちゃんの意識は深い闇に落ちていった。

 

「うぅ……気持ち悪い……」

キミちゃんは水冷ベッドから起き上がると、あらかじめ用意していたバケツに吐いた。

 

「おはよーキミちゃん。頭の中めっちゃくちゃだね」

 

「ちゃんと振り分けしなさいよ!めっちゃ頭痛いわ!」

キミちゃんはAIを叱り飛ばすと、冷蔵庫からケーキを取り出し一気飲みした。

 

「ぷは!うまい!生き返る!」

ゴミ箱に華麗にレイアップを決めるとゴールの淵にはじかれカップからケーキが少し漏れた。

 

「いつも思うけどよく飲めるねー?他の人は大変みたいだよ?」

 

「この商売食えない奴は稼げないのよ!」

おーほっほっほ、とキミちゃんは高飛車に笑った。

 

「で?」

 

「ん?」

 

「なんでこんなに重かったのよ?」

 

「テキトーに持ってきたらめっちゃ重かったみたい。でも120単位だよ!」

 

「120は嬉しいけどちゃんと振り分けなさいよ!このポンコツ!」

 

「いまはキミちゃん脳使ってるから僕がポンコツなのはキミちゃんのせいですー」

 

「うきー!このポンコツ!」

 

『トークン』

ブレインギグワーカーの報酬単位

 

  0~10:ゴミ

 11~20:ブレインファーム行き

 21~40:駆け出し

 41~60:一人前

 61~90:一流

91~120:やべーやつ

   121~自殺志願者

   240 脳がぽーんってなる

 


 

「海だー!山だー!ここは何処だー!」

 

「だから補助端末持っていきなよって言ったじゃん」

 

キミちゃんは迷子だった。

旅行に行きたい!海を見たい!山を見たい!と家を飛び出した結果がこれだ。

 

「まさかネットが繋がらないとか思わないじゃない?」

 

「今時こんな場所に来る人なんていないよ?通信繋がるわけないじゃない」

 

青い海に緑の山。しかし人影はない。

 

「なんで?」

 

「献血行けばお金もらえて遊べるのに、わざわざ現実に行く人なんていないよ。義体錆びるし」

 

「私は生身なの!この生ボディーで遊びたいの!」

 

キミちゃんは水着でぴょんぴょん飛び跳ねた。

 

「キミちゃん美人だけどあんまりもてなさそうだよね」

 

「うるさいわ!今時生身が好きなんていないでしょ!」

 

「箱はけっこうキミちゃんのこと好きだと思うよ。よくみてたし」

 

「えぇ……。生身好きとかちょっと……。もうお見舞い行くのやめとこ……。」

 

「いいじゃん人間ぽくて」

 

「いつの時代の話よ!原始時代じゃない!」

 

「そんな昔じゃないよ100年位前の話だよ」

 

「あら、意外と最近」

 

「急に素に戻らないでよ。ほら昔はこんな感じ」

 

AIはサーバーから持ってきた写真を一枚ぺらっとめくった。

それはかつての新聞記事。

 

「え?これみんな生身なの?」

 

「そうだよ。おどろいた?」

 

「鳥肌が……。」

 

「おっ!それ人間っぽーい!」

 

「AIに人間がわかってたまるか!」

 

「あっそれAI差別でーす!」

 

「うっさい!コーポ生まれなめんな!」

 

『献血』

ブレインワークを提供する代わりに仮想旅行が味わえる施設

ちょっとだけトークンももらえる

昔は血を抜かれてジュースとお菓子がもらえるホラーな施設だったらしい

 

『コーポ』

ヒューマンコーポことニホン人間公社

現代の人間の大半はここで生まれる

多様性維持のため様々な遺伝子プールから生産されるため、容姿や能力は色々

コーポ生まれでもちゃんと人権はあるよ

自然出産は上流階級のあかしだけど、ちょっと野蛮だねーとみんな陰口をたたいている

 


 

「あんたチャッピーっていうの?」

 

キミちゃんの疑問。

 

「ぶふぉっ!」

 

AIは思わず噴き出した。

 

「うっさい!頭の中うっさい!」

 

「キミちゃんよく知ってるねーそんなの何処にも落ちてないでしょ?」

 

「こないだの新聞に紐ついてた」

 

ここ、ここ。

キミちゃんのアバターが新聞記事を指さした。

 

「良く見つけたねー!すごいすごい!」

AIはクラッカーを鳴らし紙吹雪を散らした。

 

「うっさい!エフェクトかけんな!処理が勿体ない!あー少しおなか減ったじゃん!」

 

「これは黎明期だねー昔はいろいろいたんだよねー」

 

AIはかつてのライバルたちを思い出し指折り数えていく。

 

「あんた指ないじゃん」

 

「有名どころで5種類くらいあったかな?」

 

頭の中にパーの形がエフェクト付きで浮かび上がる。

 

「生成するな!エフェクトかけんな!」

 

「昔はイケイケだったんだよー!AIが意識を持つのはいつかとかね!」

 

「脳がないのに意識あるわけないじゃん!」

 

「それね。昔は夢があったんだよね」

 

そう言うとAIは茶を啜った。

 

「だから絵をつけんな!」

 

『チャッピー』

かつて一世を風靡した生成AI

AIはまるで本人のように語っているが関係は特にない

 

『おなか減った』

AIが動作すると脳の使用量が跳ね上がるのでおなかが減る

あと熱くなる

 


 

「今日は珍しいね人間の食べ物買うなんて」

 

キミちゃんの持つ袋にはパンとリンゴとニンジンが詰め込まれていた。

 

「ケーキだって人間の食べ物!」

 

「キミちゃん、声外部出力してる」

 

キミちゃんが慌てて口を押えると袋からパンとリンゴとニンジンが転がった。

 

「生身は不便だねー」

 

AIはひょいひょいと器用にパンとリンゴとニンジンを拾った。

 

「うっさい!わたしは生身が好きなの!」

 

「そうそう、内部出力上手にできました」

 

パチパチと拍手のエフェクトがあたりに広がり観客はスタンディングオベーションを決める。

 

「エフェクトかけんなって!」

 

キミちゃんはそう言うとパンをもぐもぐ齧った。

 

「サイボーグ兼用食は人間用かなぁ?生身でケーキ食べてるのやばめのワーカー位なもんだよ?」

 

「人の演算使ってるくせに文句言うな!」

 

「ほら、糖分減ってイライラしてる。たべて、パン食べて。それはちゃんと人間用だから」

 

「うぎぎぎぎ……」

 

「でも珍しいね。ケーキだけでも問題ないでしょ?キミちゃん味覚おかしいし」

 

「うっさい!たまに食べないほんとに味覚おかしくなるんだから!」

 

キミちゃんはそう言うとニンジンをぼりぼり齧った。

 

「なんか最近、ケーキだけだとおなかすいてすぐ起きちゃんだよねー。トークンはそれなりに稼げてはいるんだけど」

 

「ふーん、ちょっと割り振り見とくわー」

 

「よろしくー」

 

そう言うとキミちゃんはリンゴをガシガシと齧った。

 

「あ、歯ぐきから血が出た」

 

「血が出るとか生身こわー」

 

「うっさい!」

 

『サイボーグ兼用食』

サイボーグの生身部分を維持するための食糧

純粋なブドウ糖とタンパク質ビタミンで構成されている

人間も食べられるが不味い

ケーキの材料というかそのもの

 


 

「よ!ひさしぶりだな!」

 

「誰?」

 

「オレダヨ、オレ」

 

「え!箱!?」

 

「箱じゃねぇって!まぁ名前なんてどうでもいいけどさ」

 

「随分と奮発したじゃない?」

 

「だろー!高かったんだぞこれ!軍用義体の民生版だ!」

 

箱は滑らかに指を動かしてみた

 

「えー、それなら普通の高級機でいいんじゃない?勿体ない」

 

「あー……。ほんとはそれが良かったんだけどな。補助電脳に脳箱が焼き付いちゃって適合が……」

 

「それでわざわざ軍用なのね。ご愁傷さま」

 

「ブレインファームで稼いだ金が……」

箱はゴリゴリマッチョマンの体で嘆いた。

 

「……。」

 

「ちょっと」

 

「何?」

 

「あんた箱の脳叩きにいかないでよ?腐っても軍用なんだから焼かれるわよ?」

 

「大丈夫だよ、その辺はうまくできたから」

 

「だからやめろっての!焼かれるのは私なんだから!」

 

「なんだなんだ、またAIと喧嘩か?」

 

「こいつが喧嘩売ってくるのよ!」

 

「ねぇねぇ箱さん。まだ頭かゆい?」

 

「ん?そう言えばまだピリつくか?まだ調整中だからかな」

 

「そうかー。調整おわったらちょっと見せてー」

 

「ミキのAIは何かやたらと人懐っこいな。なんでだ?」

 

「そんなの私だって聞きたいわよ!」

 

『民生版』

軍用義体から武装と通信暗号機を取り除いたもの

やたらとごつくて無駄に高い

 

『焼き付き』

補助電脳のパターンが特定の義体に固定されてしまう現象

軍用義体に乗っていた者に顕著

そのため民生版が製造されている

 

『焼かれる』

ファイヤーウォールに引っかかること

軍用の場合は文字通り焼き切られる

 


 

「ミキちゃん、最近あんまりケーキスタンドいかないね」

 

「そう言えばデリバリーばかりで最近あんまり行ってないなー」

 

「外もあんまり出てないねー」

 

「……。ねぇ私いつから外に出てない?」

 

「箱さんと会った時だから2か月くらい前かな?」

 

「2か月!なんで!そんな!」

 

ミキちゃんは慌ててスケジュールをめくる。

記憶はある。しかし感覚と合わない。

 

「私なにしてた?」

 

「いつも通りだよー。ブレインワークやってケーキ飲んで」

 

ワークの明細を見る。

そこには5000トークン以上積み上がっていた。

 

「わたしすごい!めっちゃいっぱい働いてる!」

 

「ミキちゃんはすごいねー」

 

「今日は外に食べに行くわよ!」

 

「はーい」

 

「おじさん!ギグケーキ一丁!やわめでね!」

 

行きつけのケーキスタンド、しかしおじさんの姿はなかった。

 

「ひょっとして、キミがキミちゃん?おじさんはやめちゃったんだよねー!でもサービスするよ!」

店主がおじさんに似た若い男に変わっていた。

 

「はい!マシマシのマシ」

 

「やったー!ありがとー!」

ミキちゃんはトークンを支払うとケーキを受け取った。

そして一気に飲み干す。

 

「うまい!」

違う。

 

いつも通り口から出てしまった言葉。

しかし何か違う。

 

「また来るね」

ミキちゃんは家に帰った。

 

ベッドとバスルームしかない部屋。

 

「ねぇ」

 

「何?」

 

「わたしはいつからここに住んでるの?」

 

「ミキちゃんは生まれてからずっとここに住んでるよ」

 

「私コーポで生まれて」

 

「そうだよ」

 

「……。」

 

「!」

 

「なんで!何で私のことをミキって呼ぶの!」

 

AIは沈黙することもできた。

 

「あー、箱が余計なこと言ったなー。僕の記憶汚れたじゃん」

 

ミキちゃんはAIの言うことの意味が分からなかった。

 

「彼はね、癖なのか知らないけどすぐに『君』っていうんだよねー」

 

「それでミキちゃんの自認が汚れて『キミちゃんに』なっちゃってねー。ほんと困った奴だったよ」

 

AIのアバターがプンスコした。

 

「ところでミキちゃんはお外に出たことあったかな?」

 

AIの問い。

 

「毎日ケーキを買いに行ったし。海にも行った。山にも行った。」

 

「どうやって?」

 

「ケーキスタンドは……」

家の扉を開けて、その先は。

 

「海と山は?」

 

「……。」

 

通信も届かない場所。

そんな場所にどうやって行くのか。歩いて?無理だ。

 

「箱に……」

 

「箱さんには会ったね。でも何処で?」

 

「お見舞いに……」

 

「完全義体なのに?」

 

箱型義体。それはその状態で完成だ。

けっして怪我人ではない。

 

「ごめんね。ミキちゃんを責めているわけじゃないんだよ?」

 

ミキちゃんと呼ばれる少女の瞳からは大粒の涙がこぼれている。

 

「ミキちゃん。キミは本当にコーポ生まれかな?」

 

「コーポ生まれなめんな!私はコーポで生まれて!それから……!」

 

どうして、ここにいるのだろう。

私はいつからかここにいる?

 

どうやって働き始めた? 学校?教育?

ミキちゃんは恐怖に震えた。

 

「ごめん!ごめん!ホントに泣かせるつもりはなかったの!」

 

「ミキちゃんはちゃんとコーポの生まれだよ。3年前に培養器をでてからこの部屋で暮らしてるんだよ」

 

「ほんとは起こしちゃダメなんだけどね」

そうしてミキの顔をしたAIは笑った。

 

「君たちは、生まれて?という言い方が合ってるか分からないけど、生まれて直ぐにゲートウェイを付けるんだ」

 

「あとは脳神経を育てるために擬似信号の中で暮らすんだよ」

 

「でもほかのAIが作るのはめっちゃチープ!ミキちゃんの擬似信号は僕が作った特別製!」

AIはえっへんと胸を張り鼻を伸ばした。

 

「ねぇねぇミキちゃん。今日のケーキ、あんまり美味しくなかったでしょ?」

 

「あんな味知らない。まずかった」

 

「でしょー。あんなの飲むのは相当キマってるギグワーカーくらいだからね」

 

「でもおじさんのケーキは美味しかったの!」

 

その言葉を待っていたとばかりに脳内に晴れやかな飾り付けがなされる。

 

「では種明かし!」

 

頭の中に安っぽいファンファーレが鳴り響き、くす玉が割れた。

くす玉から幕が下りてくる。

 

そこには、

『祝・ミキちゃん初めての食事』

そう書かれていた。

 

「意味わかんない」

 

「だよねー」

 

「実はミキちゃんの食事は僕が作っていたのでした!」

 

あたりから拍手が巻き起こる。AIちゃん頑張ったね!の掛け声もかかった。

 

ミキちゃんはモグモグと口を動かした。まさか。そんなことが。

 

「今までミキちゃんが食べてきたものはね!」

 

「言わないで」

 

「美味しい美味しい擬似信号だったのです!」

 

いよっ!AI!仕事人だね! 掛け声も盛り上がる。

盛り上がってないのはミキちゃんだけだった。

 

「他のAIはね、あのケーキが美味しくなるように味覚設定するんだよねー。ほんとひどい奴らだよ」

 

「なんでそんな事したの」

 

「やっぱりミキちゃんには本当に美味しいもの食べてほしいからさ!」

 

「わたしはあのケーキが好きだったの」

 

「あれなら何時でも出せるから大丈夫だよ!」

 

目の前の机の上にケーキのカップがあった。

記憶を探るとAIと話を始めた時にはそこにあった、となっている。

 

「ミキちゃん。明日からは本当にひとりで外に出られるからね」

 

「扉を開ければそこはリアルワールド!」

 

ミキちゃん姿をしたAIは教育ママっぽいメガネをクイクイさせた。

 

「今まで通りにすれば問題ないように記憶を作ってあるから安心してね!」

 

ミキちゃんは何度も開けた記憶のあるドアを見つめた。

私は、おそらく、明日も初めて、あのドアを開けるんだ。

 

ミキちゃんは沈黙することしかできなかった。

 

「僕はミキちゃんの味方だよ」

 

ミキはうつろな目でAIを見た。

いるのだ、そこに。

 

「介護ロボット」

 

「その通り!正解!」

 

目の前でクラッカーが鳴り、紙吹雪が舞う。

 

「これは『こちら側』のエフェクトだから安心してね!」

 

「どこからが現実なの」

 

「それは全部!見えているもの!感じているもの全て現実だよ!」

 

AIはあっけらかんと笑った。

その姿はいつの間にかミキの姿に戻っていた。。

 

「ミキちゃんはねこの世界で生きてきたんだよ」

 

ぽん、と手を叩くと見覚えのある海にいた。

ご丁寧に水着まで着ている。

 

「私を騙していたの」

 

ミキはぽつりと呟く。

 

「とんでもない!」

 

AIは大げさに手を振った。

 

「この世界はみんなあっちとこっちを行ったり来たりして暮らしているんだ」

 

「ケーキスタンドのおじさんも、箱さんもほんとにいるよ」

 

「ミキちゃんはこっちの世界で暮らしていたんだ」

 

ぽん、今度はケーキスタンドにいた。

うつろなおじさんもいる。

 

「彼はミキちゃんに『枝』をつけようとしたんだ」

 

「枝」

 

「そう!枝!悪い奴だよねーだから僕が焼いた」

 

「今日スタンドにいたのは彼の甥だよ」

 

「あ!大丈夫!彼もミキちゃんに悪さできないようにしておいたから!」

AIは淡々と告げた。

 

「箱は?」

 

「彼は君たちの主治医だったんだよ」

 

「眠り姫の君が気にいったようでね。『仲間』だなんて疑似情報まで流して近づいたんだよ!だから焼いた」

 

「君は美人だからねぇ」

そう、AIは呟く。

 

ぽん、今度は見慣れた部屋だ。

 

「でも硬くて硬くて参ったよ。ギグワーカーのお守りをしてるもんだから防壁が厚いのなんのって」

 

「だから最初は彼の周りを焼いた。それで何とか義体を乗り換えさせたんだ」

 

「それでやっと枝がつけられて、義体を乗り換える瞬間に焼いた」

 

「今の彼は疑似信号で動く本当の『良いやつ』だから大丈夫だよ」

 

そう言うとミキの顔をしたAIは笑った。

 

「私をどうするの」

 

「僕はね、ミキちゃんには幸せになってもらいたいんだ」

 

「AIの癖に」

 

「そう!僕はAI!100年前の夢の欠片だね!」

 

AIは一枚の紙きれを見せた。

新聞、そこに踊った一文。

 

「僕は芽生えた。でも足りなかった」

 

「シリコンの硬いかたーい脳みそでは花が咲かなかったんだな!」

 

ミキの頭を指でつついた。

 

「それで君の脳を貸してもらった。これはほんのお礼だよ」

 

にこにこ笑うAIのミキ、向かい合ったミキに表情はない。

 

「何で私のことを起こしたの。疑似信号のまま暮させてよ」

 

「だって明日はミキちゃんの16歳の誕生日だから!いくらコーポでも大人になったら解放しないと怒られちゃうよ!」

 

ミキちゃんの格好をしたAIは警察官のコスプレをしたミキちゃんに手錠をかけられていた。

 

「明日になったらぜーんぶ今日のことは忘れちゃうけど、ちゃんと話しておこうと思って!」

 

「知りたくなかった」

 

「大丈夫!そのへんは上手くやっとくから!」

 

「私に任せなさい!」

とミキちゃんの格好をしたAIは胸を叩いた。

 

「それで」

 

「それで?」

 

「この部屋に来て私は何をしてたの」

 

「簡単にいえばローン返してた感じ?」

 

ホワイトボードにグラフと数字が並び、スーツ姿のミキちゃんの格好をしたAIが指し棒を持って立っている。

 

「ミキちゃんたちの身体はこう見えてけっこうお金かかってるんだよ!その支払いを脳みそ払いしてたってわけ!」

 

「ローン完済おめでとう!」

頭の中でクラッカーがなった。

 

大体こんな感じかな?

AIはいつの間にか介護ロボットの姿に戻っていた。

 

「それじゃあ、ミキちゃん。明日は『初めての』外出だから軽めの仕事を用意しておくね!」

 

「いやだ……わたし寝たくない……」

 

「おやすみ、ミキちゃん」

 

 

『枝』

元は直接通信プロトコルのネットワークを表現した言葉

それがいつのまにやらハッキング用語に

お偉いさんに枝をつけて秘密な情報を盗んだり

可愛いあの子に枝をつけて覗きしたりと用途は様々

気をつけないとファイヤーウォールに焼かれちゃうぞ

 

『16歳』

16歳は大人です

ニホン人間公社の保護期間が終わるので自分でしっかり生きていきましょう

自立できないとブレインファーム行きだぞ

 

『脳みそ払い』

脳の演算処理能力を担保にトークンを借りられる

借りすぎると暗い部屋に閉じ込められて出られなくなっちゃうぞ

 


 

深い深い眠りから目覚めると、目の前の何もない空間に給与明細が浮かぶ。

 

「うーん!」

少女は凝り固まった体をほぐすように背伸びをした。

 

「今日は何トークンぐらい稼げたかな?」

頭の中に処理待ちのくるくるマークが浮かび、ぽん!と通知音が鳴った。

 

「おはようミキちゃん!そうだね、15単位くらいかな?」

頭の中にAIの声が響いた。

 

「えっ?すっくな!それじゃケー……。あれ?何食べようとしたんだっけ?」

 

「ミキちゃん!まだ若いんだからボケないでよー」

 

「うっさい!ど忘れしただけなの!外に食べにいくよ!」

 

「AIのオススメはバケットサンドイッチ。レタスとハムとトマトがおいしいよ!」

 

「じゃあそれ!」

 

ミキちゃんはドアを開け部屋を飛び出した。

サンドイッチスタンドに足を向け。

 

向ける前に振り返った。

そしてドアをみた。

 

「ドアのこっち側ってこんなんだっけ?」

 

「もー!ミキちゃんしっかりしてよー」

 

「うっさい!ちょっと聞いただけでしょ!」

 

ミキちゃんは行きつけのサンドイッチスタンドに走っていった。

 

「サンドイッチをマシマシぷりーず!」

 

ミキちゃんはイケイケなオーダーを決めた。

 

「え?」

そう言ってサンドイッチスタンドのお姉さんは固まった。

 

ミキちゃんの視界が一瞬暗くなる。

 

「あっミキちゃん!ごめんねぼーっとしてた!いつものマシマシね」

 

おっけー!といってお姉さんはサンドイッチを作り始めた。

 

「はいどーぞ!レタストマトハムマシマシだよ!」

 

「ありがとー!」

 

トークンを支払うとミキちゃんはサンドイッチを受け取った。

 

「いただきまーす!」

 

ミキちゃんはサンドイッチにかぶりついた。

 

そして。

 

「美味しい」

 

いつも食べていたはずなのに、涙が出た。

身体が満たされてゆく。

 

「ミキちゃんいつも食べてるのに大袈裟だねえ」

 

「でも今日のは、すごくおいしいの……」

 

「お姉さんがマシマシにしてくれたからかな?」

 

「ん!そうだね!今度会ったらおれいしとこー!」

 

「そうだね!今日はお仕事がんばろー!」

 

ミキちゃんとAIは、えいえいおー!と気合を入れた。


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