独演会があったのでしばらく休んでいた配信をする。
毎度のことながらゲームをしながら雑談をしていた。流行りのゲームなだけあって視聴者の反応も良い、今日も朝まで配信しようと心に決める。そんな心持ちで楽しくゲームをしているとスマホが振動した。少し時間が出来たタイミングでパパっと確認する。
『明日暇なら可楽杯見に来てよ面白いもの見れるからさ』
送り主を見ると阿良川魁星、同じ一門の後輩にあたるが同期のような関係性のやつだ。可楽杯、確か明日明後日で開催される落語の大会だったはず。コイツが俺を落語関係のものに誘ってくるなんて珍しいし行こうか少し悩む。
ただチラリと可楽杯のページを見ると見知った顔がどデカく写っている。阿良川一生、この人が審査員かぁ見に行くか凄く悩む。阿良川一門の一番偉い人で凄いオーラがある。別に嫌いって訳では無いけれど居るだけで気が張るからオフの日には会いたくない。
・おい!もう試合始まるぞ!! ・スマホ見てる暇なんて無いぞ!! ・トロールですか!? ・何悩んでるの〜? ・AFKヤメてね |
|---|
「友達から遊びの誘い来たけど外出たくないなぁって」
・wwwww ・いや外にでろよw ・贅沢な悩みだなぁ ・早く動け ・友達可哀想w |
|---|
「いやでもなぁ〜めんどいっすねー」
試合が再開したのでキャラを操作しながら雑談を続ける。呼ばれた可楽杯は学生の素人大会なのにそんな期待出来るのかなぁ、でも魁星が言うぐらいだし…凄い揺れている。
「でも友達の家にありえないぐらい怖いお父さんがいたらそれは行きたくないっすよね?」
・それは行きたくないかも ・お前怖いってw何歳だよww ・小学生そそぎ(22) ・行きたくないなぁ←情けない ・どんだけ怖いんだよw |
|---|
結局1時間ぐらい悩み続けたが行くことにしたので配信は早めにやめることにした。コメントに行けと言われたら逆に行きたくなくなった。
翌朝体は重いが魁星と約束した場所まで行く。
可楽杯の会場が自宅からそこそこ離れているので朝が早い、普段生活リズムが変なのにこんな健康的な時間に歩かされるなんて残酷なことをする。
「よっす魁星」
「あぁちゃんと来たねそそぎ」
会場から少し離れた場所で魁星と合流する。2人とも落語界では顔が売れてる方だし迷惑がかかるだろうから目立たないようにという配慮だ。それにしても魁星の反応、まるで来ない可能性を考えていたかのような口ぶりだ。
「来ないとでも思ったか?」
「いや一生師匠のことを怖いお父さんなんて言ってたからてっきり来ないものだと思っていたよ」
「おまっ配信見るなって何回言えば分かるんだよ!」
「ははは」
笑い事で済む話じゃない、普通に知り合いに配信を見られるなんて恥ずかしいことこの上ないんだ。駄弁っていても仕方がないし時間も勿体ないので会場に向けて歩く。
「それにしても魁星、面白いものって何だよ」
「それは今からの可楽杯を見れば分かるよ」
何やら意味深っぽく笑う魁星を怪しみながらため息をつく。久しぶりに楽しそうな魁星を見た気もする。何がそんなに彼をわくわくさせているんだろうか少し気になる。
そんなこんなで話しながら歩いているとあっという間に会場に辿り着いた。魁星は進行役としてリハがあるらしいので俺は一人で会場入り口に設置されていたソファで休む。少し疲れた体を休ませながら窓から見える参加者たちを眺める。今年は一生師匠が審査員をするだけあってメディアからも注目度が高い、まだ予選なのにも関わらずかなりの数の取材陣がいた。様々な報道局の人間が集まっている中で見知った顔がいたのでこっそり近づく。
「久しぶり…ではないけどカシオさんよっす」
独演会の後に喫茶店でご飯を奢ってもらってからまだ一週間経っていないが少し久しぶりに感じる。今日は隣には女性がいる、きっと同僚だろう。
「この間ぶりだねそそぎ君!君も可楽杯を見に来たのか!」
「そっすね、魁星に誘われたんで見に来ました。カシオさんの方は取材っすか?まぁ一生師匠が審査員するなら注目度あるし納得っすね」
「せんぱーい誰ですかこの子?」
そんな他愛のない話をしているとカシオさんの後ろから割って入るように女性が会話に入ってきた、カシオさんの同僚だろうけど一定の知名度のある自分を知らない辺り落語を知らないのか、はたまた俺の知名度がまだまだ低いのかどっちなのかは分からない。
「古味紗恵です。よろしくお願いしますね」
「そそぎですよろしくっす、今度自分の独演会も見に来て下さい」
軽く挨拶を交わした所でカシオさんに本来の目的である有望な出場者について話を聞く。どうやら今回の可楽杯は一生師匠目当てで色々な業界の人が出場しているらしい、ただカシオさんの本命は別にいるらしいが姿は見えない。
「あれが前回優勝者の練磨家からし!!自由な発想と軽妙な語り口で既に2回優勝している学生落語の天才」
二人で一緒にカシオさんの解説を聞きながら参加者についての情報を得る。例年を知らないからしっかりと判断は出来ないが言われた通り参加者の幅が広い気がする。
こんな感じで続けてカシオさんから出場者の解説を受けていたらタクシーが1台止まった。こんな登場は学生には出来ないきっと芸能人だろうな、一体どんな人が出てくるのだろうと楽しみに眺めていると天使が降りてきた。
隣で二人が何か言っているけど全く聞こえない。彼女の顔、所作、声から放たれる情報の全てを全神経集中させ拾いあげ咀嚼し魅了される。結果として落語家であり多彩な語彙を持つ彼から放たれた言葉はたった一言だった。
「かわいい」
視界の端にいる練磨家からしもキョッドっている、その気持ち凄い分かるよ。なんていう名前なのだろうか?そう思いガバっとカシオさんの肩をつかんで揺らす。
「カシオさん!今の子なんて名前何ですか!?教えてくださいよ!?カシオさん!!」
「え、さっき説明した…ちょ、激しく揺らしすぎ…」
少し体調を悪そうにしたカシオさんが言うには高良木ひかるっていう名前の声優さんらしい、詳しくは古味さんが教えてくれた。もっと色々聞きたかったが可楽杯も始まりそうだったので古味さんと連絡先だけ交換しておいた。
結局その後の可楽杯予選の事はあんまり覚えていない。魁星に感想を聞かれたのでひかるちゃん可愛いって話をしたら静かに怒りを内包した笑みで返された、ゴメンって。明日は一生師匠が来るらしいが関係無い可楽杯を見に来ようそう思った。