トリューニヒトは激怒した。必ずやかの独断専行をかました軍人連中を除かねばならぬと決意した。
しかし、残念ながら即座には無理だ。今は時期が悪い。悪すぎる。
窓の外。
トリューニヒトの事務所の外でも、同盟市民が奇声を上げて練り歩いている。町中、いたるところで同じような光景を見ることができるだろう。ハロウィンのバカ騒ぎもかなわない規模の大騒ぎ。
そら恐ろしいほどの盛り上がり。皆が口々に称える名は。
これまで同盟軍の6度の大規模攻略軍を跳ね返し、膨大な量の血と鉄を貪欲に飲み込んだ当代のアイアンボトムサウンド。同盟と帝国を行き来できるたった二つの回廊のうち一つを封鎖する難攻不落の帝国軍要塞。
今回で不落の文字が削られた、それでも最強のイゼルローン要塞を味方の被害無しで陥落せしめた当代の大英雄。
ヤン・ウェンリーの名だ。
「何が奇跡のヤンだ。何が魔術師ヤンだ」
ぎりりと歯を食いしばる。
もはや、ヤン・ウェンリーはトリューニヒトの明確な敵だ。
退役して議員選挙に出ようものなら開票と同時に当選確実。
最近、政治活動を始めた例の勘違い女あたりと結びついて会派を作れば、政界の勢力図はあっという間に塗り替わるだろう。
主義主張ではない。ヤンの存在だけで一気に巨大会派を作り上げ、事によったら即座に議長にも手が届きかねないほどの空前の大人気。ほら敵だ。
「しかし、その功績は抜群です。地球万歳」
「あいつ民主主義の信奉者じゃなかったのか?、評議会じゃひとっ言も、第7次イゼルローン攻略戦なんて話題、出ていなかったぞ」
国防委員長の役職にあるトリューニヒトも、そんな作戦が実行されていたなどとはイゼルローン奪取の報が届くまで全く知らなかった。自分だけつんぼ桟敷だったのか、こんな重大な軍事作戦知らない国防委員長とか恥ずかしくないの?、ぷぎゃー、と自分を排除する陰謀かと焦って情報をかき集めさせてみれば、評議会の連中は誰一人として知らなかったらしい。
シビリアンコントロールとは何か。軍人どもはきっと理解していない。
実はトリューニヒトもその意味をふんわりとした雰囲気でしか知らないが。
兎にも角にも。
同盟のこれから先の政戦その他もろもろを大きく転換させるようなイゼルローン攻略が。
シドニー・シトレと彼の子飼いのごくわずかな人数のみが知る極秘作戦、そんな体で実行されたのだ。
「勝手な真似を。関東軍気取りか」
どのように要塞を奪取したか?
その報告書を見れば、酷いだまし討ち。
確かに秘密でなければならないのはわかる。
例えばトリューニヒトが知れば、目の前の秘書を通じてフェザーンに、さらにそこから帝国へと話が流れていっただろう。
ほかの議員でもそんなものだ。フェザーンからの献金、おいしいのだから仕方ない。
そうして帝国にいろいろ知られてしまっていたら、おそらく作戦は失敗していただろうし。
実はフェザーンはしっかり知っていたのだが。
秘書は、本当の雇い主のために沈黙を守った。
いや、そもそも無謀すぎるとゴーサインが出なかった可能性の方が大きいか。うん、普通なら出さない。
これまで複数艦隊で攻略に出かけ、その度に膨大な被害を出して逃げかえってきた要塞攻略に、半個艦隊、それもつい先日に負けて半減したから半個艦隊です、なんて戦力でイゼルローン要塞を攻略に行きたいです、なんて言われたら承認するわけがない。絶対にノーだ。きっと発案者の正気を疑い、「シトレ、あなた疲れているのよ」と休養を勧めるか病院を紹介していただろう。
ともかく。
その独断専行を咎めたい。
咎めたいが、あまりに功績が巨大すぎて、この上なく盛り上がっている民衆によって、逆にこちらが潰されてしまいかねない。
この先、独断専行しても手柄を立てればオッケーと「ヤン・ウェンリーだって戦場で勝って出世したんだ!」てな奴が多発しかねないから、咎める方が正しいのだろうが。
トリューニヒトにとっては同盟軍の未来よりも、今の自分の人気の方が大事だ。民衆の盛り上がりに水を差して、そっぽを向かれたくない。
それはそれとして非常にむかつくが。
「気持ちを入れ替えましょう。地球万歳」
デスクに肘をついて頭を抱えるトリューニヒトの前で、秘書官が朗らかな声を上げる。
「要塞込みで回廊の奪取がなった今、大規模な軍縮が可能となります。試算ではこれくらいの軍人を民間に戻すことが可能となり……」
トリューニヒトは愕然とした目で数字を示してくる秘書を見つめた。
「何か?、地球万歳」
その視線に気が付いた秘書がいぶかしげに首をかしげる。
「軍縮なんてできる訳がないだろう」
「もはや、同盟は限界です。財政は破綻寸前。軍以外のどこも子供と老人ばかりで、人が足りていません。この機会を逃せば本当に終わります。当面は要塞による防衛に徹し、国力の回復を行うべきです。地球万歳」
物わかりの悪い子供に伝えるような口調で、秘書が言う。
実際、その程度のレベルでしか政治軍事経済を知らないトリューニヒトであるが。
「駄目だ」
きっぱりと否定する。
「なぜですか? ヤン・ウェンリー氏のように和平して数十年の平和が来るなんてお花畑なことは言いません。要塞込みでの防衛専念なれば軍縮は可能でしょう。今の半分までナンバーフリートを減らしても、十分成り立つ試算です。地球万歳」
秘書は地球教徒と言う疵はあれど、まっとうに優秀だ。
優秀で。優秀だから。どうすることが今の同盟にとってベストか、それがわかる。
しかし、残念なことに。
すべての人間が何がベストかを理解し、正しい行動をとるわけではないのだ。
この辺りは、まだ若い、と言うべきだろうか。
「数十年の平和?、防衛専念?」
トリューニヒトは視線だけを左に向け。
そして下げ。
言った。
「ば~~~~っかじゃねえの!?」
さすがにカチンときた顔をした秘書に説明してやる。
トリューニヒトの支持者の多くは軍人である。
何しろタカ派、対帝国の強硬論者なのだからそうなるのは当たり前の話。その立場でもって軍に便宜を図り、予算を分捕り。軍はそれに答えてトリューニヒトを支持する。美しい共生関係だ。
そのトリューニヒトが、軍人のリストラ。
絶対だめだ。ひどい裏切り行為になる。
そうでなくとも、リストラされた人間は当然トリューニヒトを恨む。されなかった人間もパイの減少、使える金は当然減るし、上の席の数が減って昇進が遅くなるからトリューニヒトを恨むに決まっている。
同盟の破綻?
そんなモノより人気維持の方が大事に決まっているではないか。
たとえ同盟が健全化しても、選挙で落ちればまるで意味がないのだから。
そしてそれ以上に。
「平和なんて来るわけがないだろう」
和平は論外。
これは二人に共通している。
何しろ帝国は同盟を国家と認めていないのだ。彼らにとっては人類唯一の国家が帝国で、同盟は国ではなく叛徒扱いだ。
まともな国交はないし、やり取りはフェザーンを間に挟んだ伝言ゲームがせいぜい。和平交渉?、話し合いのテーブルに着くことすらありえない。下手にそんなことを提案、伝えようものなら「舐められた、殺す」となりかねない。いや、きっとなる。
「しかしこのままでは同盟は終わります、地球万歳」
「同盟とは何だ?」
質問して、答えを待たずに続ける。
「民主主義の守護者?、いや違う」
ここでもったいぶって水を一口。間を入れる。
劇場型政治家トリューニヒト、こうした場でも、人目を引き付ける訓練を怠らない。毎日地味に積み上げてきたものこそが、本当の武器になる。大事な場面で輝くのだ。
「アンチ帝国だ。他はみんな枝葉で飾りでしかない」
例えば。
例えば帝国の連中が「皇帝万歳」と叫んだとする。
それに対して同盟はなんと叫び返す?
「「民主主義万歳」?、違うな、「くたばれ皇帝」とかそんな感じだろう。ゴロが悪いからそうしたと付け加えたら上出来な部類だ。この国は成り立ちから、徹頭徹尾アンチ帝国なのだ」
それに、とトリューニヒトは続ける。
「時期が悪い」
「時期ですか?、地球万歳」
「……もうすぐ選挙だ」
今回のイゼルローン要塞奪取は軍の独断で行われた。
評議会はまるで絡んでいない。
つまり、株を上げたのは軍で、評議会の支持率はこれっぽちも上がっていない。
特に議長のサンフォードなどは支持率低迷のまま、次の選挙で議員再選も難しいのではないか?、なんて囁かれるほどパッとしていない。
そうした場合に行われたのは。
「出征ですか?、地球万歳」
選挙前に奇跡の一発逆転を狙っての出征。
これまでは主にイゼルローン要塞攻略がぶち上げられ、お察しな結果を繰り返してきた。
「今回イゼルローンはなくなった。だから行われるのは帝国への侵攻だろう」
専守防衛なんて無理だ。艦隊半減なんて無理だ。
ここ最近は負け続きでパッとしなかったところに、歴史的な大勝利。反動もあって民衆の盛り上がりは最高潮だ。
おそらく、議会で帝国侵攻案が提出されれば絶賛してくれるだろう。
むしろ積極的に民衆からそういう声が上がりかねず、反対なんてしたら日比谷公園が燃えかねない。
確かに、成功すれば効果も絶大だ。
成功すれば。
だが、どう見ても負けの込んだギャンブラー。起死回生を狙う投資家。
失敗して、より傷口を広げ、取り返しのつかないことになる未来しか見えない。
見えないのに。
「軍の方もおそらく乗り気になる。ヤン・ウェンリーはアレだ、ああいう空気を読まない奴だ。軍人にも嫌っている者が多いからな。奴の様な半端者な軍人に上に行かれるのは面白くない。奴にできたことだ。真面目で立派な軍人の自分にもできないはずがないと、阿呆なことを考える奴は山ほどいるだろう」
それに、今回の勝利は鮮やか過ぎた。
鮮やか過ぎて、自分たちが、自分たち同盟軍はすごいのだ。帝国軍なんて大したことないぞ。と勘違いする者も大量に出るだろう。
すごかったのはヤン・ウェンリー個人で同盟軍ではない。
だが、軍民ともに熱狂の中にあって冷静さが欠けている。そう考えられる軍人がどれだけいるか。
アスターテ会戦からのこっちで軍に対する評価が低くなっているトリューニヒトである。
そんな阿呆な連中が調子に乗って立案、実行する帝国侵攻。
「……これはもう、酷いことになるぞ」
なった。
その日の夜。
普段よりも痛飲が過ぎ、銀座の路地で陰に隠れるようにして虹色の謎物質を口から滝のように零れさせるトリューニヒトがいた。
背中をさすり、水を用意しと、若干呆れ気味だが甲斐甲斐しく世話をしてくれるアフター中の奇麗所に礼を言い、トリューニヒトは体を起こして空を見上げた。
ビルの間の狭い空。あれはアルテミスの首飾り。その間を長く尾を引いて光が通り過ぎた。流れ星だ。
「星が落ちたよ、カリン(源氏名)」
同盟はもうボロボロである。
幸いなことに、大敗北直後に皇帝の崩御があって帝国の動きは止まり、同盟の命脈はかろうじて首の皮一枚残して繋がれた。
繋がれたのだろうか?
すでに終わっているような気もする。
トリューニヒトは同盟と心中なんてまっぴらごめんである。
この先の身の振り方を考える必要があるのではないか?
目標にしていた最高評議会議長の座は、このまま放っておいてもトリューニヒトのものになるだろう。
だが、そんな地位、帝国に占領された日には処刑対象筆頭である。
でも、せっかくの権力を失うのも面白くない。
ぐるぐるぐると思考は巡り、自分で考えても分からないことは人に任せようと決めた。今まではそれで何とかなってきたし。
「さあ、筆頭秘書官といろいろ話し合って予定を立てなくては」
トリューニヒトは頼りになる、彼の貴重なスタッフの名を口にした。
……無数の思いを乗せて宇宙が回転する。
宇宙歴796年、帝国歴487年。ローエングラム候ラインハルトも、ヤン・ウェンリーも、あとついでにヨブ・トリューニヒトも、自らの未来をすべて予知してはいない。
……電鉄が終わり、歴史がはじまる。
銀座英雄電鉄 完結