警視庁 広域(すぎる)情報(過多)統括(できない)室の(脅威)事件簿   作:駄文亭

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第十四話 家庭訪問は玄関から入りましょう

 五月某日。

 

 午後六時三十分。

 

 警視庁広域情報統括室。

 

 大安文徳の机に、一枚の封筒が置かれた。

 

「また学校ですか?」

 

 遠藤真実がコーヒーを置きながら尋ねる。

 

「……はい。」

 

 大安は封を開ける。

 

家庭訪問実施のお知らせ

 

 三嶋が吹き出した。

 

「全部やるんだな。」

 

「教育課程です。」

 

「親になるのも大変だ。」

 

「俺はまだ認めていません。」

 

 キュウが封筒を覗き込む。

 

「先生、おうち来るん?」

 

「そうですね。」

 

「掃除せな!」

 

「えらい。」

 

 ツーも頷く。

 

「片付け。」

 

 大安は静かに立ち上がった。

 

「……帰宅します。」

 

「事件か?」

 

「違います。」

 

「掃除です。」

 

「そっちの方が緊急だな。」

 

     ◇

 

 午後七時十分。

 

 大安宅。

 

 玄関を開けた瞬間。

 

「…………」

 

 大安は無言になった。

 

 居間には。

 

 巨大な宇宙遺失物管理局から持ち帰った”返却物”がまだ積まれていた。

 

 喋る植木鉢。

 

 重力を忘れた座布団。

 

 昨日を映す鏡。

 

 未来の新聞。

 

 「持ち主不明」と書かれた惑星がビー玉ほどの大きさで転がっている。

 

 三嶋が口を開く。

 

「終わったな。」

 

「まだ二日あります。」

 

「二日で片付くか?」

 

「……努力します。」

 

     ◇

 

「まず分類します。」

 

 大安はメモ帳を取り出した。

 

「可燃。」

 

「不燃。」

 

「資源。」

 

「宇宙。」

 

 三嶋が突っ込む。

 

「四分類目がおかしい。」

 

「自治体にありません。」

 

「知ってる。」

 

 キュウは植木鉢を持ち上げる。

 

「これ捨てる?」

 

『捨てないで』

 

 植木鉢が泣いた。

 

「喋った。」

 

「知っています。」

 

「燃えるゴミ?」

 

「人格があります。」

 

「じゃあ燃えない。」

 

「そこじゃありません。」

 

     ◇

 

 ツーは小さな星を拾う。

 

「きれい。」

 

 ビー玉ほどの惑星だった。

 

「どこへ置く?」

 

「床は危険です。」

 

「棚?」

 

「重力があります。」

 

「引き出し。」

 

「文明が滅びます。」

 

「難しい。」

 

「そうですね。」

 

     ◇

 

 三嶋は段ボールを開ける。

 

「何だこれ。」

 

 中には大量の靴下。

 

 全部片方だけ。

 

「遺失物です。」

 

「全部?」

 

「宇宙中の。」

 

「片方しかないのか。」

 

「だから遺失物です。」

 

 三嶋は一本持つ。

 

「……相方探したくなるな。」

 

「その気持ちが管理局の仕事です。」

 

「嫌だ。」

 

     ◇

 

 ピンポーン。

 

 インターホンが鳴る。

 

「もう来た?」

 

「予定より早い。」

 

 玄関を開ける。

 

 立っていたのは教師ではなかった。

 

 黒いスーツ。

 

 銀色の名札。

 

宇宙宅配管理局

 

「お届け物です。」

 

 大安は頭を抱えた。

 

「頼んでいません。」

 

「はい。」

 

「遺失物追加分になります。」

 

「追加?」

 

「倉庫整理中に見つかりました。」

 

 トラックを見る。

 

 荷台いっぱいだった。

 

「帰ってください。」

 

「受領印を。」

 

「押しません。」

 

「規則です。」

 

「受け取りません。」

 

「では玄関前へ置配します。」

 

「置配禁止です!」

 

 三嶋が笑い始めた。

 

     ◇

 

 そこへ。

 

 空間が裂けた。

 

 金色のスーツを着た老人が現れる。

 

「待ちなさい。」

 

 宅配員が敬礼した。

 

「局長!」

 

 名札。

 

宇宙宅配管理局長

 

「誤配送だ。」

 

「え?」

 

「届け先が違う。」

 

「では……」

 

「向かいの宇宙。」

 

「向かい?」

 

 大安が聞き返す。

 

「住所。」

 

 局長は端末を見る。

 

「地球。」

 

「第三腕銀河。」

 

「右へ二宇宙。」

 

「似た住所がある。」

 

「あるんですか。」

 

「よくある。」

 

「よくありません。」

 

     ◇

 

 局長は深々と頭を下げた。

 

「申し訳ありません。」

 

「返品いたします。」

 

 巨大トラックが消えていく。

 

 大安は安心した。

 

「助かりました。」

 

「では。」

 

 局長は小包を一つ渡した。

 

「これは。」

 

「あなた宛。」

 

「本当に?」

 

「確認済み。」

 

 送り主。

 

吉良徴喜

 

 全員が固まった。

 

「……留置中ですよね。」

 

「接見室で書きました。」

 

 三嶋が箱を睨む。

 

「爆弾じゃないか。」

 

「警察へ届けます。」

 

「お前が警察だ。」

 

「そうでした。」

 

     ◇

 

 慎重に開封する。

 

 中には。

 

 一冊のノート。

 

 表紙。

 

家庭訪問対策マニュアル

 

「何で。」

 

 最初のページ。

 

⸻

 

教師は本棚を見る。

 

本棚で人格が分かる。

 

掃除は玄関だけでは駄目。

 

冷蔵庫も見られる。

 

⸻

 

 三嶋が笑い転げた。

 

「詳しい!」

 

 さらにページをめくる。

 

⸻

 

子どもは当日必ず余計なことを言う。

 

⸻

 

「確かに。」

 

 大安も頷いた。

 

⸻

 

親は平静を装え。

 

無理でも装え。

 

⸻

 

「経験者ですね。」

 

「家庭訪問受けたことあるのか?」

 

 最後のページ。

 

⸻

 

追伸

 

私は毎回失敗した。

 

頑張れ。

 

⸻

 

 教室が静まり返るような沈黙。

 

 三嶋が小さく言う。

 

「……何か。」

 

「普通だな。」

 

「普通ですね。」

 

 キュウが笑う。

 

「吉良も怒られたん?」

 

「たぶん。」

 

「先生怖い?」

 

「たぶん。」

 

「一緒や。」

 

     ◇

 

 翌日。

 

 午後四時。

 

 家庭訪問当日。

 

 教師がインターホンを押す。

 

 ピンポーン。

 

 玄関が開いた。

 

「こんにちは。」

 

「よろしくお願いします。」

 

 教師は中へ入る。

 

 部屋は。

 

 驚くほど綺麗だった。

 

「片付いていますね。」

 

「昨日頑張りました。」

 

「良かった。」

 

 教師は安心した。

 

 その瞬間。

 

 押し入れの襖が開く。

 

 大量の宇宙遺失物が雪崩のように転がり出た。

 

「しまった!」

 

 喋る植木鉢。

 

 未来新聞。

 

 片方だけの靴下。

 

 重力を忘れた座布団。

 

 昨日を映す鏡。

 

 教師は静かに眼鏡を外した。

 

「……大安さん。」

 

「はい。」

 

「押し入れに片付けるのは。」

 

「片付けではありません。」

 

「隠しただけです。」

 

「……その通りです。」

 

 キュウが元気よく手を挙げる。

 

「先生!」

 

「はい。」

 

「とーちゃん昨日三時まで掃除しとった!」

 

 ツーも続く。

 

「おかーちゃん。」

 

「夜食作った。」

 

 三嶋が照れ臭そうに頭をかく。

 

「腹減ってたからな。」

 

 教師は笑った。

 

「十分です。」

 

「え?」

 

「隠したのは減点です。」

 

「はい……。」

 

「でも。」

 

「子ども達はちゃんと見ています。」

 

「一緒に掃除したことも。」

 

「夜食を作ったことも。」

 

「頑張っていたことも。」

 

 大安は少しだけ肩の力を抜いた。

 

「ありがとうございます。」

 

 教師は家庭訪問票へ最後の一文を書いた。

 

⸻

 

家庭環境

 

整理整頓は改善の余地あり。

 

ただし家庭内の雰囲気は非常に良好。

 

児童は安心して生活している。

 

⸻

 

 その日の夜。

 

 留置施設。

 

 吉良は面会に来た弁護士から結果を聞いた。

 

「家庭訪問は無事に終わったそうです。」

 

『そうか。』

 

「助言は役に立ったようですね。」

 

『ふん。』

 

「なぜ教えたんです?」

 

 吉良は少しだけ笑った。

 

『家庭訪問というものはな。』

 

『敵であっても、失敗すると妙に居たたまれなくなる。』

 

 弁護士は少し黙り、

 

「それは経験談ですか。」

 

『……黙秘する。』

 

 その頃、大安の机には新しい封筒が届いていた。

 

運動会実行委員会より

 

 大安は封も開けずに天井を見上げた。

 

「……まだあるのか。」

 

 キュウとツーは満面の笑みで叫んだ。

 

「運動会や!」

 

「お弁当!」

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