警視庁 広域(すぎる)情報(過多)統括(できない)室の(脅威)事件簿 作:駄文亭
五月某日。
午後六時三十分。
警視庁広域情報統括室。
大安文徳の机に、一枚の封筒が置かれた。
「また学校ですか?」
遠藤真実がコーヒーを置きながら尋ねる。
「……はい。」
大安は封を開ける。
家庭訪問実施のお知らせ
三嶋が吹き出した。
「全部やるんだな。」
「教育課程です。」
「親になるのも大変だ。」
「俺はまだ認めていません。」
キュウが封筒を覗き込む。
「先生、おうち来るん?」
「そうですね。」
「掃除せな!」
「えらい。」
ツーも頷く。
「片付け。」
大安は静かに立ち上がった。
「……帰宅します。」
「事件か?」
「違います。」
「掃除です。」
「そっちの方が緊急だな。」
◇
午後七時十分。
大安宅。
玄関を開けた瞬間。
「…………」
大安は無言になった。
居間には。
巨大な宇宙遺失物管理局から持ち帰った”返却物”がまだ積まれていた。
喋る植木鉢。
重力を忘れた座布団。
昨日を映す鏡。
未来の新聞。
「持ち主不明」と書かれた惑星がビー玉ほどの大きさで転がっている。
三嶋が口を開く。
「終わったな。」
「まだ二日あります。」
「二日で片付くか?」
「……努力します。」
◇
「まず分類します。」
大安はメモ帳を取り出した。
「可燃。」
「不燃。」
「資源。」
「宇宙。」
三嶋が突っ込む。
「四分類目がおかしい。」
「自治体にありません。」
「知ってる。」
キュウは植木鉢を持ち上げる。
「これ捨てる?」
『捨てないで』
植木鉢が泣いた。
「喋った。」
「知っています。」
「燃えるゴミ?」
「人格があります。」
「じゃあ燃えない。」
「そこじゃありません。」
◇
ツーは小さな星を拾う。
「きれい。」
ビー玉ほどの惑星だった。
「どこへ置く?」
「床は危険です。」
「棚?」
「重力があります。」
「引き出し。」
「文明が滅びます。」
「難しい。」
「そうですね。」
◇
三嶋は段ボールを開ける。
「何だこれ。」
中には大量の靴下。
全部片方だけ。
「遺失物です。」
「全部?」
「宇宙中の。」
「片方しかないのか。」
「だから遺失物です。」
三嶋は一本持つ。
「……相方探したくなるな。」
「その気持ちが管理局の仕事です。」
「嫌だ。」
◇
ピンポーン。
インターホンが鳴る。
「もう来た?」
「予定より早い。」
玄関を開ける。
立っていたのは教師ではなかった。
黒いスーツ。
銀色の名札。
宇宙宅配管理局
「お届け物です。」
大安は頭を抱えた。
「頼んでいません。」
「はい。」
「遺失物追加分になります。」
「追加?」
「倉庫整理中に見つかりました。」
トラックを見る。
荷台いっぱいだった。
「帰ってください。」
「受領印を。」
「押しません。」
「規則です。」
「受け取りません。」
「では玄関前へ置配します。」
「置配禁止です!」
三嶋が笑い始めた。
◇
そこへ。
空間が裂けた。
金色のスーツを着た老人が現れる。
「待ちなさい。」
宅配員が敬礼した。
「局長!」
名札。
宇宙宅配管理局長
「誤配送だ。」
「え?」
「届け先が違う。」
「では……」
「向かいの宇宙。」
「向かい?」
大安が聞き返す。
「住所。」
局長は端末を見る。
「地球。」
「第三腕銀河。」
「右へ二宇宙。」
「似た住所がある。」
「あるんですか。」
「よくある。」
「よくありません。」
◇
局長は深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。」
「返品いたします。」
巨大トラックが消えていく。
大安は安心した。
「助かりました。」
「では。」
局長は小包を一つ渡した。
「これは。」
「あなた宛。」
「本当に?」
「確認済み。」
送り主。
吉良徴喜
全員が固まった。
「……留置中ですよね。」
「接見室で書きました。」
三嶋が箱を睨む。
「爆弾じゃないか。」
「警察へ届けます。」
「お前が警察だ。」
「そうでした。」
◇
慎重に開封する。
中には。
一冊のノート。
表紙。
家庭訪問対策マニュアル
「何で。」
最初のページ。
⸻
教師は本棚を見る。
本棚で人格が分かる。
掃除は玄関だけでは駄目。
冷蔵庫も見られる。
⸻
三嶋が笑い転げた。
「詳しい!」
さらにページをめくる。
⸻
子どもは当日必ず余計なことを言う。
⸻
「確かに。」
大安も頷いた。
⸻
親は平静を装え。
無理でも装え。
⸻
「経験者ですね。」
「家庭訪問受けたことあるのか?」
最後のページ。
⸻
追伸
私は毎回失敗した。
頑張れ。
⸻
教室が静まり返るような沈黙。
三嶋が小さく言う。
「……何か。」
「普通だな。」
「普通ですね。」
キュウが笑う。
「吉良も怒られたん?」
「たぶん。」
「先生怖い?」
「たぶん。」
「一緒や。」
◇
翌日。
午後四時。
家庭訪問当日。
教師がインターホンを押す。
ピンポーン。
玄関が開いた。
「こんにちは。」
「よろしくお願いします。」
教師は中へ入る。
部屋は。
驚くほど綺麗だった。
「片付いていますね。」
「昨日頑張りました。」
「良かった。」
教師は安心した。
その瞬間。
押し入れの襖が開く。
大量の宇宙遺失物が雪崩のように転がり出た。
「しまった!」
喋る植木鉢。
未来新聞。
片方だけの靴下。
重力を忘れた座布団。
昨日を映す鏡。
教師は静かに眼鏡を外した。
「……大安さん。」
「はい。」
「押し入れに片付けるのは。」
「片付けではありません。」
「隠しただけです。」
「……その通りです。」
キュウが元気よく手を挙げる。
「先生!」
「はい。」
「とーちゃん昨日三時まで掃除しとった!」
ツーも続く。
「おかーちゃん。」
「夜食作った。」
三嶋が照れ臭そうに頭をかく。
「腹減ってたからな。」
教師は笑った。
「十分です。」
「え?」
「隠したのは減点です。」
「はい……。」
「でも。」
「子ども達はちゃんと見ています。」
「一緒に掃除したことも。」
「夜食を作ったことも。」
「頑張っていたことも。」
大安は少しだけ肩の力を抜いた。
「ありがとうございます。」
教師は家庭訪問票へ最後の一文を書いた。
⸻
家庭環境
整理整頓は改善の余地あり。
ただし家庭内の雰囲気は非常に良好。
児童は安心して生活している。
⸻
その日の夜。
留置施設。
吉良は面会に来た弁護士から結果を聞いた。
「家庭訪問は無事に終わったそうです。」
『そうか。』
「助言は役に立ったようですね。」
『ふん。』
「なぜ教えたんです?」
吉良は少しだけ笑った。
『家庭訪問というものはな。』
『敵であっても、失敗すると妙に居たたまれなくなる。』
弁護士は少し黙り、
「それは経験談ですか。」
『……黙秘する。』
その頃、大安の机には新しい封筒が届いていた。
運動会実行委員会より
大安は封も開けずに天井を見上げた。
「……まだあるのか。」
キュウとツーは満面の笑みで叫んだ。
「運動会や!」
「お弁当!」