どけ!僕はお兄ちゃんだぞ! 作:お兄ちゃん
§月Å日
サラシナの悪夢みたいな報復戦から数日経ち、僕の生活に完全な平穏が訪れた。
マサーチカの恋路の邪魔をし、深窓のお嬢様(屋敷の病弱系女の子のこと)と文字で会話し、キミシマさんにストーカーされ、サラシナと稽古に励み、妹たちと同じ空気を吸う。
嗚呼、なんて素晴らしい日常なのだろうか。
何故か女の子ばかりなのが気になるが些細なことだろう。
なんだかんだ言いながら、彼女たちとの生活を楽しんでいるのだ。
こんな日々がずっと続けばいいのにな。
※月¢日
仕事の都合で急遽ロシアに帰ることが決まった。
1年にも満たない期間だったが、とても濃い滞在だったと心から思う。きっとこの1年間は生涯忘れないだろう。
引っ越しの前に、みんなに挨拶しておこう。
‼︎月◯日
もう何度目かも分からない例の屋敷の前でお別れの挨拶を済ましてきた。
病弱ということを忘れるぐらいの暴れっぷりと泣きっぷりには流石の僕も苦笑いであったが。
聞けば、彼女の喘息は回復の兆しを見せているらしく、もうすぐで普通に学校に通えるようになるそうだ。
朗報である。とても素晴らしいことであるはずなのに、彼女はあまり嬉しくなさそうだった。
その顔を見てなんとなく察した僕は、それ以上なにも聞かず、『いつかまた』という言葉を最後に、その場から立ち去った。
僕と彼女の間に不要な言葉は要らず、全て言わずとも全て分かるのだ。
そう、彼女は………きっとお腹が痛かったのだろう。
食あたりだろうか?あれぐらい大きな屋敷に住んでるなら調理師とか雇ってそうだけどね。
空気を読んで素早く退散した僕を誰か褒めてほしい。
♀月‖日
キミシマさんに引っ越しの件について詰められた。
何故そのことを知っている!?まだ君には教えてないのに!?と思ったが、ステルスストーカーの称号を欲しいままにしているキミシマさんなら知っていても不思議ではない。
改めて僕の口から説明、そしてこれまでの感謝を告げると、彼女はただ一言『分かりました』と述べた。
ただ、おそらく僕の気のせいだと思うが、無表情無感動を地でいく彼女が、この時だけはひどく悲しそうな雰囲気を醸し出していた。
そこで、以前から頼もうと思っていたことを、彼女に任せた。
それは──あの深窓の令嬢に、僕が摘んだ花を送ってほしいということである。
どうやらキミシマさんは彼女と知り合いのようだ。幼馴染のような関係だと鼻高々に語っていたので、よほど仲の良い関係なのだろう。
だから、キミシマさんに託した。彼女なら必ず渡してくれるだろうという強い信頼がある。伊達にずっとストーカーされてきたわけではないのだ。
キミシマさんにも贈り物を用意しようと思ったが、彼女は特に欲しいものは何もないそうだ。
こっちの勝手な善意で、彼女の手荷物が増えるのは忍びない。
そう思ってキミシマさんにはプレゼントは用意していない。
*月♪日
今日、とうとう死ぬかのと思った。今、こうして文字を書ける腕が残っていることを神に感謝しなければ。
今日、道場のみんなに別れを告げに行ったんだが、1番泣いてたのは僕でも師範でも他の門下生でもなく、サラシナだった。
それならばまだいい。むしろ嬉しさすらあった。彼女はなんだかんだ言って僕の弟子(ということになっている)なので、こんなにも慕われていたら照れ臭くもなる。
だが、彼女の癇癪は、ただ泣き叫ぶだけで終わるわけがなかった。
泣きながら僕に殴りかかり、道場の壁に穴を作り。
師範を含め他の門下生がどうにか抑えようとするも、最近僕に倣って始めた剣道で全てしばき倒し。
最後は1対1で話し合い、『いつかサラシナが誰にも負けないぐらい強くなったら帰ってくる』と言えば、納得して引き下がってくれた。
他にも
いつか帰ってくると言質を取られたのは悪手だったか?もし帰らなかったら……そう考えるだけでブルっちまいそうだ。
とはいえ、小学校の頃の約束なんて、明日か1週間後には忘れてるだろう。
△月?日
今日、日本を旅立つ。
日本、本当にいろんなことがあった。
いろんな人に出会い、いろんなことをやって、いろんな可愛い妹たちを見れた。それだけで、ここに来た価値はあると言える。
飛行機で眠る妹たちの顔に癒されて、もう日本のことどうでも良くなっちゃった。
──────────
【アーリャちゃん、見て見て〜、お兄ちゃんのほっぺムニ〜】
【やめなさいよ……】
現在、33,000フィートの上空。
つい数時間前まで「天使たちの寝顔を堪能するッ!」と豪語していた人間と同一人物とは思えないほど穏やかな寝顔を晒すアレク。その両隣では、美少女たちが楽しげに語り合っていた。
まさに両手に華といった状況だ。見る人が見れば「リア充◯ね」と、思わず死語が飛び出してしまいそうなほどに羨ましい状況である。しかし、彼らが兄妹だと知れば、その印象は一変し、途端に一家族の微笑ましい風景として映るだろう。
【知ってる?お兄ちゃんって寝てる間は何しても起きないのよ。本当に、何しても起きないんだから】
【な、何よ、その含みのある言い方。そもそも何でそんなこと知ってるの?】
【ふふっ、どうしてでしょ〜か?】
無邪気に反応を待つマリヤに対して、アリサは黙秘を選んだ。触らぬ神に祟りなしと思ったからだ。
【……って、呑気に話してる場合じゃないわ。次の学校に向けて勉強しないと】
【え〜?お姉ちゃん、もっとアーリャちゃんとお話したいな〜】
【会話ならいつでもできるじゃない】
【そうだけど〜……】
マリヤは僅かに口を結びながら、憂いを宿した目をアリサに向ける。
【頑張り屋さんなのはアーリャちゃんのすごく良いところだけど、ちょっと頑張りすぎじゃないかなぁって。最近構ってくれなくなっちゃったって、お兄ちゃんも寂しそうにしてたよ?】
【ッ】
これまで己の意志に徹尾徹底していた彼女の心に、ほんの僅かに“揺れ”が生じた。
しかし、たとえ兄の心情を理解したとしても──否、
何故なら、アリサ・ミハイロヴナ・九条にとって、兄とは────
【………なら、アレクに言っておいて。私はもう、よしよしされるだけの赤ん坊じゃないって】
彼女は誰よりも努力家で、ひたむきで………誰よりも孤高だった。