低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第103話 胃袋の役目

 ロックは、三枚目の板を机へ置いた。

 

 最初の一枚には、巨人を模した施設全体が描かれている。

 

 二枚目は、消化器系に当たる部分の拡大図。

 

 三枚目には、幾つもの容器と、それを繋ぐ線が刻まれていた。

 

 文字は読める。

 

 だが、読めることと、意味が分かることは違った。

 

 単語を拾い、前後へ戻り、手帳の写しと照らし合わせる。そうして半日かけても、読み切れたのは一部だけだった。

 

 机の端には、冷めた食事が載っている。

 

 ロックはパンをちぎり、図へ目を戻した。

 

 口から取り込んだ物を、奥へ送る。

 

 途中で溶かし、残った物を分ける。

 

 そこまでは、実際に見てきた。

 

 では、溶かした方は、どこへ行くのか。

 

     ◇

 

 図の中では、消化槽から出た線が二つに分かれていた。

 

 一方は排液と、残った物の回収へ。

 

 もう一方は、幾つもの小さな区画を経て、その先へ続いている。

 

 回収区画で見た斜めの板や、穴の大きさが違う籠とは別の流れだ。

 

 ロックは、その線を指で辿った。

 

 送出。

 

 調整。

 

 供給。

 

 読めた文字を、順に書き出す。

 

 何かを溶かして捨てるだけなら、供給という言葉は要らない。

 

 この胃袋は、取り込んだ物から、次へ渡す何かを作ろうとしていたのだろうか。

 

 ロックは椅子へ座り直した。

 

 人工始原の巨人。

 

 生き物の形をした建物を、ただ造ったわけではないらしい。

 

 食べた物を、身体の中で使おうとしていた。

 

 何に使うのかまでは、まだ読めなかった。

 

     ◇

 

 全てを自分で読もうとしていれば、何日かかるか分からない。

 

 ロックは、分からなかった文字を紙へ写した。

 

 施設全体の図は写さない。

 

 文章も、前後を選ぶ。

 

 何のために尋ねるのか伝わらなければ、答える方も困る。だからといって、見つけた物を全て広げるつもりもなかった。

 

 魔術師ギルドへ持っていったのは、三つの短い文だった。

 

     ◇

 

 クラウゼは、紙を読み終えると、もう一度最初から目を通した。

 

「これは、何を扱う設備の記述ですか?」

 

「物を溶かして、その後で分けるものです」

 

「金属の精錬でしょうか。それとも、薬品の調合?」

 

「そこが、僕にも分からないんです」

 

 クラウゼは紙を机へ置いた。

 

「では、意味を一つに決めない方がいいでしょうね。この供給は、単に液体を送るという意味にも取れます。送られた先で何をするかは、この文だけでは分かりません」

 

「養分、と読んだところはどうです?」

 

「元になるものを養うための成分、という意味でしょう。ただし、植物へ与える物か、生き物へ与える物か、ほかの何かか。そこまでは書かれていません」

 

 ロックは手帳へ書き留めた。

 

 自分の読んだ言葉が、全部間違っていたわけではない。

 

 しかし、思ったより先まで断定していたらしかった。

 

「こちらは、流れを切り替える箇所です。作業中は供給側を閉じ、洗浄で出た物を回収側へ送るように、とあります」

 

 ロックのペンが止まった。

 

「洗う時は、送る先を変えるんですか?」

 

「そう読めます。そうしなければ、汚れまで供給先へ入ってしまいますから」

 

 ロックは、消化槽から分かれていた二本の線を思い浮かべた。

 

 同じ液体でも、いつも同じ場所へ流れているとは限らない。

 

 下で音が変わった理由も、それと関わっているのかもしれなかった。

 

     ◇

 

 ギルドを出る前に、ロックは借りた作業場へ寄った。

 

 預けていた二つ目の塗剤には、最初の物と大きな違いは出ていなかった。

 

 ただし、容器の底に固い塊があり、全部を同じように使えるわけではないという。

 

 使える部分を受け取り、残りの扱いを聞く。

 

 手帳には、遺跡の図よりも小さな注意書きが増えた。

 

 これで、買い足す抗酸剤を少し減らせる。

 

 薬品庫の棚から、瓶を一本消す必要はなくなりそうだった。

 

 ロックは、そのことを誰にも言わず、容器を鞄へ収めた。

 

     ◇

 

 翌朝、ロックは消化槽の窓の前に立っていた。

 

 流れは、落ち着いている。

 

 排出弁の動きにも異常はなかった。

 

 床の窪みには液体が残っていたが、石の高い部分は広く現れている。

 

 ロックは、手帳と金属板の写しを見比べた。

 

 昨日まで分からなかった図の向きが、ようやく合った。

 

 床に見えた四角い縁は、箱ではない。

 

 図では、その下から細い線が横へ延びている。

 

 切替箇所の一つだった。

 

 ロックは窓から身を引いた。

 

 床へ降りて開ける物なら、作業する道もあるはずだ。

 

 保守通路側の図を、もう一度確かめる。

 

 四角い印のすぐ脇へ、短い枝道があった。

 

     ◇

 

 枝道の入口は、壁へ嵌め込まれた小さな扉だった。

 

 今まで通った時には、点検用の棚かと思っていた。

 

 開いてみると、奥に狭い階段がある。

 

 段は乾いている。

 

 壁の窪みを握り、一段ずつ下りた。

 

 下には、身を屈めれば立てるほどの空間があった。

 

 正面に金属の輪。

 

 その上へ、小さな蓋がついている。

 

 ロックは蓋の周囲を確かめ、脇から少しだけ持ち上げた。

 

 外の明るさが、細い隙間へ入った。

 

 床にあった四角い縁だ。

 

 こちら側から開く。

 

 ロックは蓋を戻し、留め具を確かめた。

 

 溶ける液体のある床を歩いて、わざわざ上から手を伸ばす必要はなかったのだ。

 

     ◇

 

 輪の傍には、短い文字が二つあった。

 

 供給。

 

 回収。

 

 現在の位置を示す印は、回収側へ寄っている。

 

 ロックは輪へ手を掛けなかった。

 

 保守記録で見たことと、ギルドで教わった読み方を合わせると、ここでは今、溶かした物を先へ送っていない。

 

 洗浄中のままなのか。

 

 何かの不具合で、その位置に止まったのか。

 

 いつからそうなっているのかまでは、分からなかった。

 

 ただ、消化槽へ液体が入り、溶け残りが回収区画へ流れていたこととは合う。

 

 ロックは輪の位置を描き、下の空間から戻った。

 

 仕組みが分かるほど、触ればよいというものでもなかった。

 

     ◇

 

 保守通路の先には、まだ扉があった。

 

 消化槽を囲む道から離れ、施設の奥へ向かうところだ。

 

 扉の脇には、札を収める窪み。

 

 その上へ、見覚えのない印が刻まれている。

 

 ロックは回収区画で使った札を取り出し、窪みの前へ並べてみた。

 

 大きさは合う。

 

 だが、札の印は違った。

 

 試しに収める。

 

 何も鳴らなかった。

 

 取っ手を引いても、扉は動かない。

 

 ロックは札を抜き、背面も確かめた。

 

 回収区画は開いた。

 

 こちらは開かない。

 

 同じ形の札でも、入れる場所が違うのだろう。

 

 扉の隙間へ道具を入れる前に、ロックは周囲の文字を読んだ。

 

 供給側の点検口。

 

 それから、許可なく開放しないことを示す一文。

 

 扉の向こうにも、こちらと同じ通路があるとは限らない。

 

 ロックは道具袋から手を離した。

 

     ◇

 

 扉の手前に、小さな観察窓があった。

 

 表面には、白い曇りがついている。

 

 外側を布で拭いたが、全部は取れなかった。内側にも汚れがあるらしい。

 

 ロックは灯りを横から当てた。

 

 窓の向こうには、細い管が幾本も並んでいる。

 

 その間を、淡い光が通った。

 

 一定の間を置いて、また光る。

 

 消化槽の底で見た液体とは違う。

 

 何が流れているのか、そもそも液体なのかも分からなかった。

 

 ロックは顔を離した。

 

 ここから先は、胃袋の片づけの続きでは済まないかもしれない。

 

 手帳へ窓と扉の位置を書き、印を正確に写した。

 

     ◇

 

 出口へ戻る途中、器材庫へ立ち寄った。

 

 持ち出した道具の置き場所を確かめ、使わなかったものを戻す。

 

 損ねた鉤は持ち帰る。直せるなら直したい。

 

 保守記録のある部屋では、開いたままにしていた板を元の順へ揃えた。

 

 流入を示す印。

 

 排出弁の状態。

 

 液面。

 

 いずれも、今日入った時から大きな変化はなかった。

 

 ロックは最後の窓から、消化槽を見下ろした。

 

 あの床へ降り、目についた物を拾う方法もある。

 

 しかし、今は小さな生き物が残り、窪みには液体がある。

 

 回収された物なら、先の部屋へ運ばれてくる。

 

 それが分かっただけでも、これからの調べ方は変わる。

 

     ◇

 

 外へ出ると、ロックは石の壁へ背を預けた。

 

 手帳を開き、最初に描いた図を見る。

 

 巨大な口。

 

 下り坂。

 

 その先は、暗い空白だった。

 

 今は、その空白へ道が通っている。

 

 点検口。

 器材庫。

 排液路。

 回収区画。

 

 帰る道も、ほかに一つ見つかった。

 

 全部を見たわけではない。それでも、初めて入った時のように、次の一歩をどこへ置くかも分からない場所ではなくなっていた。

 

 ロックは、奥の扉へ描き加えた印を見た。

 

 あれを開ける札は、どこにあるのか。

 

 金属板の記録をもっと読めば、分かることがあるかもしれない。

 

 ただ、今日はもう帰る。

 

 回収した石も、まだ調べていなかった。

 

 使った金と道具も、帳面へ戻さなければならない。

 

 ロックは手帳を閉じた。

 

 次の扉へ手を掛ける前に、ここまでで得たものを、自分の物にしておきたかった。

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