低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

110 / 110
第104話 書庫にない記録

 クラウゼは、差し出された紙をすぐには読まなかった。

 

 先に、ロックの手を見た。

 

 指の付け根に、小さな擦り傷がある。爪の間はきれいにしていたが、手袋で擦れたらしい赤みまでは消えていない。

 

「また、調べ物ですか?」

 

「はい。前に教えていただいた文の続きを、少し」

 

 ロックは紙を机へ置いた。

 

 今回も、施設全体の図は持ってきていない。

 

 供給側の扉にあった文と、回収した筒の記録から読めなかった箇所。それぞれを別の紙へ写してある。

 

 クラウゼは最初の一枚を手に取った。

 

 視線が文字の上をゆっくりと動き、途中で止まる。

 

「この写しは、あなたが?」

 

「はい」

 

「字形も、できるだけ元のとおりに?」

 

「間違っているかもしれないところは、そのまま写しました。勝手に直すと、別の意味になりそうだったので」

 

「それは、よい判断です」

 

 クラウゼは手元へ紙を引き寄せ、別の一冊を開いた。

 

 ロックは椅子へ座り、膝の上で手を重ねた。

 

     ◇

 

 返事があるまで、いつもより時間がかかった。

 

 頁を繰る音がする。

 

 一冊を閉じ、もう一冊が開かれる。

 

 クラウゼは写しの中の一文字を、細い棒の先で示した。

 

「ここは、一般的な供給という意味で読むと、少しおかしくなります。この後に、受け取る側の状態を確かめるよう書いてあるでしょう」

 

「液体を送る先ですか?」

 

「そうでしょうね。ただ、設備の前後が分からないので、何を確かめるのかまでは決められません」

 

 ロックは手帳へ書き加えた。

 

 扉を開くための文ではなかった。

 

 向こう側へ何かを送る時の注意らしい。

 

「では、閉まっているのは、向こうの状態が悪いからということも?」

 

「あり得ます。ですが、単に許可のない者を入れないためかもしれません。そこは、現物を見ずには分かりません」

 

「なるほど」

 

 ロックは、使えなかった札を思い出した。

 

 ほかの札を探せば済むと考えていたが、それで扉を開けてもよいとは限らないらしい。

 

 クラウゼは本を閉じた。

 

「前に持ってきた流路の記述と、同じ設備のものですか?」

 

 ロックのペンが止まった。

 

「……繋がっていると思います」

 

「思う?」

 

「まだ、全部を見ていませんから」

 

 クラウゼは、その答えを聞いてから、二枚目の紙へ手を伸ばした。

 

     ◇

 

 こちらは、筒の中にあった板から写したものだった。

 

 ロックには読み方の分からない語が、幾つも並んでいる。

 

 クラウゼは一度目を通し、最初の紙と横へ並べた。

 

「この二枚は、同じ物に書かれていたのですか?」

 

「いいえ。別です」

 

「壁と、記録のような物?」

 

「そうです」

 

 答えてから、ロックは少しだけ唇を結んだ。

 

 隠すことばかり考えて、読んでもらうのに必要なことまで伏せていた。

 

 それでは、相手も困る。

 

「こちらは、容器に入っていた薄い板です。図もありました」

 

「材質は?」

 

「金属だと思います。紙ではありません」

 

「容器も、一緒に見つかったのですね」

 

「はい」

 

 クラウゼは頷き、紙へ目を戻した。

 

 それ以上、容器の形は尋ねなかった。

 

     ◇

 

「こちらは、研究の途中に書かれた文章でしょう。少なくとも、これだけで完成した設備の説明書とは言えません」

 

「実際の物と、違うかもしれないということですか?」

 

「ええ。試す前の案なのか、試した後の記録なのかも確かめる必要があります。ほら、ここに訂正を加えた形が残っています」

 

 ロックは紙を覗いた。

 

 意味が分からず、線までそのまま写した箇所だった。

 

「こっちが間違いで、消しているんですか」

 

「消したというより、別の条件を付け加えています。現物を見れば、文字の大きさや刻み方から、後で加えた部分を見分けられるかもしれません」

 

 ロックは手帳へ、現物の追記を確認、と書いた。

 

 筒の中の図があるから、施設全体を理解できる。

 

 そう期待していたところがあった。

 

 だが、図を描いた者も、まだ答えを持っていなかった可能性がある。

 

 ロックは、回収区画で見つけた赤い石を入れた容器へ手を掛けた。

 

 今日は、これも見てもらうつもりだった。

 

 取り出しかけたところで、クラウゼの声がした。

 

「ロックさん。その設備は、今も動いているのですね?」

 

     ◇

 

 ロックは顔を上げた。

 

 クラウゼは紙を見ていた。

 

 まるで、文章を読み解く途中で生じた疑問を尋ねるような口調だった。

 

 流れを確かめる。

 

 閉じた扉の先を考える。

 

 使える薬品を探す。

 

 自分が相談してきたことを並べれば、そう考えるのは不自然ではない。

 

「動いているところは、あります」

 

「動かないところも?」

 

「はい。傷んでいるところもあります」

 

 クラウゼは紙から目を離した。

 

「だから、薬品の使い方を覚えたいと言ったのですか」

 

 ロックは一度、手元を見た。

 

 薄い板の写しと、薬品で傷んだ革。

 

 別々に相談しているつもりだった。

 

 しかし、話を聞く側には、同じところへ繋がっていた。

 

「……そうです」

 

「そうでしたか」

 

 クラウゼは短く答えた。

 

 驚いた様子はなかった。

 

 ロックには、それが少し気になった。

 

     ◇

 

 結局、赤い石も見てもらった。

 

 クラウゼは容器から直接手へ移さず、皿へ出させた。欠けた面と、表面に残った細かな傷を確かめる。

 

「魔力の反応は、自分でも確かめました」

 

「どこに置かれていました?」

 

「ほかの回収物と分けて、皿に載っていました。再検、と書いた札がありました」

 

 クラウゼの手が止まった。

 

 それから、もう一度石へ目を落とす。

 

「元の持ち主も、調べ直す必要があると考えたのでしょうね。これを、魔晶石の代わりに使ってみるようなことは?」

 

「していません」

 

「では、そのままにしてください。詳しく調べるなら、ほかの者にも見てもらう必要があります。今日は返しておきましょう」

 

 ロックは石を容器へ戻した。

 

 その時、クラウゼは机の上の紙を指で揃えた。

 

「今日の写しは、こちらへ残しても構いませんか?」

 

 ロックは、二枚を見た。

 

 施設の場所は書いていない。

 

 全体の図もない。

 

 それでも、一度渡せば、自分の見ていないところで誰かが読むかもしれない。

 

「今日は、持ち帰ってもいいですか。まだ、自分の写しに間違いがあるかもしれませんし」

 

「もちろん。預かるために呼んだのではありませんから」

 

 クラウゼは紙を返した。

 

 ロックは折り目をつけず、手帳の間へ挟んだ。

 

     ◇

 

 帰り際、扉の前で呼び止められた。

 

「ロックさん」

 

「はい」

 

「次も、この設備を調べるつもりなのですね?」

 

 ロックは、曖昧に笑って済ませようとした。

 

 だが、クラウゼの前にある本を見て、やめた。

 

 読めない文字を教えてもらい、薬品を扱う場まで紹介してもらった。

 

 何も分かっていない顔で嘘をつくのは、難しかった。

 

「はい。そのつもりです」

 

「では、分からなかった箇所だけでなく、その前後も正確に写してください。閉じるなと書いてある文の途中だけ抜き出して、閉じる、と読んでしまっては困ります」

 

「……気をつけます」

 

「それと、記録にある通路が、今も通れるとは限りません。設備の図は、人が歩ける道を描いた地図とは違いますから」

 

 ロックは頭を下げた。

 

「ありがとうございました」

 

 扉を閉め、廊下へ出る。

 

 少し歩いてから、ようやく息を吐いた。

 

 床を踏み抜いた話は、していない。

 

 それでも、最後の言葉は妙に身に沁みた。

 

     ◇

 

 ロックが去った後、クラウゼは机の上に残った本を開き直した。

 

 写しは返した。

 

 だが、何を見せられたのかまで忘れたわけではない。

 

 古代語の文章。

 稼働する流路。

 腐食を防ぐ塗剤。

 封じた容器に保管された研究記録。

 

 さらに、回収品を調べ直すために残された魔力を帯びた石。

 

 レックス遺跡の調査で、ロックが関わった箇所は把握している。

 

 少なくとも、そこから持ち帰った品として届けられた物の中に、今日の容器や石はなかった。

 

 ほかの既知の遺跡で得た可能性はある。

 

 誰かから買った物かもしれない。

 

 ただ、買った記録を読んでいるだけなら、流路が今も動くかどうかを答える時、あれほど言葉を選ぶだろうか。

 

 クラウゼは、書庫の目録へ手を伸ばした。

 

     ◇

 

 薬品を少量だけ買い、実際の液体へ試す。

 

 その結果を持ち帰り、次に必要な物を考える。

 

 また入り、新しい文字を写してくる。

 

 ロックの相談には、順序があった。

 

 机の上で古い記録を読み進めている順序ではない。

 

 自分で歩ける範囲を、少しずつ広げている者の順序だった。

 

 誰かの調査へ同行しているのなら、その責任者へ相談する方法もある。

 

 ところが、ロックはいつも自分で判断するために尋ねていた。

 

 言ってよいことと、まだ言いたくないことを、考えながら。

 

 クラウゼは目録の頁を繰った。

 

 まだ、どこにあるとも、誰も知らない場所だとも言い切れない。

 

 しかし、一つの考えが浮かび上がっていた。

 

 あの少年は、記録にない入口を見つけたのではないか。

 

     ◇

 

 机へ戻り、古代王国期の設備に関する本を並べた。

 

 流路を扱う技術の章を読む。

 

 続いて、材質と保存法の記述へ進む。

 

 ロックの持ってきた断片は、それぞれ単独なら珍しすぎる物ではなかった。

 

 だが、それらが同じ場所に残り、今も動いているとなれば、話は違う。

 

 どれほどの範囲が埋もれているのか。

 

 誰が、その維持を続けているのか。

 

 あるいは、誰もいないまま、長い歳月を動き続けてきたのか。

 

 クラウゼは頁を押さえたまま、閉じた扉へ目を向けた。

 

 ロックは、今日も場所を尋ねられると思っていたのだろう。

 

 容器を出す時より、稼働しているかと聞いた時の方が、強く身構えていた。

 

 場所を明かせば、自分の手から離れてしまう。

 

 そう警戒しているのかもしれない。

 

 ならば、先に確かめるべきことがある。

 

 次にあの少年が持ち帰ってくる物は何か。

 

 そして、帰ってくるために、何が足りていないのか。

 

 クラウゼは、開いていた本へ栞を挟んだ。

 

 書庫の棚には、まだ調べるべき記録が幾つもあった。

 

 その外にも、記録されるのを待っている場所があるのかもしれなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す(作者:駄文亭)(原作:ソードワールド1.0)

「誰がヲタクだって? 僕程度がヲタクを名乗れるか!」▼そう言い張る八坂鷹、十八歳。▼その正体は、『ソード・ワールドRPG完全版』のルールやモンスターデータを記憶している、拗らせまくった重度のTRPGゲーマーだった。▼仲間とのセッションを終えた帰り道、鷹はダンプカーに轢かれて死亡。死後の世界で出会ったのは、フォーセリアの創造神を名乗る謎のハムスターだった。▼知…


総合評価:1834/評価:8.01/連載:118話/更新日時:2026年11月08日(日) 08:11 小説情報

魔法戦士養成学校の万能戦士(作者:駄文亭)(原作:ソードワールド1.0)

新王国暦530年、英雄王リジャールの治めるオーファン。▼賢者の学院分校・特殊学科「魔法戦士科」に、一人の変わり者が入学した。▼十四歳の少年アルマニア。▼古代語魔法、精霊魔法、神聖魔法を学ぶ彼の望みは、戦士、盗賊、野伏、吟遊詩人の技まで身につけ、あらゆる状況に対応できる魔法戦士になることだった。▼能力には恵まれている。選択肢も多い。▼だが、経験も精神力も、一度…


総合評価:26/評価:-.--/連載:32話/更新日時:2026年08月31日(月) 10:41 小説情報

ソードワールドの二次創作。平凡な冒険者の冒険譚(作者:シットライヌ)(原作:ソードワールド1.0)

ソードワールドの二次創作です。AIで作ってみました。


総合評価:20/評価:-.--/完結:51話/更新日時:2026年11月07日(土) 15:36 小説情報

影技異伝~連環の幻影~(作者:台風200号)(原作:影技)

▼格闘漫画オタクの神崎玲司は、それ以外は何の変哲もない平凡なサラリーマンだった。▼彼は気が付くと異世界に転生していた。▼転生先は何と『影技~シャドウスキル~』の世界。▼理不尽な暴力と超越した力を持つ闘士たちがその技をぶつけ合う、格闘ファンタジーの傑作だ。▼読んでいる分には面白い。▼しかし自分が当事者となればそんな事は言っていられない。▼「こんなところで死んで…


総合評価:314/評価:8.5/連載:26話/更新日時:2026年11月06日(金) 07:13 小説情報

セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚―(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:ダンジョンズ&ドラゴンズ)

若い頃からTRPGにのめり込み、徹夜を重ねた末に脳梗塞で人生を終えた男は、神を名乗る存在から「そんなにゲームが好きなら、ゲームの世界に送ってやろう」と告げられる。▼転生先は、かつて遊び尽くしたクラシックD&Dの世界。▼彼――いや、彼女は長命なエルフを選び、セラリス・オブ・カラーリーとして生まれ変わった。▼領地も城も従者もいらない。▼転生特典は、ひたす…


総合評価:765/評価:8.23/連載:82話/更新日時:2026年11月07日(土) 18:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>