低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第45話 修理担当

 その日、ロックは探索の目的を一つに絞っていた。

 

 修理担当の保守体を見付けること。

 

 運搬。

 

 点検。

 

 部品交換。

 

 清掃。

 

 それぞれの役割は見えてきた。

 

 だが、これだけ巨大な施設なら、必ず「壊れたものを直す者」がいる。

 

 それを見付けられれば、この施設の構造をより深く理解できる。

 

     ◇

 

 昼過ぎ。

 

 保守路の一角で待機していると、不意に低い音が響いた。

 

 ゴン……

 

 金属を叩くような音。

 

 一度。

 

 二度。

 

 三度。

 

 規則正しい。

 

 ロックは音のする方へ慎重に進んだ。

 

 角からそっと覗く。

 

「いた……」

 

 今まで見たことのない保守体だった。

 

 背丈は人間ほど。

 

 しかし身体は太く、両腕は異様に長い。

 

 肩には工具箱。

 

 腰には大小様々な器具が並ぶ。

 

 白いホムンクルスではあるが、指先だけが異様に細かく枝分かれしていた。

 

 五本ではない。

 

 十数本もの細い指。

 

 まるで精密作業のためだけに作られた手だった。

 

     ◇

 

 その保守体は壁の一部を開く。

 

 中には細い導管が何本も並んでいる。

 

 一つだけ、僅かに亀裂が入っていた。

 

 保守体は迷わない。

 

 細い指が一斉に動き始める。

 

 一本は器具を持つ。

 

 一本は導管を固定する。

 

 一本は表面を削る。

 

 一本は液体を塗る。

 

 一本は何かを押さえる。

 

 それぞれが別々の仕事をしている。

 

 しかも一切ぶつからない。

 

「凄い……」

 

 人間なら助手が何人も必要な作業を、一体だけでこなしている。

 

 やがて淡い光。

 

 亀裂は消えた。

 

 保守体は確認のため軽く導管を叩き、壁を閉じる。

 

 作業時間は一刻にも満たない。

 

     ◇

 

 ロックは帳面へ急いで書き込む。

 

修理担当確認。

 

多指型。

 

精密作業専門。

 

導管補修を実施。

 

 その時だった。

 

 保守体が立ち止まる。

 

 ゆっくりと頭が動いた。

 

 ロックのいる方向。

 

「……!」

 

 見つかった。

 

 ロックは身構える。

 

 逃げるか。

 

 隠れるか。

 

 しかし保守体は近付いてこない。

 

 ただ壁を見た。

 

 正確には、ロックが以前白墨で付けた小さな矢印。

 

 保守体はそこへ指を伸ばす。

 

 布で一拭き。

 

 白墨は綺麗に消えた。

 

「えっ」

 

 ロックは思わず声を漏らしそうになる。

 

 保守体は何事もなかったように歩き去っていく。

 

 戦わない。

 

 追わない。

 

 ただ異物を除去しただけだった。

 

     ◇

 

 しばらく待ってからロックは壁へ近付いた。

 

 白墨の跡は完全に消えている。

 

 傷一つ残っていない。

 

「地図が……」

 

 これまで何度も付けてきた目印。

 

 気付かれなかったのではない。

 

 保守体が見付けるたびに消していたのだ。

 

 だから以前、「目印が薄くなった」と感じた場所があった。

 

 湿気でも時間でもない。

 

 清掃と保守によって消されていたのである。

 

     ◇

 

 ロックは深く息を吐いた。

 

「なるほど……」

 

 この施設は放置されているわけではない。

 

 壁の汚れ。

 

 床の塵。

 

 落書き。

 

 全部。

 

 保守体が異物として処理している。

 

 ならば白墨で印を付け続けても意味はない。

 

 いずれ消される。

 

 地図は歩数と区画番号だけで作らなければならない。

 

 面倒になる。

 

 だが、その方が確実だ。

 

 帳面へ最後の一文を書いた。

 

この施設は、人間の痕跡を残さない。

 

保守体は「壊れた物」だけでなく、「不要な物」も修復・除去している。

 

 ロックは帳面を閉じる。

 

 人工始原の巨人は、眠れる遺跡ではない。

 

 今なお、自らを「正常な状態」に戻し続ける巨大な魔法機械なのだ。

 

 その完全さを前に、ロックは静かな畏怖を覚えながら、帰路へと足を向けた。

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