低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
その日、ロックは探索の目的を一つに絞っていた。
修理担当の保守体を見付けること。
運搬。
点検。
部品交換。
清掃。
それぞれの役割は見えてきた。
だが、これだけ巨大な施設なら、必ず「壊れたものを直す者」がいる。
それを見付けられれば、この施設の構造をより深く理解できる。
◇
昼過ぎ。
保守路の一角で待機していると、不意に低い音が響いた。
ゴン……
金属を叩くような音。
一度。
二度。
三度。
規則正しい。
ロックは音のする方へ慎重に進んだ。
角からそっと覗く。
「いた……」
今まで見たことのない保守体だった。
背丈は人間ほど。
しかし身体は太く、両腕は異様に長い。
肩には工具箱。
腰には大小様々な器具が並ぶ。
白いホムンクルスではあるが、指先だけが異様に細かく枝分かれしていた。
五本ではない。
十数本もの細い指。
まるで精密作業のためだけに作られた手だった。
◇
その保守体は壁の一部を開く。
中には細い導管が何本も並んでいる。
一つだけ、僅かに亀裂が入っていた。
保守体は迷わない。
細い指が一斉に動き始める。
一本は器具を持つ。
一本は導管を固定する。
一本は表面を削る。
一本は液体を塗る。
一本は何かを押さえる。
それぞれが別々の仕事をしている。
しかも一切ぶつからない。
「凄い……」
人間なら助手が何人も必要な作業を、一体だけでこなしている。
やがて淡い光。
亀裂は消えた。
保守体は確認のため軽く導管を叩き、壁を閉じる。
作業時間は一刻にも満たない。
◇
ロックは帳面へ急いで書き込む。
修理担当確認。
多指型。
精密作業専門。
導管補修を実施。
その時だった。
保守体が立ち止まる。
ゆっくりと頭が動いた。
ロックのいる方向。
「……!」
見つかった。
ロックは身構える。
逃げるか。
隠れるか。
しかし保守体は近付いてこない。
ただ壁を見た。
正確には、ロックが以前白墨で付けた小さな矢印。
保守体はそこへ指を伸ばす。
布で一拭き。
白墨は綺麗に消えた。
「えっ」
ロックは思わず声を漏らしそうになる。
保守体は何事もなかったように歩き去っていく。
戦わない。
追わない。
ただ異物を除去しただけだった。
◇
しばらく待ってからロックは壁へ近付いた。
白墨の跡は完全に消えている。
傷一つ残っていない。
「地図が……」
これまで何度も付けてきた目印。
気付かれなかったのではない。
保守体が見付けるたびに消していたのだ。
だから以前、「目印が薄くなった」と感じた場所があった。
湿気でも時間でもない。
清掃と保守によって消されていたのである。
◇
ロックは深く息を吐いた。
「なるほど……」
この施設は放置されているわけではない。
壁の汚れ。
床の塵。
落書き。
全部。
保守体が異物として処理している。
ならば白墨で印を付け続けても意味はない。
いずれ消される。
地図は歩数と区画番号だけで作らなければならない。
面倒になる。
だが、その方が確実だ。
帳面へ最後の一文を書いた。
この施設は、人間の痕跡を残さない。
保守体は「壊れた物」だけでなく、「不要な物」も修復・除去している。
ロックは帳面を閉じる。
人工始原の巨人は、眠れる遺跡ではない。
今なお、自らを「正常な状態」に戻し続ける巨大な魔法機械なのだ。
その完全さを前に、ロックは静かな畏怖を覚えながら、帰路へと足を向けた。