低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第47話 持ち主

 次の探索で、ロックは小さな実験をすることにした。

 

 持ち込んだのは、銅貨ほどの大きさに削った木片。

 

 役に立たない。

 

 失っても困らない。

 

 ただし、片面へ小さく印を刻んである。

 

「まずは置くだけ」

 

 保守路の壁際。

 

 通行を妨げない場所へ木片を置く。

 

 ロックは少し離れ、物陰から様子を見守った。

 

     ◇

 

 最初に通ったのは点検担当だった。

 

 白いホムンクルスは木片の前で足を止める。

 

 細長い器具を向ける。

 

 淡い光。

 

 次に、木片を拾い上げた。

 

 表裏を確認するように回し、床へ戻す。

 

「持っていかない?」

 

 予想と違った。

 

 点検担当は何もせず、その場を離れていく。

 

 しばらくして現れたのは、清掃担当だった。

 

 四本の腕を持つ小柄な保守体。

 

 今度こそ木片を回収すると思った。

 

 だが、清掃担当も木片の前で止まっただけだった。

 

 細い腕の一本が伸びる。

 

 木片へ触れる。

 

 そして、僅かに位置をずらした。

 

 通路の中央から、壁際へ。

 

 それだけ。

 

「……まだ捨てられた物じゃない?」

 

 ロックは帳面へ書き込んだ。

 

木片を単独で設置。

点検、清掃ともに即時回収せず。

通行の妨げにならない位置へ移動された。

 

 剣の時とは反応が違う。

 

 大きさか。

 

 材質か。

 

 危険性か。

 

 それとも、置かれてからの時間か。

 

     ◇

 

 次に、ロックは木片へ紐を結んだ。

 

 紐の反対側は、自分の腰帯へ結ぶ。

 

 そのまま床へ置いた。

 

「これは僕の持ち物」

 

 見た目だけなら、さきほどとほとんど変わらない。

 

 だが、明確に自分と繋がっている。

 

 しばらく待つ。

 

 やがて運搬担当のボーン・サーヴァントがやって来た。

 

 木片へ近付く。

 

 足を止める。

 

 空洞の眼窩が木片から紐へ移り、その先にいるロックへ向く。

 

「見てる……」

 

 数息。

 

 ボーン・サーヴァントは何もせず、木片を跨いで通り過ぎた。

 

 ロックは紐を手繰り寄せる。

 

 木片はそのまま戻ってきた。

 

所有者と物理的に繋がっている物は回収されない。

 

 もっとも、これだけでは所有を理解している証拠にはならない。

 

 身体の一部と誤認しただけかもしれない。

 

     ◇

 

 三つ目。

 

 ロックは紐を外し、木片を床へ置いた。

 

 今度はすぐ横へ座る。

 

 手には触れない。

 

 ただ、木片のそばにいる。

 

 清掃担当が現れた。

 

 木片を見る。

 

 ロックを見る。

 

 また木片を見る。

 

 四本の腕が僅かに動いた。

 

 しかし拾わない。

 

 清掃担当はロックの足元を避けるようにして床を磨き、去っていった。

 

「近くにいるだけで違う」

 

 ロックは木片を拾う。

 

 次は同じ場所へ置き、自分だけ物陰へ隠れた。

 

 木片は見える。

 

 こちらからは保守体の動きも確認できる。

 

 だが、木片からロックの姿は見えない。

 

 しばらくして、清掃担当が戻ってきた。

 

 今度は迷わなかった。

 

 木片を拾う。

 

 器具で表面を確認する。

 

 そして背負った小さな籠へ入れた。

 

「あ」

 

 清掃担当は、そのまま廃棄物収集庫の方角へ歩き始める。

 

 ロックは追わない。

 

 失ってもいい木片だ。

 

 それよりも、結果の方が重要だった。

 

     ◇

 

 保守体の姿が見えなくなってから、ロックは帳面を開いた。

 

所有者が近くにいる間は回収されない。

所有者の姿が確認できなくなると回収された。

紐などで身体と繋がっている場合も回収されない。

 

 ここまでは分かった。

 

 だが、まだ疑問が残る。

 

「どこまでが近くなんだろう」

 

 数歩か。

 

 同じ部屋か。

 

 視界に入っているか。

 

 それとも、保守体が何らかの方法で所有者を感じ取っているのか。

 

 人工始原の巨人が人間の所有権を理解しているとは考えにくい。

 

 もっと単純な基準があるはずだ。

 

 使用中。

 

 携行中。

 

 管理中。

 

 それらと放置物を区別している。

 

     ◇

 

 四つ目の実験。

 

 ロックは腰袋から空の布袋を出した。

 

 中には何も入っていない。

 

 床へ置き、その上へ片足を載せる。

 

 清掃担当が近付いてくる。

 

 布袋を見る。

 

 足を見る。

 

 そのまま通り過ぎる。

 

 次に、足を退ける。

 

 ただし、袋の口を手で掴んだままにする。

 

 やはり回収されない。

 

 手を離し、袋から一歩下がる。

 

 清掃担当はすぐには動かなかった。

 

 ロックを見ている。

 

 さらに数歩下がる。

 

 すると清掃担当が袋へ手を伸ばした。

 

「待って」

 

 ロックが声を出し、前へ出る。

 

 清掃担当の腕が止まった。

 

 ロックが袋を拾い上げると、何事もなかったように床磨きを再開する。

 

「声が分かるのか?」

 

 いや。

 

 言葉を理解したとは限らない。

 

 ロックが近付いたことで、袋が再び管理下へ戻ったと判断したのだろう。

 

     ◇

 

 その日の実験は、そこで終わりにした。

 

 繰り返しすぎれば、保守体の動きを乱す。

 

 警備担当が呼ばれないとも限らない。

 

 ロックは休憩台へ腰掛け、結果を整理する。

 

保守体は所有という概念よりも、物が使用中か放置されているかを判定している可能性が高い。

身体へ接触している物。

身体と繋がっている物。

すぐ近くで管理されている物。

これらは処理されない。

所有者が離れ、管理されなくなった物は異物として回収される。

 

「野営ができない理由も、これか」

 

 寝具を敷いて、その上で眠っている間は回収されないかもしれない。

 

 だが、薪。

 

 調理器具。

 

 食器。

 

 予備の荷物。

 

 少しでも身体から離せば、保守体の処理対象になる。

 

 眠っている間に何を持ち去られるか分からない。

 

 そして何より、保守路は彼らの仕事場だ。

 

 寝床を広げれば、通行を妨げる異物になる。

 

「休憩台を使うしかないな」

 

 壁際の台。

 

 保守員が腰掛けるために作られた場所。

 

 あそこなら、座った人間も荷物も、正しい使い方をしていると判断される。

 

 古代王国の保守員と同じように振る舞えば、排除されにくい。

 

 遺跡へ自分の都合を押しつけるのではない。

 

 残された仕組みに合わせる。

 

 それが、この場所を歩くための唯一の方法だった。

 

     ◇

 

 帰り道。

 

 ロックは廃棄物収集庫の近くを通った。

 

 入口のそばに、先ほどの木片が積まれている。

 

 折れた管。

 

 欠けた石。

 

 砕けた器具。

 

 その隅に、印を刻んだ木片があった。

 

「ちゃんと運ばれてる」

 

 回収された物が、すぐに破壊されるわけではない。

 

 一度集められ、分類される。

 

 修理できる物。

 

 再利用できる物。

 

 処分する物。

 

 その判断を受けるのだろう。

 

 ロックは木片を拾わなかった。

 

 一度捨てた物を取り戻せるか試すこともできる。

 

 だが、それは次でいい。

 

 帳面へ最後の一文を書き加える。

 

廃棄物収集庫は、ゴミ捨て場ではない。

異物と故障品を集め、再利用の可否を判定する場所である。

 

 保守体の動きを理解するほど、人工始原の巨人が単なる巨大建造物ではないことが分かってくる。

 

 無数の小さな判断。

 

 無数の役割。

 

 それらが組み合わさり、一つの身体を維持している。

 

 頭脳が眠っていても。

 

 心臓炉が沈黙していても。

 

 その指先だけは、今なお几帳面に動き続けていた。

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