低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
次の探索で、ロックは小さな実験をすることにした。
持ち込んだのは、銅貨ほどの大きさに削った木片。
役に立たない。
失っても困らない。
ただし、片面へ小さく印を刻んである。
「まずは置くだけ」
保守路の壁際。
通行を妨げない場所へ木片を置く。
ロックは少し離れ、物陰から様子を見守った。
◇
最初に通ったのは点検担当だった。
白いホムンクルスは木片の前で足を止める。
細長い器具を向ける。
淡い光。
次に、木片を拾い上げた。
表裏を確認するように回し、床へ戻す。
「持っていかない?」
予想と違った。
点検担当は何もせず、その場を離れていく。
しばらくして現れたのは、清掃担当だった。
四本の腕を持つ小柄な保守体。
今度こそ木片を回収すると思った。
だが、清掃担当も木片の前で止まっただけだった。
細い腕の一本が伸びる。
木片へ触れる。
そして、僅かに位置をずらした。
通路の中央から、壁際へ。
それだけ。
「……まだ捨てられた物じゃない?」
ロックは帳面へ書き込んだ。
木片を単独で設置。
点検、清掃ともに即時回収せず。
通行の妨げにならない位置へ移動された。
剣の時とは反応が違う。
大きさか。
材質か。
危険性か。
それとも、置かれてからの時間か。
◇
次に、ロックは木片へ紐を結んだ。
紐の反対側は、自分の腰帯へ結ぶ。
そのまま床へ置いた。
「これは僕の持ち物」
見た目だけなら、さきほどとほとんど変わらない。
だが、明確に自分と繋がっている。
しばらく待つ。
やがて運搬担当のボーン・サーヴァントがやって来た。
木片へ近付く。
足を止める。
空洞の眼窩が木片から紐へ移り、その先にいるロックへ向く。
「見てる……」
数息。
ボーン・サーヴァントは何もせず、木片を跨いで通り過ぎた。
ロックは紐を手繰り寄せる。
木片はそのまま戻ってきた。
所有者と物理的に繋がっている物は回収されない。
もっとも、これだけでは所有を理解している証拠にはならない。
身体の一部と誤認しただけかもしれない。
◇
三つ目。
ロックは紐を外し、木片を床へ置いた。
今度はすぐ横へ座る。
手には触れない。
ただ、木片のそばにいる。
清掃担当が現れた。
木片を見る。
ロックを見る。
また木片を見る。
四本の腕が僅かに動いた。
しかし拾わない。
清掃担当はロックの足元を避けるようにして床を磨き、去っていった。
「近くにいるだけで違う」
ロックは木片を拾う。
次は同じ場所へ置き、自分だけ物陰へ隠れた。
木片は見える。
こちらからは保守体の動きも確認できる。
だが、木片からロックの姿は見えない。
しばらくして、清掃担当が戻ってきた。
今度は迷わなかった。
木片を拾う。
器具で表面を確認する。
そして背負った小さな籠へ入れた。
「あ」
清掃担当は、そのまま廃棄物収集庫の方角へ歩き始める。
ロックは追わない。
失ってもいい木片だ。
それよりも、結果の方が重要だった。
◇
保守体の姿が見えなくなってから、ロックは帳面を開いた。
所有者が近くにいる間は回収されない。
所有者の姿が確認できなくなると回収された。
紐などで身体と繋がっている場合も回収されない。
ここまでは分かった。
だが、まだ疑問が残る。
「どこまでが近くなんだろう」
数歩か。
同じ部屋か。
視界に入っているか。
それとも、保守体が何らかの方法で所有者を感じ取っているのか。
人工始原の巨人が人間の所有権を理解しているとは考えにくい。
もっと単純な基準があるはずだ。
使用中。
携行中。
管理中。
それらと放置物を区別している。
◇
四つ目の実験。
ロックは腰袋から空の布袋を出した。
中には何も入っていない。
床へ置き、その上へ片足を載せる。
清掃担当が近付いてくる。
布袋を見る。
足を見る。
そのまま通り過ぎる。
次に、足を退ける。
ただし、袋の口を手で掴んだままにする。
やはり回収されない。
手を離し、袋から一歩下がる。
清掃担当はすぐには動かなかった。
ロックを見ている。
さらに数歩下がる。
すると清掃担当が袋へ手を伸ばした。
「待って」
ロックが声を出し、前へ出る。
清掃担当の腕が止まった。
ロックが袋を拾い上げると、何事もなかったように床磨きを再開する。
「声が分かるのか?」
いや。
言葉を理解したとは限らない。
ロックが近付いたことで、袋が再び管理下へ戻ったと判断したのだろう。
◇
その日の実験は、そこで終わりにした。
繰り返しすぎれば、保守体の動きを乱す。
警備担当が呼ばれないとも限らない。
ロックは休憩台へ腰掛け、結果を整理する。
保守体は所有という概念よりも、物が使用中か放置されているかを判定している可能性が高い。
身体へ接触している物。
身体と繋がっている物。
すぐ近くで管理されている物。
これらは処理されない。
所有者が離れ、管理されなくなった物は異物として回収される。
「野営ができない理由も、これか」
寝具を敷いて、その上で眠っている間は回収されないかもしれない。
だが、薪。
調理器具。
食器。
予備の荷物。
少しでも身体から離せば、保守体の処理対象になる。
眠っている間に何を持ち去られるか分からない。
そして何より、保守路は彼らの仕事場だ。
寝床を広げれば、通行を妨げる異物になる。
「休憩台を使うしかないな」
壁際の台。
保守員が腰掛けるために作られた場所。
あそこなら、座った人間も荷物も、正しい使い方をしていると判断される。
古代王国の保守員と同じように振る舞えば、排除されにくい。
遺跡へ自分の都合を押しつけるのではない。
残された仕組みに合わせる。
それが、この場所を歩くための唯一の方法だった。
◇
帰り道。
ロックは廃棄物収集庫の近くを通った。
入口のそばに、先ほどの木片が積まれている。
折れた管。
欠けた石。
砕けた器具。
その隅に、印を刻んだ木片があった。
「ちゃんと運ばれてる」
回収された物が、すぐに破壊されるわけではない。
一度集められ、分類される。
修理できる物。
再利用できる物。
処分する物。
その判断を受けるのだろう。
ロックは木片を拾わなかった。
一度捨てた物を取り戻せるか試すこともできる。
だが、それは次でいい。
帳面へ最後の一文を書き加える。
廃棄物収集庫は、ゴミ捨て場ではない。
異物と故障品を集め、再利用の可否を判定する場所である。
保守体の動きを理解するほど、人工始原の巨人が単なる巨大建造物ではないことが分かってくる。
無数の小さな判断。
無数の役割。
それらが組み合わさり、一つの身体を維持している。
頭脳が眠っていても。
心臓炉が沈黙していても。
その指先だけは、今なお几帳面に動き続けていた。