低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
翌朝。
ロックは《古代王国の扉》亭の一室で、一人帳面を開いていた。
昨夜の戦いを何度も思い返す。
首なし騎士。
声の怪異。
鈴。
そして。
自分の声。
「……真正面から戦う相手じゃない」
剣で勝てるか。
そう問われれば、答えは「分からない」だった。
だが。
敵の仕組みは少しずつ見えてきた。
ならば考えるべきは、倒し方ではなく封じ方だった。
◇
ロックは紙を一枚取り出した。
中央へ大きく円を書く。
《墓標喰らい》
その周囲へ思い付く限りを書き並べていく。
声を真似る
鈴を鳴らす
音を反響させる
首なし騎士へ命令する
木の上を移動する
実体が薄い
少し考え、
今度は反対側へ書いた。
苦手なもの?
そして空欄になった。
「分からないものは、試すしかない」
◇
昼過ぎ。
ロックは王都の市場へ向かった。
武器屋ではない。
雑貨屋だった。
「耳栓ってありますか?」
店主は目を丸くした。
「耳栓?」
「長旅で眠る時に使うような物です」
「ああ。」
木箱から蜜蝋を取り出す。
「これを丸めて耳へ詰める奴なら。」
ロックは一つ買った。
高い物ではない。
銀貨数枚。
続いて布屋へ寄る。
厚手の布。
紐。
革。
簡単な頭巾が作れそうな材料を揃える。
◇
夕方。
リュンクスはロックの部屋へ入るなり笑った。
「何、その格好」
ロックは頭へ布を巻き、耳を覆っていた。
「試作品」
「強盗みたい」
「聞こえる?」
「聞こえるわ」
「僕も聞こえる」
「意味ないじゃない」
その通りだった。
布程度では声は防げない。
◇
次は蜜蝋を耳へ詰める。
「どう?」
「……」
「ロック?」
「……」
「聞こえない?」
ロックはゆっくり頷いた。
かなり聞こえにくい。
だが。
今度はこちらが喋れない。
会話が成立しなかった。
「却下だね」
耳を塞げば怪異の声も聞こえにくくなる。
しかし仲間との連携まで失われる。
これでは意味がない。
◇
「じゃあ逆に考えましょう」
リュンクスが椅子へ座った。
「何?」
「聞かなきゃいいのよ」
「聞こえるのに?」
「反応しない。」
彼女は指を一本立てた。
「私達は昨日、あなたの声にも私の声にも返事をしなかった。」
「うん」
「それで騙されなかった。」
ロックは少し考える。
「つまり」
「声を情報として扱わない。」
「目だけで確認する」
「そう。」
盗賊は夜盗を警戒する時、
声より手振りを使う。
暗闇では声が居場所を教えてしまうからだ。
「なるほど」
ロックは帳面へ書く。
声を信用しない
合図は視覚
接近確認まで返答禁止
◇
「でも一つ問題がある」
ロックは言った。
「何?」
「一人なら出来る。」
「二人でも出来た。」
「三人以上は?」
リュンクスは黙った。
確かにそうだった。
人数が増えれば、
誰が誰を確認したのか分からなくなる。
「だから今回は二人が限界」
「もっと人数が要る相手なら?」
「別の方法を考える。」
◇
夜。
ヨアヒムも交えて作戦を練る。
「結局、次はどうする」
ロックは地図を広げた。
「倒しません」
「ほう?」
「捕まえます。」
ヨアヒムの眉が上がる。
「理由は?」
「声の怪異を倒しても、首なし騎士の仕組みが分からない。」
「逆も同じか」
「はい。」
リュンクスが地図へ印を付けた。
「私は木の上。」
「僕は墓地。」
「今度は逃がさない。」
「縄か?」
「いいえ。」
ロックは首を振る。
「鈴です。」
◇
首なし騎士は鈴を失うと停止した。
つまり。
鈴は単なる飾りではない。
命令系統の一部。
ならば。
「先に鈴を奪えば」
「騎士は動けなくなる。」
「そして声だけ残る。」
ヨアヒムは煙管を置いた。
「発想は悪くねぇ。」
「でも?」
「相手も二度目だ。」
昨日と同じ場所。
昨日と同じ囮。
昨日と同じ誘導。
そんな単純な相手ではない。
「敵も学ぶぞ。」
ロックは静かに頷いた。
それは自分も考えていた。
《墓標喰らい》は、ただの怪物ではない。
観察し。
記憶し。
次には別の手を打ってくる。
だからこちらも変える。
同じ策は二度使わない。
ロックは帳面の最後へ一行だけ書き足した。
敵は学習する。こちらも学習する。
その一文こそ、この賞金首との戦いで最も重要な情報だった。