【完結】どうやら私は学園のマドンナを口説き落としたらしいけど記憶にないんですけど!? 作:ステラ
「私にとって誰かと一緒に過ごす事は苦痛でしか無かった。最初からそうだった訳じゃないけれど、気付いた時にはそれが当たり前だった」
枢木の家に産まれるというのは幾つもの見えないしがらみや重責を背負わされるという事と同義だった。望んで得たものではないというのに。
本当に幼い頃だけは順当に可愛がられて育った。ごく普通の家庭のように。
だからこそ、厳しく躾られ教育を施される様になって余計にそれが苦痛に思えたのだ。
それでも頑張ってきた。
与えられた課題以上の成果を出せば昔の様に褒めてくれたり甘やかしてくれるのではないかという淡い希望があった。
そう信じていれば頑張れたから。
その希望が儚く散ってしまうのに長い年月は必要じゃなかった。直ぐにその事に気付ける程度には賢い自分が、小賢しい自分がとても嫌だった。
感情を抑えて平気な顔でいられる様になった自分がとても嫌いだった。
やがて何も感じなくなってしまった自分を……そういう事が嫌だと気付く事も出来なくなってしまっていた自分は特に───大嫌いだ。
「そんな時に貴女に会った。遅刻しておきながらヘラヘラと笑いながら通り過ぎようとしていた貴女を。間違ってるから注意しておこう、ぐらいのつもりで……そう思ってたけど」
好きでも嫌いでもないと思い込んでいた。
……本当は少しだけ嫌いだった。
今なら分かる。きっとあの適当さというか緩さというか、自分の人生と相容れない価値観の“なにか”を否定したかったのだ。
そのなにかを捨てずに抱えて生きていける貴女が酷く羨ましかったから。
でもそれはあまりに一方的な。
酷く身勝手な感情で。
無邪気に纏わりついて懐いてくれる姿を見て、心を絆されるのに時間は掛からなかった。
そうしていつの間にか気になっていた。
気付けば好きになっていた。
「自分で言うのもなんだけれど、私ってかなりチョロい人間なんだと思う。貴女に好かれて、だから私も貴女の事を好きになった。そうだと思ってた……今、貴女に告白されるまでは」
私を好きで愛している。
そう告白された瞬間、心を覆っていた鎧が全て剥がれ落ちていく錯覚を覚えた。
強くあらねばならないと思っていた。
弱さを見せないで生きていく事が自分の目指している生き方だと思っていた。
思い違いだった。
小さな頃から枢木紗良という人間は何一つ変わっていなかった。
ほんの少しだけ、周囲より早く上辺を取り繕えるようになっていただけ。傷付きやすい心を必死に隠して強くある
貴女といると自分が弱くなっていくのが分かる。
ううん、まだ強がってる。
私は生まれた時から今の今まで、ずっと弱かったままなんだ。
だから今、身に纏う全てが剥がれている今だからこそハッキリ分かる。
私の好きは、家族愛の代替品。
では無い。
「きちんと言葉にしないといけないとダメだと思うから、言うわ。私も貴女の事を好き。きっと貴女が思ってるより、私が自覚しているよりも遥かに好きよ。愛してる」
「は、はい」
きっと自分の中に眠っていた愛という感情を出力する装置が壊れているのだ。
それ程に今、自分の中の気持ちを抑えきれない。手に入れたいという醜い衝動も。全てを受け入れて欲しいという浅ましい願いまで。
その全てを彼女のためだけに捧げたい。
「……私、きっと面倒くさい女だと思う」
「私の方が面倒くさいですよ、色々と」
「何かある度に嫉妬すると思う」
「私にとってはご褒美です」
「本当に私でいいの?」
「あなたが良いんです」
「じゃあ仕方ないわよね」
「そうですよ」
「好きです。付き合ってください」
「私も好きです。お願いします」
互いに笑いあった。
おかしくはないけど何だかおかしい、そんな矛盾した感覚。気取った風に紗良がありさの左腕を取った、手の甲へ触れるかどうか分からないキスをして熱の篭った視線で見つめる。
ごく自然に頬が緩んで、そのまま誓いの言葉を告げた。
ずっと前から抱えていた展望が、凡そ完璧な形で報われた事に遅ればせながら気付いたありさは嬉しくて涙を流していた。それはきっと、同じように涙を流している紗良にとっても……。
だからこそ同じ誓いの言葉を告げ返す。
2人が互いに何を言ったのかは。
当の2人だけが知っていればいい事だ。
「それでそれで! その後どうしたのよ」
「ふふ〜ん( * ॑꒳ ॑*)」
「あー黙ってる気だ!」
「白状しなさいよ〜あんたのせいでわたし負けてるんだからねー」
「勝手に賭けておいてそんな事言うんだー?! じゃあおーしえなーい」
翌日。
『あ、私たち付き合うことになったから♪』というありさの発言に度肝を抜かれたクラスメイト達は休み時間になる度に積極的に話しかけ質問攻めしていた。
だが、のらりくらりと幸せ気分満開な笑顔で誤魔化されてしまった。
盛大にフラれる予想をしていた友達甲斐のない者も何人も居たが、そこはそれ。独り身の多いクラスメイト達への圧倒的な優位性を見せ付けありさは無事に乗り切った。
「ハイ質問時間はしゅーりょー! それじゃ、私はこれからデートだから♡
みんなバイバーイ!」
返事を聞く気はない。
一方的にそう告げてありさは、普段通りの道を普段よりも遥かに楽しそうに駆け足で向かった。
もうすぐ図書室に着く。
扉の前で手早く身なりを整え、静かに開いた扉の外から中を覗く。
定位置を見て笑みを浮かべる、そこに居る愛しい人も同じように此方に気付いて笑みを浮かべてくれた。
「お待たせ、えっと……紗良」
「待ってないわよ、ありさ」
初めて敬語も何もつけず名前で呼び合う。
それだけでこんなに幸せな気持ちになれて良いのだろうか。
デヘヘ……とニヤニヤしながら席に着いたありさは、躊躇なくそのまま横に座っている紗良の方へと体を近付けた。
今までよりも遥かに近い距離、肩と肩が触れ合いそうな距離で横顔をチラ見する。
「…………」
ぴたっ。
紗良から僅かに体重を掛けられ彼我の距離はゼロになった、攻勢を仕掛けて居たはずのありさは顔を真っ赤に染め上げ慌てて距離を離しアワアワと手を振り上げ抗議をした。
「な、ななな何をするんで、じゃなくて! なにするのよ!」
「あら? ダメよありさ、図書室では静かにしてね?」
しぃー……っと口元に指を当てて静かにしなさい、と促す姿にメロさしか感じずありさの顔はますます真っ赤に染まった。
ああ、これは不味い事になった。
早くこの空気に慣れないと、私は嬉し過ぎて死んでしまう……!
そう痛感してしまう程に、自重の無くなった紗良の甘え方の威力は凄まじいものがあった。
「んもぅっ! いいから勉強しましょ、私実は結構追い込まれてるんですから!!」
「はいはい。今日は1日貴女の勉強を見るって約束だものね」
きっとこのまま特に何の障害もなく、2人きりの時間を育んでいけるだろう。
まさかこの数ヶ月後に記憶喪失になるなど予想できるはずも無く。
未来のことを何も知らない少女たちは。
かけがえのない一瞬を謳歌する為に日々を懸命に生きるのだ。
・あとがき
これにて完結です。
大事なところやイベントだけ選択して書きましたが、もし全てを余すことなく描写してしまうと軽く3倍ぐらいの量になってしまうと思うのでそこは上手く処理できたんじゃないかなって思います。
最後までお付き合い頂きありがとうござました!(´▽`)