……はぁ。
このままだと私、死にますね。
突然だが私は転生者である。
名前なぞ些細な問題であるからして性別に因んで転生令嬢Aとでも名乗っておく。
暇に飽かせて俯瞰的にこれまでの流れを振り返ろうか。
ここはふわっとした中世ヨーロッパ風世界観。
魔法はないが剣はある、そして妙に清潔で食文化が発達している、そんなご都合世界だ。
全然中世でもヨーロッパでもないとは思うが『風』を付けている故、見逃して欲しい。
クレームがあるならいるかどうか定かならぬこの世界の神にでも言って欲しい。
転生者として一人の貴族令嬢の生を乗っ取ってしまった罪は認めるが。
とはいえ、生まれてしまったものは仕方ない。
私なりに慎ましく出しゃばらずなるべく人様に迷惑をかけず生きてきたつもりである。
無論、どうがんばっても平均が精々の私がなるべくしてなった『埋没』だが。
さて、そんなこんなで私はそれなりの地位の貴族の令嬢として第二の生を受けた。
身分に合った教育を受け、可もなく不可もない、そんな評価とともに人生を歩んできた。
能力はそこそこ、野心はない(ように見える)、見目もまぁまぁ。
そんな平均点を煮詰めて形にしたような存在がこの私だ。
そして幸か不幸か、この国の第一王子の婚約者として選ばれてしまったのだ。
……それが原因で絶賛現在進行形で生命の危機にある以上不幸でいいか。
私の婚約者となった第一王子殿下は、まぁ、平凡の域を出ない方だったと思う。
ある意味で私とお似合いと言って良いかも知れない。
人として当たり前の責務はこなそうと試みる。
しかし、同時に人として当たり前の弱さも持ち合わせている。
そして何より甘美なる怠惰の誘惑に弱い。人並みの欲も捨てきれない。
そんな等身大で、個人的には親近感を抱ける婚約者様であった。
……側近候補の言葉を真に受けて物理で私を排除しようとしなければ、であるが。
いや、うん。ホントに困りましたよ。
どうせだったら小物っぷりを突き詰め犯罪とは無縁に生きてて欲しかった。
そもそも私と殿下ってバリバリの政略結婚ですよね?
中くらいの身分の私の家と縁を繋ごうとしたのも手軽で手っ取り早かったからでしょうし。
あんまり生家の身分が低すぎてもアレですし。
公爵家とか侯爵家には手頃な年齢のフリーのご令嬢いませんしね。
うんうん、わかるよ。わかりますよ。
そもそも公爵家とか半分くらい王族みたいなモンですしね。
ほぼ身内。
しかし、決して身内そのものではない。
だからこそ派閥調整とかも大変になるし結婚後も気遣うことが増えてしまう。
年齢的に婚約者となっても無理のない公爵令嬢はいるにはいた。
けれど、彼女は彼女自身の判断によって早々に他国へと嫁いでいった。
他国の王族とあっては否やは難しい。政略上も国益に沿うのだから尚更。
公爵家が力を付けず国に尽くすため、と言えば王家もその忠誠心を褒めそやすしかない。
少なくともそれを論破できるほどの人材がこの世代の王家には不足していた。
それは公爵家にとって幸運なことで私にとっては不運なことであった。
煌めく美貌の才女と誉れ高い公爵令嬢を巡れば国が二つに割れてもおかしくなかった。
だが彼女は国を離れ、それにより決定的は崩壊は見送られた。
水面下で後継争いの火種を残しつつ。
そして巡り巡って私なんぞに婚約者のお鉢が回ってくるとは人生分からないものである。
だからこそ、私は自分が乞われて王家に嫁ぐのだなんて心得違いは抱かなかった。
妥協に妥協を重ねた代打要員。それが私の立場だ。生贄と言っても良い。
むしろ代われるものなら誰かに押し付けたいのが偽らざる本音だった。
とはいえ貴族の令嬢に生まれた以上はこれもお役目。
だから私も出しゃばらず、私なりに婚約者を尊重しながら過ごしていたのだ。
殿下が愛人を囲っていても気付かないふりをしながら。……あ、真実の愛の人でしたっけ。
ぶっちゃけ私は白い結婚*1でも良かったのだ。
そりゃまぁ、私自身や私の実家は肩身が狭くなるだろうが多くを望み過ぎても後が怖い。
才女の公爵令嬢ならばいざ知らず私の才覚など知れたもの。
それを王家も重々ご承知だろうから過度な期待もされぬであろう。
政略結婚らしく表向きには互いを尊重しつつ、プライベートは各々の時間を大切に。
そんな建前で無味乾燥な結婚生活に挑もうとしていた矢先のこと。
殿下とその側近たちは何をトチ狂ったのか私の殺害計画を立ててきたのだ。
どうしてそんな計画を知ったのか。
それは私自身が張り巡らせた緻密な情報網によるもので…
などと言えれば格好良かったのだが悲しいことにそんな事実はない。
単にこちらがなんでも従うものだから先方が調子に乗って大胆になっていっただけなのだ。
まず最初にこちらへの対応がぞんざいになった。
別に構わないが仮にも婚約者なのだから結婚するまでは猫を被っていれば良いものを。
次にこちらとの約束を平気ですっぽかすようになった。
たかがお茶の席なれど回数が重なれば世間は婚約に不安を覚えるもの。
そういった他の貴族家門からの評判の悪化も私のせいにされたが。
まぁ、私のせいでもあるのは否定しないが殿下のせいでもあるとご理解いただきたい。
本来なら無事に婚約者を据え後継争いに一歩リード。
晴れて国王陛下より立太子を受けて次代の王になる確約が欲しかったのだろう。
この国って制度上婚約してないと立太子されないからね。
昔は妃を持つことが必須条件だったからこれでも緩和されたらしいけどね。
とはいえ、殿下から見れば不満がたまる状況であった模様。
いや、でも評判悪化させたから立太子見送られてるんでは? 自業自得では?
ともあれ、ままならぬ現状に焦りと苛立ちが募り私に向ける感情が悪化する日々。
私が基本イエスマン(イエスウーマン?)だったことも手伝い悪感情に拍車が掛かる。
ストッパーがいないと際限なくエスカレートする好例ってことなのかな。
性格による個人差はあるだろうけど。
そこに側近たちの唆しもあってめでたく私の排除決定。
決定的な何かがあったわけではなく下と見做した相手への軽侮が積み重なった結果だろう。
あるいは既に王になった気でいたのかも知れない。
肥大化したエゴというのはいつの時代も厄介な課題である。
それから先は取り付く島もなかった。
こちらとの約束をすっぽかし側近らとの密会に精を出す。
密会と思っているのは当の本人らだけでその大きな声は丸聞こえだったが。
最初は毒殺だった。
良いワインを入手したから是非味わって欲しいと笑顔で瓶を手渡された。
金魚鉢に『うっかり』零したら金魚たちが腹を上げて浮かんできたので父に報告した。
すまない、可愛い金魚たち。
なんで金魚いたんだろうとか思ったけど、なんちゃって中世風世界観だと流すことにした。
それでも婚約解消とならずに継続してるあたり王家も黙認してるんだろうな、とか。
次に転落死を企てられた。
私のメイドを買収し階段から突き落とさせようとしたのだ。
殿下たちは侍女だと思っていたようだが王族と一緒にされては困る。
キチンと学問を修め、礼儀作法やしきたりを熟知した文官女性たる侍女とメイドは違う。
しかも我が家は給金をケチって平民のメイドを世話役に連れ歩いているのだ。
そしてある日、朴訥な彼女は私にこの紙の読み方を教えて欲しいと差し出してきた。
それは殿下からの私の殺害計画の指示書であった。ご丁寧に署名までしてあった。
アホなのか。
そこはせめて側近の名でも代わりに書かせておけよと思ってしまった私は悪くないと思う。
頭痛を抱えながら証拠を仕舞いつつキチンと報告してくれたメイドに褒美を出した。
勝手に侍女と思い勝手に指示書を渡したのだ。読めると思い込んだ殿下らが悪い。
ただ、メイドである彼女には暇を出すことにもなってしまったが。
私が死んでなくてメイドが無事だったら殿下たちが何を仕掛けてくるかわからないし。
もっとも、彼女は喜んでいたが。職を失った形になるが良いのだろうか。
……まぁ、紹介状は持たせたし平気か。
高望みをしなければ次の職くらいは見付けられることだろう。
殿下も消えたメイドの追跡に血道を上げるくらいなら私の始末計画を再度練るだろうしね。
ちなみにこの証拠も王家に黙殺されました。滅べ、王家。
そんなこんなで私は階段から転げ落ちて怪我をしたことになっている。
世間に事件性を周知しつつ王家への出仕を一時中断させるのが狙いである。
これで殿下たちが溜飲を下げ計画を思い止まってくれれば良かったのだが…
残念ながらそう上手くはいかないのが世の常か。
先触れもなく我が家を訪れ現在進行形で私の部屋をノックしている。
先程まで聞こえてきた父や兄らの必死に止める声はもう聞こえなくなっている。
閉じられた扉の隙間から漂ってくる生臭い匂いがその答えと言えるだろうか。
……お父様、お兄様。薄情な娘でごめんなさい。
残念なことだ。
殿下は人並みに愚かで人並みに弱かった。
だからちょっとした誘惑に負け止まれぬままこんなことまでしでかしたのだろう。
私はそれを責める気にはなれない。
いや、嘘だ。
叶うことなら胸倉を掴んで百万遍くらい罵声の限りを浴びせたい。
しかし、それは出来なかった。
何故出来なかったのか? と問われれば理由は色々と挙げられるだろう。
けれど、結局のところ『私が弱かったから』。これに尽きるのだ。
嫁いでいった公爵令嬢ならばもっと何かを変えられたかも知れない。
美貌がなくとも彼女くらいの知性があれば。
あるいは今こうしてそう思うことすらも単なる私の努力不足の結果なのかも知れないが。
けれど、『彼女』ならどうするだろうか? と思いを馳せるのは、まぁ、悪くない。
久方振りに唇が笑みの形を作る。
筆を置き、小さな筒にソレを入れる。
急いだからか封蝋は少し不格好になってしまったけれど、ソレを笑う彼女でもないだろう。
証拠の原本も無理やり詰め込んで私は鳥籠へと近付く。
可愛らしい鳩に餌をやる。
ごめんね。私から餌をやるのはこれが最後になってしまうだろうけれど。
魔法のない世界ではあるが伝書鳩は存在する。
なんちゃって中世風世界観サマサマだ。
そうして鳩が夢中で啄んでいる隙にしっかり足首に筒を固定する。
無事に文通相手に届くかな?
不運な私のこと、途中で鷹や鷲なんかの猛禽類に襲われても不思議ではない。
でもまぁ、その時はその時だ。
どうせことの成否が判明するのはずっと後のこと。
他国に嫁いだ彼女に何処までのことが出来るのかすら分からない。
そもそも友情を感じていたのは私だけでただ彼女を困らせるだけかも知れない。
ま、最低でも外交カードくらいにはなるんじゃないかな?
……なると、いいなぁ。……まぁ、うん。がんばれ!
一体誰にエールを送っているのやら。
思わず苦笑を浮かべてしまう。
それと同時に、肩から力が抜けてゆく。
だから、そう、これは友達の元公爵令嬢に手紙を送る。ただ、それだけのこと。
殿下は私があの人と友達だったなんて思いもよらなかっただろうけれど。
釣り合わない関係であったことは私も自覚してたけど。
……本当に、どうして私なんかを気に入ってくれたんだか。
あるいは単に親切心からのことかも知れない。
あるいは聡い彼女のことだから私の転生者としてのバックボーンを感じ取っていたのかも。
あるいは…
あるいは彼女の社交辞令を私がただ真に受けていただけなのかも知れない。
けれど、そのどれでも良い。
たとえ騙されていたとしても彼女との思い出は幸せだったと堂々と胸を張れるから。
そんな私の気持ちを余所に鳩は青空に羽ばたいてゆく。
天気は快晴。
死ぬには良い日だ、なんて言ったら貴族令嬢らしくないとまた彼女に窘められるだろうか。
その時、背後から決定的な破壊音が響き渡る。
どうやら私の最後の護衛たる扉がその役目を終え散ってしまったらしい。
振り返って無作法な闖入者らの姿を確認する。
息を荒げて、汗で髪をべっとり額に張り付かせながら肩を上下している殿下と側近たち。
彼等は鮮血で濡れた剣を拭いもせず、獣の如く眼光をギラつかせて此方を睨め付けている。
なんとも無様で滑稽な有り様だろうか。
山道の野盗だってもう少し品格というものがあるだろうに。
だから、最後の最後。
結果はどう転ぶか分からない今だからこそ、ふてぶてしく勝利宣言をしておこうかな。
「ざまぁみろ。……ばぁか」
口に含んでいた『ワイン』を嚥下しつつ、喉が焼ける中、掠れる声で私はそう言い捨てた。
なお、この国はのちに滅びました。経緯については、皆様の想像にお任せします。