その中の一人、鬼族の女性は、容姿・武力ともに優れた人物であった。
名を、御輿千代。
今から五百年前、アビスの汚染に蝕まれた彼女は、目に映る悪夢に飲み込まれ、ついには友である雷電影と対峙してしまう。
しかし――
雷電影の「無想の一太刀」によって腕と角を斬り落とされてなお、彼女は密かに生き永らえていた。
これは、誰にも知られることなく稲妻に生き続ける、鬼の物語。
※稲妻の魔神任務及び、ver.5.4イベントストーリー・「三川遊芸夢綺譚」までの内容が含まれます。
時系列は「三川遊芸夢綺譚」の後です。
「おい、あの噂を聞いたか?」
「ああ、聞いた聞いた。あれは本当なのか?」
稲妻の城下町を歩いていると、そんなひそひそ話が聞こえてきた。
その内容が気になったのか、私の傍を飛んでいたパイモンが話に割って入っていく。
「なあ、噂ってなんだ?」
「ん?気になるのか?最近、『鎮守の森』に鬼のような見た目の女性が現れるらしい」
「しかもその鬼には、左腕と左角が無いらしいんだ」
「う、腕と角が…?なんだそれ!怖すぎるぞ!」
その噂話に、パイモンは身体を震わせ、怯えた表情を浮かべる。
鬼……知り合いだと一斗がいるけど、女性って言ってるし、多分別の人なのかな?
「でも、その鬼にはもっと不可解な部分があるんだ」
「不可解な部分?」
「ああ。聞くところによると、その鬼は人を襲わないらしい」
「その上、魔物に襲われているところを助けられたって奴もいる。何かを聞く前に、姿を消したらしいけどな」
人助けをする鬼。
確かに、鬼たちを詳しく知らない人たちからすると、まだ怖がっている人もいるんだろう。
それにしても、腕と角がない鬼……どこかで聞いたような……?
「腕と角がないっていうと、あれを思い出すよな」
「ああ、『虎千代』だな。といっても、虎千代は男性だから、別人だろうけどな」
「!」
「……!虎千代!?」
虎千代って確か、雷電将軍――影の旧友だった御輿千代のことだよね?
まさか、彼女は生きていた?
でも、そうだとしたら、彼女は500年間もアビスの汚染に耐え続けていたことになる。
「旅人……」
パイモンが、不安そうな声で私を見る。
「うん。行ってみよう、パイモン」
そうして私たちは、鎮守の森に向かうことにした。
「やっぱいつきてもここは不気味だぜ…」
来てみたはいいものの、どうやって鬼の人を探そう。
この森も広くはないけど、しらみつぶしに捜すのにも時間がかかりそうだし。
そう思っていると。
「yaー!」
「!ヒルチャールだ!」
周囲の草むらからヒルチャールが湧いてきた。
だけど問題はその数だ。10…いや、15匹はいる。
シャーマンや暴徒も何匹か混じってるみたい。
さらにその奥から、ヒルチャール・雷兜の王が姿を現した。
「か、数が多すぎるぞ!なんでこんなに…」
「群れ、なのかな?パイモンは下がってて」
「お、おう。気をつけろよ!」
私が剣を取り出すと同時に、ヒルチャールたちが一斉に襲い掛かってくる。
手始めにこちらに向かってきた2匹を斬り伏せると、そこへ暴徒の振り下ろした巨大な斧が迫る。
「っ!」
それを咄嗟に避けるが、避けた先にシャーマンが発生させた草元素の蔓が蔓延っていた。
「灼烈閃光!」
私はその蔓を炎元素で燃やし尽くす。
「yaー!」
そしてそこへヒルチャールがさらに3匹。
攻撃をかわしながら、1体ずつ対処していく。
「旅人!後ろだ!」
「!?」
パイモンの声に反応して振り向くと、暴徒2匹の斧がすでにこちらに振り下ろされていた。
避けられない。私はそう確信した。
しかし次の瞬間…
「――伏せて」
「っ!」
私が咄嗟に身をかがめると、暴徒の背後から振り抜かれた一閃が、暴徒2匹を斬った。
「大丈夫?」
ふと見上げると、鬼のような女性がそこに立っていた。
(左腕と左角がない…まさか本当に…!?)
「後は任せて」
そう言うと、鬼の女性は走り出した。
片腕とは思えない軽やかで、そして力強い剣技で、次々にヒルチャールを斬り伏せていく。
気付けばあっという間に、残るは雷兜の王のみとなった。
「グォォォ――!」
雷兜の王が咆哮を上げる。
先ほどのヒルチャールたちとの戦いで、すでに体力を消耗している。雷兜の王まで相手にするとなれば、決して楽な戦いではない。
その剣技に圧倒されていた私も、思わず戦闘に参加しようとする。
しかし…。
「…ごめんね」
振り下ろされた拳を躱し、その右手に握られた剣で、雷兜の王を一刀両断。
あれだけ多かったヒルチャールは一瞬にして、鬼の女性によって殲滅された。
鬼の女性はヒルチャールがもういないことを確認すると、刀を鞘に納め、その場を去ろうとする。
「待って!あなたは…御輿千代なの!?」
「…!なぜ、その名を…っ!」
すると突然、鬼の女性は頭を抑えて苦しみだした。
体からはどす黒いオーラのようなものが漏れている。
「これって、アビスか…?」
「早く逃げて…じゃないと私は、あなたたちを…」
「オイラたちを助けてくれたやつを見捨てるなんて出来ないぞ!」
「うん。パイモンの言う通りだよ」
私は女性に手をかざし、アビスの気配を感じ取る。
そしてアビスの汚染が私の中に吸い込まれていき、黒いオーラが収まっていく。
見ると、女性の顔色もよくなっている。
「……え?」
女性の声が、わずかに震えた。
その声色は、まるで信じられないといった様子で。
その女性は顔を上げ、私を見つめる。
「……これは、一体…?」
「ねえ、話を聞かせてくれないかな?」
「……分かった」
そうして森から少し離れた場所で、女性の話を聞くことになった。
少し歩いた後、私たちは野原で焚火を囲うように座り込む。
改めてみると、女性の顔立ちは本当に綺麗だった。
「オイラはパイモンで、こっちが旅人だぞ!よろしくな!」
「ええ、よろしくね。さて…何から聞きたい?」
「じゃあまず…あなたは、御輿千代…なんだよね?」
その質問に女性はしばし沈黙した後、答えた。
「…そう。私が御輿千代よ。私のことをどこで?」
「それは…」
私は言葉に詰まった。
彼女の伝承は時間の経過とともに形を変え、人々に恐れられている。
それを包み隠さずに伝えていいものか…。
「ふふっ、遠慮しないでいいわ。大方察しはつくもの」
「…あなたのことは稲妻の間で伝説になってるよ。将軍に逆らって致命傷を負わされた伝説の悪鬼、『虎千代』として」
「そう、やっぱりね」
彼女はどこか悲しげな表情を浮かべる。
どこか懐かしんでいるような、それでいて諦めたような…。
「気になるでしょ?私がどうして生きているのか」
「そ、そうだぞ!伝承では死因は明言されてないけど…でも!」
「500年間もアビスの汚染に耐えられるわけがない…あなたたちの思う通りよ。普通だったらね」
「それって…」
彼女は自分の左半身を見つめる。
斬り落とされた左腕が、過去の悲劇を物語っているようだった。
「影に左腕と左角を斬り落とされたあの日…私は斬られて逃げ延びた後、わずかに自我を取り戻した。腕と角と同時に、アビスの汚染の一部も斬り落とされたの」
「!」
「それでも、アビスの汚染が消えたわけじゃない。アビスを抑えきれず、悪夢に呑み込まれる日もあった。だからこそ私は、人の目につかない場所を転々としながら、生き永らえていたの」
「そういう、ことだったのか…」
彼女はアビスを抑えながら、各地を転々としていた。
でも、じゃあ…
「何で今、稲妻に戻ってきたの?」
「…戻ってきたわけじゃないわ。私はずっと稲妻にいたもの」
「えっ?じゃあ何で最近になって城下町で噂になってるんだ?」
「それは…私から漏れ出たアビスが、この辺のヒルチャールを凶暴にしてしまったから。私のせいでヒルチャールたちを苦しめてるし、人々を危険にさらすわけにはいかないでしょ?」
そうか、だからヒルチャールは群れを作って一斉に私たちに襲い掛かったんだ。
そして彼女は、そのヒルチャールたちに襲われる人たちを助けるために…。
「さて、質問に答えたわ。今度は私の番。旅人、あなたのアレは何?どうして私のアビスが収まったの?あんなこと、今まで一度も…」
「旅人はアビスを浄化できるんだぞ!そうだ、旅人なら千代のアビスも…」
「なるほどね…でも多分、それは無理だと思うわ」
「えっ?」
「この500年で、アビスは私の中に深く根付いてしまっている。さっきも、吸い込まれたアビスは私の外側を渦巻く一部だけ。旅人の能力は確かに珍しいけど、完全な浄化は難しいでしょう」
「そ、そんな…それじゃあ、お前は…」
彼女はこの先も一生、アビスに苛まれ続けることになる。
そんなのは、あまりにも…。
「救われないって?そんなことはないわ。旅人のおかげで、大分体が楽になった。ありがとう」
彼女はそう言って私達に笑いかける。
そんな中、ふと気になったことがあった。
「あなたは、影に会おうとは思わなかったの?」
「影に…?」
「そうだぞ!お前が生きてるって知ったら、影はきっと…」
「喜ぶ、かもしれないわね。でも、それはできないわ。影が許す許さないの問題じゃない。これは仲間に、そして影に剣を向けてしまった私なりのけじめなの」
彼女は、焚火を見つめる。
その瞳は、どこか寂しそうだった。
「それに、私のような武人は今の平和な稲妻には不要でしょう?」
「千代…」
「ふふっ、今日はお話しできてよかったわ、旅人。アビスを和らげてくれて、ありがとう。それじゃあね」
「あっ!」
そう言って私たちに笑顔を向けた後、彼女は跳躍し、目にもとまらぬ速度で走り、あっという間に見えなくなってしまった。
そこに残されたのは私とパイモン。そしてパチパチと音を立てる焚火の音だけだった。
朝日が昇り、城下町はいつもの喧騒に包まれている。
結局御輿千代のことは、稲妻の誰にも話していない。
私は雷電将軍がいる城を見上げる。
そして、誰かの声が耳に入る。
「また、鬼が人を助けたらしいぞ」
「そうなのか?その鬼は一体何なんだ…?」
私は、思わず笑った。
その鬼が誰なのか、私は知っている。
けれど、彼女が望んでいる限り、それを誰かに話すつもりはなかった。
きっと今も御輿千代はどこかで、稲妻の民を、旧友を、見守っているのだろう。