足の裏へチャクラを集める。
言葉にすれば、それだけだった。
カゲマルは目の前の木を見上げる。高く伸びた太い幹の先で、枝葉が空を覆っている。
隣では、ナルトとレンがすでに地面から起き上がっていた。
「今のはちょっと失敗しただけだってばよ!」
「俺も!」
「何で張り合ってるのよ」
サクラが呆れる。
「別に張り合ってねぇ!」
レンが言うと、ナルトもすぐ続いた。
「俺もだってばよ!」
スズが二人を見る。
「息ぴったり」
「違う!」
今度は声まで揃った。
カゲマルは笑いを堪えながら、自分の足元へ意識を戻した。
(チャクラコントロールか)
知識としてなら分かる。
足の裏から一定量のチャクラを放出し、それを木の表面へ吸着させる。
少なすぎれば落ちる。多すぎれば反発して幹を傷つける。
重要なのは、適切な量を保ち続けること。
前世で散々見た修行だ。
だが、理解していることと、できることは違う。それは最近、嫌というほど思い知らされている。
カゲマルはゆっくりとチャクラを足裏へ集めた。
「……よし」
一歩。
木の幹へ足を乗せる。
吸い付く感触。
二歩、三歩。そのまま身体を前へ倒し、四歩、五歩。
(いける)
そう思った瞬間、足裏から伝わる感覚が僅かに乱れた。
「っ」
右足が滑る。
身体が離れる前に幹へ苦無を突き立てた。
ガッ。
印を残し、そのまま地面へ着地する。
高さは五メートルほど。
「おお」
レンが声を上げた。
「いきなりそこまで行くのかよ」
「思ったより難しい」
カゲマルは幹に残った傷を見る。
右足。
途中でチャクラが弱くなった。
集中が切れたというより、左右の出力が揃っていなかった。
「なるほど」
ゲンマが言った。
「奈良は頭で理解してから動く分、最初は悪くない」
カゲマルが振り返る。
「でも?」
「考えながら調整しすぎる」
やっぱり続きがあった。
「一歩ごとに正解探すな。感覚で覚えろ」
「……はい」
「木は待ってくれないからな」
カゲマルは苦笑した。
最近、本当に同じところを突かれる。
---
「次、俺!」
レンが前へ出る。
「今度こそいく!」
「さっきも言ってた」
スズが言う。
「今度は本当にいく!」
レンは軽く膝を曲げ、足裏へチャクラを集めて一気に駆け出した。
一歩。
二歩。
三歩。
ナルトより速い。
四歩目。
バキッ。
木の表皮が弾けた。
「うおっ!?」
レンの身体が後ろへ飛ぶ。
地面へ背中から落ちそうになり、空中で身体を捻って着地した。
「危なっ」
レンが木を見る。
幹には小さな抉れ。
ゲンマが言う。
「多すぎ」
「分かりました?」
「見れば分かる」
レンは自分の足を見る。
「力入れすぎたってことですか?」
「そういうこと」
「じゃあ弱くすればいいんですね」
「単純に半分にするなよ」
「え?」
「適量を探せって言ってる」
レンの眉が寄る。
「細かい……」
スズが横から言う。
「そういう修行でしょ」
「俺、こういう微調整苦手なんだよな」
「知ってる」
「まだ始めたばっかりだろ!?」
ゲンマは二人のやり取りを無視して、次にスズを見る。
「水無瀬」
「はい」
スズが前へ出る。
派手な勢いはない。
じっと木を見て足裏へチャクラを集め、一歩目を置く。
そのまま慎重に進む。
一歩。
二歩。
三歩。
四歩。
レンより遅い。
だが、安定している。
六歩、七歩。
そこで身体が僅かに傾いた。
スズはすぐ苦無で幹へ印を付け、地面へ降りる。
レンが目を丸くした。
「俺より高くない?」
「高い」
「何で?」
「知らない」
「嘘だろ」
ゲンマがスズへ言う。
「悪くない」
「ありがとうございます」
「ただ慎重すぎる」
スズが瞬きをする。
「落ちないようにしてました」
「それ自体はいい。でも一歩ごとに確認してたら実戦じゃ使えない」
「……はい」
「最初はそれでいい。慣れたら速度上げろ」
スズは素直に頷いた。
カゲマルは三人の結果を見比べる。
レンは出力が強すぎる。
スズは安定するが慎重。
自分は考えすぎて途中で崩れる。
同じ課題なのに、失敗の仕方が全員違う。
面白い。
---
「じゃあ次は俺だ!」
ナルトが苦無を握る。
サクラが言う。
「さっき落ちたばっかりでしょ」
「今度はいける!」
「根拠は?」
「気合!」
「一番不安な答えね」
ナルトは構わず走った。
一歩。
二歩。
三歩。
四歩目。
足が滑る。
「うわぁぁぁ!」
幹へ苦無を突き立てる。
先ほどよりは高い。
だが、着地したナルトは悔しそうに木を睨んだ。
「何でだってばよ……!」
少し離れた場所では、サスケが無言で木を見ている。
そして走った。
一歩。
二歩。
三歩。
ナルトより滑らかで、高さも上。
カゲマルは目を細める。
(やっぱりサスケは上手い)
だが、完璧ではない。
途中でチャクラ量が乱れ、身体が剥がれる。
苦無で印を残し、着地。
ナルトがすぐにサスケの印を見る。
自分より高い。
「くっ……!」
「フン」
サスケが短く鼻を鳴らす。
それだけで、ナルトの額に青筋が浮かんだ。
「今のもう一回!」
「好きにしろ」
「絶対抜く!」
「うるさい」
カゲマルは懐かしさを覚えた。
知っている。
この二人は、こうやって伸びる。
隣でレンが二人を見ている。
目が妙に輝いていた。
嫌な予感。
「なあ」
カゲマルが言う。
「混ざらない方がいいと思う」
「何で?」
「絶対疲れるから」
レンは少し考えた。
そして。
「でも楽しそうじゃん」
止める前に、ナルトとサスケの方へ行った。
「俺も勝負する!」
ナルトが振り返る。
「お前も!?」
「誰が一番先に上まで行くか!」
ナルトの顔が輝いた。
「乗ったってばよ!」
サスケは冷めた目。
「勝手にやってろ」
そう言いながら、苦無を持ち直した。
スズがカゲマルの隣へ来る。
「増えた」
「増えたね」
「面倒なのが」
「言い方」
---
そして最後に、サクラが木の前へ立った。
「まあ、要するに適切なチャクラ量を維持すればいいのよね」
カカシから説明を聞いた時点で、ほぼ理解している。
足裏へチャクラを集中。
一歩。
そのまま普通に歩くように、二歩、三歩、四歩。
誰よりも安定している。
途中で止まる気配すらない。
「え?」
ナルトが上を見る。
サクラはそのまま幹を登り切り、高い枝へ立った。
「こんな感じ?」
沈黙。
ナルト。
レン。
カゲマル。
スズ。
そしてサスケ。
全員が上を見る。
ゲンマだけが、特に驚いた様子もなく言う。
「そう」
サクラが枝の上で笑う。
「できた!」
「サクラちゃんすげぇぇぇぇ!」
ナルトが叫んだ。
「一発!?」
レンも声を上げる。
スズが感心したように言う。
「綺麗」
カゲマルも素直に頷いた。
「すごいな」
サクラは照れながらも、かなり嬉しそうだ。
サスケだけは無言。
だが、目つきが変わった。
「春野」
ゲンマが声をかける。
「お前はチャクラコントロールがかなりいい」
「ありがとうございます!」
「ただし」
サクラの顔が引き締まる。
「量そのものは多くない。制御の良さをどう使うか考えろ」
「はい!」
そしてゲンマは下にいる五人を見る。
「ということで」
嫌な予感。
「春野が基準だ」
五人の顔が固まった。
サクラが上から言う。
「え?」
「今日中にそこまで行け」
ナルトが叫ぶ。
「無理だってばよ!」
レンも続く。
「今の見た後だと余計無理ですよ!」
「できる奴がいる」
ゲンマは平然としている。
「なら不可能じゃない」
「理屈!」
レンが頭を抱えた。
スズが言う。
「正論ではある」
「スズはどっちの味方!?」
「別にレンの味方ではない」
「班員!」
カゲマルは苦笑しながら木を見る。
高い。
だが、サクラは登った。
なら、できない理由はない。
---
それから何度も木へ向かった。
カゲマルは最初の五メートルから、少しずつ距離を伸ばしていく。
右足。
左足。
出力を揃える。
考えすぎない。
身体で覚える。
七メートル。
九メートル。
十二メートル。
徐々に感覚が掴めてきた。
だが、そこでまた落ちる。
「っ!」
空中で回転し、着地。
息を吐く。
「惜しい」
スズが言った。
「まだ全然」
「最初より高い」
「スズは?」
彼女の木を見る。
こちらも着実に印が上へ伸びている。
「同じくらい」
「嘘。ちょっと上でしょ」
「二十センチくらい」
「上じゃん」
「誤差」
少し離れたところでは、レンが何度目か分からない落下をしていた。
「痛ぇ!」
だが最初のように木を抉ることはなくなっている。
チャクラ出力は少しずつ安定していた。
身体能力が高い分、一度感覚を掴み始めると伸びが速い。
「もう一回!」
すぐ立ち上がる。
その向こうでナルトも叫ぶ。
「俺も!」
そしてサスケは無言のまま、また木へ向かっている。
カゲマルは思う。
(本当に似てるな)
性格は全然違う。
でも、負けず嫌いという部分だけならかなり近い。
---
昼を過ぎる頃。
サクラはすでに修行から外れ、ゲンマの指示で周囲の警戒や別の基礎訓練を始めていた。
残る五人は、まだ木と格闘している。
「はぁ……はぁ……」
ナルトが地面へ座り込む。
レンも隣へ倒れた。
「木って……こんな強敵だったのか」
「分かるってばよ……」
二人が並んで空を見る。
スズが少し離れた場所から言う。
「木は何もしてない」
「気持ちの問題!」
レンが返す。
カゲマルも木へ背を預けて息を整える。
足裏が熱い。
チャクラを細かく使い続けるというのは、想像以上に疲れる。
隣へサスケが座った。
珍しい。
「疲れた?」
カゲマルが聞く。
サスケが睨む。
「お前は疲れてないのか」
「疲れてる」
「なら聞くな」
「ごもっとも」
少し沈黙。
サスケがカゲマルの木を見る。
印の高さ。
そして自分の木。
ほぼ同じ。
僅かにサスケの方が上。
「……お前」
「ん?」
「知ってたのか」
カゲマルの心臓が僅かに跳ねる。
「何を?」
「この修行」
サスケが言う。
「最初からやり方を知ってるみたいだった」
鋭い。
カゲマルは少し考えてから答える。
「理屈はね」
「アカデミーでチャクラコントロールについて調べたことがあるから」
嘘ではない。
全部ではないが。
「でも、知っててもできない」
カゲマルは自分の木を見る。
「やってみたら全然違った」
サスケも自分の手を見る。
「……そうか」
それだけだった。
疑っている様子はない。
やがてサスケが立ち上がる。
「休憩終わりだ」
「早くない?」
「抜かれたくないなら来い」
カゲマルが笑う。
「誰に?」
サスケは答えず、走り出した。
カゲマルも立ち上がる。
---
夕方。
木々へ差し込む光が赤くなってきた頃、最初に変化が出たのはスズだった。
慎重だった一歩が速くなる。
一歩。
二歩。
三歩。
足元を見すぎない。
耳も使っている。
風。
葉。
自分の足音。
それらを確認しながら上へ進み、枝へ手を掛けた。
そのまま身体を引き上げる。
「……着いた」
下からレンが叫ぶ。
「マジ!?」
スズが枝の上から見る。
「できた」
声はいつも通り。
でも、少しだけ嬉しそうだった。
ゲンマが頷く。
「水無瀬、終了」
「はい」
スズが降りてくる。
カゲマルは手を上げる。
「おめでとう」
スズも軽く手を合わせた。
「次、カゲマル」
「プレッシャーかけるなぁ」
「一番近いから」
確かにあと少し。
カゲマルは木を見る。
考える。
いや。
考えすぎるな。
足裏。
チャクラ。
身体の感覚。
一歩、二歩、三歩。
速度を落とさない。
途中で右足の出力が僅かにずれる。
いつもなら、そこで意識が足へ向く。
だが今回はそのまま進んだ。
身体全体で調整する。
十歩。
十五歩。
枝が近づく。
最後に踏み込み、足裏を木へ吸い付かせる。
手を伸ばした。
枝を掴む。
「……よし」
身体を上げる。
下を見る。
高い。
思った以上に。
ゲンマが言う。
「奈良も終了」
カゲマルは息を吐いた。
達成感が思ったより大きい。
影真似を覚えた時とは違う。
派手でもない。
特別でもない。
ただの基礎。
それでも、自分の身体で覚えた技術だった。
「カゲマル!」
下からレンが叫ぶ。
「先行くなよ!」
「待ってるよ」
「すぐ行く!」
その横でナルトも叫ぶ。
「俺も!」
サスケは何も言わず、すでに木へ向かっていた。
カゲマルは枝の上から三人を見る。
レン。
ナルト。
サスケ。
それぞれ違う理由で、負けたくない。
諦めたくない。
だから何度でも登る。
カゲマルは少しだけ笑った。
原作で知っている修行。
そのはずだった。
でも今はもう、知っている場面ではない。
レンがいて、スズがいて、自分がいる。
同じ木登りでも、ここで起きていることはもう自分の知らない時間だった。
「奈良」
下からゲンマが呼ぶ。
「はい?」
「登れたからって休むな」
「……え?」
「降りてこい」
嫌な予感。
「次は?」
ゲンマが千本を動かした。
「走って登れ」
カゲマルは枝の上で黙った。
下ではスズが僅かに笑っている。
「……終わりじゃないんですね」
「忍の修行が一回できて終わると思ったか?」
「思ってないですけど」
「なら降りてこい」
「はい」
カゲマルはため息を吐き、枝から飛び降りた。
その横では、ナルトとレンの叫び声がまだ森に響いていた。