濁る瞳でダンジョンにいるのは間違っているだろうか? 作:童慈
迷宮都市オラリオ。魔物と言う脅威を生み出し続ける、生きた底なしの大穴を塞ぐように建てられた地の外れ、無数の墓石が整列された墓地の中央。
他の墓石より大きく、迷宮都市の象徴たるバベルの塔を模した純白の巨大な墓石の前で手を合わせる男がいた。
「ノアール爺さん、今日もアンタが好きだった酒を持ってきたぞ。もちろんダイン爺さんのお気にの酒もな。バーラ婆さんは酒に弱かったから果実水だ。そっちで楽しく呑んでくれよ。」
小さなバベルの祭壇に2本の酒と1本の果実水の瓶を並べた男は、慣れた手つきで手に持っていた布切れで墓石の掃除を始めた。
「なあ、爺さん達。去年入った新入り達なんだが、つい先日
白亜の塔を強く擦りながら、誰もいない筈の場所で、まるで相手がいるかのように話す男。
「バリトもノールもホゼも皆真面目で愉快で仲間思いの奴らだったんだ。自分たちが逃げたら他のパーティーが被害を受けると思ったんだろうな……100近い
バベルには珍しい黒髪。目が鋭い事以外普通の人並みの顔をした男は、その漆黒でありながら、何故か濁って見える瞳で都市の中心、天を突くバベルを見据える。
「良いやつから死んでいく。若いのから死んでいく。悪人ほどしつこく生き延び、年寄りが無様に生き残ってしまう。どうしてだろうな?」
鈍色のヘルム型の兜。胸部前後を覆う細かな傷が目立つ鎧。上腕まで保護する鉄色の籠手。使い古された鉄靴。鎧の下は黒の上下。腰につけられた蒼いロングソードと墓の側の物置に置かれた漆黒のハルバード。
上位冒険者ほど特徴的、または個性的な格好をしていることが多いオラリオにおいて、雑兵のような格好をした男はその日暮らしの低級冒険者に見える。
「マキシムもレグナントも死んだ。アルフィアもザルドモも死んだ。アリーゼもアーディも死んだ。最強は消え去り、次代は散り、正義も潰えた。それでも尚、オラリオは有る。皆今を謳歌している。過去を忘れ、世界が滅びる事を忘れ、エレボスの献身を忘れ、呑気に生きている。」
オン。
墓を磨いていた男の背からゆらりゆらりと蒼炎がくゆる。
「今の時代の冒険者は冒険をしない。ギルドは口を酸っぱくして言う。冒険をするなと。ふざけている。奴らは何もわかっていない。もはや世界に時間はなく黒竜はいずれ目覚める。なのにこのオラリオの最強が敗残兵たるこの俺とはふざけている。」
ゆらりゆらり。感情に呼応するように炎はゆらめく。
「多くの冒険者が口を揃えて言う。『
壊れたラジオの様にナゼを繰り返す男。
「何故だ?何故なんだ?オッタル。」
墓を磨いていた男の背後。誰もいなかったそこに、いつのまにか人がいた。200
「冒険をせぬ冒険者は殻を破れない。」
淡々と、当たり前の事実を確認する様にオッタルは言う。高位の冒険者ほど知っている真実。挑まない者に成長はない。
「いつまでお前は足踏みするつもりだ。いつになったら俺を過去にできるんだ。いつになったらあいつらは、世界は報われるんだ?いつだ、オッタル。」
ぐるりと振り返った男の顔が鬼になっていた。先ほどまで素顔を晒していた男の顔に痩せた鬼の面が張り付き、濁りきった漆黒の目が、金色でありながら濁りを感じさせる鬼の目に変わっている。
「7日だ。それでお前に並んでみせよう。」
7日。たったそれだけでオッタルはLV8になると宣言した。今のオラリオにおいてたった1人のLV7が、眼前のLV8に並んでみせると宣言した。
「その言葉違えるなよ。もしできなければこのオラリオは蒼炎に沈むと思え。お前の敬愛する女神も例外じゃない。」
「老若男女神魔物問わず、一切合切灰燼に帰す。オッタル、上を目指せ。果てのゼウスとヘラが上り詰めた頂の先を目指せ。出なければ世界は終わる。」
オン。蒼炎が揺らめき模るは鬼の顔。厳しいその顔は恐ろしいモノに見えるが、オッタルには鬼の顔が泣いている様に見えた。
「わかっている。我が友よ。我が神に誓おう。俺は必ずお前を超える。」
淡々と、だが力強く言い切ったオッタルの目を見た男の顔から鬼面が消え、金眼も元の漆黒に戻る。
「早く、早く登ってこい。早く黒竜を打倒し、迷宮を制覇するんだ。そうすれば、世界は平和になる。あいつらの死は報われる。」
炎は消え去り、男は酒に酔っている様にふらりふらりと幽鬼の様にオッタルに歩み寄る。そのまま横を通り過ぎようとする男に、古い友人にオッタルは声をかける。
「お前はいつ報われる?ウォルム?」
「俺に報われる資格も、権利もないさ。何も守れず生き残った敗残兵にそんな贅沢は許されない。」
オラリオ最強LV8『
「オッタル。俺の様になるなよ。」
振り返らずヒラヒラと手を振うウォルム。
ガタガタガタ。ガイン!
墓石の側にある物置に置かれていたハルバードがひとりでに跳ね上がり、回転しながらウォルムの振られる腕に直進し掴まれる。
「お前の思いが報われる日が来る事を願っておくよ。」
このオラリオにおいて、誰よりも強い力を持ちながら、大切なモノを今尚失い続ける哀れな男を、その背が見えなくなるまでオッタルは見続けていた。
「……フレイヤ様。御身の側を離れる不忠をお許し下さい。」
白亜の塔の最上よりコチラを眺める己の女神にオッタルは強い意志を込めた声で告げる。
「我が報われぬ友の為に、命を賭ける事を。」
冷たい風が吹き荒ぶ中、その双眸に炎を宿し歩む。向かうは奈落。神の目届かぬ深淵に偉業を求めて突き進む。