胡蝶家の縁壱とお労しい姉上   作:科学大好き人間

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しのぶ視点です。いよいよ勝負も大詰めですね。


51話 痣

「どうした炭治郎!! 剣筋が乱れているぞ!?」

 

「がっ!!??」

 

「ウゥォオオオリャァアアア!!!」

 

「こいつ背中に目でも付いてんの!? 全部攻撃読まれるんだけど!?」

 

「むー!!」

 

 

夜明けまでまだ半刻以上ある。私たちは既に満身創痍だった。炭治郎は内臓への深手のせいか動きに精細さが欠けていた。その結果、隙を突かれ猗窩座に拳を貰い、右のあばら骨を砕かれてしまった。

 

伊之助は神がかり的な肌感覚で猗窩座の裏拳を防いだが、その瞬間対の日輪刀が中程で打ち砕かれてしまう。その後蹴りを防ぐも凄まじい勢いで吹き飛ばされ、汽車の土台となる土壁まで転がり轟音を上げて打ち付けられてしまった。

 

善逸は私と炭治郎の攻めを捌くのに追われる猗窩座の隙を突いて居合斬りを放ったが、恐ろしいことにそれを猗窩座は親指と人差し指で摘まみ止めてしまった。そのまま返し技として裏拳が善逸の胴体を襲うが、間一髪で禰豆子ちゃんが間に入り、二人ともそのまま薙ぎ払われる。善逸は泣き別れとなってまで庇った禰豆子ちゃんのおかげで一命は取り留めたようだった。

 

 

「有象無象はこれで散ったな!! さあ!! 決着をつけるとしよう!!」

 

「くっ!!」

 

 

 

 

 

 

ー蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れー

 

 

 

 

 

 

 

私は猗窩座と炭治郎の間に割って入り、拳打数発を緩急自在の変則的な動きで何とか躱しつつお返しに連続突きを放つ。しかし猗窩座はその突き全てを日輪刀の横腹を殴り弾くことで防御する。私は驚愕に目を見開く。

 

 

「小娘風情が!! 炭治郎との勝負を穢すなと言ってるのが聞こえんのか!?」

 

 

怒気を放つ猗窩座は下段から拳を振り上げ、私の鳩尾を貫こうと迫る。私は技を放った後の硬直で回避することが出来ないでいた。その瞬間死を悟るが、不可解なことにその瞬間猗窩座は全身を強張らせ拳を寸でのところで制止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーヒノカミ神楽 輝輝恩光ー

 

 

 

 

 

 

 

その僅かな隙間に滑り込むように、立ち昇るような光の龍を幻視させて炭治郎が私を救出する。私は彼に横抱きに抱えられたまま、猗窩座からやや離れた場所へと退避していた。そして同時に、猗窩座が振り上げようとしていた腕の肘先が切断され、それが地に落ちる音がした。

 

 

「はあ・・・はあ・・ごほっ!」

 

「た、炭治郎っ!!」

 

 

炭治郎の吐血が私の胸元に散る。私の白い羽織は鮮血に染まり、私は思わず目を見開いた。

 

 

「炭治郎っ! もういいっ! もういいからっ! せめて貴方だけでも逃げて炭治郎っ!! 私が毒で可能な限り時間を稼ぐからっ!! せめて貴方だけでも生きて逃げ延びてっ!!」

 

「小娘。だったらお前一人で勝手に逃げろ。だが炭治郎は置いてって貰う。元よりあの御方の命令なのだ。逃がしはしない」

 

 

切断された腕を瞬時に再生させ、こちらへゆっくりと振り返る猗窩座から、そのような冷やかな最終宣告が告げられる。奴の眼光に私は震える。

 

 

「しのぶ。大丈夫だ。俺は大丈夫だから。しのぶは伊之助と善逸の手当てをしに行ってくれ。二人とも今ならまだ助かるかもしれない」

 

「そんなっ・・・!!」

 

 

炭治郎は私をゆっくりと地面に降ろす。私は思わず炭治郎の袖を握りしめる。けど彼は優しく微笑み、私の手を袖から離すよう促した。

 

 

「大丈夫。俺を信じてくれ。そもそも今のしのぶの日輪刀じゃもう戦えないだろう? だからもう充分だ」

 

 

私はハッとし自身の日輪刀を注視する。猗窩座に突きを防がれた時の拳打で日輪刀は半ばでへし折れ無骨に曲がり、とても突きを放てるような形状をしていなかった。私は思わず涙を浮かべて声を震わせる。

 

 

「お願い炭治郎。無茶だってことはわかってる。でも私、炭治郎にだけは死んで欲しくないの。だから殿(しんがり)は私に・・・!!」

 

 

私は遂に堪えきれなくなりポロポロと頬に涙を溢した。もうこれ以上は無理だ。炭治郎だけで戦える訳がない。二人で挑み掛かっても猗窩座に決定打を与えることすらできないのだ。このまま戦ったところで結果なんて見えている。

 

私は凄惨な最期を迎える光景がありありと想像できてしまった。だから私は炭治郎の言葉を受け入れることができなかった。それでも炭治郎は首を縦には振ってくれない。

 

 

「大丈夫。もうしのぶは戦わなくていい。後は俺一人でやる。この場で奴と最期まで戦える者はもう俺一人だけなんだ。だからせめて、しのぶは伊之助と善逸の治療に向かってくれ。頼む」

 

 

それを皮切りに、彼は私の手をはたいて袖から強引に私を引き剥がした。そのまま猗窩座に向き直り、炭治郎は驚きの提案する。

 

 

「猗窩座。一対一の勝負を申し込む。ここから先は俺一人で戦う。その間だけで良い。俺が死ぬまでの間は・・・しのぶ達には手を出さないでくれ」

 

「ほう。良いだろう。元々俺はあの御方にお前を殺すよう命じられてこの場に来たのだ。それに正々堂々の真っ向勝負は俺も望むところ。受けて立とう」

 

「ありがとう。恩に着る」

 

 

猗窩座も炭治郎のその言葉を最後に構える。私は炭治郎に手を伸ばすが、彼はすぐさま突進し猗窩座に斬りかかった。

 

 

「しのぶっ!! 二人の下へ行ってくれ!!!!」

 

 

炭治郎は私を一喝する。私は溢れて止まらない涙を拭うこともせずその場を離れ、まずは手近な善逸の下へ駆け出した。彼は完全に失神している。そしてその上で胴を泣き別れにされ、夥しい血を流している禰豆子ちゃんが必死に上半身だけでも起こそうともがいていた。私は決心する。

 

 

「禰豆子ちゃんお願い!! いっそ私を今この場で喰い殺してもいい!! お願いだから今すぐ傷を治して炭治郎を助けに行ってっ!!」

 

「っ!!?? むー! むー!」

 

 

私は禰豆子ちゃんの手を握りそう頼み込む。しかし禰豆子ちゃんはとんでもないと言わんばかりに首を横にブンブンと振っていた。

 

 

「どうして!? このままだと貴方のお兄ちゃんが殺されてしまうのよ!? 禰豆子ちゃんはそれでも良いの!?」

 

「む、むぅ・・・」

 

 

禰豆子ちゃんが逡巡した次の瞬間、突如鈍い音が闇夜に響いた。まるで何かを殴り潰したような嫌な音だった。

 

 

「ぐっ・・・あぁあっ!!!!!」

 

 

振り返れば炭治郎が左目を押さえ猗窩座から数歩押し下がった場所で呻き声をあげていた。

 

 

「潰れた左目。砕けたあばら骨。傷付いた内臓。もう取り返しがつかない。これ以上は無駄に苦しませるだけだな。もう充分だ炭治郎。終わりにしよう。よくぞここまで持ち堪えた!!」

 

 

すると猗窩座は両拳を引き下げ前傾姿勢を取る。私はその構えを見て、奴が大技を繰り出そうとしているのだとすぐさま悟った。私は是が非でも自身を喰わせようと禰豆子ちゃんの口元へ自分の首を押し付けるように抱き寄せた。

 

 

「お願いっ!! 私はもうここで死んでも良いっ!! だから炭治郎の命だけはどうか貴方の手で助けてっ!! お願いっ・・・!!」

 

 

その瞬間、禰豆子ちゃんは私の肩を掴み、私の背後を必死に指さした。私は振り返る。涙のせいで何が起きてるのか見えない。私はそれを拭い改めて目の前の光景を確認する。

 

 

「ぐおっ!!??」

 

 

なんと両拳を炭治郎へ向けて全力で突進しながら撃ち放ったはずの猗窩座が、顔面を切り裂かれ体勢を崩し狼狽えていたのだ。そしてその背後に消えたと思った炭治郎が突如姿を現わし大きな音を立てて着地した。

 

 

「はあ・・・はあ・・・」

 

「ど・・・どういうことだ・・・今までとは一線を画す程の反応速度と回避速度・・・!! それに加えてこの斬撃の威力っ!! そして何より俺の羅針が微塵も反応しなかった!! お前は一体何をした!!??」

 

 

猗窩座と炭治郎が同時に振り返る。彼らの視線がかち合った。しかし狼狽えていたのは明らかに戦況を有利に進めていたはずの猗窩座の方だった。奴は炭治郎の顔を見て目を見開く。

 

 

「なんだ・・・その額に浮き出た炎のような痣は・・・先程まではなかったはずだ・・・お前は一体何者になったのだ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その猗窩座の言葉を聞いて私は炭治郎の額を注視した。夜の闇の中でまるで火鉢で烙印を刻まれたかのように、赤黒く燃えるような不気味な痣が浮かび上がっていた。

 

そのような様変わりした様子とは対照的に、今の炭治郎の気配は静寂そのものだった。まるで植物と正対しているような、そんな奇妙な感覚だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く

 

 

 

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