東流魂街80地区「擂鉢」
まさに、この世の地獄とでも言うべき場所。尸魂界で最も忌避される底辺の場。
あるのは汚泥、腐臭、自己憐憫。ひと呼吸毎に惨めさが肺を灼く。
毎日毎日、大人たちは殺し合いと奪い合いの日々。女は力ある男たちの玩具にされ、子供は鬱憤を晴らすための道具となり、そのどちらも気分次第で殺される始末。
そういった踏みにじられる立場の者たちも、お互いに少ない食料や飲み水を奪い合い、蹴落とし合っている。
そんなどん底の中で、数少ない同胞たちと共に身を寄せあって生きてきた。
だが、その日々は唐突に終わりを告げた。
「た、たすけて……あくたがわさ――――――――」
「けんじ!」
一人の首が刎ね飛ばされる。
「ゆうじっ、しんやっ、りんっ、かつみっ…………!」
続いて、四人が大人たちの振るう凶刃の前に命を閉ざす。
「あくたがわくんっ、たすけて!」
「さやか………!!」
次の一人は、大人たちに手を引かれ連れて行かれる。
「だめ!兄さん、逃げてっ!!」
妹の銀が僕の体を抱えて、すぐそこにあった川に飛び込んだ。
水底に頭をぶつけたのだろう。後頭部への衝撃によって、意識は暗い闇の底へと沈んでいった。
「………ん………にぃ…………」
意識が覚醒する。
「銀っ!!」
「兄さん、動いたら駄目。敵からは逃げられたわ。あの大人たちも、わざわざ川を下ってまで追ってはこないでしょう」
「皆はっ!?」
銀は顔を伏せて、ゆっくりと首を横に振った。
腹の底から、黒い感情が煮えたぎってくるのを感じる。
「兄さんっ、行っては駄目!連中に勝てる訳無いわ。それに、さやかも……きっと、もう………」
「何を勘違いしている?僕は勝利のために行くのでも、救うために行くのでも無い。仲間たちは泥のように生き、泥のように死んだ。だが安い命ではなかったと、連中の躰に刻み込む」
そう言って、走る。振り返らず、ただ敵に向かって、真っ直ぐに。
死など恐れぬ。
冥府も、此処より居心地がよかろう。
何日も飯にありつけず、雑草さえ奪い合って喰らうような日常が
雪の朝に目覚め、隣の友人が物言わぬ骸と成り果てているのを見出す日常が
それが生なのだとしたら、己が息をし生存することの致命的な代償なのだとしたら
ならばこれは復讐。生まれてしまったことへの復讐だ。
大人たちの居場所は分かっている。何時もあの小屋で、年若い女を嬲っているのは知っている。
「………っ!!」
辿り着くと、小屋が滅茶苦茶に破壊されている。
周囲には、血と臓物が転がる地獄絵図。殺さんとした大人たちは、既に息絶えている。
「さやかは…………!?」
小屋の残骸に足を踏み入れ、見渡すと
苦悶の表情のまま、上下に真二つとなったさやかであったものが。
「おんやぁ~、まだガキがいるんじゃない?」
「っ!!」
仮面を付けた異形の怪物。
生まれてこの方、実際に目にしたことはなかったが、僕はそれを知っている。
「
「あら~知っているの?…………あら?もしかして、その娘のお友達?ごめんなさいね、あたし女は食べない趣味なの。食べるなら、力強い男に限るわよね~」
「…………」
「でも、あなたは男の子よね?いいわ、いいわぁ!ちょうど、偶には子供の男も味わいたいと思ってたところなの!ねぇ、ほら………もっと泣き喚いて、命乞いしなさい?」
化け物が何かを囀っている。
言葉は耳に入らなかった。今はただ、己の裡にある感情を処理するのに手一杯だったからだ。
あの化け物は、さやかも、己の殺すはずだった大人たちさえ、僕から奪った。
ならば――――――――
「死ね………貴様の魂を、貰っていく………!!」
床に転がっていた刀を手に取り、奴の仮面に突き刺す。
「ぎゃっ!!こ、このガキー!!」
「ぐふっ」
触手のようなもので腹部を強打され、胃袋の中身を吐き零しながら吹き飛ぶ。
「この、この………見窄らしいガキ如きが、わたしに、わたしの顔に傷をつけたなぁ!!
殺す。甚振って、四肢をバラバラにして、喰ってやるッ!!」
のそのそと、こちらに近づいてくる虚。
くくっ好都合だ。奴の方から出向いてくれるというのなら、近づく手前が省ける。
こちらがもう動けないと思っている虚は、不用心に近づいて四肢を拘束しようと触手を伸ばす。
「ッ消え――――」
「死ね」
背後に回り、奴の後頭部に刀を突き立てる。
「ぎ、ぎゃああああああ!!」
最後の抵抗として、背中から触手を無数の針のように伸ばし、こちらの体を貫く。
そして、奴の体はゆっくりと空に溶けていく。
「は、はは………」
死の実感は冷え冷えと乾いていた。
下らぬ生―――だが、最初からそれを望んでいた訳ではない。
「
死の瀬戸際、そんな疑問が浮かぶ。
「おぉい!?あいつ、こんなガキに殺されたのかよ!?」
「…………っ!?」
もう一体の虚が姿を現す。
「………ちょうど、良い………まだ、足りぬと……思っていた、ところだ…………」
殺す。姿を現したというならば、その魂を頂戴する。
地獄への道行、まだ共に往く者が足りないと思っていたところだ。
「ちッ…………なんだこのガキ、気色悪いぜ。まあいい、腹に入れば同じことだ」
瀕死の躰だが、喰らおうとするならば、それで良い。
その喉を掻き切れるからな。
「ほいっと!!」
突如、虚は後ろからの斬撃で二つに割れる。
「おや………君、大丈夫かい?」
女物の着物を羽織った男が、こちらに声をかける。
「うーん、ボク回道はそこまで得意じゃないんだけど、応急処置程度ならなんとかなるかな?」
「………何を、する………つもりだ…………?」
近づいてくるのならば殺す。そんな意思を固め、刀を握りしめる。
「おっと、怖い怖い。大丈夫、ボクは君の敵じゃない」
「おい!京楽、酷いじゃないか……俺にあんな数の虚を押し付けて…………っと、その子は?
それに、そこの虚の死体はお前がやったのか?」
「いんや、ボクがやったのは一体だけ。もう一体は………この子かな?」
「そんなまさか………いや、その子の握っている斬魄刀に、その霊圧………」
その男は、後からやってきた男と悠長に談笑に興じている。
その隙をついて命を奪い去らんと、全霊の力を込めて立ち上がり、刀を突き刺さんと迫る。
「おっと」
その突きは、男に軽々と防がれ、刀を手放してしまう。
だが、まだだ…………!!何も殺す方法は、刀だけじゃない……!!
男の首元に噛みつく。
「京楽っ!!」
「おやおや………随分、やんちゃな子供だねぇ、どうも」
「…………!!」
噛み切れない…………!!
とても人間とは思えない硬さに、渾身の噛みつきが防がれる。
「ちょっと、眠ってなさい」
「……ガハッ」
男の手刀によって、意識を落とされる。
_________________________________________
「…………はっ」
目を覚ますと、そこは見知らぬ小奇麗な天井が目に映った。
「あっ兄さん、目を覚ましたのね!」
「……銀……?………っ!ここは?」
「ちょっと待ってて、今ちょうど京楽さんもいるから。呼んでくるね」
「待っ――――――」
待て、と言い終わる前に銀は部屋を出て走り去って行く。
ひとまず己の状況を把握しようと、上体を起こして回りを見る。
自分は、今まで見たこともないような上質な布団に寝かされている。部屋も、床の畳から天井に至るまで、全てが清潔に保たれている。
己の体は治療が施されており、全身に包帯が巻かれている。
ここは、どこだ?……先ほど銀は京楽と言っていたな。京楽、僕が意識を失う前に会っていた男も確か京楽と呼ばれていた。…………まさか、あの男が僕をここまで連れて来たのか?
「いやー、目を覚ましたって?安心したよ。君、ずっと目を覚まさなかったから」
「貴様は…………」
「ああ、自己紹介がまだだったね。ボクは京楽春水。護廷十三隊で、八番隊隊長をやってる」
護廷十三隊、確か死神たちの所属しているものだったか。
「君が意識を失った後、君の応急処置をしている時に、君の妹さんの銀ちゃんに会ってね。彼女も一緒に八番隊隊舎まで連れて来たんだ」
どうやら、自分はこの男……京楽春水に命を救われた上、銀まで救って貰ったらしいと理解する。
「なぜ、僕を助けた?」
「なんでって………うーん、そうだねぇ。特に理由という理由は無いんだけど…………」
京楽は頭を悩ませた後に、言葉を続ける。
「あのまま見捨てるのも、目覚めが悪かったし………それに、勿体無いと思ったからね」
「勿体無い?」
「うん。君には、才能がある。君くらいの年で、一人で虚を倒すなんて相当のことだ。だから、君には是非死神になってもらいたいって思ったんだよ」
僕が………死神に…………?
「勿論、強制するつもりはない。恩返しとかも、考えなくていい。けど、君はきっと強くなる。だから、君にはその力を正しく使って欲しい」
「正しく………それが、死神となって力を振るうことだと?」
「うん。まぁ、正しさなんて言葉遊びみたいなものさ。ただボクは、君なら死神となってたくさんの人を助けられると思っただけ。答えは、今すぐ出さなくてもいい。ただ、もし死神になりたいなら――――――――」
「なります」
「へっ?えっ……なる?なるって言った!?早いよ、早過ぎだよ!ほら、自分の人生のことなんだし、もっとゆっくり考えるとか」
僕の命は、この男に救われた。それどころか、生きる意味すらこの男に与えられようとしている。
ならば、最早迷う必要など何処にもなく――――――――。
「……はぁ、決意は硬いって感じだねぇ。分かった、体が本調子になったら色々便宜を図るとしよう。だから、今は体を休めること。いいかい?」
「承知」
「若いってのは、こういう事なのかねぇ…………どうも」
何処か疲れたような表情で、京楽はそう口にした。
_________________________________________
幕間の物語~浮竹十四郎という男~
「ああ君!!目を覚ましたって!?」
勢い良く襖を開け、白髪の男が部屋に入ってくる。
「貴方は、確か…………」
「俺は浮竹十四郎、京楽の友達さ。龍之介が、目を覚ましたって京楽に聞いてね。君とは、是非話たいと思っていたんだ」
「はぁ…………?」
「そうそう!こんな事もあろうかと、君に色々用意してきたんだ」
そう言って、持って来た荷物を漁り始める浮竹。
「先ずはこれだ………!独楽!」
「…………独楽?」
突然独楽を取り出しては、得意げに話し始める浮竹。
「俺も、君くらいの年のころはこういうのに憧れていてね。病弱なのがマシになってからは、良くこれで遊んだものだ」
「は、はぁ?」
「あと、食べ物もあるぞ!!」
そう言って、さらに取り出す。
「おはぎだ!俺も、これが好物でね。良ければ、これから銀ちゃんと一緒に食べないか?いいお茶も持ってきてるんだ!」
「頂きます」
「それじゃあ、銀ちゃんも呼んでこよう!龍之介は、ここで待っていてくれ」
この後、三人で美味しくおはぎを食べていたが、突然浮竹が咳き込み始め体調を悪くしたので、芥川兄妹は必死で介抱することとなった。
真央霊術院でのお話
-
ガッツリ2~3話かけて
-
ダイジェストで
-
どっちでもいい、作者にお任せ