黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_58P 時間との勝負

 ニナとマギーの生業は行商人である。自由都市ズールの露店やら屋台、蚤の市などを廻ってガラクタを買い集めては、ポレシャ市へと持ち込んで小金《こがね》を稼いでいる。仕入れた瓶や皮革、襤褸布に針金、端材に鉄屑が五割増しから倍の値段でほぼ確実に売れるので、額に汗すれば食い逸れのない稼業であった。

 

 利鞘だけ見ればけして悪くないが、かと言って大儲けできるかと言えば、そうは問屋が卸さない。ガラクタは嵩張るし、なにより元の値段が一山幾らの安物だから、背嚢に背負えるだけの荷を詰め込んでも稼ぎはたかが知れている。偶には銅線やくず鉄、簡単な工具に機械類、書籍なども仕入れることが出来て、それなりの値が付いたりもするがあくまで例外だ。

 

 運搬量《ペイロード》を増やすか、もっと単価の高い品の仕入れ先でも見つけない限り、これ以上の稼ぎは増えないが、黄昏の時代(トワイライトエイジ)には、どちらも口で言うほどには簡単ではない。生き馬の目を抜く行商人界隈では大抵、出来るのなら誰かがやっている。

 ニナたちが目を付けたガラクタの持ち込みは、競争相手が少ない市場(ブルーオーシャン)だが、その分、利益は低くて、大きな隊商には割が良くないのだ。

 

 食料などの手堅い品は利幅が薄いし、僻地の村々へ医薬品や武器弾薬と言った貴重品を持ち込んでも、手持ちの現金や物資に乏しければ貧しい村人に買い手は付かない。

 大型居留地に無理して割り込んでも、安定供給してきた顔馴染の商人には中々に勝てないし、市場が限られていれば競り合いや買い叩きも発生する。誰もが喰うのに必死だから、時には流血沙汰に発展するのも珍しくはない。文明の崩壊した(ポストアポカリプス)世界では、食べていけるだけでも中々に重畳である。

 

 ポレシャ公邸の宿泊所に滞在中も日々、自由都市を歩き回っては廃市街や小居留地から流れ込んでくる、或いは曠野を彷徨う鉱夫団や隊商が持ち込んでくるジャンク品の買い付けに、ニナとマギーは勤しんでいた。商売は頭打ちだが、取り立てて焦ってはいない。今現在の収入で出来ることも結構、多いし、驢馬でも買うかな?と考えるくらいには、最近の懐も随分と温かかった。慎ましく生きていくならば、今の立ち位置を維持する努力だけで、二人が生きていくには充分だった。

 

 商売の大枠は年長のマギーが考え付いた。かつて冒険商人の隊商に加わっていただけあって、各地の物価や売れ筋、腹の探り合いまで相応に心得ている。ニナも無駄飯くらいではないと信じたいが、どうにも世慣れたマギーほどには上手く稼げない。

 それでも、マギーはニナをよく慰める。商売を拡大しようと思えば、いずれは理解できる時が来るだろうが、信頼できる相棒がいるだけで随分と助かるのだから、卑下しては欲しくないと根気強く言い聞かせてくる。小遣い稼ぎで行う小動物罠の販売にニナも友人トリスに助けられるので、マギーの論旨は理解できるし、心を落ち着けてくれた。

 

 マギーの行う副業は、古着の買取・販売でこのささやかな商売もかなり順調だった。生産力の落ちた文明崩壊《ポストアポカリプス》の世には、市民階級だって新品の衣服は中々に入手できる代物ではなく、古着を丁寧に繕ったり、布を買い集めて一から縫製する事も多いのだ。継ぎ接ぎだらけの服に色違いの布を当てた渡り人(オーキー)や旅人は珍しくないし、浮浪者《ホーボー》や貧しい巡礼になると襤褸を纏っただけの人物も結構、見かけたりする。異臭を放つ乞食《ベーガー》となると言わずもがなであった。

 

 さて、古着の仕事を長く続けていれば、時には奇妙な品も手元に舞い込んでくる。

「猫耳だね」可愛らしい装飾品を手元に弄びながら、ニナは囁いてみた。

「猫耳だよ」白猫と黒猫のカチューシャを丁寧に手入れしながら、マギーが答えた。

 幸いと虫喰ってることもなく、綻びもないので、夜の装飾品としてそこそこに高く売れるだろう。或いは、市民が子供たちに与えるかも知れないが、頭のサイズとしてはどうみても大人用なので、やはり、売るなら若い恋人か、夫婦だろう。それとも子供の帽子に取り付けるかな?お洒落さんは、どんな時代でもいるものだ。

 

 後はビニール袋に入れて冷蔵庫に長時間、入れて処理すれば虫の卵がついていても殺せるだろう。南方からの輸入品なのでやや高くつくが、瀝青で燻蒸してもいい。

 いつもの手順について書類に書き込んでるマギーに、ニナは黒猫の耳を取り付けた。「なに?」と振り返ったので、白猫の耳を付けたニナちゃんがブラとショーツ姿で「にゃあ」と鳴いた。戯れたいと訴えてみる。仕方がにゃあと言いたげにマギーも「なあご?」と首を傾げた。

 

 時計の長針が一回転して、外からは子供たちのはしゃいでいる声や食事の準備をする旅人たちの笑い声が響いてくる。何やらご満悦なニナ猫がにゃあなあ、ごろごろと、大柄なマギー猫の太腿にじゃれついていた。お返しにマギー猫はニナ猫の毛づくろいをしてやってたが、ふと真顔に戻って考え込んだので「どうしたにゃあ?」とニナ猫は見上げた。

 

 マギーが、ニナに触れた。実在するのを疑うかのように、指でそっと唇に触れて、喉に這わせ、微笑みを返されると小さな胸に頭を預けてくる。

「こんなに愛おしい。一日一日を掛け替えなく感じてる。なのに、一瞬で潰えるかも知れないんだね。たまらなく苦しい」マギーは時々、こんな風に陰に籠る時があった。

「……曠野に生きる者の定めだよ。誰も彼もが、命ある限りをもがいてる」言ったニナが「不満なの?」と尋ねてみる。

 んー、と呻いたマギー。「少し辛い。先に死なないで」妙な事を言い出した。

「分からないけど、少なくとも努力はしてみます。

 最後まで諦めない。約束する。だから、マギーもあんまし思い悩まないで。きっと幸せになれるから」猫の手を作ってペシペシと気の滅入ってるマギーを軽く叩いた。

 んッ。やや不満そうに唸ってから、マギーが力強く抱きしめてきた。

「頑張ってみるよ。でもずっと傍にいてね」ニナの肩に顔を埋めて、低く囁いてきた。取りあえず、今はそれで納得はしたようだ。マギーの望んだ解答であったかは分からないが。

 

 今現在、幸せな生活に見えていようとも、黄昏の時代(トワイライトエイジ)に生きる人々は、常に無法者や怪物、荒れ狂う超自然に脅かされている。ニナたちは大抵の渡り人(オーキー)や自由労働者の数倍は稼いでいるし、精密な地図も持っていて、多少は災厄に備えている。それでも、ポレシャ市でも自由都市ズールでも、ある日、唐突に略奪者《レイダー》の軍団や死の河の襲撃を受けるかも知れず、廃滅した土地もあれば曠野とて地方そのものが滅びないとも言い切れない。

 

 砦の所有者や兵団指揮官のごとき支配者であれば、時と共に力を蓄え、今は太刀打ちできない脅威にも立ち向かえる時が来るかもしれない。しかし、大半の人間は、荒れ狂う暴威に立ち向かう事すらできないのだ。時間との勝負を挑むことが出来るのは――英雄とまでは言わないにしろ、農場主なり、居留地の長なり、なにかしらの影響力や資源などを持った一廉の立場の人物だけであって、名もない人々にとってゾンビ渦や変異獣の群れの襲来は、生き延びる事すら危うい文字通りの災厄であった。マギーでさえ、たかが巨大蟻の襲撃に己が生き残るだけでも精一杯だった。

 

 或いは―――必ずしも破滅が襲い掛かるとも限らない。もしかしたら居留地単位では、百年、二百年くらいの平穏な日々が続いて、その狭間を生きられるかもしれない。未来は常に不確定で、誰にも分からない。今の平穏な日々がずっと続けばいいと願いつつも、努力は続けるべきであろう。武装を整えたり、地図を揃えるくらいは、些かの金と技能を持ち合わせた一般人にもできる筈だった。

 

 そうして危険の少ない土地に腰を落ち着け、雨風を凌げる家屋を構えるのは、曠野の殆んどの流れ者にとって長い歳月と幸運の助けを必要とする一生の大事業であったし、さらに防備を整えるのは、働き者の行商人にとっても儚いほどの望みには違いなかった。だけど時々、ニナとマギーは望みうる最良の夢物語を語る。現実には、些かの木材に段ボールと布を組み合わせた小さな天幕に暮らしながら、屋根にはバリスタを取り付けよう。窓には鉄格子。壁は頑丈な煉瓦造りに漆喰で、庭には井戸と家庭菜園。丸太の壁に番犬たちも飼うのだと、顔を寄せ合ってクスクス笑いながら、遠く霞む未来の景色を夢見るように望むのだった。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

「……族長《ニウヴ》が撃たれた!【嵐の主】が!」

「医師を呼べ!」切迫した叫びの連なりが、大地の舎人(キーパーズオブランド)の大天幕の空気を切り裂いた。駆けつけたルキウス・カッシウスは、族長《ニウヴ》【嵐の主】アウルス・ヴォルトゥリウスの受けた傷を一目見て、手当は無駄だと悟った。

 族長に致命傷を与えたのは、大口径の火縄銃。通称、ウォールガンの円弾《ラウンドボール》が至近で直撃したそうで、族長の体に空いた巨大な空洞には、駆けつけた医師でさえ息を呑んでいた。

 

 傍らでは、妹のムキアが小さく息を呑んで立ち尽くしていた。二人の背後では、父親の無惨な姿に衝撃を受けたか。「……ち、父上が!」呻いた友人のタリウス・ヴォルトゥリウスがげぇげぇと嘔吐している。族長《ニウヴ》の末息子タリウスは、勇敢で美しい若者だが、今まで参加した戦闘は常に弱小の氏族を相手取ったり、僅かな野盗を狩り立てる小規模な追撃戦であり、互角の勢力を持つ部族との大規模な抗争に参加したのは初めてであった。もっとも、それはルキウスや他の若年者にとっても同じであったし、次々と本営に運び込まれる負傷者の人数に開戦前の楽観的な空気は既に吹き飛んでいたが、一方で、合戦の趨勢《すうせい》はいまだに不鮮明で、『大地の舎人(キーパーズオブランド)』と『青葉衆《グリンリーフクラン》』の抗争に、どちらが勝利を収めるとも判じ難かった。

 

 天幕の外では、遠く金属のぶつかり合う音と怒号、銃声が交錯し、地に砂塵が巻き上がって戦場の全てを覆い隠している。時折、灰の帳を裂くように騎兵の影が走り抜け、轟音と共に火縄銃の白煙が吹き上がり、応戦するように矢の雨が降り注いだ。敵味方の旗が遠く風に翻りながら、次の瞬間、煙と砂塵に呑み込まれる。

 非戦闘員の医師や召使いなど、誰もが不安そうに佇む中、気遣うようにタリウスの傍らに屈みこんだムキアが強張った表情で「……兄さま」と呟いた呼びかけは不安か、恐怖に震えていたが、ルキウスは冷たい眼差しで一瞥し、黙らせた。

 

 火縄銃とは言え、蒸気騎士の扱うそれは、人が扱う鉄砲とは重量からして倍も違う。本来は防壁に設けて(ウォールガン)、接近してくる敵を狙い撃つ設置武器であるそれを、蒸気騎士は機械仕掛けの膂力で無理やりに携帯武器として運用している。端的に言って、対人用としては常軌を逸した威力である。一発当たりの威力だけ比較すれば、7.62ミリの軽機関銃を遥かに上回っており、初速の遅さと円弾の形状は、この場合、衝撃波の拡大に作用して、鎧を付けた軍馬だろうが、大型の変異獣であろうが、ほぼ確実に致命傷を与える。強力なボディーアーマーを身に着けていれば、辛うじて耐えられるかもしれないが、肉や骨になんらかの損傷を受けるのは避けられない。

 

 ナノ治療薬や、細胞再生薬を用いても手の施しようがない。最低でも二十世紀後半程度の大病院の外科技術と万全の手筈を整えた設備が必要だろうが、そんなものを黄昏の世(トワイライトエイジ)の遊牧民が持ち合わせている筈もない。

 

 しかし、密集した蒸気騎士の隊列に真っ向から突撃するとは。【嵐の主】とは言え、蛮勇と呼ぶにも無謀過ぎたと、その時のルキウスは単純にそう思った。後で聞いてみれば、実際にはけして無策ではなく、煙幕に乗じて接近したそうだ。火薬や油を詰めた火炎壺を投げつけて、蒸気騎士たちを仕留めようとしたとの狙いで、貴重なガソリンがなくとも、確かに蒸気騎士を仕留めるうる威力の火炎壺だが、蒸気騎士たちが一枚上手だった。

 偽の囮に引っ掛かった挙句、至近距離でウォールガンの一斉射撃を受け、【嵐の主】は、愛馬諸共に吹き飛ばされた。相手の騎士隊長は【貫く刃】ダーディオ。名高い騎士であり、機動と衝撃を誇る騎兵と戦う術も十分に心得ていたと言うことだろうか。

 

 世界は広く、鋭い用兵家も、腕利きの戦士も巷には犇めき合っており、恐らくルキウスが指揮を執っていても、同じように伏撃を受けていたに違いない。だが、その頃のルキウスは少年期の全能感に捉われており、例え、族長が戦死しようとも、【貫く刃】ダーディオが猛威を振るおうとも、『大地の舎人(キーパーズオブランド)』は問題なく勝利しうると傲慢にも過信していた。なぜなら、戦頭である父【赤眼】ティトゥス・カッシウスが健在であったからだ。

 

 超人と呼ばれる者が時折、曠野に生れ落ちる。古代高度文明で遺伝子に戦闘調整を受けた軍人の末裔だとか、大自然の脅威に対して進化をした人類と見做す者もいれば、口がさない者には変異者の一種だとか、生物兵器の末裔、科学物質の汚染の結果や変異獣の血が混じったと忌避する者らもいる。

 

 超人は、常人より僅かに膂力が強かったり、反応速度が優れていたり、傷の治りが速かったりする。とは言っても、男女の筋力ほども差はなく種として見れば僅かな違いでしかない。素手で熊や獅子、大型変異獣には太刀打ちできないし、強化型の変異者にも遠く及ばない。ただし、彼ら彼女らの外見は人間と変わらないし、病気にもなりにくく、肉体の最盛期が長く続き、寿命も長い。知性や記憶力、閃きに関しても優れていることが多い。そして何より、学習能力が高い。素のままではちょっと強い人間でしかないが、訓練を積み重ねて技量が達人の領域に至れば、それは基礎能力が人の限界を超えた超人への到達を意味していた。そして部族の守護戦士《チャンピオン》【赤眼】のティトゥス・カッシウスは、鍛え抜かれた百戦錬磨の超人であった。

 

「まさか、【嵐の主】が討死なされるとは……」長老の一人が呻きを洩らした。

「【貫く刃】のダーディオ率いる蒸気騎士の砲列に……彼奴ら、いまだに猛威を振るっておりますれば……」伝令の報告に苦々しげな表情を浮かべる本陣の長老たち。

「連中、あんなものを隠していたとはな……豊富な弾薬と言い、手練の傭兵どもと言い、金だけは持っておるようだ」

「おおかたは、豪商ガズーやら、ルカリの商人組合の手配であろうよ。『青葉衆《グリンリーフクラン》』めが高原を抑えた暁には、連中、格安で産物を抑えるつもりであろう。

「我らが地を商人どもの食い物にされる訳にいかぬ。尚のこと、彼奴ら如き浮浪の輩にデンの地を引き渡す訳にはいかぬな」

「とは言え、族長が戦死なされた。さて、どうしたものか」

 流石に右往左往はしないが、動揺は隠しきれずに長老たちは地図を眺めて囁き合っている。

「落ち着かれよ。族長が戦死なされたとて、我らにはまだ数多の戦士たちが残っている」ルキウス・カッシウスが凛とした声で言い放つと、誰もが気を取り直したように頷いた。

「父上はいずこにおわす?」ルキウスの質問に「おお、『護り手』か」、『大地の舎人(キーパーズオブランド)』最強の戦士の存在に長老たちは深々と頷き、呆然としていたタリウスも、ハッとしたように喚いた。

「そうだ。叔父上は何をしている!前線が危うい。今すぐ叔父上を連れてまいれ!」

 大天幕の衛視たちが顔を見合わせ、一人が進み出て報告した。

「ティトゥス・カッシウス様は、奇襲してきた敵を迎え撃っております」

「なに?」

「補給を狙ってくるはずと仰せになられ、手勢を引き連れて裏手へと向かわれましたが、スネイクバイト共に食い下がられてるとの由」

「父上にしては、らしくないな。たかが小娘の集まりに手古摺っているとは」顔を顰めて呟いたルキウス・カッシウスは、少し考えてから「案内しろ」と衛視たちに命じた。

 

 あらゆる障害を打ち倒す騎馬隊。無敵を誇る嵐の騎手たち。部族の幼稚な喧伝を鵜呑みにするほど馬鹿ではないと鼻で笑っていたルキウスも、実際は、ムキアやタリウスよりも肝が据わっていた訳でもなんでもない。腹の底では、父の不敗の神話だけは子供みたいに無邪気に信じていたのだ。だから、族長が親衛隊ごと吹き飛ばされても動じなかっただけに過ぎない。ようするに、ルキウス・カッシウスも、冷酷な現実が襲い掛かってくるまで己が夢の国に生きていたことにすら気づかなかった、どうしようもない鼻垂れ小僧に過ぎなかった。

 

 

 戦場の喧噪から陣営の裏手をさらにかなりの距離、後背に下がった場所に、最も重要な補給地が設けられていた。

 遠目にも目立たぬよう、隠蔽を兼ねた色あせた天幕がいくつも張られ、影には木箱が積み上げられ、壺が並んでいる。刻印や墨書で「糧秣」「矢弾」と記された箱は、角が擦り減り、幾度も運び直された痕跡が刻まれていた。

 無論、他にも複数の補給地に分散し、囮も併設してあるが、それでもなお、本命を嗅ぎつけて襲ってきたのであれば、確かに侮れぬ戦術眼の持ち主であろう。【貫く刃】のダーディオに並び、敵ながら大した奴とルキウスも感心していた。

 土嚢と木柵で防備を固めた入り口を通り抜ければ、天幕の間を縫うように、大口の壺や甕が並んでいる。穀類や酒、油が詰まった補給品は、日差しを受けて鈍く光り、鼻を近づければ酸味や香辛料の匂いが漂っている。

 タリウスとムキア、そして二名の護衛兵を引き連れて、補給地へと乗り込んだルキウスだが、ひどく静かだ、と違和感に喉を鳴らした。主戦場に大半を投入した為、守りの兵は多くない。が、まるで人影を見かけないのは明らかに異常であった。粗末な机の上には描きかけの巻物や帳簿が広げられ、荷車が放置されている。

 

「恐らく、父上は何処かで、敵を迎え撃っている筈だ。楽しんでいるのだろうが、早く決着を付けてもらわねば……」言いながら、ルキウスは歩を進め、そして――――

 

 デンの護り手――戦鬼、赤眼のティトゥス・カッシウスは、獰猛に歯を剥き出し、まるで笑っているような表情のまま、首だけになって地面に転がっていた。

 仁王立ちした肢体には、首から上が無い。

「ち、ちちうえぇえ?」声が素っ頓狂に外れたのをルキウスは自覚していたが、抑制できなかった。ひどい間抜け面を晒していたと思う。

 

 傍らでは、黒装束の若い女が剥き出しの刀を肩に掛けて、億劫そうに木箱に腰かけていた。

 ひどく疲れ切った表情で、こちらを見「子供……殺したくないな」そんなことを呟いた割に、ルキウスたちとそれほど年も背も違わなかったと記憶している。

「貴様ァ!」止める間も無かった。

 タリウスが―――タリウスの拳銃を握った両の手が斬り飛ばされていた。

「あああ!手が!僕の手がァ!」ルキウスには、女が何時、刀を振ったのかすら見えなかった。

 二人の護衛兵が、やっと動いた。動き自体は素早く、後込め式のライフルを構え、発砲し、今でも目の錯覚を疑うような素早さの女は、猫科の猛獣のような動きで弾丸を躱してのけた。

 火縄銃ではない。遥かに速い、後装式ライフルの紙薬莢弾だ。それの銃口を見て躱した。父上のように。超人。それはそうだ。大地の舎人(キーパーズオブランド)に超人がいるのなら、他所にだっている。

「お、お前も超人か」ルキウスの震え声での問いかけに、二人の護衛兵を切り捨てた女が「ああ、いや。普通の人間。ただ少しドーピングを……そうか。超人か。これ……強かったな」父の首を眺めながら、ひどく気だるげに呟いていた。

 そこで、やっと気づいた。味方の戦士たちが幾人と死んでおり、蛇の刺青を入れた女たちが――此方も若干、地に伏していたが、物陰に潜んでいる。

「殺せ!この女を撃ち殺せェ!」半狂乱のタリウスが叫び、妹がリボルバーを抜いた。

「止せ、ムキア!」ルキウスは叫んだが、発砲よりも早く、若い女はムキアの背後に移動し、刀を振り抜いた姿勢を取っていた。妹が銃を構えた姿勢のまま、静止していた。

 「……兄さ」縋るように見つめてきたムキアの首筋に赤い線が走った。頭部がゆっくりとずり落ち、切断面から吹き出した鮮血が、兄《ルキウス》と幼馴染《タリウス》の顔を濡らした。タリウスが絶叫している。

 スネイクバイトたちが油を巻いて、松明を放った。

 補給基地が燃え始める。

 信仰を砕かれたルキウスは、よろよろと妹と父に近寄り、二人の身体を抱きしめた。そのまま、凍り付いた氷像と化したかのように頭が真っ白になり、声ひとつ発せず、茫然と座り込んでいた。夕刻の風が唸るように吠え猛り始めていた。

 

 

 

―――――――――――――

 

マギーちゃん「みなのしゅう、ひきあげじゃあ!」

 

 

 

 

 

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