TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~   作:パラレル・ゲーマー

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第47話 他人が使える魔法カードを試すのに癌患者はいらないらしい

 《静かな旧校舎》が新たな土地カードとして成立し、啓介のマナの総量が「8」に増えた翌週の土曜日。

 

 啓介、相馬、三崎、そして藤堂の四人は、国から借り受けたばかりの廃校に集まっていた。

 旧職員室ではなく、一階の普通教室。先日、啓介が『安全な作業・検証スペース』として管理記録に指定した部屋だ。

 

 今日は、厚労省の久世も、医療側の桐生も来ていない。

 理由は単純だ。今回は重大な医療行為を検証するわけではなく、魔法の極めて初歩的で低リスクな『基礎試験』を行う日だからだ。

 医学と安全面の監督として三崎。事業と運用面の確認として相馬。行政側の記録・確認役として藤堂。そして術者である啓介。この四人で十分だった。

 

 アカネは、今日もマンションで留守番だ。

 この廃校はすでに啓介の管理地になったが、だからといってアカネを連れてくる必要が生まれたわけではない。周辺から見えやすい施設でもある以上、用もないのに目撃リスクを増やす理由はなかった。

 

 啓介は、教室の前に残されていた黒板ではなく、持ち込んだホワイトボードの前に立ち、ペンで本日の目的を書き出した。

 

 《他者使用カード・基礎試験》

 ・目的1:第三者による物理的発動のプロセス実証。

 ・目的2:UIがない状態での『対象判定』の動作確認。

 

 相馬が、教室の古びた椅子に座りながら笑った。

「……なんか、こういうことやるためにわざわざ学校借りたと思うと、急にそれっぽくなってきたな」

「学校じゃなくても、マンションの部屋でもできるけどな」啓介が答える。

「雰囲気だよ、雰囲気。大事だろ」

 

 三崎が、手元の資料を見ながらそもそもの『宿題』を確認した。

「前回の会議で、他人が使える外部化カードの仕様について、システムに確認したよな」

 

 ・誰でも使える。

 ・物理的な譲渡が可能。

 ・使用者の事前固定はなし。

 ・啓介の許可なしでも勝手に使える。

 ・使用者には《創世札典》のUIは見えない。

 ・発動は、カードを所持して『カード名+使用の意思表示』を発声すること。

 ・使用時にマナの支払いは不要(製造時支払い済み)。

 ・一回の使用で消費(消滅)する。

 ・備蓄可能。

 ・一日に一枚しか外部固定化(製造)できない。

 

「そこまでは分かっている」三崎が言った。「問題は、一番最後だ」

 

 外部の人間、例えば桐生が使用する場合。彼には、啓介が見ているような光るUI画面は見えない。

 だとしたら、癌カードを使用する時、「この患者の、この病変」という具体的なターゲットを、どうやって指定すればいいのか。

 

 啓介が言った。

「対象指定の挙動を調べるなら、一回、外部用の癌カードを作って……」

 

「作んなよ」

 三崎が、即座に、極めて冷たい声で遮った。

「いや、作らないよ」

「お前、今ちょっとだけ『とりあえず癌カード作ってみるか』って前提で考えてただろ」

「……まあ、ちょっとだけ」

 

 相馬が呆れたように言った。

「なんで、システム検証の一番最初の実験から、一日のほぼ全魔力(7マナ)をぶち込んで、人間の体内の癌を狙い撃つような真似をするんだよ。リスク管理どうなってんだ」

 

 三崎がホワイトボードを指差した。

「今、俺たちが知りたいのは、『外部の利用者が使った場合、魔法が対象をどういう風に指定して認識するか』の挙動だろ?」

「そうだな」

「だったら、いきなり人間の癌で試す必要なんか全くない」

 

 相馬が、自分の着ている白いTシャツを指差して言った。

「シャツでいいじゃん」

 

 啓介が首を傾げた。

「……シャツ?」

 相馬が頷く。「お前、もうそのカード持ってるだろ。あれだよ、《衣服の身だしなみ》」

 

 その言葉に。

 啓介、三崎、藤堂の三人が、「あ」と同時に声を漏らした。

 

 啓介はバインダーを呼び出し、既存のカードを確認した。

 《衣服の身だしなみ》。

 コストは物資1。

 効果は、『自分が着用している衣服の皺、汚れ、臭いを除去し、傷みを軽度修復する』。

 

 ここが重要だ。

 カードのテキストに、『自分』という相対的な対象指定が入っている。

 啓介本人が使えば、当然「啓介の服」が綺麗になる。

 

 では、これを外部カード化して、相馬が使ったら?

 テキストの『自分』は、「誰」になるのか。

 

 啓介がホワイトボードに二つの仮説を書いた。

 ・仮説A:外部化しても、「自分」はカードの製作者である『門倉啓介』を意味し続ける。

 ・仮説B:外部カードでは、「自分」は『実際の使用者』を意味するようにシフトする。

 

 常識的に考えれば、Bだ。

 しかし、それを実際の挙動として確認したことは、まだ一度もないのだ。

 

 三崎が言った。

「この基本的な挙動テストを、リスクの高い癌の治療でやる必要はない」

 相馬も同意する。

「服なら、もし失敗して仮説Aになっても、俺の服が汚いまま残るか、お前の服が綺麗になるか、どっちかだけだ」

 啓介は深く納得した。

「……圧倒的に安全だな、それ」

 

 相馬は、今日のために、万が一失敗してもいいように安い白いTシャツを着てきていた。

 啓介も、車の中に積んであった予備の白いTシャツを取り出し、普段着の上から被って着た。

 二人とも、同じ「白いTシャツ」という条件を作る。

 

 相馬が、買ってきた冷めたインスタントコーヒーのペットボトルをテーブルに置いた。

「これ、本当にかけるの?」

 三崎が真顔で言った。「嫌なら、コーヒーじゃなくて醤油でもいいぞ」

「コーヒーでいい。余計嫌だわ」

 

 実験の準備が始まった。

 啓介と相馬、二人の白いTシャツの胸元に、スポイトで布地の表面に留まる程度の少量のインスタントコーヒーを落とす。茶色い染みが広がる。

 さらに手でクシャクシャと揉んで、軽く皺をつけた。

 

 藤堂がスマートフォンで、二人の状態を写真に記録する。

 A:門倉。コーヒー染みあり。皺あり。

 B:相馬。コーヒー染みあり。皺あり。

 

 これで、比較対象ができた。

 もし、相馬が外部カードを使って『相馬のTシャツだけ』が綺麗になれば、「自分=実際の使用者」であると強く判断できる。

 

 三崎が念押しした。

「一応確認するけど、この魔法は人体には何も作用しないんだな?」

「ああ。衣服だけだ。俺が自分ですでに何度も使ってるから、そこは確認済みだ」

 実際、啓介は過去にも、仕事で着たワイシャツの汗染みや臭いを消すためにこのカードを日常的に使用していた。人体への新規の作用テストではない。

 

 啓介は、外部化のコストを確認した。

 《衣服の身だしなみ》の通常コストは、物資1。

 他者使用カード化するための追加コストが、任意1。

 合計、2マナ。

 今日の啓介のマナ総量は8。余裕で足りる。

 

 相馬が笑った。

「癌カードの『一撃で7マナ』って話を聞いた後だと、急に財布に優しく感じるな」

「たった2マナが安く感じる時点で、お前の金銭感覚じゃなくてマナ感覚がおかしくなってるんだよ」

 

 藤堂が確認する。

「門倉。これを作ったら、今日はもう別の外部カードは一枚も作れないんだな?」

「うん。一日一枚の制限があるから」

「じゃあ今日は、この一枚をちゃんと使って、このテストを完遂しろ。欲張って途中で別のテストまでやろうとするなよ」

 一回一テーマ。

 今回確認するのは、第三者による発動と『自分』の解釈だけだ。

 

 ついに。

 啓介は、初めて本当に『外部カード』を作るプロセスに入った。

 今までは仕様確認だけで止めていた。今回が、《創世札典》から実際に外部カードを固定化する最初の一枚となる。

 

「システム。《衣服の身だしなみ》を外部固定化」

 啓介は、物資マナ1と、任意マナ1を支払った。

 

 バインダーの中に存在する光の「概念のカード」とは別に。

 啓介の手のひらの上に、光の粒子が集まり、物理的な一枚のカードが現実世界へと具現化した。

 

「……できた」

 

 それは、普通のトレーディングカードゲームのカードとよく似た、少し厚みのある紙のような質感だった。

 表面には、《衣服の身だしなみ》のイラストと、名称のテキストが印字されている。

 

 相馬にも、三崎にも、藤堂にも、それは「普通の実物カード」としてはっきりと見えた。

 藤堂が回していたスマートフォンの録画にも、カードそのものは普通に映っている。

 ただし、啓介だけが見ている光るUIの枠や、マナの残量表示などは、そのカードには一切ついていない。

 

 啓介が、その物理カードを相馬に手渡した。

「……なんか、すげえ軽いな」相馬がカードの縁を指でなぞる。

「そりゃ、カードだからな」

「これが、2マナか」

「カードの素材代に払ったわけじゃないからな」

 

 この瞬間、外部カードは物理的に啓介の手元を離れ、相馬が所持する実物カードになった。

 ただし、啓介と《創世札典》との関係まで完全に切れたわけではない。外部固定化したカードのおおよその位置は、啓介側から把握できることがすでに分かっている。

 

 今日は、その譲渡機能そのものを改めて試す必要はない。

 確認するのは、『自分』という対象指定が誰を基準に解釈されるかだ。

 

 発動前の最終確認。

 藤堂がスマートフォンで録画を回す。

 啓介の胸に染み。相馬の胸にも染み。

 二人の距離は、一メートルほどしか離れていない。

 

 つまり、「製作者」と「使用者」が同じ部屋の至近距離にいる状況だ。

 もしシステムが「自分」を「製作者(啓介)」基準で判定した場合、相馬が使っても啓介側の服が綺麗になってしまう可能性がある。

 

 相馬が、カードを持って少しだけ嫌そうな顔をした。

「……これ、システムで言われた通りに、絶対そのまま叫ばないと駄目なんだよな?」

「ああ。カード名と、使用意思の発声だ」

「三十六歳のおっさんが、休日の学校の教室で『衣服の身だしなみ、使用!』って叫ぶのか……」

 三崎が冷たく言う。

「誰も録画データをSNSに公開したりしないから、安心しろ」

 藤堂が続ける。

「ただし、行政の記録映像としては厳重に残すぞ」

「最悪じゃねえか」

 

 相馬は観念して、カードを真っ直ぐに持った。

 息を吸う。

 

「《衣服の身だしなみ》、使用!」

 

 相馬の手の中にあるカードが、反応した。

 一瞬、淡い光がカードから放たれる。

 

 そして――。

 

 相馬の胸元にあった、茶色いコーヒー染みが。

 スッと、嘘のように消え去った。

 手でつけたクシャクシャの皺も綺麗に伸びる。

 少し着古してヨレていた白いTシャツが、軽く整った清潔な状態へと戻った。

 

 三人が、無言で啓介の方を見た。

 啓介が着ているTシャツの胸元。

 茶色いコーヒー染みは、そのままクッキリと残っていた。

 

 一秒の沈黙。

 

 相馬が言った。

「……俺だな」

 啓介が頷く。

「お前だな」

 三崎がメモを取る。

「極めて分かりやすいな」

 

 相馬の手の中にあった物理カードは、役目を終えた瞬間に光の粒になってフッと消滅した。

 手には何も残らない。

 既存の仕様通りだ。一回の使用で消費される。

 外部カードの「固定化から使用、消滅まで」の一連の流れが、ここで初めて実際に確認された。

 

 啓介は、ホワイトボードに結果を書き込んだ。

 

【試験結果1】第三者による外部カードの物理的発動:成功。

【試験結果2】発動時の追加マナの要求:なし。

【試験結果3】使用後のカード:消滅。

 そして、一番重要な結論。

【試験結果4】テキスト内の「自分」は、カードの製作者ではなく、『実際の発動者』を基準として解釈された。

 

 実験結果を確認した後で、啓介は念のためシステムへ質問を投げた。

「外部固定化されたカードの文章にある『自分』という単語は、実際にそのカードを使用する人間を指すと認識していいか?」

 

 回答。

『肯定』

 さらに補足が出る。

『使用者を基準とする相対的な対象指定は、実際の発動者を基準として解釈されます』

 

 ここで初めて、ルールとして確定した。

 

 相馬が嬉しそうに言った。

「よし。じゃあこれで対象指定の問題は解決じゃん」

 

「解決してない」

 三崎が、即座に冷や水を浴びせて止めた。

 

 三崎がホワイトボードの前に立ち、図を書いた。

「いいか。今回の服の魔法は、極めて単純な階層構造だ」

 

 使用者本人(相馬)

 ↓

 使用者が着ている服

 

 対象との関係性が、これ以上ないほどシンプルだ。

 一方、癌の治療カードの場合はどうなる?

 

 使用者(医師である桐生)

 ↓

 別人(患者)

 ↓

 その患者の体内

 ↓

 複数あるかもしれない病変のうちの、診断済みの特定の一つ

 

「全く違うだろ」三崎がペンを置いた。

 相馬が顔をしかめる。

「……間に挟まる階層が、三つくらい増えたな」

「そういうことだ」

 

 三崎は、全員の認識を揃えるように言った。

「今日確認できたのは、UI画面がなくても『使用者自身を基準にして、一意に決まる単純な対象』であれば、正常に使えたってことだけだ」

 啓介も深く同意した。

 

 癌カードの複雑な対象指定問題は、依然として未解決のままだ。

 

 啓介が、ホワイトボードを整理した。

「対象の指定方法を、段階に分けて検証する必要があるな」

 

 ・レベル1:自己対象(例:《衣服の身だしなみ》) → 本日成功。

 ・レベル2:接触している外部の物体(例:手で持っている飲料など) → 未検証。

 ・レベル3:別人そのもの → 未検証。

 ・レベル4:別人の身体内部にある、特定の病変 → 未検証。

 

 これが、今後の外部カード検証のロードマップとなった。

 

 相馬が言った。

「じゃあ、次のレベル2のテストも、人間の患者はいらないな」

「そうだな」

 既存の《淹れたての温度》というカードは、「接触している飲料一杯」を対象にする術式だ。対象条件も極めて明確なので、次のテスト候補として使いやすい。

 

「ただ、今日はもう外部化の一日一枚の上限を使っちゃったからな。次はまた明日以降だ」

 啓介がバインダーを閉じた。

 

 藤堂が、行政側の視点から運用面の確認を入れた。

「門倉。今日は、カードを作って、その場で即座に相馬が使用した」

「はい」

「つまり、お前がいなくてカードだけが存在する『保管状態』や、そこからの『盗難問題』については、今日はまだ何も検証していない、ということだな?」

「そうなります」

 

 一つの疑問が解決しただけだ。

 外部カードの、安全な保管方法、持ち出しルール、盗難された時の対策、誰が使ったかの責任の所在、使用記録の残し方。

 それらは依然として未解決だ。

 

 さらに、啓介がホワイトボードの端へ追記した。

 

【未確定】

 ・製作者である啓介から離れた場所での発動可否。

 ・接触している外部物体の指定。

 ・第三者そのものの指定。

 ・第三者の体内部位の指定。

 ・診断情報との紐付け。

 ・複数候補が存在する場合の選択。

 

 今回は製作者である啓介が同じ部屋にいる。

「使用者基準」が確認できたからといって、距離まで無関係だと決めつけることはできない。

 それは、別の試験で確かめればいい。

 

 相馬が、自分の白いTシャツを見下ろした。

 完全に綺麗になっている。コーヒーのシミ一つない。

 そして、啓介のTシャツを見た。

 啓介の胸元には、茶色いコーヒーのシミがくっきりと残ったままだ。

 

「……で。お前のそのシミは、どうすんの?」相馬が聞いた。

「家に帰って、普通に洗濯機で洗う」

 相馬が呆れる。

「そこは魔法使えよ! 自分用なら一マナだろ」

 啓介は首を振った。

「検証のために二マナ使った後で、さらに自分の服のシミ抜きのためにマナ使うの、勿体ないだろ」

 三崎がため息をついた。

「そこだけ急に、所帯じみた庶民の感覚に戻るなよお前」

 教室に笑いが起きた。

 

 今日のマナ消費。

 物資1+任意1。

 残り、6。

 

 別に、一日の終わりに余ったマナを全部使い切らなければならないルールはない。

 啓介は、「マナは余ったからといって適当に無駄遣いするものではない」という、昔からの方針を維持していた。

 この日の検証は、これで終了となった。

 

 片付けをしながら、相馬がふと思い出したように言った。

「しかしさ」

「何?」

「門倉が初めてこの能力を他人に渡して、本当に使わせた最初の魔法カードって……」

 

 相馬は、少し間を空けて言った。

「重病人の癌を消す奇跡のカードじゃなくて。俺のTシャツのコーヒー染みを消す、ただのクリーニングカードだったんだな」

 

 沈黙。

 

 啓介が、静かに答えた。

「……安全第一だからな」

 三崎が深く頷く。

「正しい」

 藤堂も同意する。

「非常に正しい」

 絵面が地味なのは、誰も否定しなかった。

 

 帰宅後。

 啓介はノートを開き、今日の記録をまとめた。

 

 《他者使用カード・試験1》

 使用カード:《衣服の身だしなみ》。

 外部固定化:成功。製造コスト:物資1+任意1。

 使用者:相馬。第三者発動:成功。

 UI:使用者には表示なし。

 発動方法:カードを所持し、カード名+使用宣言を発声。

 対象:実際の使用者が着用している衣服。

 結果:相馬のみ効果あり。製作者である啓介には作用せず。

 使用後:カード消滅。

 

 そして、重要な結論。

【確定】外部カード中の「自分」は、実際の発動者を指す。

【確定】使用者自身を起点として一意に定まる対象については、UIなしでも正常に処理された。

【未確定】製作者から離れた場所での発動、接触物の指定、第三者の指定、第三者の体内部位の指定、診断情報との紐付け、複数候補が存在する場合の選択。

 これらは、明確な課題として残した。

 

 啓介は、バインダーの癌カードのページを見た。

 《局所悪性腫瘍の除去》。

 まだ作らない。

 今日確認できたのは、対象指定システムのほんの一番下の階層だけだ。

 

 でも。

 今まで、「光るUI画面が見えない人間に、そもそも魔法の対象指定なんてできるのか?」ということすら、全く分かっていなかったのだ。

 今は。

 少なくとも、「自分が着ている衣服」のように、使用者本人を起点として一意に定まる単純な対象なら、外部カードでも正しく解釈されることが分かった。

 

 それだけでも、十分に大きな一歩だった。

 

 翌朝。

 啓介はマンションの洗面所で、昨日コーヒー染みをつけた自分の白いTシャツを、普通に洗濯機に放り込んだ。

 洗剤を入れ、スタートボタンを押す。

 

 アカネが、トテトテとやってきて、洗濯機の前でグルグルと回るドラムをしばらく眺めていた。

 何に興味を持ったのかまでは、啓介にも分からない。

 

 啓介は、回る洗濯機を見ながら呟いた。

「……二マナ使った相馬のシャツは一瞬で綺麗になったのに。俺のは一時間かけて水洗いかよ……」

「あぎゃ?」

 アカネが首を傾げた。

 

 不治の癌を治せる魔法を、他人の手でも安全に使えるようにするための、最初の実験。

 その結果、綺麗になったのは。

 相馬浩平が着ていた、コーヒー染みの白いTシャツ一枚だった。

 

 だが。

 それで十分だった。

 いきなり人間の命の重さで確かめる必要など、最初からどこにもなかったのだから。

 




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