TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~ 作:パラレル・ゲーマー
平日の夜。
会社からの帰宅中、啓介のスマートフォンに藤堂から短いメッセージが入った。
『二例目、医療側で候補決定』
『桐生先生から、説明したいとのこと』
マンションへ帰り、スーツを脱ぐ間もなく、啓介はPCを立ち上げた。
三崎、桐生、藤堂とのオンラインでの短い打ち合わせが始まった。
今回は医学的条件についての確認が中心なので、相馬は参加していない。
リビングのソファでは、アカネがいつものように丸くなって寝ている。
画面越しの桐生は、いつも通り冷静だった。
無駄な前置きを省き、結果だけを簡潔に説明する。
「今回の患者も、生検で悪性と病理診断済みです。単発の早期胃癌。病変位置は内視鏡で明確に特定可能。転移の所見はありません」
条件は、一例目の森川邦夫の時とほぼ同じだ。
「標準治療として、内視鏡的切除(ESD)が予定可能な状態です。もし魔法が不発でも、すぐに標準治療へ安全に戻れます。本人には、これが未知の治療であることを十分に説明し、長期追跡への同意も得ました」
既定方針のストライクゾーンど真ん中。
桐生たち医療側が、医学的な安全性と検証条件を優先して絞り込んだ候補だった。
今回も、政治家や官僚、大企業の社長などの重要人物を優先して治すようなことは行われていない。
あくまで、一例目と同じく「魔法の価値」ではなく、「医学的な検証対象として適切かどうか」で選ばれた一般の患者だ。
啓介は、一例目の時の感覚のまま、自然に尋ねた。
「分かりました。じゃあ俺、いつ病院へ行けばいいですか?」
会社の有給を取るか、午後休にするか。
スケジュールの調整が必要だ。
だが、画面の向こうの桐生は、意外なことを言った。
「今回は、門倉さんには病院へ来てもらわない予定です」
啓介は一瞬、きょとんとした。
「……はい?」
三崎が、通話越しに呆れたように言った。
「お前、忘れたのか? そのためにわざわざ相馬のTシャツ使って『外部カード』を実際に作ったんだろ」
啓介はハッとした。
「あ」
そうだ。
先日の実験で、啓介が作った外部カードを相馬へ渡し、実際に相馬自身が使用できることは確認済みだ。
もう、啓介本人が患者のすぐ横に立ち、その場で《創世札典》を開いて魔法を発動する必要はない。
桐生が、今回の役割分担を明確に整理した。
【医療側】
診断。患者選定。説明と同意の取得。治療日時の決定。使用直前の患者状態の確認。カードの使用。使用後の内視鏡による結果確認。生検。長期追跡。
【啓介側】
《局所悪性腫瘍の除去》を一枚、他者使用可能な実体カードとして製造する。
以上。
【藤堂側】
啓介からカードを受け取り、病院の桐生へ引き渡す。
啓介は、しばらく画面を見つめた。
「……俺の仕事、めちゃくちゃ減ってません?」
三崎が即座に答える。
「減らすためにやってるんだよ」
それが、このプロジェクトが目指す『システム化』の第一歩だった。
啓介は、一つだけ重要な確認を行った。
「患者さん本人には、今回『俺が現場に行かない』ことも、ちゃんと説明済みですか?」
桐生が頷く。
「はい。今回は治療を行うのは我々医療チームであり、カードの製作者は現場に立ち会わないことも説明しています。その上での同意です」
同意を取るのは、あくまで人間側の責任だ。
魔法のシステムに、倫理判断そのものを任せるわけではない。
そして、製造のスケジュールが決まった。
「治療は明後日の午前中に設定しました」と桐生。
藤堂が引き継ぐ。
「じゃあ門倉。明日の夕方、俺がカードを受け取りに行く」
外部カードは、製造したその場で使う必要がない。
保存して、後から別の場所で使える。
なら、『製造日』と『治療日』を分けられる。
それだけでも、啓介本人の予定を医療側へ合わせる必要は大きく減る。
翌日の夕方。
啓介は会社を早めに上がり、国から借り受けたばかりの《静かな旧校舎》へと向かった。
旧職員室。すでに管理拠点としての体裁が整い始めている。
待っていたのは藤堂だけだった。
相馬も三崎も、そして久世もいない。
今日は啓介がカードを一枚作るだけなので、全員が集まる必要はない。
啓介は、《創世札典》を開いて、現在のマナの供給量を確認した。
任意2、生命1、知識2、物資1、生命または物資1、境界1。
合計8マナ。
《局所悪性腫瘍の除去》の通常コストは6。
生命3、知識2、境界1。
これを外部固定化するための追加コストが、任意1。
合計7マナ。
啓介は、正確にマナの支払いルートを指定した。
生命3は、《生命樹の苗床》から1、《名もなき雑木地》から1、任意から変換して1。
知識2は、《思索の計数盤》から1、《静かな旧校舎》から1。
境界1は、《アカネの守り巣》から1。
そして、外部固定化のために残りの任意マナを1消費。
これで、ちょうど7マナだ。
残るのは、《小さな工房箱》から出る物資マナが一つだけ。
「……本当に、七マナぴったり綺麗に持っていかれるな」
啓介が呟くと、藤堂が呆れたように言った。
「この前の休みには、山で小竜と木製のリング投げて遊んでた人間の台詞とは思えないな」
「オンとオフの切り替えってやつですよ」
啓介は、《創世札典》へ向かって宣言した。
「《局所悪性腫瘍の除去》を、他者使用可能な実体カードとして外部固定化」
バインダーから、生命の緑、知識の青、境界の淡い光が集まり。
啓介の手のひらの上に、一枚の物理的なカードが具現化した。
「……完成だ」
先日、相馬のTシャツを綺麗にするために作ったカードとは、意味がまるで違う。
今回のこれは、初めて実際の医療現場へ投入される外部カードだ。
見た目は、ごく普通のトレーディングカードと変わらない。
だが、これ一枚で、一人の人間の早期胃癌を消し去る可能性がある。
啓介は、そのカードの表面を指でなぞり、少しだけ変な感覚を覚えた。
「……こうして現物だけ見ると、本当にただのカードにしか見えないんだけどな」
「だから、扱いがとてつもなく面倒なんだよ」
藤堂が、用意していた小型ケースを開いた。
内部にはカードが動かないよう固定できる収納部があり、外側には受領番号が振られている。
啓介は、そのカードをケースの中へそっと置いた。
「じゃあ、お願いします」
「確かに預かった」
藤堂はその場で受領時刻を記録し、ケースを閉じた。
啓介の手から、癌治療のための魔法カードが離れた瞬間だった。
ここから先の搬送や、病院への引き渡しについては、啓介が細かく指示する必要はない。
それは藤堂たち行政側の仕事だ。
「病院までの搬送と桐生先生への引き渡しは、こちらで責任を持ってやる」
「お願いします」
それだけだ。
藤堂が車で去り、啓介もマンションへ帰宅した。
玄関を開けると、アカネが「あぎゃ」と出迎えてくれた。
「ただいま」
啓介は靴を脱ぎながら、ふと思った。
明日。
自分が全くいないところで。
自分が作った魔法が、会ったこともない患者の癌治療に使われる。
「……なんか、ちょっと変な感じだな」
啓介は《創世札典》を呼び出し、外部固定化したカードのおおよその位置を確認してみた。
カードはすでに啓介の手元を離れ、移動している。
しばらくすると、その位置表示は桐生のいる医療機関周辺で止まった。
「……本当に、カードだけが先に病院へ行ったな」
それ以上、一晩中位置を追い続けるような真似はしなかった。
政府側へ任せたのだから、啓介が横から監視し続ける意味はない。
翌朝。金曜日。
啓介は、いつも通りに起きて、スーツを着て、満員電車に揺られて会社へ出勤した。
メールをチェックし、朝会に出席し、後輩からの仕様確認の質問に答え、コーヒーを飲みながらコードを追う。
どこにでもいる、平凡なシステムエンジニアの姿だ。
啓介は、仕事を休んでいない。
病院へ向かってもいない。
会議室を押さえて待機しているわけでもない。
ただ、普通に働いている。
その一方で。
啓介が働く会社から離れた高度医療機関の処置室には、昨日作った『癌治療カード』が存在している。
午前九時。
桐生から、短いメッセージが届いた。
『本日、予定通り実施します』
啓介は、キーボードを叩く手を一瞬止めて、返信した。
『お願いします』
それだけだ。
そして、また仕事へ戻った。
病院側。
処置室には、桐生、院内の担当医、必要な看護師、そして医学的観察者としての三崎が立ち会っていた。
患者は六十歳前後の一般男性だった。
啓介は本人に会っていない。
患者の選定も、説明も、診断も、すべて医療側が行っている。
桐生が、患者への最終確認を行う。
「改めて確認します。これは未知の治療です。標準治療という確立された選択肢が存在し、今からでも撤回してそちらへ戻ることが可能です。また、終了後も長期の追跡検査が必要になります」
患者本人は、静かに頷いた。
「お願いします」
桐生が、ケースから一枚のカードを取り出した。
これまで桐生は、啓介の手元にある《創世札典》と、その発動結果を『見る側』だった。
だが今日は違う。
桐生自身が、物理カードを持っている。
光るUI画面はない。
マナの残量表示もない。
手の中にあるのは、一枚の実体カードだけだ。
三崎が、静かに声をかけた。
「先生。それでいけます」
「……分かっています」
桐生の指先が、ほんの少しだけ強張った。
診断情報は、すでに揃っている。
患者本人。病理診断。病変の位置。内視鏡画像。検査結果。
それらは桐生たち医療側が把握し、電子カルテと検査記録にも残されている。
桐生は、今回治療する患者と、診断済みの単一病変を明確に認識した状態でカードを使用する。
対象条件との照合と、実際に処理する病変の特定は、《局所悪性腫瘍の除去》に書き込まれた条件に従って魔法側が行う。
桐生は、カードを持ち、はっきりとした声で宣言した。
「《局所悪性腫瘍の除去》、使用!」
発動。
カードが、淡い三色の光を放つ。
その光が患者の腹部へと吸い込まれ。
数秒後。
桐生の手の中にあったカードが、光の粒子となってフッと消滅した。
一例目と同じく、派手な肉体の変形も、出血も、苦痛の悲鳴もない。
桐生は、空っぽになった自分の手を見て。
そして、第一声を漏らした。
「……これで、終わりですか」
一例目の時、桐生は啓介の発動を見て「……もう?」と聞いた。
今回は、自分自身がカードを使った。
それでも、魔法そのものにかかった時間は数秒だった。
「魔法側の処理は、な」
三崎が言った。
「ここからが、医療側の仕事です」
即座に、内視鏡による確認が始まった。
一例目と同じ手順。
事前画像との比較。
周囲のランドマークの確認。
そして、病変の位置へスコープが進む。
病変が、ない。
桐生は、一例目の時ほど完全に動きを止めなかった。
すでに一度、その『消失』を見ているからだ。
だが、自分の手でカードを使用し、同じ現象が起きたことに、わずかに息を止めた。
「……同じだ」
二例目でも、短期的にほぼ同じ結果が出た。
内視鏡上、指定病変は確認できない。
明らかな出血なし。
焼灼痕や切除痕もなし。
明らかな急性異常なし。
桐生は、必要な箇所から生検のための組織採取を行った。
まだ、「完治した」とは言わない。
その頃。
啓介は会社の自席で、顧客から届いた面倒な仕様変更のメールを読んで頭を抱えていた。
隣の席の後輩が、パソコンの画面を指差して聞いてきた。
「門倉さん、ここのデータベースの仕様、どっちのテーブル参照するのが正解ですか?」
「あー、そこはこっちのマスターから引っ張ってきて」
啓介が普通に答えていた時。
ポケットのスマートフォンが、ブルッと震えた。
桐生からのメッセージだった。
『使用完了』
『内視鏡上、指定病変を確認できず』
『急性有害事象なし』
『病理確認へ進みます』
啓介は、その画面の文字を数秒間じっと見つめた。
「……終わったのか」
「え? 何かありました?」
後輩が不思議そうに聞く。
「いや。こっちの話。作業戻るぞ」
啓介はスマートフォンを伏せ、再び仕事へと戻った。
自分の魔法が発動し、癌の治療が終わった瞬間に。
能力者本人は、病院にすらいない。
これが、今回起こった最大の変化だった。
昼休み。
会社の近くの定食屋で飯を食っていると、三崎から電話がかかってきた。
「問題なく終わったぞ」
「お疲れ。……でも俺、今日は本当に何一つしてないぞ」
「何言ってんだ。昨日、お前がカード作っただろ」
「それだけじゃん」
「『それだけ』にするための仕組み作りだろ」
三崎の言う通りだった。
啓介は、ようやくその意味の大きさを実感した。
これまで啓介は、「自分が一日に何人治せるか」という考え方をしていた。
だが今日からは、「自分が一日に何枚、治療用カードを供給できるか」という考え方へ変わる。
もちろん、現在のマナ総量は8。
癌治療の外部カード一枚には7マナ必要で、外部固定化そのものにも一日一枚という上限がある。
だから、一日に百人の患者を救えるようになったわけではない。
供給量の絶対的なボトルネックは残ったままだ。
でも。
『時間と場所の拘束』は、大きく減った。
病院の処置室の空き日程。
患者の体調。
医師のスケジュール。
そこへ、啓介本人が会社を休んで予定を合わせる必要がなくなった。
『カード作成日 ≠ 治療日』。
システム上は保存可能だと分かっていた外部カードを、今回初めて実際の医療運用として使った。
数日後。
病理検査の結果が出た。
採取された検体から、悪性細胞は検出されなかった。
ただし、一例目と同じく。
これで長期的な再発がないことまで証明されたわけではない。
桐生も、その点は明言した。
二例目の早期胃癌でも、短期的には一例目と同様の病変消失が確認された。
一例目と二例目の違い。
一例目は、啓介本人が治療した。
二例目は、医師が外部カードを使って治療した。
結果は、現時点ではどちらもほぼ同じ。
だから、二例目が示した価値は、「癌の魔法が再び機能した」ということだけではない。
治療という行為から、門倉啓介本人を切り離しても運用できた。
そこが大きかった。
その日の夜。
啓介、三崎、桐生、藤堂の四人で、オンラインの打ち合わせが行われた。
桐生が結果をまとめた。
「門倉さんが医療機関に来なくても、治療は成立しました」
三崎が頷く。
「診断も、使用も、効果の確認も。医療側だけで回せたな」
啓介が頭を掻いた。
「俺、本当にカード一枚作っただけですよ」
藤堂が画面越しに言った。
「そこが一番重要なんだよ、門倉」
啓介は、少し考えてから言った。
「……俺、これから『患者を直接治す人』じゃなくて、裏で『カードを作る人』になるんですか?」
三崎が笑った。
「お前は医者じゃないんだから、そっちの方が正しいだろ」
桐生も真面目な顔で言う。
「患者の診療は、我々医師の仕事です」
啓介は納得した。
「……そりゃそうか」
役割は、以前よりずっと単純になっていた。
医療側が、候補患者を選ぶ。
診断する。
説明する。
同意を取る。
カードを使う。
結果を確認する。
経過を見る。
行政側が、カードを運び、必要な連絡と調整を行う。
そして啓介は、治療用のカードを供給する。
役割分担の形が、ようやく見え始めていた。
会議終了後。
相馬から、個別のLINEが入った。
『聞いたぞ』
『お前、病院行かなくても治療できたらしいな』
啓介が返す。
『できた』
数秒後。
相馬から追撃が来た。
『じゃあ次。本当に、カードの値段決めるぞ』
『……やっぱりそこ来る?』
『商品が実在して、医者が使えて、実績二件目まで出たんだぞ。これ以上逃げるな』
啓介は、苦笑しながらスマートフォンを閉じた。
夜。
マンションのリビング。
アカネは、古いパーカーの上で静かに寝息を立てている。
啓介は、《創世札典》のバインダーを開いた。
数日前。
啓介は七マナを使って、一枚の癌治療カードを作った。
その翌日の治療当日。
啓介自身は、そのカードに一度も触れていない。
患者の顔も見ていない。
病院の敷地にすら入っていない。
それでも。
誰か一人の胃から、診断されていた癌が消えた。
これまでは、魔法を使うたびに、啓介自身が現場へ足を運ばなければならなかった。
だが、一枚のカードにして手を離せば。
医者が診断し。
医者が使い。
医者が結果を確かめる。
啓介は、会社で普通にエラーログと格闘していられる。
それは、「俺が楽になった」というだけの話ではなかった。
魔法という奇跡が、門倉啓介という一人の人間の手から少しだけ離れて。
初めて、『他人の手で動く社会の仕組み』になり始めたということだった。
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