TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~   作:パラレル・ゲーマー

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第50話 癌を治すカード一枚の値段を聞いたら社長にそんな売り方はするなと言われたらしい

 土曜日。

 新しく国から借り受けた《静かな旧校舎》の旧職員室。

 先日、簡単な清掃と机の配置を終え、啓介の「管理事務室」として機能し始めたその部屋に、六人の男たちが集まっていた。

 

 啓介、相馬、三崎。

 医療側の専門家である桐生。

 そして行政側から、藤堂と久世。

 

 アカネはマンションで留守番だ。

 

 相馬は、会議机の端にノートPCと何枚かの印刷された資料を広げていた。

 今日の議題は『価格と制度』。

 会議を仕切るのは、当然ながら相馬だった。

 

 啓介がパイプ椅子に座るなり、相馬が画面から顔を上げて言った。

「で。本当に今日やるの?」

「お前がこの前LINEで『逃げるな』って俺を呼び出したんだろうが」啓介が呆れて返す。

 

 相馬はニヤリと笑った。

「じゃあ、さっそく本題からいくぞ」

 相馬は、あえて極めて単純な聞き方で、啓介に質問を投げた。

「門倉。……癌を一人治せる魔法のカード一枚。いくらが適正価格だと思う?」

 

 啓介は、腕を組んで少し考えた。

「……百万円?」

「前にも、似たような数字出してたな」相馬が言う。

「じゃあ、一千万?」

「適当に値上げすんなよ」

 部屋に軽い笑いが起きた。

 

 相馬が、表情を引き締めた。

「前にも言ったけどな。『一千万払う奴が世の中にいる』ことと、『一千万で売るべきか』は、全く別の話だ」

 

 相馬はホワイトボードの前に立ち、四つの言葉だけを大きく書いた。

【供給量】【必要性】【公平性】【責任】。

 

「今日は、この続きをやる」

 相馬がペンを持ったまま、啓介に聞いた。

「じゃあ、まず確認だ。この癌カード一枚の『製造原価』はいくらだ?」

 

 啓介は少し戸惑った。

「……ゼロ?」

 三崎も桐生も、少し微妙な顔をした。

「いや」啓介が言い訳するように付け足す。「紙もインクも買ってないし、材料費は一円もかかってないだろ?」

「金銭的な原価だけを見れば、ほぼそうだ」と相馬。

 

 相馬は、ホワイトボードに書き加えた。

 

『金銭原価(ほぼゼロ) ≠ 供給コスト』

 

「いいか。癌カード一枚を作るコスト。生命3、知識2、境界1、外部固定化に任意1。……計7マナだ」

 現在、啓介の総マナ供給量は8。

「癌カードを一枚作れば、残るのは物資マナが1つだけ。さらに、現在のシステム上の『外部固定化枠』を、一日一枚分、丸ごと使う」

 

 相馬は、啓介を真っ直ぐに見た。

「紙代がゼロだから、原価ゼロじゃない。お前が消費しているのは、その日の『魔法の供給能力そのもの』なんだよ」

 

 そして、相馬は一番重要な言葉を口にした。

「お前が失っているのは材料じゃない。……『今日一日で、外の世界へ出せる、唯一の魔法の一枚』だ」

 

 啓介は、少し黙ってから頷いた。

「……ああ」

 

 相馬は続けた。

「しかも、癌カードを一枚作った日は、残り一マナだ。しかも物資だけ」

「そうだな」

「つまり、《日々の修繕》も、《危険判定》も、《一歩先の未来》も、その日は使えない。何か別の医療検証をしたくなっても、大半は無理だ」

 

 啓介は顔をしかめた。

「……言われてみると、かなり重いな」

 

「それが機会費用だよ」

 相馬が言った。

「癌カード一枚を作るってことは、その七マナでできたはずの他のことを全部捨てるってことでもある」

 

 相馬が、ホワイトボードで大まかな計算を示した。

「今の『外部固定化は一日一枚』って上限が一年間そのままだと仮定すれば、外部カード全体で理論上最大365枚だ」

「癌カードだけじゃなくて?」

「ああ。全部込みでだ」

 

 相馬は、すぐに続けた。

「しかも、外部固定化の上限は、お前のマナ運用上限が拡大したら将来再評価される可能性がある。だから『未来永劫、一年365枚が絶対上限』なんて言うつもりはない」

「今の能力で考えた場合の数字、ってことか」

「そういうことだ」

 

 現在の条件なら、一日に外へ出せるカードは一枚。

 癌カードを作れば、その日はほぼ全マナを使う。

 別の外部カードを作る日は、癌カードを作れない。

 

「だから、『毎日休まず癌カードを365枚作る』なんて前提で事業計画は立てない」

 相馬が言った。

「今の供給能力なら、年間で扱える外部カードの桁はせいぜい数百枚。しかも、その全部を癌治療へ回すわけじゃない」

 

 相馬が、少し怖い顔をして言った。

「これ、何もルールを決めずに、そのまま市場に流したらどうなると思う?」

 啓介が答える。

「……値段が、高くなる?」

「高くなる、で済むかよ」

 

 自由競争にすると、どう壊れるか。

 相馬が例を出す。

 

「一日にたった一枚。しかも今は、その値段が上がったからって翌日から二枚、三枚に増産できるわけじゃない」

 もし魔法治療を望む富裕層が大勢現れれば。

「一千万円。五千万円。一億円。それでも、手術や処置を避けられる可能性があるなら払いたい、って人間は出てくる」

 

 企業のトップ。著名人。超富裕層。

 さらに海外からまで希望者が現れれば、価格は際限なく上がり得る。

 

「オークションにしたら、一番金持ってる奴が、毎日その一枚を買うだけになる」

 

 啓介が、素朴な疑問を口にした。

「でも、それって資本主義の『市場価格』ってことじゃないのか?」

 相馬が呆れたように笑った。

「だから、お前は商売人じゃないって言ってんだよ」

 部屋の空気が少しだけ和んだ。

 

 相馬が説明する。

「普通の商品なら、欲しい奴が高く金を出せば、メーカーが工場を増設して、人員を増やして、原材料を追加して、『供給』を増やす余地がある」

 でも、癌カードは違う。

「少なくとも今のお前は、売値が一億円になったからって、来月から外部カードの生産を倍にできるわけじゃない」

 

 相馬は断言した。

「現時点で、価格を吊り上げても供給が増えないものを市場任せにしたら。それはただの『金持ちの魔法治療優先券』になる」

 

 久世が、静かに口を開いた。

「行政としても、そのような制度設計は避けたいですね」

「少なくとも、『最も高く払える人間から順番に治療する』という制度にはしない。それは我々の基本方針として共有できます」

 

 三崎が、医療側からの視点を足した。

「医学的な必要性と、金額を混ぜるな」

 例えば、標準治療が十分可能な患者。少し待てる患者。そもそも魔法治療の適応条件から外れる患者。

「『財布が分厚いから、治療の優先順位が上がる』っていうのは、医療判断じゃない」

 

 相馬が、ホワイトボードに書かれていた文字を一度すべて消した。

 そして、大きく三つの項目を書き直した。

 

 ①カード供給

 ②医療行為

 ③長期フォロー

 

「いいか。まず、これを完全に切り離して分ける」

 

 啓介が首を傾げた。

「え? 患者が、直接俺からカードを買うんじゃないの?」

 相馬が真顔で聞く。

「何で?」

「……だって、『魔法のカード』だから」

「お前、いつまでTCGの感覚で生きてるんだよ。TCGじゃねえんだぞ」

「それは分かってるけど」

 

 相馬は、『患者が直接カードを買う』という啓介の前提を崩しにかかった。

「もし、患者本人がお前のところへ直接『カードを一枚一千万円で売ってください』と来る構造にしたら、どうなるか」

 

 患者の選定。支払い能力の確認。順番の決定。説明責任。もし効かなかった時の問い合わせ。返金の手続き。何か問題が起きた時の法的対応。

 

「これ、全部『販売者』であるお前のところに集まるんだぞ」

 相馬が啓介を指差した。

「お前、それ全部やりたいか?」

 

 啓介は、顔を引きつらせて即答した。

「絶対に嫌だ」

 

「だろ?」

 相馬が笑う。

「前回、お前は病院に行かずに、カードだけ渡して治療を成立させただろ?」

「うん」

「だったら、金銭のやり取りでも、お前は患者から離れろ」

 

 相馬が、ホワイトボードに新しい構造を書いた。

 

 門倉啓介

 ↓

 癌治療カードの『供給』

 ↓

 医療運用主体(仮)

 ↓

 医療機関

 ↓

 患者

 

 相馬がペンを置いた。

「患者が、お前から直接癌カードを買う必要なんて、どこにもないんだよ」

 

 桐生が、深く同意した。

「その方が、我々医療側としても自然です」

 患者は、「魔法のカードという商品を買う」のではない。

 あくまで、「病院で医療を受ける」。

 

 診断。適応の判断。治療の実施。経過観察。

「カードは、その一連の医療の中で使われる『治療資源』の一つとして扱う方が、少なくとも現場の考え方としては分かりやすい」

 

 三崎が補足する。

「高額な薬剤や、特殊な医療材料に近い部分はある。……でも、そのまま同じ制度に当てはめるのは無理だろうな」

 

 一日一枚という現在の外部固定化制限。

 供給者として確認されているのは現時点で啓介一人。

 マナという特殊な制約。

 需要や価格に応じて自由に増産できないこと。

 長期安全性のデータがまだ不足していること。

 

「法的に何として扱うかは、行政と法務にちゃんと考えてもらうしかないな」

 三崎が言うと、久世も頷いた。

「そこは専門の担当を入れます。医療側や門倉さんに法分類まで決めてもらう話ではありません」

 

 啓介が、根本的な疑問を口にした。

「じゃあ、患者から直接金をもらわないなら……俺は一体『誰』から金をもらうの?」

 相馬がニヤリとした。

「やっと、経営に関わる正しい質問になったな」

 

 相馬が、いくつかの候補を並べた。

 A:患者が病院を通じて全額を払う。

 B:病院がカード供給分を負担する。

 C:政府が公的資金でカード供給分を負担し、医療機関へ配分する。

 D:将来の専用運用主体が、啓介と供給契約を結ぶ。

 E:当面は検証事業として、国や研究側を含めて費用負担を分ける。

 

 まだ、将来の医療運用主体そのものが確定しているわけではない。

 今は候補となる構造を並べて比較する段階だ。

 

 啓介が、一番簡単そうな案を言った。

「じゃあ、Cの『政府が全部負担して病院に配る』のが、一番分かりやすくて簡単じゃない?」

 久世が、静かに首を横に振った。

「国が予算を出せば終わる、という単純な話ではありません」

 

 理由は山ほどある。

 対象患者の選定ルール。

 使用できる医療機関。

 患者の費用負担。

 既存の保険制度との関係。

 地域格差。

 そして将来、マナや外部固定化上限が変化して供給量が増えた時に、制度をどう見直すのか。

 

「今の段階で、一つに決め打ちはしません」

 久世が言った。

「ただ、患者本人と門倉さんが直接金銭交渉する形を避ける、という方向性には賛成です」

 

 ここで、桐生が医療現場の実際のコストについて口を開いた。

「カードの値段以外にも、医療機関側には必ず費用が発生します」

 

 事前の診察。

 内視鏡検査。

 生検。

 病理検査。

 画像検査。

 治療前の総合評価。

 使用当日の医療スタッフ。

 使用直後の確認。

 再生検。

 そして長期の追跡検査。

 

 これらは、普通の医療行為として、人、設備、時間を確実に消費する。

 

 相馬が啓介に向かって言った。

「だからな、『カード一枚が〇万円』っていうカード供給の値段と、『患者が実際に受ける医療全体の費用』は別物なんだよ」

 

 征一の古傷でも、同じことは確認している。

 治療した瞬間だけで終わらない。

 その後の経過観察や、必要ならリハビリまで含めて医療になる。

 

 癌なら、なおさらだ。

 

 桐生も頷く。

「少なくとも、長期の再発を追う期間は必要です」

 

 ホワイトボードの図が、さらに分離される。

 

 ・カード供給対価

 ・医療提供費用

 ・長期追跡費用

 ・運用に必要な実費

 

 相馬が言った。

「経費と報酬も混ぜるなよ」

 

 啓介が聞き返す。

「経費?」

 

「交通費、設備費、業者への支払い、土地や施設の管理で実際に出ていく金。そういうものと、お前自身へ払う対価は別だ」

 

 国から借りている土地については、管理費を政府側が負担できる形も検討されている。

 青梅の山林についても、今後制度化が進めば、管理に必要な実費をどこまで事業側が持つかは整理する必要がある。

 

「それを全部ひっくるめて『門倉の取り分』にしたら、後で絶対訳が分からなくなる」

 

 啓介は納得して頷いた。

「……確かに」

 

 相馬はホワイトボードに書く。

 

【実費】

 交通・設備・土地管理・業者費・運用費。

 

【啓介本人への対価】

 カード供給能力の確保。

 マナを他用途へ使えなくなる機会費用。

 魔法関連の作業時間。

 秘匿と責任の負担。

 本業へ影響が出る場合の補填。

 

 啓介は、自分への対価について口にした。

「でもさ。俺、カード作るの自体は数秒で終わるぞ?」

 相馬が呆れた顔をした。

「出たよ」

 

「もし『労働時間の短さ』だけで価値を決めるなら、お前のカードは一枚数百円の時給換算でいいことになるぞ」

 啓介は顔をしかめた。

「……それは、さすがに変だな」

「当たり前だ」

 

 現時点で、このカードを供給できることが確認されているのは啓介だけ。

 現在の外部固定化上限は一日一枚。

 他の手段で代替できない。

 七マナを使えば、その日の他の魔法の選択肢をほぼ失う。

 そして、継続して供給する以上、責任も生まれる。

 

「じゃあ、一枚一億円?」

 啓介が極端な数字を出す。

「極端から極端に行くなよ」

 相馬が笑った。

 

 相馬が、啓介への対価の意味を定義した。

「いいか。お前への金は、『金持ちの財布から取れるだけ取る』ためのものじゃない」

 相馬は真剣な顔で言った。

「……お前に、長期的にこの魔法の供給を安全に続けてもらうための対価だ」

 

 啓介は、その言葉を聞いて少し黙った。

 

 そして。

 少し前、自分が言った言葉を思い出す。

 

『絶対に嫌だよ。何で俺が魔法のためにキャリア捨てなきゃならないんだよ』

 

 あの時は、本気でそう思っていた。

 今も、会社を辞めたいわけではない。

 

 だが。

 

「……前は、会社なんか絶対辞めないって言ったけどさ」

 啓介は少し迷ってから続けた。

「この供給を本当に続けるなら。俺、会社員のままでずっとやっていけるのか?」

 

 部屋が、一瞬静まり返った。

 

 藤堂も久世も。

 三崎も桐生も。

 相馬も。

 

 誰も、すぐには答えなかった。

 

 相馬が、静かに言った。

「……それは、今日は決めない」

 啓介が少し苦笑する。

「即答しないんだな」

「そりゃ、ここまで来たら現実に検討すべき事項だからな。ただ、今すぐ会社辞めろって話でもない」

 

 久世も続けた。

「門倉さんの現在の生活や職業を、国家側の都合だけで壊すことは避けるべきです。一方で、供給量が今後増えれば、本業との両立そのものを検討しなければならない時期が来る可能性はあります」

 

 桐生も、医療側として静かに言った。

「少なくとも今は、二例です。人生を変える判断を急ぐ段階ではありません」

 

 啓介は頷いた。

「……ですよね」

 

 久世が、時間を気にして話をまとめた。

「今日の会議で、最低限どこまで決めますか?」

 相馬が答える。

「具体的な金額じゃない。数字を決めるための『前提』です」

 

 相馬が、ホワイトボードに今日の結論を書き出した。

 

【第一の結論】患者へのカード直接販売は行わない。

 

 啓介が確認する。

「俺が患者から直接お金を受け取る形は、なし?」

「ああ。少なくとも今考えてる仕組みではな」

 相馬が言い、桐生も三崎も同意した。

 

【第二の結論】『医療』として提供する。

 

 患者が受けるのは、「魔法のカードの商品購入」ではない。

 医療行為だ。

 カードは医療側へ供給される治療資源とする。

 

【第三の結論】患者の優先順位を「支払額」で決めない。

 

「一番多く金を出す患者から治す、というオークション方式は禁止な」

 相馬が言う。

 

「そこは、行政側も同意します」

 久世が答える。

 

「医療側も、当然です」

 桐生も頷いた。

 

【第四の結論】カード供給価格と、医療費は別に設計する。

 

 ここまでだ。

 具体的な金額は、一円も決まっていない。

 

 啓介が呆れたように言った。

「……今日、癌カードの値段を決めるって聞いて来たんだけど」

 相馬が平然と返す。

「値段を決めるための『前提のルール』を決めたんだよ」

「一円も決まってないぞ」

 

 相馬は笑わなかった。

「値段を決める会議で一番危険なのはな。『何に値段を付けているのか』自分たちでも分からないまま、適当な数字を出すことだ」

 

 相馬は、自分のノートPCで別のファイルを開いた。

「で。ここまでは、ただの構造の話だ」

 啓介が嫌そうな顔をする。

「まだあるの?」

「ここからが、数字を入れるための表だ」

 

 画面に映し出されたのは、『癌治療一件・仮コスト構造』というエクセルの表だった。

 

 医療側の事前検査費。

 治療当日の人件費・設備費。

 病理確認費。

 追跡調査費。

 カードの供給対価。

 行政・運用の管理費。

 予備費。

 

 ただし、具体的な金額のセルはまだ空欄、もしくは「算定中」となっている。

 

 相馬が言った。

「次の会議までに、俺と桐生先生側で、現実の医療費と運用費の見積もりを積む」

 

 久世側の宿題も整理される。

 行政として負担可能な範囲の検討。

 公的資金の扱い。

 将来の運用主体の候補整理。

 患者負担をどう扱うかの検討。

 

 桐生側の宿題。

 癌治療一件あたりに必要な、必須の検査、人員、設備、追跡の頻度の整理。

 

 相馬側の宿題。

 将来の供給契約に必要な条件整理。

 啓介への妥当な対価の算定。

 供給上限の管理。

 価格と患者の優先順位を切り離すための仕組み作り。

 

「お前にも宿題があるぞ」

 相馬が、啓介を指差した。

「俺も?」

「現在一日一枚しかない『外部固定化枠』を。……お前が、一週間にどこまで医療側に回す気があるのか、自分で考えろ」

 

 啓介はハッとした。

 

 毎日、土日も含めて癌カードだけを作り続けるのか?

 

 そうすれば、現在の8マナのうち毎日7マナが消える。

 《日々の修繕》も、《危険判定》も、他の大半の魔法も使えない日が続く。

 

 別の医療カードが必要になるかもしれない。

 アカネや土地の安全確認でマナを使う日もある。

 新しい検証を行う日もある。

 

「……一週間に、何枚癌カードを作るか、みたいな話?」

「そう。今のお前には外部固定化枠が一日一つしかない。その中で、医療へ何日分を割り当てるか決める」

 

 魔法の使い道を、その日の気分だけで決めるのではなく。

 週間、月間単位でリソース配分する必要が出てきたのだ。

 

 最後に、相馬が啓介へ釘を刺した。

「あと一つ。……『目の前にどうしても困ってる人がいるから、今日だけ特別に追加で一枚作って』って話は通らないからな」

 啓介は頷いた。

「今のシステムじゃ、外部固定化は一日一枚までだからな」

「そうだ。気持ちが強くても生産量は増えない。……だからこそ、ルールを決めるんだよ」

 

 会議が終了した。

 久世、藤堂、桐生、三崎が先に帰り、旧職員室には啓介と相馬だけが残った。

 相馬がノートPCを閉じる。

 

 啓介が、ぽつりと聞いた。

「……で、結局。カード一枚、いくらになるの?」

 

 相馬は、少し間を空けてから、呆れたように言った。

「……だから、そういう聞き方をするなって、今日一日かけて説明したんだろ」

 

 啓介は苦笑した。

 

「次は、ちゃんと計算した数字を出す」

 相馬が言った。

「……なんか、ちょっと怖いな」

「俺も怖いよ」

 

 相馬は、真顔になって啓介の目を見た。

「いいか。俺たちは、患者の『命』に値段をつけるんじゃない」

「……」

「俺たちは、この奇跡を回し続ける『仕組み』に、値段をつけるんだからな」

 

 夜。

 マンションに帰宅した啓介を、アカネが「あぎゃ」と出迎えてくれた。

 啓介は、いつものように古いパーカーの上で休むアカネの横で、ノートに今日の結論を書き込んだ。

 

 《癌治療カード・価格検討》

 

【決定事項】

 ・患者へのカード直接販売はしない。

 ・医療として提供する。

 ・支払可能額で、患者の優先順位を決めない。

 ・カードの供給対価と、医療費は分離する。

 ・実費と、啓介本人への対価も分離して考える。

 

【未決定事項】

 ・カード供給価格の具体額

 ・啓介への対価

 ・患者の自己負担額

 ・公的負担の枠組み

 ・医療向けの週間供給枚数

 ・将来の運用主体の姿

 ・本業との長期的な両立

 

 啓介は、文字が並んだノートを見て、小さく息を吐いた。

 

「……値段を決める会議だったはずなのに、本当に一円も決まってないな」

 

「あぎゃ?」

 アカネが、不思議そうに顔を上げた。

 

 啓介は、アカネの頭を軽く撫でた。

「でも、まあ。……前よりは、ちゃんと値段を決められる形にはなったか」

 




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