ゼロの使い魔・ドラゴンクエスト外伝 ~アバンと異世界のメイジたち~ 作:アバン流口殺法はご遠慮ください
「……そろそろ、お昼になるわね」
自室でぼうっとしたり、気を取り直して勉強したりしながら午前の残りを過ごしたルイズは、昼食時になったので食堂へ向かうことにした。
午後の授業まで別行動をとると言っていたアバンも今頃はもう厨房で食事をとっているだろうかなどと考えながら、席に着く。
先ほどの爆発で迷惑を被った同級生たちからの非難あるいは嘲笑の視線が刺さり、あまり愉快でない囁きが交わされたりもしているが、すべて無視した。
昔からずっとこんな感じなので、今さらそんなことをいちいち気にしてはいられない。
「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下の見守られるこのトリステインに、今日も遠き火の光と天下る水の恵み、風の運ぶ種子によって豊かな土がもたらされ、我らを養い給うことに感謝いたします……」
そう言って昼の祈りを済ませ、食事を摂る。
先ほど教室の片づけで体を使ったのもあって、いつもより少し多めに食べた。
そして、そろそろ食後のケーキが配られ始めるという頃になって。
「私、アバン=デ=ジニュアール三世と申します。どうぞヨロシク」
「えっ?」
少し離れたあたりから覚えのある声が聞こえてきたので、ルイズははっとしてそちらの方を見た。
「いやー、先ほどは私とルイズのために、ご迷惑をおかけしました。こちら、せめてものお詫びにご用意させていただきましたものですンで、よろしければ後でお食べください」
そこではアバンが、学院のメイドと一緒にデザートのケーキを配りがてら、挨拶回りの続きと先ほど教室でかけた迷惑のお詫びをしに、二年の生徒らの間を回っていた。
いつの間に用意したのやら、挨拶回り用のジンジャーブレッドに加えて、お詫びの印用のチョコブラウニーまで作ってきたようだ。
「また、あんなことを……」
ルイズは額に手を当てて、顔をしかめた。
そのうちに、アバンが彼女のところへも回ってくる。
「はい、ルイズ。先ほどはいろいろと教えていただいて助かりました、おかげさまではかどってます。よかったらあなたも試食してくださいね?」
「なにやってるのよ。謝罪だったら、さっき教室でしたじゃないの。何もそこまで……」
「謝るのは当然としても、ご迷惑をかけておいて全体に向けて頭一つ下げただけでお詫びを済ませようなどというのは失礼でしょう。それに私、まだ挨拶回りをさせていただいてない方がたくさん残ってますンで」
「……まあ、好きにすればいいけど……」
ルイズは溜息を吐いて、曖昧に頷いた。
彼女の感覚では、みだりにそんな使用人の真似事のような作業をするのは恥ずかしいことであり、貴族としての名誉にかかわる。
とはいえ、アバンがそういった作業を少しも恥じていないことや、その理由について先ほど彼がした話も理解しないではなかったので、いい顔はしないものの、強引に止めたりすることは差し控えた。
自分も彼と一緒に皆の間を謝罪して回ろう、などとは思えないけれど。
「ご理解いただけて、何よりです。……あ、私、アバン=デ=ジニュアール三世と申します、どうぞよしなに」
アバンはルイズに軽く頭を下げてにっと笑うと、次の生徒への挨拶に回る。
周囲の生徒たちの概ねは、そんな彼のことを物珍しげに眺めたり、中にはくすくすと笑っていたりする者もいるけれど、アバンは気にしていないようだった。
隣で彼を手伝っている若い黒髪のメイドと仲が良さそうなのがなんとなく気に入らなくて、ルイズはぷいと顔を背けた。
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「……それで、ギーシュ。お前、今は誰とつきあっているんだ?」
「そうそう。今の恋人は誰なんだよ、ギーシュ!」
「つきあう? 僕にはそのような特定の女性はいないよ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くものだからね」
ポケットに薔薇を挿したフリル付きのシャツを着て、金色の巻き髪をもつ気障っぽいメイジが、周りを取り巻く友人たちからの冷やかしに応じている。
唇の前に指を立てて気取ったように答えるその様子は優雅なようでもあるが、そのナルシストっぷりが滑稽にも思えた。
彼らもルイズと同じ、二年の生徒たちだ。
「やあやあ、皆さん。アバン=デ=ジニュアール三世と申します。よろしければお見知りおきくださいね~」
そこへアバンがやってきて、挨拶をしながら菓子を渡していく。
軽く一人一人と言葉を交わしているうちに、ギーシュと呼ばれる生徒のポケットから紫色の液体が入ったガラスの小瓶が零れ落ちたことに、アバンは気が付いた。
「おや。落とし物ですよ、ギーシュさん」
普段ならさっと拾い上げて渡してやるところだが、なにぶん今は配り歩いている菓子やデザートで手が塞がっているので、そういうわけにもいかない。
なので、そう言って注意を促したのだが、彼はなぜかそれを無視する。
(おんやぁ~っ?)
アバンは内心、首をかしげた。
友人との会話に夢中でアバンの言葉に気が付かなかった、というわけではない。
彼は確かに、呼びかけに反応してちらっとアバンの方を見て、それから床に落ちた小瓶の方を見た。
だが、すぐに目を逸らして、気が付かなかったようなふりをしたのだ。
(なにか、ご事情でもあるんですかねぇ?)
瓶の持ち主だと知られたら困るようなやましいことでもあるのかもしれないし、だとしたら感心しないが、まあ深く詮索するつもりはない。
そうなると放っておいた方がいいのかもしれないが……なにせ、ほんの小さな瓶である。
放置しておいたら、誰かが気付かず踏み割ったり蹴飛ばして遠くに転がしてしまって見つからなくなったりすることも十分ありうる。
香水というのは概して匂いの強いものだから、瓶が割れたり蓋が外れたりして床に撒き散らされたりしたら、えらいことになるだろうし。
(ん~っ……)
アバンは考えた結果、拾い上げたそれをテーブルの上の、ギーシュから少し離れた場所に、彼から見えるように置いておくことにした。
後で自分でこっそり回収するだろう、と踏んで。
「それでは、私はこれで」
それから、彼らにそう挨拶すると、次の生徒への挨拶に移る。
ギーシュはほっとした様子で、友人たちの目を盗んでさっとその小瓶に手を伸ばし、懐へしまい直そうとした。
しかし、悲しいかな手先の業の達人にはほど遠い彼は、その不自然な動きをあっさりと見とがめられてしまう。
「んっ? おいギーシュ、なにをやってるんだ。そんなに手を伸ばして」
「行儀が悪いぞ。離れたとこの香辛料が欲しいんなら、念力で引き寄せるかメイドに、……いや、待てよ。そりゃ香辛料の瓶じゃないな?」
「その鮮やかな紫色は、そうだ、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だ!」
「そいつを手に持ってるってことは、つまり、お前が今つきあってる相手はモンモランシーってことなんだな? そうだろ!」
「い、いや、違うよ。これは僕のってわけじゃない。いいかい? 彼女の名誉のために言っておくがだね……」
たちまちわいわいとはしゃぎ始める友人たちに、ギーシュは焦って何か取り繕おうとした。
だが、その前に後ろのテーブルに座っていた茶色のマントを身に着けた一年生の少女が立ち上がり、ギーシュの席に向かってくる。
栗色の髪をした可愛い少女だったが、その大きな目は潤んでいて、彼の前まで来るとぼろぼろと泣き始めた。
「ギーシュさま……、やっぱり、ミス・モンモランシーと……」
「ご、誤解だよ、ケティ。いいかい? 僕の心の中に住んでいるのは、君だけで」
少し離れたあたりで耳聡くその騒ぎを聞きつけていたアバンは、内心で呆れる。
(さっきは、薔薇は多くの人のために咲くとかのたまってましたがねぇ~)
その舌の根も乾かぬうちに、今度は彼女だけだとは。
なんともまあ、軽薄というか、不実というか、二枚舌というか……。
そのうえ友人たちの前でそんな態度を赤裸々に大公開して、一体何がしたいのだかよくわからない。
(彼女もさっきからの会話から何から聞いているでしょうしねぇ……。うまくいくとは思えませんねぇ……)
案の定、そのケティという名の少女は聞く耳を持たず、ギーシュの頬を思い切り引っ叩いた。
「そうして他の女の香水を大切に握りしめておいでであることこそが何よりの証拠ですわ! さようなら!」
そう言うと、踵を返して去っていく。
ギーシュは彼女に叩かれた頬をさすったが、彼の受難はまだ終わっていなかった。
今度は、同じ二年生の机に座っていた見事な金の巻き髪の少女が立ち上がって、つかつかと歩み寄ってくる。
その姿を見るや、彼女がまだ何も言い出さないうちから、ギーシュは慌てて弁明を始めた。
「モンモランシー。誤解だよ。彼女とはただ一緒に、ラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけで……」
一応、平静さを装おうとはしているようだが、冷や汗が額を伝っている。
そもそも、自分からそんなことを言い出すこと自体が怪しい。
当然ながら彼女の反応も、芳しいものではなかった。
「やっぱり、あの一年生の子に手を出していたのね?」
「お願いだよ。『香水』のモンモランシー。君の咲き誇る薔薇のような顔を、そのように怒りで歪ませないでくれよ。僕まで悲しく……」
最後まで言い切らないうちに、彼女の堪忍袋の緒が切れたようだった。
モンモランシーは無言でテーブルの上にあったパイをつかむと、皿ごと彼の顔面に叩きつけ、駄目押しに頭の上からワインをどぼどぼと注ぎかける。
とどめに、「この嘘つき!」と怒鳴りつけると、肩を怒らせながら去っていった。
「……ふーっ」
周囲がしーんとする中、ギーシュはハンカチを取り出してゆっくりと顔を拭き、それから芝居がかった仕草で、やれやれというように呟いた。
「あのレディたちは、どうやら薔薇の存在の意味というものを、よく理解してくれていないようだね」
その一部始終を少し離れた場所から眺めて呆気に取られているシエスタの横で、アバンは苦笑する。
(いや~、……ははは)
なんともまあ、といった感じだが。
とはいえ、無関係な自分にできることがあるわけでもなし。
場の空気を変えるためにも、シエスタを促して挨拶回りを再開しようとした、ところで。
「おい、君。アバンと言ったね」
ギーシュがなぜか、そう声をかけてきた。
「はい?」
アバンが振り向くと、ギーシュは椅子の上で体を回転させ、こちらの方に向き直って足を組んだ。
その仕草は、あいかわらず芝居がかっていて気障ったらしい。
「私に何かご用ですか? 洗顔やお洗濯がしたいンでしたら、ご用意いたしますが」
「そんなものはいらん。こっちへ来たまえ」
アバンは内心、(一体なにがしたいんですかねぇ?)と、きょとんとしながらも、シエスタにデザートのトレイを預けて、彼のところへ戻った。
そのシエスタは嫌な予感を覚えたらしく、顔が青ざめている。
貴族がこんなふうに呼びつけてくるのは大抵ろくでもないことの前触れだ、と知っているのだ。
「私に何か、ご用ですかね?」
アバンが小首を傾げてそう尋ねると、ギーシュはかぶりを振って義憤に堪えぬとでもいうような顔を繕い、彼に向かって言い放った。
「先ほどからの出来事を、君も見ていただろうね?」
「えぇ、まあ」
「ならば、わかるだろう。君が軽率にも香水の瓶などを拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた」
「……はい?」
「一体、どうしてくれるんだね? この始末を」
アバンはまじまじとギーシュの顔を見つめた。
どう見ても冗談を言ってる風ではないが、本気だろうか、と疑問に思いながら。
「……えー、お言葉ですが。あのレディーたちには非がなさそうでしたので、名誉が傷ついたのはあなたの方ではないかとお見受けするンですがねぇ」
「なっ。なんだと!?」
「詳しい事情は存じ上げないので、何とも言えませんがねぇ。もし仮に、どちらかに非があるとしたら、あなたの方であるように見えましたンで」
それを聞いて、周囲にいたギーシュの友人たちが、どっと笑った。
「その通りだ、ギーシュ!」
「お前が悪い!」
友人たちに笑われたことで、彼の顔にさっと赤みが差した。
それでも芝居がかった態度を保とうとして、やれやれと首を振る。
「わからないのかい? 非があるのは君の方だよ。僕は君が香水の瓶を落としたと言ったときに、知らないふりをしたじゃないか。あのレディーたちが傷つくことを避けようと思ったからだ。それなのに、君は無配慮にその瓶を机の上などに置いて、この事態を招いた。僕のように、もっと機転を利かせるべきだっただろう?」
なお、アバンはちゃんと何か事情があるのかと配慮して彼とは無関係そうな少し離れた場所に置いたのであって、その瓶を焦って不用意に回収しようとしたために台無しにしたのはギーシュの方である。
が、彼はもう既に、そんなことは忘れているのだ。
「あー……」
あまりに手前勝手な言い分に、アバンもさすがに不快に感じ始めた。
といっても、聞き分けなく駄々をこねたり、理不尽な癇癪を起こしたりする、躾の悪い子供に対する程度の不快感だが。
それならばそういう応対でいくべきかと考えながら、彼はコホンと咳払いをした。
「……聞き間違えましたかねぇ? つまり、こーゆーことですか? 『自分の不義理を隠すために手を貸して二人のレディーを騙し続ける片棒を担いでほしかった』と?」
「なっ……」
その直截的な物言いに、ギーシュが絶句する。
「バッドですねぇ~。あなたの言う薔薇というのは、手を伸ばしてきたレディーたちをその棘で傷つけて泣かせてしまうという意味ですか?」
あまりに無遠慮な物言いに、ギーシュの顔が紅潮する。
「……言ってくれるじゃないか。ああ、君はあのゼロのルイズが呼び出した、どこぞの田舎の貴族くずれだったな。そんな輩に洗練された機転や作法など、期待する方が野暮というものか!」
「そーゆーところですよ、ギーシュくん!」
アバンは、彼の頭に軽いげんこつを落とした。
「いたっ。……なっ。なにをするんだ!?」
「先のお二人に続いて、今度は無関係なルイズの名誉まで傷つけるようなことを言って。だから、棘だらけの薔薇だとゆーんです!」
アバンはぴっと指を立てると、指導中の弟子に説教でもするかのような調子で言葉を続けた。
「いいですか、ギーシュくん。複数の女性とお話しするのは構わないとしても、勘違いをさせてしまうような態度は慎むべきですし。もし、既に心に決めた相手がいるのなら、他の女性にはその旨をはっきりと……」
こんこんとお説教のような話を続ける彼に、ギーシュはわなわなと体を震わせる。
その顔は今やりんごのように、真っ赤に赤らんでいた。
「……君のいたド田舎の貴族は、相手を苛立たせる喋り方の講習でも受けているのかね?」
ギーシュは、怒りを抑えきれない震えた声でそう言うと、すっと立ち上がった。
それから、胸元の薔薇を抜いて、目の前のアバンに向けてまっすぐに突きつける。
「もう許さん! トリステインの貴族、グラモン家の四男として、お前に礼儀というものを教えてやる。決闘だッ!」