ゼロの使い魔・ドラゴンクエスト外伝 ~アバンと異世界のメイジたち~ 作:アバン流口殺法はご遠慮ください
「決闘? ……ですか」
アバンは軽くきょとんとしたような目でその薔薇を見て、目を瞬かせた。
これが彼の杖なのだろうか、と考えながら。
「なんのですかね。お料理対決でしたら、私、自信ありますので。ハンデをお付けしましょうか?」
「この期に及んで、ふざけたことを! 古来より貴族同士の決闘は、杖を向け合っての命の取り合いと決まっている。ド田舎の貴族には、そんなわきまえさえないのか? それとも、怖気づいたか!」
「……ははあ。命のやり取りとは、また……」
アバンは眼鏡の位置を直しながら、軽く顔をしかめた。
「……こんなところで?」
「ふん。貴族の食堂を田舎者の下賤な血などで汚すには及ばないさ。今やっている使用人の真似事を済ませたら、ヴェストリの広場へ来たまえ。その挨拶回りは今生の暇乞いも兼ねたものになると思っておくことだ。言っておくが、今さら逃げても無駄だからな!」
ギーシュはそう吐き捨てると、飲みさしのワインをぐっと干してくるりと体を翻し、食堂から去っていった。
彼の友人たちやその他の生徒の一部も、わくわくした様子で席を立つと、その後を追っていく。
「……やれやれ」
アバンはふうっと溜息を吐いて肩をすくめると、シエスタに預けておいたトレイを受け取り、とりあえずまだ食堂に残っている生徒たちへの挨拶回りを再開した。
「あ、アバン様……」
だが、シエスタは青ざめて、ぶるぶると震えている。
「あ、あんなに貴族の方を怒らせてしまって、だ、大丈夫なんですか……?」
「うん? ああ、そうですねえ……」
アバンは、デザートを配り歩きながら肩をすくめた。
「あのギーシュという子の今後については、ちょっと心配ですかねぇ。早めに身の振り方を考えてくれるといいンですがねぇ~」
「そ、そうじゃなくてっ。……なんで、そんなに……」
危機感がないのか、と、シエスタが言おうとしたところで。
ルイズが、大急ぎで駆け寄ってきた。
「あっ、あんた! 見てたわよ!? なに決闘の約束なんてしてんのよ!?」
「いえ、私の方はお約束はしてないンですがね。彼の方から一方的にふっかけられまして。返事をする間もなく、というか……」
困ったように頭を掻きながらそう言って苦笑いするアバンに、ルイズは溜息をついた。
「だったら、決闘なんて受けられないって言って謝ってきなさいよ。そうすればギーシュの気も少しは晴れるはずよ。あの様子だと、このまま決闘なんてしたら怪我くらいじゃすませてくれないわ」
その言葉に、シエスタもここぞとばかりに賛同して、アバンに言い募った。
「そ、そうです! ミスタ・グラモンはひどく怒っておいででしたわ! いくらアバン様が貴族だった方で魔法も使えるといっても、危険すぎます!」
「……え? 魔法?」
ルイズが、その言葉にぴくりと反応する。
シエスタは朝方に厨房でアバンが
実際にはアバンは今朝、ルイズに
「あんた、魔法が使えたの?」
「え? ええ、はい。こちらの系統魔法ではない、私の故郷のやつでしたら、まあいくらかは」
「……ああ。さっき教室で、一つずつ契約して使うとか言ってたやつね? そういえば、弟子に魔法の指導をしてた、みたいなことも言ってたわね……」
なんでそれをこのメイドが先に知ってるのよ、まずは主人のわたしに教えておきなさいよ、と、不満を並べ立てたくなったが。
話が脱線するのは避けたいので、ひとまずぐっと飲み込んで、顔をしかめて頷いた。
「……だけど、それで勝てると思うのは考えが甘いわ。相手もメイジなのよ? それにあんた、午前の授業では、ただの『錬金』にずいぶん夢中になっていたじゃないの」
「ああ。あれは、ヒジョーに役に立ちそうな魔法でしたねえ。私の故郷とは生活への魔法の利用度が段違いだと実感しましたよ」
「魔法が使えるにしても、そんなレベルじゃ話にならないわ。『錬金』なんて、ドットでも使える土系統の基礎にすぎないのよ。ギーシュはその土系統のドットだけど、あれでも名門の軍人家系で、お父上は陸軍元帥まで勤めた方だから、それなりに戦い方の訓練も受けてるはずよ。勝ち目なんてないわよ」
「アバン様、ここはお詫びを!」
アバンはデザートを配る手を止め、トレイを机に置いた。
それから、彼女らの頭を優しくなでる。
「わっ!? ちょ、ちょっと?」
「あ、アバン様……?」
「……ルイズ、シエスタ。あなたたちは本当に優しい子ですね」
そう言って、にっこりと笑った。
「私はあなたたちが心配してくれることを嬉しく思いますし、心配をかけて申し訳ないとも思います。ですが、頭を下げてそれで終わりにする、というようなことはできません」
「な、なんでよ! あと、手を退けなさいよ!」
「これは失礼。レディーに対して気安すぎましたかね?」
少しおどけた調子に戻って、彼女らの頭から手を離す。
それから、コホンと咳払いをして、やや厳めしい真面目な顔になった。
「もしも、私が頭を下げて、自分の方が悪かったと言ったならば。彼……ギーシュくんは、力を振りかざして道理の通らない主張や行為を正当化するという、悪しき成功体験を積んでしまうことになるでしょう」
そう言いながら、彼が出ていった扉の方に目を向ける。
「それでは、未来ある若者のためになりません。大人としてまた教育者の端くれとして、私には彼をとがめる義務があるのです」
「こんなときに、何を言ってるのよ! 自分の命が危ないのよ!?」
「アバン様! 貴族の方をとがめるだなんて、そんな!」
食い下がる二人に、アバンは視線を動かさずに呟いた。
「若者たちの未来を守ること以上に命をかける価値のあることなど、そうはないと思いますが……」
それから彼女らの方に目を戻して、ちょっと苦笑する。
「……私、そんなに弱そうに見えますか? ギーシュくんのほうが強そうですかね?」
そう尋ねるアバン自身としては、まあ、実際に彼の方が自分より強いという可能性も、なくはないだろうとは思っていた。
軍人の家系だそうだが、あのひょろひょろとした体つきからして明らかに鍛えられていないし、動き一つ見ても戦い慣れしているとは到底思えない。
しかし、いくら鍛えられていない素人であっても、この世界のメイジの魔法が圧倒的に強力なものならば、その基本性能の差を覆せず歯が立たないということはありうる。
かなり鍛えた人間であっても、特に鍛えていないドラゴンに勝つのは難しいように。
とはいえ、その可能性はごくごく低いものだろうとは思っているし。
たとえそうだったとしても、あんな子供に負けたのでは、ハドラーをはじめとするこれまで出会ってきた多くの強敵たちに顔向けができないというものだ。
「強そうとか弱そうとか、そんな問題じゃないわ。あんたも、曲りなりにも魔法の使い手なんだったらわからないの? 平民もどきがメイジに挑むなんて、子供がグリズリーに挑むようなものよ!」
「ほほう? なるほど」
ならば、もはや何の不安もない。
そのような例えをするということは、ルイズの認識している力のレベルというのはその程度のものだということだから。
幼少期のヒュンケルやマァムが、グリズリーの一匹や二匹に負けるはずもないのだから。
どうやら彼女の知っている世界は、まだまだ狭いらしい。
あのギーシュという少年も、おそらくはそうなのだろう。
「さて……急ぎますか」
アバンはひょいとデザートのトレイを持ち上げて、配り歩きを再開した。
「ちょ、ちょっと! まだ話は終わってないわよ!」
「決闘の件でしたら、心配はご無用です。私、元よりあの子とそんなことをする気は毛頭ありませんから」
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ギーシュがアバンとの決闘場所として指定したヴェストリの広場は、『風』の塔と『火』の塔の間にある中庭のような場所だった。
西側にある広場なので、日中でもあまり日が差さない。
逆光などの不利がなく双方が平等な条件で戦いやすいので、決闘にはうってつけの場所である。
広場には既に、話を聞きつけた生徒たちが大勢詰めかけていた。
「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの使い魔だ!」
「あの、なんか菓子とかを配り歩いてた、パティシエかなんからしいおかしな平民だろ?」
「いやいや、ああ見えて、どこか遠方の貴族くずれだって噂も聞いたぞ」
「どっちが勝つか、賭けようじゃないか」
そんなふうに囁きかわされ、賭けを取り仕切る生徒などもあらわれて、場は大いに盛り上がっている。
「よーし、ギーシュの勝ちに5エキューだ。本当に貴族くずれだったとしても、あんなおかしな奴が強いとは思えないからな!」
「俺もギーシュに。新金貨で10枚だ!」
「ギーシュに7エキュー……、いや、財布にもう一枚あった。8エキューで!」
大方の生徒がギーシュに賭ける中で、キュルケは逆張りをした。
「あたしは穴狙いで、あのアバンってお兄さんに20エキュー張るわ」
彼女は午前の授業で、ルイズの爆発で暴れ出したフレイムをアバンが後ろから羽交い絞めにしてなだめ、自分のところへ連れてきたのを見た。
サラマンダーはトラほども大きく膂力もそれに見合う幻獣で、並大抵の人間を遥かに凌ぐ力と体格を誇るオーク鬼とでも、十分取っ組み合えるくらいには強い。
もちろん、メイジが相手ではただ力自慢なだけで勝てるというものでもないのだが、それでもドットのギーシュ程度になら十分勝つ目はある、分の悪い賭けではないと踏んだのだ。
その後ろからタバサがひょいと顔を出して、キュルケが置いたのと同じ方にたくさんのコインをぶちまける。
あわせて11エキュー6スゥ13ドニエ。
どうやら手持ちの財布の中身をぜんぶ出したらしい。
「あら、タバサ。あなたがこんなイベントに来るとは思わなかったわ」
キュルケはその友人の方を見て、ついで彼女が張ったコインを見て、小首を傾げる。
「……あたしに付き合ってくれたのかしら?」
タバサは首を横に振った。
「小遣い稼ぎ」
短くそれだけ言うと、本を開く。
キュルケはそんな友人の様子を見て、にやっと笑った。
「どうやら、あなたにも穴狙いの勝算があるみたいね?」
「そんなところ」
タバサの方はつい先ほど、図書館で読書をしている最中に、アバンが二十メイルはあろうかという高さの棚まで『レビテーション』も使わずに余裕で駆け上ったのを見ている。
何がしかの魔法を使ったのか、それとも純粋な身体能力や技術の問題なのか、それはわからなかったが、なんにせよあれだけのことができるのなら、ギーシュのような実戦経験もろくにないであろうドットの学生メイジなどに負けるわけがないと考えたわけである。
ここに来た理由としては、そうした小遣い稼ぎの他にも、アバンの戦い方を見られれば自分にとって何か参考になるものがあるかもしれない、という思いもあったが。
先ほど食堂でアバンの言動に怒りを募らせていた当のギーシュは、既に広場の中央に待機している。
ナルシストな彼は周囲からの注目を浴び、大半の生徒が自分の勝ちに賭けている様子を見ているうちに、幾分か溜飲が下がってきていた。
「ふふん……。しかし、遅いな。詫びを入れに来るよりも、怖気づいて逃げ出すほうを選んだかな?」
ギーシュも、先ほどは激高していたとはいえ、全くの考えなしに決闘を挑んだわけではない。
彼なりに勝てると考える根拠はあった。
(あいつの腰の剣は、どう見てもただの剣だ。魔法衛士が使うような剣杖じゃない)
ギーシュ自身も含めたメイジの多くは、剣などは平民がメイジにせめて一矢報いようと磨いた貧相な牙にすぎぬと見下している。
だが彼も、仮にも軍人の家系の出、一部の武闘派メイジは戦いでの実用性を考慮して接近戦にも使える剣型の杖を選ぶこともある、ということくらいは知っている。
しかし、そのような杖は通常、片手で容易に振るえる軽量の細剣状なのだ。
アバンが持っているような肉厚の長剣は重くて肝心要の呪文を素早く詠唱できなくなってしまうため、メイジにとっては本末転倒なのである。
杖以外の補助武器としてあんな重い剣を持ち歩くメイジもまずいない、明らかに役に立つよりも邪魔な面のほうが大きいからだ。
そうした点から見て、アバンは貴族くずれといっても平民からの成り上がり者で、魔法は使えないただの剣士であるに違いない。
(剣士など、メイジの敵じゃないさ)
彼もアバンが遥か遠方の異文化圏から来たらしいということは聞いていたが、ハルケギニアの外にある文明社会など、ギーシュの理解の及ぶ範囲にない。
大方どこかの田舎でハルケギニアと似たようなところだろうと、漠然と思っているだけだ。
自分の常識が通用しないかもしれないなどとは想像だにしない。
(まあ、あいつが誠心誠意頭を下げるのなら、少々こき下ろす程度で許してやろうか。薔薇としてレディーたちに寛容なところを見せないとな)
などと、「寛大」な考えを、頭の中で弄んでいたところで。
「は~い、スミマセン。ちょっと道を開けてくださいね~」
いつもと変りない暢気な声をあげながら、ついにアバンが広場に姿をあらわした。
「諸君、決闘だ!」
ギーシュはその声が聞こえた瞬間、満を持して薔薇の造花の杖を掲げ、そう宣言する。
周囲からわあっと歓声が上がった。
(ふふ、決まった)
心中でそう自己陶酔して、観客に手を振って応える。
それから、もったいをつけながら、アバンの方に向き直った。
「遅かったな。とりあえず、逃げずに来たことは誉め、て……」
しかし、やっと広場の中央に進み出てきたアバンの姿を見て、その言葉が途中で止まる。
「……なんだね、その格好は」
彼は三角巾とエプロンを身に着け、まるでこれから台所にでも立とうかという格好であらわれたのだ。
しかも、食材や調理器具が載った大きなワゴンを押して運んできていた。
処置なしだというように額に手を当てて苦々しげな顔をしているルイズと、はらはらと不安そうな顔をして縮こまっているシエスタとが、彼と一緒にやってきて、観客の輪に加わっている。
「ハイ。先ほどのお話では決闘、命のやり取りとのことでしたが。私、あなたのような子を相手に、そんなことをするほど大人げなくはないんですよ」
アバンが指を立ててそう言うと、ギーシュのこめかみがぴくりと動く。
「は! なんだね、それは。決闘から逃げるための言い訳かな?」
そう言ってやれやれというように首を振り、手を広げた。
動作がいちいち大げさで芝居がかっている。
「あれだけの侮辱をしておいてそんな誤魔化しで通るほど、世の中は甘くないよ。許しを請いたいのなら、ちゃんと謝罪したまえ!」
「いえいえ。ではあるンですが、しかし、若者の挑戦をあまり無下にするのもよろしくないですからねぇ……」
アバンはにかっと笑って、運んできたワゴンを示す。
「そこで、これです。私も教育者の端くれですから、あなたに少しばかりレクチャーをしてあげましょう。それに必要なものを持ってきましたぁ!」