ゼロの使い魔・ドラゴンクエスト外伝 ~アバンと異世界のメイジたち~ 作:アバン流口殺法はご遠慮ください
魔法学院の教室は、石造りの講堂のようになっていた。
教師が最下段で講義を行い、生徒はそこから上に向かって階段のように続いている席のどこかに座って授業を受ける、という形のようだ。
まだ教師は来ておらず、授業は始まっていないらしい。
入ってきたアバンの姿を見た何人かの生徒たちがくすくすと笑って何か囁きかわしているようだが、それはさておいて。
(うーむ……。これだけ大勢の生徒がいるとなると、一人一人にいかにしてきめ細かい指導を行うかが鍵になりそうですねえ……)
アバンは教室を感慨深げに見渡しながら、そう考えた。
彼自身も教育を仕事にしてきたが、家庭教師ゆえ、一度にごく少人数の指導を行った経験しかない。
教室内には生徒たちの他に、彼らが連れている使い魔の姿もあった。
召喚直後ゆえ、お披露目のために多くの生徒が自分の使い魔を連れてきているのだ。
犬や猫、カラスや蛇といった一般的な動物に加えて、モンスターの一種らしき見慣れない姿の生物もいる。
興味深くはあるが、ひとまずは置いておいて。
「さあて? ルイズは……と」
アバンは厨房で焼いた菓子を一人分ずつ個別に包んで大きな籠に入れた後、食堂に戻ってはみたのだが、やはり作るのに時間がかかったため、ルイズはもう既に食事を終えて授業に向かった後だったのだ。
教室はかなりの広さだったが、アバンが軽く視線を巡らせただけで、ルイズの姿はすぐに見つかる。
彼女は他の級友たちから距離を置いて本を開き、黙々と予習か何かをしているようだった。
桃色の髪は教室内でもかなり珍しく、探しやすい。
今は亡き親友のロカやその血を引く娘であるマァムの髪の色とよく似ているので、アバンとしては幾分か親近感を感じている。
「いやぁ~、遅れてすみません。お待たせしました~」
アバンが彼女の傍まで行って声をかけると、彼女は気が付いて顔を上げた。
「別に待ってないけど、遅かったわね」
次いで、彼が抱えているものを見て、怪訝そうな顔になる。
「……なによ、その大荷物は。なんかちょっと、いい匂いがしてるみたいだけど?」
「いやぁ、すみません。こちら、焼き菓子が入ってまして。これの準備にちょっと、時間がかかったンですよ」
「焼き菓子ぃ? なんでまた、そんなのを作らせて持ってきたの?」
「作らせたんじゃあありません、私が作ったんです。皆さんにご挨拶回りに伺うのに、手ぶらではよろしくないかと思いましたので」
「挨拶回りって……。使い魔がいちいちそんなことしなくても」
「別に、義務でやってるわけではないですよ。私がしたいというだけです」
アバンはそう言ってはっはっはと笑うと、籠の中から菓子の包みを一つ取り出して、ルイズの前に置いた。
「よろしければ、どーぞ。私は授業の始まる前に、さっそく皆さんにご挨拶をしてきますンで」
そう言って視線を巡らせ、先ほどルイズの部屋の前で出会ったキュルケの姿に目を留める。
彼女は異性から人気があるようで、周りを大勢の男子に取り巻かれ、ちやほやされているようだった。
「ではまず、あちらの方々からいきましょう」
「ツェルプストー家のキュルケと、取り巻きの男子たちじゃないの。あんなバカな連中、ほっときなさいよ」
ルイズはそちらに目を向けると、顔をしかめてそう言った。
アバンは、おや、と小さく首をかしげる。
どうも彼女は、キュルケのことが気に入らないらしい。
「それはまた、ずいぶんな暴言ですねぇ~。……なんでまた?」
「覚えておきなさい。まず、キュルケはトリステインの貴族じゃないの。隣国のゲルマニアから来た留学生よ。わたしが大嫌いな」
それから、ルイズはキュルケの方を横目で不機嫌そうに睨みながら、説明をしていった。
曰く、互いに国境沿いにあるルイズのヴァリエール家とキュルケのツェルプストー家とは、戦争のある度に殺し合ってきただの。
昔から何度も何度も、先祖が恋人や奥さんを寝取られてきただの。
「……ははあ、なるほど。お互いのご家系のいきさつについては、ある程度理解しました」
アバンは頷いた。
「しかし、私は祖先への敬意も大切ですが、過去にこだわり過ぎないことも必要と思いますよ。少なくとも今朝はお世話になったわけですし」
「今朝? なんの話よ?」
怪訝そうにするルイズに、アバンは今朝、彼女の部屋の前で立ち往生していた時に、キュルケに部屋の鍵を開けてもらったことを伝える。
「なんであんたが部屋に入ってこれたのかと思ったら」
ルイズは呆れたように溜息を吐く。
「大体、学院で『アンロック』を使うのは規則違反よ。そんなことにいちいち感謝しなくてもいいわ」
「ああ。やっぱり、あれはダメなことだったんですねぇ……」
アバンは苦笑した。
「しかし、そうであってもお世話になったことには違いないわけですし。キュルケさんも他の生徒さん方も、この学院で暮らさせていただいている仲間ですので。ご挨拶もしないというのでは、礼儀にもとると思いますよ?」
「……ずいぶん挨拶に行くことにこだわってるけど。そんなこと言って、あいつの色香に誑かされてるんじゃないでしょうね?」
ルイズが疑わしそうな目で、アバンを睨んだ。
万が一にも、あの色ボケに使い魔をとられたなどということになっては、ご先祖様に申し訳が立たない。
「私が既婚者であることは、昨日申し上げたと思いますが。にもかかわらずそんなことを言われるということは、それはつまり、私が妻を裏切って浮気をしそーな男に見えるということですかね?」
「い、いえ。そういうわけじゃないけど……」
「そもそも、あの子は私より十歳以上は年下じゃないですか? 美人だとは思いますが、私、ハタチにもならないよーな少女に手を出す趣味は毛頭ありません」
アバンは、赤ん坊の時から知っていておしめを替えたこともある十代の少女であろうとナイスバディに育ったら平然と痴漢行為をする、というような、どこぞの大魔道士とは違うのである。
「もう! わかったわよ。挨拶くらい好きにすればいいけど、あんまりベタベタして取り巻きの連中に妬まれても知らないからね!」
ルイズはむすっとしてそう言い捨てると、本に視線を戻す。
「ありがとうございます。それでは!」
アバンは会釈をすると、早速キュルケらの元へ向かった。
なにせ、他にも挨拶をしなくてはならない相手は大勢いるのだから、テキパキとやらなくては。
「ちょっと、失礼します。やあ、キュルケさん。今朝はどうも、大変お世話になりました」
にかっとした笑みを浮かべて、そう声をかける。
「あら、アバンだっけ? 別にいいのよ、あのくらい」
「いえいえ、大変助かりました。つきましては、皆さまへのご挨拶回りも兼ねまして、お菓子を焼いてみましたので。よかったらどーぞ、ご賞味ください」
そう言って頭を下げ、さっと菓子の包みを差し出す。
「なんだ、お前。急に割って入ってきて」
「ふん。昨日召喚された、ルイズの使い魔じゃないか。厚かましいぞ、引っ込んでいろ」
当然、取り巻きの連中は割り込んできた貴族かどうかも怪しい男にはいい顔をせず、敵意を向けたり見下したりしてきた。
が、それは所詮、子供じみた嫉妬や対抗心、虚栄心などから来るものであって、アバンからすれば若者らしい、微笑ましい反応というだけである。
「いやいや、お邪魔をしてすみません。すぐに引っ込みますが、ご挨拶だけ。私、アバン=デ=ジニュアール三世と申します。どうぞヨロシク。皆さんも、お菓子がお嫌いでなければぜひぜひこちらを」
そう言ってにこやかな笑みを返し、彼らにも菓子の包みを配っていく。
もちろん、「学院の料理人がいるのにお前の作ったものなんて」とか、「元貴族のしかも男が自分で料理なんて恥ずかしくないのか」とか、揶揄したり嘲ったりする者はいる。
しかし……いざ目の前に出されると、なんともうまそうな匂いが漂ってきて、そう言った声も勢いを失った。
「あら、おいしい! 甘いのにスパイシーで、濃密ね。体が温まるような味だわ」
取り巻き連中などお構いなしにさっそく食べてみたキュルケが、そう言って軽く目を輝かせる。
「はっはっは、そうでしょう。糖蜜のこっくりとした甘さと生姜やシナモンといったピリッとしたスパイスで、寒い冬などにはぴったりのお菓子とされているんですよ。少々、時季外れですが」
「こういう味は、ゲルマニアでは受けがいいわよー。あなた、パティシエでもやってみない?」
彼女は笑いながら、「食べないのなら、あなたたちのももらっていい?」と、取り巻きたちに尋ねた。
「……あ。も、もちろん!」
「う、うん。こんなものでいいのなら、ぜひ……」
キュルケに振り向いてもらおうと群がっている彼らからすれば、もちろん菓子くらいで彼女の歓心が買えるなら安いものである。
とはいえ、目の前でうまそうな香りを嗅ぎ、人が実際にうまそうに食べているのを見れば、自分も食べてみたいという気持ちになるのは当然のこと。
意中の相手への奉仕には代えられないとはいえ、若干の未練が顔や声ににじみ出ていた。
「いやー。さすが皆さん、名家の貴族子弟ですねえー。どなたもレディーにお優しい。青春してますねえー」
アバンは朗らかに笑ってそう言いながら、厨房で余った生地を切り分けて詰めたおまけの袋を取り出すと、机に置いて広げる。
いい香りがふわりと周囲に広がった。
「しかし、私はぜひ皆さんにも食べていただきたいので。こちら、追加分として包んだモノですので、よかったらひとかけらなりとも口にしてみていただけませんかね?」
そう言って勧めると、取り巻きたちは少し顔を赤らめながらも、「ふ、ふん。仕方ないな!」「キュルケが食べてやっているのに、僕が食べないわけにもいかないからな!」などと言いながら手を伸ばし始める。
アバンはそれを満足げに見やり、彼らが食べている間に一人一人と軽く言葉を交わすと、また別の生徒に挨拶に向かった。
今度は、キュルケの隣の席に座って黙々と本を読んでいる、眼鏡をかけた小柄な青い髪の少女に。
「いやあ、どうも。アバン=デ=ジニュアール三世と申します、どうぞよしなに」
彼女は彼のほうに目を向けたものの、「タバサ」と自分の名前らしい言葉を一言呟いたきりで、また本に視線を戻した。
かなり不愛想な気質らしい。
しかし、アバンは気にした様子も見せずに、にこやかに話しかける。
「タバサさん、ですね。ヨロシクお願いします。私の焼いたジンジャーブレッドは既にご賞味いただけたようで、嬉しい限りです。よろしければこちらの追加分も、どーぞお召し上がりください」
そう言って彼女の前に菓子の包みを置いた。
タバサはそれをじっと見ながら、考えを巡らせる。
(……バレてた?)
さっき、アバンがおまけの菓子の包みを出した時、近くにいたタバサもいい香りに惹かれてそちらを見た。
特定の誰かのためのものではないようだったから、隙を見て自分もひょいと一掴み失敬し、本の影に隠すようにして食べていたのである。
誰にも気づかれずに取ったつもりだったが、彼には見られていたのか。
あるいは匂いとか食べかすとか、何かその他の理由で気付かれたのか。
タバサがいろいろと考えていると、アバンが首を傾げた。
「それとも、お気に召しませんでしたか? もしそうでしたら、無理にとは」
「おいしかった」
タバサはそう言うと、自分の前に置かれた包みをさっと回収する。
「はは……よかったです。では、またいずれ」
見た目によらずなかなか食い意地の張った子供らしいと、アバンは苦笑してその場を辞した。
その後も幾人かの生徒たちの元を順に回って、挨拶をしていく。
そうするうちに、教師らしき女性が教室に入ってくる。
紫色のローブに身を包み、三角帽子を被っている。
優しい雰囲気のある、ふくよかな頬をした中年の女性だ。
彼女は教室を見回すと、満足そうに微笑む。
「皆さん、春の使い魔召喚は大成功のようですわね。新学期の初めに、毎年こうして様々な使い魔たちを見られるのは、とても楽しみなことです」
アバンはそれを目に留めると、ささっとそちらの方に向かう。
その女性は彼に気が付いて、はて、と首を傾げた。
「おや、あなたは? 生徒ではありませんね」
「お初にお目にかかります、教師の方とお見受けします。私、ルイズ=フランソワーズの使い魔をさせていただくことになりました、アバン=デ=ジニュアール三世というものでして。彼女ともども、どうぞヨロシクお願いいたします」
アバンが丁重に挨拶する様子を見て、女性はああ、と得心したように呟いた。
「思い出しました。ミス・ヴァリエールが異境の貴族の方を召喚したと聞きましたが、あなたのことだったのですね。どうもご丁寧に。私は『土』系統の魔法について講義しておりますシュヴルーズ、『赤土』のシュヴルーズという者です」
「ありがとうございます、シュヴルーズさん。こちら私が焼いたものなのですが、よろしければご賞味ください」
そう言って笑顔で菓子の包みを差し出すと、彼女は若いホストに接待でもされているような気分なのか、少し頬を赤らめ、顔を綻ばせる。
「まあまあ、なんて素敵な。ミス・ヴァリエールは、良い使い魔に恵まれたようですね」
「え。……あ、ありがとうございます……」
そう言われたルイズは、恥ずかしいのか照れているのか、それとも内心複雑な思いでもあるのか、頬を赤らめて俯いた。
しかし、それに対して周囲から野次が飛ぶ。
「どうせ召喚ができないからって、その辺から適当に平民のパティシエかなんかを連れてきたんだろう! ゼロのルイズ!」
それに応じて、他にも何人かの生徒が笑い声を上げた。
ルイズはきっとした目つきでそれらの生徒を睨むと、立ち上がって抗議する。
「何を言うのかしら、マリコルヌ。わたしはちゃんと召喚したわ!」
「嘘つけ! ゼロのルイズに『サモン・サーヴァント』ができるもんか! 大体、人間が出てくるなんておかしいだろ。そんなの、聞いたこともない!」
それを受けて、また笑い声が上がった。
顔をしかめたり微妙な顔をしたりしている生徒も多かったが。
「おんやぁ~っ?」
そのとき、アバンが首を傾げ、ややわざとらしい、歌うように間延びした声を上げた。
「失礼ですが、ええと……、マリコルヌくんでしたかね?」
「なんだ。貴族くずれだか平民のパティシエだか知らないが、なれなれしいぞ!」
「これは重ねて失礼を。しかし、あなたは昨日、ルイズが召喚した場におられたように、私は記憶しているンですがねぇ~」
あの時、周囲から野次を飛ばしていたうちの一人がこの少年だったことを、アバンは覚えている。
「ああ、いたさ。それがどうした?」
「で、あれば、目の前で彼女が召喚していたところを見られたはずでしょう。それなのになぜ、その辺から連れてきたなどと?」
「ふん。どうにかしてごまかしたに決まってるさ。大方、いつもの爆発で何してるのか見えなくなったところで、どっかに隠してたお前を引っ張ってきて」
「なるほど。つまり、あなたはルイズが周囲におられた生徒さん方全員と、監督をしておられたコルベールさんの目を欺いて、白昼堂々どこからともなく人間を連れ込めるほどに凄腕の魔法使いであると、そう認めておられるということで合ってますか?」
「なっ。なに言ってるんだ、バカなのか? 俺が言ってるのは、そんな意味じゃ」
「そうなると、生徒の皆さんもコルベールさんも全員が、大した腕でもないルイズの手で目の前で堂々と行われたすり替えに気付かなかった節穴そろいだ、と主張しているということになるかと思いますが。そういうことでいいンですか?」
マリコルヌはぐっと言葉に詰まって、顔を赤らめた。
一方で、アバンはうんうんと頷いている。
「いや~。私も、ルイズは凄い子だとは思うンですがねぇ~。さすがに、まだそこまでは。皆さんを侮辱しているようで、恐れ多いことですし。ですので、ただ普通に召喚に成功しただけなんじゃないかと思うンですかねぇ~」
そう言って、どうでしょうかと、同意を求めるようにシュヴルーズの方を見る。
彼女も、同じようにうんうんと頷いた。
「もっともなことです。ミスタ・グランドプレ、お友達のことでおかしな流言を広めてはいけませんよ。いいですね?」
「……でも、ミセス・シュヴルーズ。ルイズがゼロなのは事実で……」
マリコルヌはそれでもまた、悔しげな顔をしながら何やらもごもごと食い下がろうとしたが。
シュヴルーズがさっと杖を振ると、どこからともなく現れた赤土の粘土が彼の口に押し付けられ、強制的に黙らせる。
教室がしいんと静かになった。
「いやあ、すみません。授業のお邪魔をしてしまったようで……」
アバンはシュヴルーズにぺこりと頭を下げると、そそくさとルイズの隣に戻り、席に着く。
「……あんた、口がうまいわね」
「はい? 私は、思った通りのことを正直に言っただけですよ?」
そんなふうにとぼけたことを言いながら、アバンは内心わくわくしていた。
いよいよ未知の異世界で、魔法に関する授業を受けられるのだ。
教師ではなく生徒の立場になるのも、いつ以来のことか。
(さあて、授業が始まりますねぇ~。ご挨拶回りはまだまだ残ってますが、授業後のお休みの時間とか、合間合間に進めていきましょう)