ゼロの使い魔・ドラゴンクエスト外伝 ~アバンと異世界のメイジたち~ 作:アバン流口殺法はご遠慮ください
「それでは、授業を始めましょう」
シュヴルーズはこほんと咳払いをすると、杖を振った。
途端に教卓の上に、いくつかの石ころが現れる。
(あれは……先ほど赤土の粘土を出現させたのと同じ魔法ですかね? 物質の転送? いや、創造か変成……?)
アバンは興味津々でその様子を見つめ、メモを取りながら、いろいろと考える。
隣のルイズに聞けば話は早いかもしれないが、まずは自分で考えてみるということも大事だ。
「さて、ご存じの方も多いかとは思いますが。私の二つ名は『赤土』、赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法をこれから一年の間、皆さんに講義します」
シュヴルーズは軽く会釈すると、先ほど要らぬことを言って口に赤土の粘土を張り付けられたマリコルヌの方を見て、軽く杖を振った。
途端に、赤土がぱっと消え失せる。
懲役期間は終わったらしい。
「皆さんはもちろん、魔法の四大系統はご存知ですね。ミスタ・マリコルヌ?」
「は、はい! 『火』『水』『土』『風』の四つです!」
マリコルヌは、これ以上失態を晒すのはごめんだと慌てて姿勢を正し、質問に答える。
その声は風邪でも引いているみたいなガラガラ声だったが、これは口を塞がれていたせいではなく、彼の素だ。
「よろしい、その通りです」
シュヴルーズは頷いた。
まあ、この世界ではおおよそ誰でも、大抵の平民でも知っているような基礎知識である。
魔法の勉強というよりは、授業の導入として投げかけた常識問題の類だ。
「それに、今は失われた系統魔法である『虚無』を合わせて、全部で五つの系統がある。その五つの系統の中で、『土』はもっとも重要なポジションを占めていると、私は考えます」
シュヴルーズはあらためて、重々しく咳払いをした。
そして、話を続ける。
「それはなにも、私が土系統だから身びいきをしているというわけではありませんよ。土系統の魔法は万物の組成を司る魔法であるからです。この魔法がなければ日々の生活に重要な金属の生産や加工はできません。大きな石を切り出して建物を建てることもできなくなり、農作物の収穫も今よりずっと手間取ることでしょう。このように、『土』は皆さんの生活に密接に関係した系統なのです」
「ほほぉ~っ……」
アバンは熱心にメモを取りながら、感心したような声を上げた。
それほどまでに、生活に魔法を活用しているとは。
彼の生まれ育った世界では、魔法は一般的にモンスターなどの脅威と戦うためのもので、戦闘用が主である。
この世界ではそういった危険な敵が少ないのか、あるいはメイジと呼ばれている魔法使いの数が多いために余裕があるのか、日常の生活を支えるための魔法が大いに発展しているらしい。
(なるほど。それなら、魔法使い……メイジが高い地位につけるのも、当然でしょうねぇ……)
アバンのいた世界でも初歩的な魔法くらいなら習得している町人や村人は、特にモンスターがよく出る地域ではそこまで珍しくはない。
だが、普段の生活に活かすとしたら攻撃呪文は動物を狩るのに使うとか、火を起こすのに
回復呪文は日常生活で負ったケガの手当てや疲労回復などで重宝するが、いずれにせよ一般的な町人や村人では概ね初歩的な魔法を一日に数回使うのが精一杯で、習得している者であっても請われるたびに気軽に使ってやるというわけにはいかないのだ。
「さて、今年度の授業内容ですが。皆さんにはまず、『土』系統の基本である『錬金』の魔法を覚えてもらうことにします。一年生の時にできるようになっている人もいるでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいするところから始めます」
シュヴルーズはそう言うと、目の前にある石ころに向かって、手に持った小ぶりな杖を振り上げた。
そして、短くルーンを呟く。
石ころが光りだし、光が収まると、それは輝く金属に変わっていた。
「おお~っ……」
アバンは目を丸くして、感嘆の声を漏らす。
あれは、ある物質を別の物質に変成させる呪文か、と考えながら。
キュルケが目の色を変えて身を乗り出し、ゴールドかと尋ねるが、シュヴルーズは真鍮だと答えた。
「ゴールドはスクウェア・クラスのメイジだけが錬金できます。私はただの、トライアングルですので……」
彼女はややもったいぶって、そう説明する。
おそらくスクウェアやトライアングルというのはメイジの強さを示すランクのようなもので、トライアングルは上から二番目ということだろう、とアバンは推測した。
(となると、この世界では黄金などは大した価値もないものなのですかね? いや、教師でもトライアングルならスクウェアはかなり希少で、そこまでの量は作れないとも考えられるか……)
もしかしたら魔界の金属とか、オリハルコンとかでも作れたりするのだろうか。
いずれにせよ、何ともすごいものだ。
(これは、ぜひいろいろと参考にしていきたいものですねぇ~。私には習得できなさそうなのが残念ですが、同じような効果の魔法なり魔法道具なりを開発するとかは、もしかしたらできるかも……)
何にせよ、この世界の字が読めるようになれば、もっといろいろとわかるようになるだろう。
元の世界へ戻るためやダイの探索のためにも、可能な限り学んでおかなくては。
アバンはいろいろと考えながら、熱心に授業を受けた。
ルイズはといえば、そんな彼の姿をぼんやりと横目で眺めている。
新年度の最初だけあってわかりきった内容の話なので、さして集中して聞いておく必要もないのだ。
(ずいぶん夢中みたいだけど。こいつの故郷の魔法じゃあ、『錬金』みたいな基本的なことさえろくにできないのかしら?)
文化の違いもあるのだろうけれど、だとしたらまたずいぶんとレベルの低そうなことである。
(……ま、ド田舎みたいだしね)
などと、ルイズが考えていたところで。
「ミス・ヴァリエール。集中していないようですね。召喚したばかりの使い魔のことが気にかかるのはわかりますが、よそ見はいけませんよ?」
次にやってもらう実演で誰を指名するか考えながら教室内の生徒たちを見渡していたシュヴルーズに注意散漫な様子を見咎められ、そう注意を受けた。
「す、すみません!」
慌てて、前の方に視線を戻す。
「あれ? ルイズ、私になにか用がおありだったンですか?」
「別に、なんでもないわよ」
小首をかしげながら尋ねてきたアバンを不機嫌そうに軽く睨んで、そう返した。
よそ見をしていたのは自分で、別に彼は悪いわけでもなんでもないのだが、軽い八つ当たりである。
「おしゃべりはいけません。口を使いたいのなら、こちらに来て『錬金』をやってもらいましょう」
シュヴルーズがそう言った途端、生徒らがざわめいた。
「え。わたし、ですか?」
「そうです。ここにある石ころを、望む金属に『錬金』してごらんなさい」
そう言われても、ルイズはなかなか立ち上がらない。
なにやら困った様子で、もじもじしている。
(……苦手、ということですかねぇ?)
アバンはそう推測してみたものの、どうもしっくりこなかった。
うまくやれないので、皆の前で恥をかくのを嫌がってやろうとしない、というのはよくあることだが……。
その意味するところはまだよくわからないものの、彼女はどうも一部の生徒から「ゼロのルイズ」などと呼ばれて、からかわれているようだ。
で、あるならば、そういった者たちが彼女をはやし立て、やれ、やってみろ、とけしかけてもよさそうなもの。
なのに、誰もそうしないどころか、動揺しているような様子なのが気にかかる。
(むむ……?)
さっきルイズを貶そうとしていたマリコルヌという生徒の方を見てみたが、彼も不安げな様子で、なにやら浮き足立っているようだ。
これは一体どういうことか、と頭をひねっていたところで、キュルケが困ったような声を上げた。
「あの。ルイズにさせるのは、やめといた方がいいと思いますけど……」
「どうしてですか、ミス・ツェルプストー」
「危険だからです」
そう言った彼女に、教室のほとんどの生徒が同意するように頷く。
しかし、シュヴルーズは怪訝そうに眉根を寄せて、首を振った。
「どうしてですか? 『錬金』に危険などありません。万が一、何か有毒な物質などができたとしても、私が対処します」
「いえ、有毒とかじゃなくて……」
「さあ、ミス・ヴァリエール。気にせずにやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何もできませんよ?」
シュヴルーズに優しく励まされたためか、あるいは反目するキュルケに横から口を出されたためか。
ルイズはついに意を決し、緊張した面持ちで立ち上がった。
「やります」
そう言って緊張した面持ちで教壇に進み出ると、シュヴルーズは彼女ににっこりと笑いかけて、その隣に立つ。
そして、『錬金』の詠唱は憶えていますね、作りたい物質を心に強く思い浮かべるように、などのアドバイスを丁寧に与えていった。
だが、他の生徒らはその間にも、天を仰いだり、耳を塞いだり、目を瞑ったりしている。
前の方の座席に座っている生徒などは、椅子の陰に隠れ始めた。
(……なにか、大変なことが起こるよーですが……)
生徒らの様子を見て、アバンはどうしたものだろうかと、少し逡巡した。
しかし、結局、そのまま見守ることに決める。
止めるにしても何が起こるのかも知らない自分が口を挟むのは、とも思うし、シュヴルーズの言うように、失敗を恐れず挑戦することも大事だろう。
ルイズ自身がやってみる気になったのなら、未来ある若者の挑戦を無暗に妨げたくはない。
(まあ、皆さんはこれまでにも何度か経験している様子ですから、最悪でも命にかかわるよーな事態になるということはないのでしょうしね)
ルイズは祈るように目を閉じて短くルーンを唱え、杖を振り下ろした。
石ころが輝いた、と思った、次の瞬間。
閃光と爆音が生じて、石ころはその下の机ごと爆発する。
「なっ……!?」
アバンは目を見開いた。
予想外の現象だ。
爆風をもろに受けたルイズとシュヴルーズは黒板に叩きつけられ、悲鳴が上がる。
突然の閃光と爆音に驚き、使い魔たちが暴れ出した。
寝ていたキュルケのサラマンダーはいきなり叩き起こされたことに腹を立て、炎を吐いた。
マンティコアが飛びあがって窓ガラスを叩き割り、外に飛び出していく。
その穴から大蛇が入ってきて、近くにいたカラスを飲み込んだ。
教室が阿鼻叫喚の大騒ぎになる。
「うわあ! ラッキーが! 俺のラッキーが、蛇に食われた!」
「だからあいつにやらせるなって言ったのに!」
「ちくしょう! ヴァリエールはもう退学にしてくれ!」
アバンはさっと視線を走らせ、ルイズとシュヴルーズは昏倒しているようだが命に別状はないのを見て取ると、これ以上被害を広げないため、まずは使い魔たちを抑えにかかった。
「よしよし、フレイムくん。ノープロブレムです。もう終わったので、落ち着いてくださいな」
まず、暴れているサラマンダーを背後から持ち上げて羽交い絞めの体勢にし、ジタバタともがいて火を噴くのにも構わず、よしよしとなだめながら、キュルケの元に運んで引き渡した。
「お手数ですが、なだめて、また寝かしつけてあげてくださいね?」
そう言って、今度は大蛇の元へ向かう。
キュルケはきょとんとして、「サラマンダーを素手で?」などと呟いていた。
「あー、こらこら。拾い食いはいけませんよ~? ペッしなさい、ペッ!」
これまた締め上げて、強引にカラスを吐かせ、ラッキーが食われたと騒いでいた飼い主に渡す。
大蛇の方も、視線を巡らせて主人を見つけ、引き取ってもらう。
他にも騒いでいる使い魔たちを片っ端から捕まえ、なだめ、早急に落ち着かせられるであろう主人の元に運んで引き渡していった。
彼がそうしている間に、服のあちこちが破れ、煤で真っ黒になったルイズがむくりと立ち上がると、「ちょっと失敗した」などと淡々と言って、生徒たちからの顰蹙を買っていた。
「どこがちょっとだよ!」
「魔法の成功率ゼロのくせに、やろうとすんな!」
アバンはそんな彼女の元にささっと駆け寄ると、わしっと頭を掴み、自分のそれと一緒に下げさせた。
「なっ、なにすんのよ!?」
「なにすんのよ、じゃあありません。ご迷惑をおかけしたんですから、謝るのが当然でしょう!」
そう言って彼女を叱ると、どーもこの度は申し訳ありませんでした、ごメーワクをおかけしました、と、自分が率先して周囲に謝る。
「やろうと思ってやったんじゃないわよ!」
「悪気があろうとなかろうと、ご迷惑をおかけしたことに違いありません。何もしていない周りの皆さんと、実行したルイズとそれを止めなかった私。非があるとしたらどちらのほうだと思うんですか?」
ルイズは顔を赤くして抗議したが、そう言われるとぐっと押し黙り、しぶしぶとながら自分で頭を下げて、ごめんなさいと小声で言った。
貴族が頭を下げて謝るのは軽いことではないので、それで周囲からの責める声も概ねは収まる。
アバンはそれを確認すると、シュヴルーズの介抱に回った。
その後、午前中の授業は中止となり、ルイズとアバンとは罰として、教室の片づけを命じられたのだった。