ゼロの使い魔・ドラゴンクエスト外伝 ~アバンと異世界のメイジたち~ 作:アバン流口殺法はご遠慮ください
「はあ……」
ルイズは自室で、ぼんやりと机に向かっいながら溜息をついていた。
午前中の授業は全て無しになったが、アバンがてきぱきと働いたおかげで、作業はごく早く片付いた。
彼はその後、ルイズといろいろと情報のやり取りをした後で、新しいタオルを水で濡らしてルイズの顔を拭き、体を覆うように乾いたバスタオルをかけてやって、昼食前に湯あみをして乱れた服を着替えるよう勧めたのだ。
彼女はその通りにして、髪も整え直したが、まだ時間は余っている。
予習をしておこうと教科書を開いてはいるが、ともすればさっきのアバンとのやり取りが脳裏に浮かび、内容はさっぱり頭に入ってこない。
(……わたしが『虚無』ですって?)
バカバカしい。
あいつはそんなことを、本気で考えているのだろうか。
……いや、さっきの彼の真面目な態度からして、そう思っているというのは本当なのだろう。
でもそれは、この世界の魔法について、まだろくに知らないからに違いない。
始祖ブリミルが使ったという伝説の系統、何千年も前に失われたというそれの使い手が、呪文ひとつろくに成功させられない自分だなんて、そんなことがあるわけがないではないか。
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『もちろんこれは、あくまでも現時点で知った限りの情報から、この世界の魔法に関してド素人な私が行った推測にすぎません。早計な決めつけは避けるべきです。ですので、まだ他の人にはあまり話したりないほうがいいでしょうね』
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そんな助言もしてきたが、言われなくても話すはずがなかった。
誰かにそんなことを言おうものなら、「ゼロのルイズが自分のダメさ加減を認めたくないあまりに、強がりを通り越してとうとう頭のおかしい現実逃避の妄想を始めた」なんて言われて、バカにされるに決まっているのだから。
「……自分がド素人だってわかってるんだったら、的外れな推量なんかするんじゃないわよ……」
ルイズはそう独り言ちて、溜息を吐いた。
あんな貴族だか平民だかもよくわからない、胡散臭い田舎者の推測を本気にするなんてどうかしている。
どうかしている、のだが……。
(……でも、なんか……)
彼女の脳裏に、先ほど別れる前のアバンの姿が、言葉が思い起こされる――。
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『その推測がはたして正しいかどうかも含めて、今後、私の方でもいろいろと調べていきたいと思っています』
『……無駄骨になると思うわよ。大体、あんたには他にも調べることがあるんでしょ?』
『もちろん、ダイ君の捜索や帰還の手段の探求と並行してということになりますが。相互に関係してくる可能性もありますし、必ずしも寄り道ということはないと思いますよ』
アバンはそう言って微笑むと、ルイズの手をそっと握った。
『わ、わっ?』
『いいですか、ルイズ。どうか「自分には才能がない」とか、「これは無駄だ」とか、決めつけないでください。あなたはまだ若い。そんなふうに人生を見切るような年ではありません。私のある戦友は、八十を過ぎた年齢でも十代だった私や仲間たちと同じように旅をし、新しい呪文を編み出し、皆と共に成長していったものです』
いつにもまして優しい顔で、彼女の目をまっすぐに見ながら、そう言い聞かせた。
ルイズはじっと見つめられてどぎまぎし、やや赤くなった顔を逸らしながら手を引っ込めようとする。
『……わ、わかったから! 手を離しなさいよ!』
『ああ。これは失礼』
アバンはあっさりと手を離すと、いつもの少しおどけたような調子に戻って、にかっとした笑みを浮かべた。
『では、そーいうことですが。いろいろと調べるためには文献調査ができないと話になりませんので。お手数ですが今の間に、ちょっとだけ文字の読み書きを教えてはいただけませんかねぇ?』
そう言う彼に、ルイズは文字を一文字一文字黒板に書きだして、読み方を教えてやることにした。
それから、それらの文字を組み合わせて作る単語や、基本的な文法についても少し。
『えーと。「文法」や「辞書」といった単語を教えてもらえませんか。そうすれば、それらの初等的な本を自分で探して読むことができます。確か図書館があったと思うのですが、私でも利用させてもらえますかね?』
『図書館を利用したがる使い魔なんて普通いないから、よくわからないけど。使い魔はメイジとは一心同体の存在とされてるんだから、許可を申請すれば無下にはされないとは思うわ』
アバンは礼を言うと、さっそく調べてきたいので午後の授業まで別行動を取らせてほしいと願い出て、うきうきした足取りで去っていった。
新しいことを勉強できるのが楽しみで仕方ない、というように。
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――しばらく、そんなやり取りをぼうっと思い出していたルイズは、はっとして少し頬を赤らめると、ぶんぶんと首を振る。
(あー、もう。あんな胡散臭いおじさん相手にちょっとでもドキッとするなんて、どうかしてるわ!)
自分にそう言い聞かせ、努めて雑念を振り払うと、彼女は授業の予習に集中しようと本に視線を戻した――。
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ルイズからハルケギニアの文字についてさわり程度にだが学んだアバンは、後は自分でどうにかできるかやってみようと、さっそく魔法学院の本塔にある図書館へと足を運んでいた。
「おぉ~っ」
入口から中を見上げたアバンは、軽く感嘆の溜息を漏らした。
高さにして三十メートルほどもある本棚がずらりと並んでいて、なんとも壮観である。
「どうやら本塔の大部分を、この図書館が占めているようですねぇ……」
まあさすがに、かつて魔王討伐の旅をしていた時に見た、あの星の数ほどの魔導書が収められたヨミカイン魔導図書館ほどではないだろうが。
あの施設はまだよく見て回れもしないうちに、ハドラーの腹心であったガンガディアという名のデストロールによって湖の底深く沈められ、利用できなくなってしまったし……。
(……とと)
入口のカウンターに座っている若い女性の司書が、眼鏡越しに自分の方を不審そうな目で見ているのを感じて、アバンは口をつぐんだ。
図書館内では静粛に、私語は慎むのは常識だ。
もっとも彼女がアバンの方を見ているのはそういった理由ではなく、彼は一体何者かと訝しんでいるからだが。
入口で出入りする生徒や教師をチェックするのは司書の仕事だ。
アバンの姿は平民の使用人には見えないものの、貴族の証であるマントは身に着けていない。
ここには門外不出の秘伝書や魔法薬のレシピといった貴重で危険な本も数多く置かれているので、普通の平民は正当な理由と許可なしでは入れないことになっているのだ。
(これはいけない。ご挨拶が先でした)
アバンはちょっと申し訳なさそうな笑みを浮かべながら、彼女に近づいた。
「いやぁ~、すみません。あまり立派な図書館なので、見惚れてしまってました」
「あなたはどなたですか? 当館は本学院の生徒、および教員のための図書館となっていますので、部外者の方はお入れできません」
司書は怜悧そうな目でアバンを見つめ返すと、淡々とそう伝える。
机の下では、その手が念のため、杖に伸ばされていた。
「それがですね。私、こちらの生徒や教員ではないんですが、部外者というわけでもないんですよ」
「本日は、学院外の方の来館があるという話は聞いていません。閉館後の館内作業のために特別許可を受けている使用人でしたら、開館時間中は入館禁止です」
「いえいえ。実は私、こーいう者でして」
アバンの側は冷ややかな応対にも笑顔を崩さず、そう言って丁重に頭を下げながら、名刺状の紙を差し出した。
司書は訝しげにしながらも、ちらりと目を通す。
そこには、丁寧にしっかりとした字で、こう書かれていた。
『アバン=デ=ジニュアール三世。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔、家庭教師業者』
もちろん、ハルケギニアの文字である。
先ほどルイズに軽く読み書きを教わった際に、自己紹介の文面を書けるよう自分や彼女の名前の書き方、および必要な単語を習って、後で丁寧に清書したものだ。
司書はそれを見て、何かを思い出したようだった。
「……ああ。そういえば今朝、学院長から通達がありましたね。人間がヴァリエール公爵令嬢の使い魔になった、とかいう」
「ハイ、その使い魔となったものです。アバン=デ=ジニュアール三世と申します。どうぞヨロシク。館内は飲食禁止かと思いますが、こちら、私が焼いたものですので。お嫌でなければご休憩の時にでもお召し上がり下さい」
そう言ってもう一度丁重に頭を下げながら、件のジンジャーブレッドの包みを差し出す。
司書はややためらいがちにそれを受け取りながら、申し訳程度に頭を下げ返した。
「そうですか。ご丁寧にありがとう。先ほどは失礼しました」
「いえいえー、部外者と疑われる者の出入りをとがめるのは当然のことです。キチンとお仕事をされておいでで、大変にご立派なことだと思いますよ?」
そう言われて、司書は少しだけ表情を崩し、薄く、はにかんだような笑みを浮かべた。
「いえ、そんな……」
彼女はまだ若い女性なのに、仕事柄、あまり人と言葉も交わさずに一日中本を読んでいたりするので、こういうおしゃべりの機会は嬉しいものなのだ。
特に、アバンのように若くて見目もいい、自分に対して好意的な評価を与えてくれる男が相手なら、なおさらのことだろう。
とはいえいつまでもそうしているというわけにもいかず、彼女は軽く咳ばらいをすると、仕事の話に戻った。
「……では、本日はミス・ヴァリエールに代わって、こちらに本を探しに来られたということなのですね?」
「そうですねえ。実は私の故郷は非常に遠方でして、こちらの文章については疎いものですから。今後のご奉仕や何かのためにもまずは読み書きを十分に覚えて、それからいろいろと調べ物をさせていただきたいと思いまして。ルイズの同意は取ってありますので、こちらのご利用を許可していただけませんでしょうか?」
そう言われて、彼女は少し考え込んだ。
使い魔とメイジは一心同体の存在であり、本を汚したりしないように気を付けてもらえれば、基本的には入館を許可している。
メイジの主人の代わりに、使い魔だけが本の借り出しや返却に来ることもある。
したがって、拒否する理由はない。
ただ、彼が確かにヴァリエール嬢の使い魔だという確認だけは、一応取っておく必要があるだろう。
ミス・ヴァリエールが同行して面通しをしてくれればそれが一番だったが、誰か彼を知っていそうな教師か生徒がいれば、その保障でも構うまい。
司書はそう結論して、館内に視線を走らせた。
すぐに、目的の相手を見つける。
「ミス・タバサ」
そう呼びかけられて、机に向かって黙々と本を読んでいた眼鏡をかけた小柄な青髪の生徒が顔を上げる。
彼女は図書館の常連であり、午前中の授業が中止になるとすぐにここへきて読書を始めたのだ。
他の生徒は降ってわいた自由時間を仲間同士で過ごすなり部屋で休むなりしているのか、彼女以外には利用者はいない。
アバンも先ほどの授業で挨拶回りをしたので、彼女とは面識があった。
「お手数ですが、こちらに。あなたはミス・ヴァリエールとは同学年だったと思いますが、彼は彼女に昨日、召喚されたという使い魔で間違いありませんか?」
「そう」
タバサはすたすたとやってきてアバンを一瞥し、短くそう答えると、またすたすたと席に戻っていった。
それで、入館の許可が下りる。
「いや~、ありがとうございます。あなたにもタバサさんにもお手数をかけてしまったようで、申し訳ありませんでした」
アバンはそう言って頭を下げると、重ね重ねご迷惑をおかけするが初歩的な文法に関する本や辞書などが置いてある区画はどこかと尋ね、教えられた棚に向かった。
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(ふーむ、あそこですか)
アバンは教えられた棚のところまで来ると、棚の上の方を見上げ、順に数を数えた。
目的の本がある場所は、床から高さ二十メートルほどのところのようだ。
不便な場所に置いてあるのは、彼が求めたような子供向けの文法書や辞書はここで学ぶ学生たちにとっては内容が簡単すぎて、閲覧者がほとんどいないからだろう。
ちょっと見渡してみたが、上の方にある本を取るための階段なりはしごなりは、本棚に設置してないらしい。
昨日、ルイズの級友たちはみな空を飛んでいたし、ここのメイジたちにとっては飛行魔法は簡単なもののようだから、大方高いところの本はそれを使って取るのだろうと、アバンは推測した。
ともあれ、おそらくどこかには平民用のはしごとかも置いてはあるだろうが、わざわざそれを探しに行って設置するのは手間だし、これ以上司書の手をわずらわせたくもない。
(さぁて。あそこまで行くとなると……)
アバンは周囲の本棚や柱を眺めて足がかりになりそうなものに目をつけると、軽く体をほぐしてひょいと跳躍し、順々にそれを辿って、三角跳びの要領でとんとんと高いところへ上っていった。
もちろん、足がかりにした本棚や柱を傷めないようにしている。
じきに、目的の高さにある棚に到着した。
「これとこれ……、あと、この本もよさそうですかねぇ」
ルイズに教えてもらった単語や、ぺらぺらとめくって目を通してみた感じを元に、わかりやすそうなものを何冊か選び出していく。
幼児向けの、単語の意味をあらわす挿絵がついているようなものがよさそうだ。
持っていく本が決まると、彼はまたとんとんと足がかりを飛び石伝いに降りて、下に戻った。
手近の机の上に持ってきた本を平積みにすると、さっそく一冊目を開いて勉強に取り掛かる。
「…………」
離れたところにある机の方から、タバサがその一連の様子を横目に見ていた。
その無表情な顔からはいかなる感情もうかがえなかったが、口がほんの少し開いているところからして、驚いているようだった。
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(……これは……)
さて、勉強を始めたアバンだったが、ほどなくして予想外の事態に気が付き、考え込んでいた。
といっても、別に勉強を進めていくうえで、何か障害があったというわけではない。
その逆に、あまりにも自分の習得が早すぎることに戸惑ったのである。
もちろん、アバンは天才的といっていい頭脳の持ち主であり、未知の言語であってもルイズから教えてもらった程度の手がかりがあれば、暗号を解読するようにして自力で読み解いていける自信はあった。
しかし、実際にやってみると、その速度があまりにも早すぎたのだ。
辞書で言葉の意味を覚えるたびに、あっという間にそれが自分の中に入り、文章の中のその単語だけがずっと使ってきた母語のように一目で読み取れるようになる。
それらの単語を手掛かりに文法書の短文を読み、ハルケギニアの文法について理解するたび、同じ文法の規則を使っている文章が頭の中であっという間に整理されて、不明な部分の単語を調べるだけですらすらと読めるようになっていく。
(明らかに、私一人の力によるものではないが……)
では一体、何が原因なのか。
いろいろと考えた結果、あるいはルイズに召喚されたことが関係しているのではないか、と思いついた。
今思えば話し言葉の方は、召喚された直後から何の問題もなく通じているではないか。
アバンのいた世界では人間は基本的にすべて同じ言葉を使って会話や読み書きをしているので、あまり疑問にも思っていなかったが。
しかしよく考えてみれば、話し言葉はまったく同じなのに書き言葉はまるで違うというのも妙な話だし、互いに存在も知らないほど隔絶した世界である以上は、仮に太古の昔に何かつながりがあって共通の言葉を使っていたにしても、長い年月のうちに互いに相当変質しているのが普通だろう。
(『サモン・サーヴァント』という魔法に、召喚された生物と召喚主との意思疎通を可能にするような効果があるとすれば……。読み書きの方も、一度読み方がわかれば話し言葉とのつながりから翻訳の対象になる、ということかもしれない)
まあ、そのあたりは読み書きに完全に不自由がなくなり次第、魔法書などを調べてより詳しく分析してみることにして。
とりあえず今のところは、予定よりも学習が速く進むことになったのはありがたい。
「これは、後でまたルイズに感謝しておかないとですねぇ」
そう独り言ちると、アバンはまた本の学習に戻った。
持ってきた初等的な辞書と文法書を予定よりもずっと早く読み終えると、また棚を上って本を返却し、そこから得た知識で棚に並ぶ本のタイトルを読み取って、より高度な学習書と思しきものを何冊か手に取る。
「……と。そろそろ、お時間ですかねぇ」
アバンはそれらの本の貸し出し手続きを済ませると、ひとまず勉強を中断して、厨房へ向かった。
勉強の他にもやらねばならないことが、まだいろいろとあるのだ――。