それにしがみつくもの、利用するもの、そしてその原因らしきものを主人公は追いかける。
ワンころ祭用の作品です。
これは今よりも我が国がより『先進的に』発展した未来。
女性の権益が拡大され、海外労働者との迎合が進んだ結果、第二の人種の坩堝と呼ばれていた。自国の男性労働者若年層は「寝そべり族」化した。既に個々になった国という集団は歪な権力を隠そうとせずに、既得権益に居座る世襲の資本家とそれに侍る甘露を貪る性の存在が加速し、性別や生まれによる貧富の差の拡大。治安の悪化。それによりプライマリーバランスの崩壊が発生し、経済の停滞は拡大していた。
その状況を打破する晴天の霹靂が現れた。世紀も終わりに差し掛かろうとしていたある日、50代の派遣労働者が数日にわたる高熱の発した後、推定10代後半の美少女に変化した。
身体の組織ごと変容してしまう死への羽ばたき。それは強力な感染力を持ち、瞬く間に国内に限らず世界中を駆け巡った。およそ三割の美少女が生まれ『TS病』と呼ばれた奇病は世界を一変させた。
従来の女性よりも力を持ち、そして容姿も端麗。それらが既得権益と化していた金鉱に踏み入れてきた。それは従来の性別である方において、太平の眠りを覚ます黒船に違いなかった。
労働者のバランスは崩壊し、性産業に所属していた者を始めとして「女」であることで金銭を得ていた者たちは
『TS病患者』の斡旋を受け市場を追いやられていた。
当然、それらに反対する過激な市民団体も現れ、宗教家に扮した詐欺師達もこの機を逃すことは無かった。『反ルッキズム運動及び元男性排斥運動』が拡充したSNS上でセンセーショナルを起こし、迫害の歴史が始まる。
しかし、それらに対抗する様に元男性たち(TS党)は政党を結成し、正当性を主張。女性の権益の拡大が仇となり、皮肉にも既得権益を吸い上げていた女性たちは首を絞められることになった。
また、崩壊した性差の問題も浮き彫りとなり、結婚問題を始めとした男女の需要が逆転した。『TS病患者』を含めた女性はどこにでもいる労働者となり、純男性は希少価値が認められ、政府主導による補助金も含めて、『結婚』ということが非常に重きを置かれることになり、男性という存在は国によって厳重に管理されることになった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
空き缶が転がり、生ごみの臭いが針の様にツンと鼻をつく。調整されたミリタリーブーツの裏に腐った何かがべちょり、とついた感覚が眉を潜ませる。
男女比が崩れ去った結果、肉体労働の価値は増加し、それと反比例するように供給は激減した。TS患者もまた楽に稼げる市場に流失し、インフラの整備というのは最小限に縮小する事になった。
アンドロイド以外の男性の仕事とされたゴミ収集が高給取りになって久しい現代において、郊外の路地裏というのは体のいいゴミ捨て場でしかない。
その奥を光学の波が駆け抜ける。巨大なビル群が作り出す陰鬱とした暗闇すらも、昼間の如く科学の目が暴いていく。蠢く闇の奥に捉えた。と耳に特徴的な警告音が響く。
光学センサーが捉えた姿。そこには泣き喚くように騒ぐ髪の毛が後退した中年太りの男性が、武装した10代後半の女性三人に囲まれていた。婚約届と重婚許可書が三枚突き出され、それを嫌々と男性が拒否しているのだ。
その悍ましい姿を見て、赤髪を一つに纏めた相方がため息を吐く。
「……厄介だな、アサルトライフル、テーザーガン。最近の若い子の流行かぁ?」
通信機越しに聞こえる可愛らしいアニメ声。不覚ながら、その鈴が転がるような声に小さく胸が跳ねる。
「『善良な市民団体』がTS患者から男性の保護という名目での活動が今どきらしい、しかし、若いな」
「最近、東南アジアの粗悪品が安価で横流しされてるらしいね。東横キッズって奴か」
こんな会話を上司に聞かれればお説教も長引くだろうと、通信ログを丁寧に消去しながら思考の海に沈む。
現在、作戦展開している特殊治安維持部隊『アンドロギュノス』。ボクたち二人を含むツーマンセルの少数部隊は、強制送還を拒んだTS移民たちが自治権を勝ち取った繫華経済特区『アリアドネ』にて、治安の悪化の監視を理由に政府公認の元、哨戒任務に当たっていた。
元々、『善良な市民団体』が起こした『反ルッキズム運動』と言う名のTS患者の迫害。その事態に対するカウンターとして旧政府高官であった現TSロリっ子(71歳)と元防衛長官であるクールな眼鏡ロリ美女(78歳)が立ち上げた元男性達を基幹とした自衛団(臨時治安維持部隊)。それが『アンドロギュノス』だ。
TS患者が世界的に流行し、市民権を得ていく中で、既得権益を破壊される事に対して不満を炸裂された非扶養、非労働者層が次第に過激化していった。
そこに目を付けたのは移民の流入と共に入り込んだ犯罪組織であった。武装化が本格的に始まり、治安悪化に伴う誘拐、拉致が増加傾向にあった男性の保護へと姿を変えていったのだ。
「しっかし、男性との出会いがある職場ってのは嘘だよなぁ! 早く寿退職したいってのに」
「なんだ同じ五次募集生なんだ……、てか、元男じゃないの?」
「疼くんだよぉ……、新たに生えてきた本能がぁ!」
こっちの気も知らないで、赤髪の相棒(アルファ1)は淫語を含む下品な言葉を喚き散らす。元男性同士という認識の遠慮の無さと、可憐な声のアンビバレンツな魅力がこちらの本能を刺激する。……素直にやめて欲しい。
気が滅入る、と思いつつも、仕事をこなしていく。幸い支給された人体工学に基づくパワードスーツは非常に効率的に肉体を刺激し、男女を凌駕した超人じみた動きを再現する。
「何だっ!? てめっ──」
聞くに堪えない罵詈雑言が耳に入る前に、短い呻きに変えていく。もとより格闘は得意だ。有段者であってもこの部隊章をつけている限りは逮捕はされない。目標を夏の蚊を叩くようになるべく素早く、そして近寄らせずだ。
「楽勝楽勝。絶頂もんだな!」
聞くに堪えない雑言が相方から飛んでくる事を除けば、音も無く脅威を無力化した。
縋りつくおっさんを相方に任せ(流石にそこまでは守備範囲外だったらしい)、転がる改造制服の10代を見分する。機動性重視なのか、肌色面積が随分と多い。ヘソどころか、下乳の一部が露出している衣装は下から覗けばそのまま裸体が連想できそうな程だ。
「勘弁してくれ……」
流石にパパ活(強引におっさんを、パパ或いは伴侶になる事を迫る事)女子相手に欲情はしたくない。本能に根強く残る欲求と理性が喧嘩しているのを押し切り、仕事を終えた。後は矯正局なり、勤労監督署の出番だろう。
装甲車に詰め込まれる女学生と、ピーピー泣き喚くおっさんを眺めながらため息を一つ吐いた。
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「くたびれた」
超弾力性ファイバーを駆使した簡易更衣室である『コクーン』を展開する。簡単に言えば携帯更衣室。特殊部隊『アンドロギュノス』においてチームメイトを含め、互いの素性は秘匿されている。それは簡単に切り捨てる為の措置とも言えるし、TS特例法に則った個人情報保護の条件を満たす苦肉の策でもあった。
しかし、それらは現場においては暗黙の了解の上で処理される規律であり、志願兵の集いにおいてはあくまで個人の自由となっていた。規律とマナーが混同し始め緩い人物は多い。大丈夫だろうかこの混成部隊。
「しかし、元警官なんだろ? アンタ」
「あぁ、第二流行の時に廃業したけどな」
猫耳のような形をしたセンサーを始めとしたバイザー一体型の多機能なヘッドギアを外す。個人情報の漏洩は現代において死を意味する。社会的においても、そして物理的においても。
プシュ、と炭酸が抜ける様な音共に胸部プロテクターが萎んでいく。TS兵において理想の肉体は人それぞれであり、キャリアーにおいては肉体的アドバンテージは思考の差分によって大きく変化する。
しかし、ながらそれは完全に女性に変化していた時の場合であり、自分はそのカテゴリーからは外れる。鏡に映る目をやると、二次性徴期ほどに膨らんでいる胸部と、股間に残るイチモツが覗く。我ながらアンバランスな限りだ。
「兄さん、いや、姉さん……」
国の混乱期に重要参考人として、連れ去られた兄もとい姉。何故、彼は……彼女は連れ去られたのか、何故、マッドサイエンティストを自認していた兄(男の娘)は俺をこんな姿にしたのだろうか。正直、うっすい腹に、一発正拳突きをぶち込んでやりたい。
敢えて、こんな部隊に入った理由。それは兄(姉)に復讐するためであり、そしてこんな男だか女だか分からない肉体を持つ訳アリでも採用されるからであった。
そんな物思いに耽っているのが致命的だった。今の相方がどれほどデリカシーが無いのか失念していたのが運の尽きだった。
「わり、無水シャンプー貸してくれ……は?」
さらりと艶やかな赤髪がタオルで纏められ、ブラトップから見える、見事な双丘と薄く腹筋が浮いたミロのヴィーナスのような肉体美を持つ均整の取れた体つき。そしてそれら全てを台無しにする粗野な言動の相方が、コクーンの内部まで入ってきていた。
言葉にならない悲鳴が口を衝く。それは向こうも同じだったようで、お互いに指を向け合う姿勢となった。
「な……なにをっ……てか、下は……?」
「お、おま……男だったのか……っ!?」
見られたという思いと、見てしまった思いが交錯する。というか、無駄に美しい身体だなチクショウ。敬愛すべき兄姉に時代と逆行した貞操観念を植え付けられてしまっているせいもあり、脊髄の奥が甘く熱くなる。
しかし、そんな事を知られてしまえば、向こうとしては据え膳食わぬは何とやらと、襲われる口実になる。それは勘弁だ。完全に絶滅してしまったが、清楚系大和撫子に操を捧げたい。
冷静に、努めて冷静に相方に言葉を吐き捨てる。
「正確にはTSのなりそこない。てか、出ていけ」
じろじろと何十往復する視線を振り払い、右手でモノを投げつけるジェスチャーをすると、盛大に焦り回れ右をする相方。艶やかな半裸がくるりと回った時、煙草とムスクが混ざった安堵感を想起させる匂いが鼻をくすぐった。ふざけんな、惚れたらどうする。
コクーンの扉が再び閉まり、静寂が訪れた。訳でもなく、興奮冷めやらぬといった体で相棒のくぐもった声が聞こえてきた。
「あのさ、こんな時はなんだけど……」
「何!?」
「結婚してくれ!!」
「断るっ!!!」
探していた無水シャンプーを頭に叩きつけ、完全に追い出す。
危ない、あやうく襲われてもいいかもしれない、という気持ちに理性が負けるところだった。跳ねる心臓を抑えつけるように右手を心臓に押し当てる。
まったくもってこの世界では不便過ぎる価値観だ。なのに、残念ながら自身とは切っても切れない。姉の功罪はあまりにも生活の思考に根差していた。
これから先も、女の園で生きていく。その覚悟は兄(姉)の写真にデコピンを加えたことで覚悟としたはずだ。その覚悟を忘れるな。それさえ忘れなければきっと、いつしか腹パンをマイブラザーに叩き込める事だろう。
俺はこの歪んだ世界で真っ直ぐに、そして、誰にも襲われる事無く生きていく。そう誓った。
尚、気勢はすぐに削がれる事になる。先ほどの侵入者が再び、肉体美を更に強調するような際どいランジェリー姿になって現れたからだ。
「げへへへ、相棒ぉ。肩でも揉みましょうかぁ? 代わりに乳揉んでくれても……」
「本当に、勘弁してくれ……」
俺は本当にこの世界で生きていけるのだろうか……? いや、負けない!!!
そんな強固な誓いを胸に、まずは不審者かつ侵入者に拳骨を浴びせるのであった。